【音響設備ファイル Vol.15】ガジェット通信フロア

ネット時代のカルチャーを広く発信しているニュース・サイト「ガジェット通信」。同サイトが2016年2月の東京・秋葉原への移転に伴い、ライブやセミナーなどコンテンツの配信に幅広く対応する「ガジェット通信フロア」をオープンさせた。本稿では、このユニークなスペースの音響機材を中心にレポートしていく。
▲秋葉原のビル内にしつらえられたガジェット通信フロア。100㎡のスペースに約50人を収容。アイドルのイベントや新製品の発表会などを行い、それをニコニコ生放送やYouTube Live、Abema TVなどでサイマル配信している。場内は防音工事が施されており、音量は100dBまで出せるという ▲秋葉原のビル内にしつらえられたガジェット通信フロア。100㎡のスペースに約50人を収容。アイドルのイベントや新製品の発表会などを行い、それをニコニコ生放送やYouTube Live、Abema TVなどでサイマル配信している。場内は防音工事が施されており、音量は100dBまで出せるという

フレキシビリティを重視しM-5000Cを選択

ガジェット通信フロアは、サイトの編集部などに併設する防音が施された100㎡ほどのスペースで、着席で約50名を収容。ステージを見渡す後方に、ガラスで仕切られたコントロール・ルームがある。生放送テクニカル・ディレクターを務める佐々木繁氏に、スペース開設の理由から聞くと、「新規事業の立ち上げも含めて広い場所に移転することになったため、観客を入れられるオープン・スタジオを作ることで、配信以外の利用方法を模索するというのが当初のアイディアでした」との答えが返ってきた。

「現状では新製品のプレス発表会、Web番組の制作やサイマル配信をしたり、アイドルのイベントなどを開催しています。ここでさまざまな催しを行うことで、情報の発信基地になればと考えています」

会場レイアウトや機材の選定に関しては、「セカンドトリップのエンジニア=間瀬哲史さんをアドバイザーに迎えてプランニングしていきました」と振り返る。

「それまでは配信に制作用のデジタル・ミキサーを使用しており、単純にフェーダーの数が足りなかったんです。そこで当初はフェーダー数の多いミキサーを導入しようとしていたのですが、間瀬さんがROLAND M-5000Cを薦めてくれたんです」

▲ガジェット通信 生放送テクニカル・ディレクターの佐々木繁氏(左)と機材コーディネートおよび会場の設計を担当したセカンドトリップの間瀬哲史氏(右) ▲ガジェット通信 生放送テクニカル・ディレクターの佐々木繁氏(左)と機材コーディネートおよび会場の設計を担当したセカンドトリップの間瀬哲史氏(右)

M-5000Cは、幅740mmの筐体に16フェーダー+4アサイナブル・フェーダーを備えたデジタル・ミキサー。24ビット/96kHz対応のAD/DAや72ビットで処理するサミング・バスなど、コンパクトながら音質面はM-5000と同等となる。佐々木氏は「試用してみたところ、まずルーティングの自由度の高さに驚きました」という。

「特に任意のチャンネルをフェーダーにアサインできる“ユーザー・レイヤー”機能が気に入りました。配信では、卓のオペレーターがしゃべっている人のフェーダーを見つつ、音効の役割を兼任することも多いので、各グループを1本のフェーダーにまとめておくと、オペレーションにミスが出にくくなるんです。また各チャンネルの設定をコピー&ペーストする操作が手早くできるのも便利でした」

▲メイン・コンソールのROLAND M-5000C。本体の16イン/8アウトに加え、ステージ・ボックスS-2416がDigital Snakeで接続され、計40インプットを実現。右手のWindowsノートにはポン出し用のソフトが立ち上がっており、ネット経由で送られてくるジングルなどのオーディオ・ファイルを再生し、USBオーディオでM-5000Cに入力している。モニター・スピーカーはRCF Ayra 5 ▲メイン・コンソールのROLAND M-5000C。本体の16イン/8アウトに加え、ステージ・ボックスS-2416がDigital Snakeで接続され、計40インプットを実現。右手のWindowsノートにはポン出し用のソフトが立ち上がっており、ネット経由で送られてくるジングルなどのオーディオ・ファイルを再生し、USBオーディオでM-5000Cに入力している。モニター・スピーカーはRCF Ayra 5
▲映像スイッチャーのBLACK MAGIC DESIGN ATEM 1 M/E Production Switcher。配信用の2ミックスはS-2416からアナログでスイッチャーのI/O部に入力された後、SDIで配信用のコンピューターに送られている ▲映像スイッチャーのBLACK MAGIC DESIGN ATEM 1 M/E Production Switcher。配信用の2ミックスはS-2416からアナログでスイッチャーのI/O部に入力された後、SDIで配信用のコンピューターに送られている

