
近年、マンションに設けたスタジオが増えているが、その大多数はプライベート・スタジオや企業の自社スタジオ。つまり“使う人が限定される空間”だ。今回訪れた映音空間 赤坂スタジオは、もともと10畳ほどのワンルーム・マンションでありながら、れっきとした営業スタジオとしてのクオリティを備えている。関係者に話を聞いた。
ワンルーム・マンションでプロ・スペックを実現
映音空間は1998年、渋谷・道玄坂のマンションに設立。当初はエーヴァージョンスタジオという名前で、ボーカル・レコーディングが可能なブースを備える形でスタートした。代表の折橋久登氏が経緯を説明してくれた。
「私はもともと同じ建物内の音楽教室の講師で、教室のオーナーと一緒に、生徒さんの歌を録音する目的でスタジオを始めました。ですから当初は営業スタジオとしての稼働はそんなに意識していませんでしたが、2000年以降、ナレーション収録の仕事が増えてきたんです」
設立から程なくして参加した、エンジニアの梶江隆一氏はこう付け足す。
「最初は英会話CDのセットとか、パソコン用ゲームなどのナレーション収録でしたが、2010年ころから映像用のMAが増えてきました。そもそもそういう映像に関連した仕事をやるという発想は我々には無かったのですが、お客さまに求められて、業務範囲を広げていきました。現在ではラウドネス調整や、Skypeを使った海外からのディレクションなども可能になっています」
そんな渋谷のスタジオは2013年に映音空間へと改名。8,000円/時間というMAスタジオとしては破格の料金もあって人気を博してきたため、スケジュールがすぐに埋まってしまい、業務を拡張することになった。こうして誕生したのがこの赤坂スタジオ。もちろん新設する以上は「渋谷でちょっと足りないと感じていたところ……ブースの広さ、コントロール・ルームのモニター環境などの改善を図りたいと思いました」と梶江氏が語るように、業務用MAスタジオとしてのスペックを満たすべく、さまざまな工夫が施された。
音響設計を手掛けたアコースティックエンジニアリングの入交研一郎氏は、映音空間のコンセプトを理解した上で、マンションの一室にスタジオ・スペックの空間をどう作るのか、熟慮を重ねたという。
「マンションはオフィス・ビルなどと比べると、躯体構造から見ても階高が低かったり条件が厳しいんです。それでも映音空間さんは、サイズは別として、スペック的には業務用スタジオ・レベルを求められていました。マンションですから、生活されている入居者もいらっしゃるので、ある程度の音量を出しても大丈夫なように、コントロール・ルーム/ブースともフローティング構造としています。天井には梁もあるので、その部分は形状に合わせた形にして浮かせていますね」
“プロ・スペック”という点で、この規模では珍しいのがブースの空調機器。常時稼働しても動作音がしない、ダクト型エアコンを導入している。入交氏は続ける。
「アーティストのプライベート・スタジオであれば、普通のエアコンを入れて、録音時は止めればいいわけですが、営業スタジオではそうはいきません。ダクト型の空調装置自体は大手業務用スタジオでは当たり前ですけれど、このコンパクトな環境にそれを盛り込んでいきました。もちろん音響的な面も含め、与えられたスペースの中で最大限、業務用MAスタジオとして耐えられるスペックにしていくのが私のミッションでした」



小規模&低価格MAスタジオの可能性
遮音性に関して、スタジオから外に対してはもちろんだが、外からスタジオに入り込む音についても徹底した遮音が行われている。赤坂のマンション3階で、近くには大通りへ抜ける裏道も通っているにもかかわらず、ブースやコントロール・ルームは、梶江氏も「この中にいると、時間の経過を忘れてしまうほどですね」と言うほど静かだ。ブースはもともとバルコニーに面していたのだが、窓を3重サッシ化して遮音性を確保。そのバルコニーには先述したダクト型エアコンの室外機が、窓=ブースの方を向いて置かれているが、ブース内部は静寂そのものだ。
「バルコニーへの動線をつぶすわけにはいかなかったので、ブースを奥にするのは難しいかなと思ったのですが、無駄なスペースができたりしてしまう。最終的にはこの形にするしかないと判断しました」と入交氏。そこに「実は……」と梶江氏が加える。
「最初の予定ではもっとブースが小さかったのですが、複数人でのラジオ収録やアフレコを考えるともう少しブースを大きくしたいと、工事中にお願いしたんです。入交さんにはあらためて音響面の検証をしていただいて、大丈夫だということで修正していただきました」
こうして完成した映音空間 赤坂スタジオ。入交氏はこうした小規模MAスタジオの可能性をこう語る。
「ナレーション収録やMAも、例えば大手企業のテレビCMのようにバジェットの大きなものばかりではありません。配信や雑誌の付録DVDではスタジオ料金だけで数十万円もかけることはできませんから、映音空間さんのように小規模でもプロ・スペックかつ低価格で作業ができるMAスタジオにはニーズがあると思います」
一方で現在もミュージシャンとして活動している折橋氏は、音楽プログラムでの利用も期待しているという。
「弊社スタジオの利用状況はナレーションが9割以上ですが、やはり音楽もやりたい。サンレコで見て、利用してくれるミュージシャンが増えるといいですね。ボーカル収録も良い音でできる環境が整ったと思います」





■映音空間 赤坂スタジオ
https://www.eion-akasaka.com/
■映音空間(渋谷)
http://www.eion-kukan.co.jp/
■アコースティックエンジニアリング
http://www.acoustic-eng.co.jp/