機材選定を担当した間瀬氏は、「会場の用途がかなり多彩なので、機材は“フレキシブルかつスピーディに使える”ことを最優先しました」と解説する。

「配線はステージの壁にイン/アウト・ボックスを3基埋め込んであり、コントロール・ルームに設置したステージ・ボックスのROLAND S-2416にアナログで入力しています。S-2416とM-5000CはDigital Snakeで接続しており、これに本体の16インも加えて40インを実現しているので、この規模としては十分かと思います。あとここでは会場内のスピーカーや配信/収録用などいろいろな系統にアウトしなければならないので、それを1台で完結できる点でもM-5000Cは便利なんです」

▲ステージの壁面3個所にイン/アウト・ボックスが埋め込まれており、コントロール・ルームに設置されたS-2416にアナログ接続されている ▲ステージの壁面3個所にイン/アウト・ボックスが埋め込まれており、コントロール・ルームに設置されたS-2416にアナログ接続されている

佐々木氏も「イベントなどでソトオト用に作ったバランスのまま配信すると、“煽りのための余計なEQ”が付いていたりして、うるさくなってしまうことが多いんです。ですからソトオト/配信でミックスを分けたいのですが、その際もM-5000Cはサウンドに無駄な色付けが無いので扱いやすい」と語る。

「エフェクトは“入っていないものが無い”ほどで、グラフィックEQも結構な数を立ち上げられます。アウトは2系統作ってあり、配信の出力のみEQで20Hz以下の低域を切ったり、コンプレッサーで迫力を出したりといった操作がフレキシブルにできます。また配信中は“音が小さい”などのフィードバックがリアルタイムで入ってくるので、アウト・ゲインなど、実際の放送で“触らなければならないかな?”と予想される機能をフェーダーにアサインしておけば、ほぼ一画面で現場のオペレーションは事足ります。ほかにも、ユーザー・パネルにはモニターへの返しをアサインしてあり、番組によって返しが不要な場合はボタンでミュートしたりもします。本体にトークバック・マイクも内蔵していますし、とにかく“配信でやりたいこと”が1台に収まっている印象です」

▲M-5000Cのアサイナブルなユーザー・パネル(右)にはステージ上のモニターへの返しなどをアサインし、ボタン1つでミュートできるようになっている。その右にはトークバック・マイクが内蔵されており、本体だけでステージ上の演者とコミュニケーションを取ることも可能 ▲M-5000Cのアサイナブルなユーザー・パネル(右)にはステージ上のモニターへの返しなどをアサインし、ボタン1つでミュートできるようになっている。その右にはトークバック・マイクが内蔵されており、本体だけでステージ上の演者とコミュニケーションを取ることも可能

スリムながらパワフルな出音のTT052-A

続いて場内のスピーカーに目を移すと、フルレンジのパワード・モニターRCF TT052-Aが4基つり下げられている。間瀬氏はその選択理由を「防音工事を施した結果、あまり天井が高くなくなったので、スリムなTT052-Aを選びました。前後で2系統に分けているのですが、観客がびっしり入った状態で発表会のスピーチを前方の2発だけで会場全体に聴かせようとすると、かなりの音量を出さなければなりません。そこを分散させるために、このようなレイアウトにしました」と説明する。

「とは言えTT052-Aはかなり音量が出るので、現在はチューニングで低域を切っている状態なんですよ」

佐々木氏も「サイズに対しての音量感が思ったより大きくてビックリしました」と音の印象を語る。

「ここは設計上、音量を100dBまで出せます。スピーカーの設置後に一度試してみたのですが、さすがにこのスペースでそこまで出す必要はありませんでしたね(笑)」

▲メイン・スピーカーRCF TT052-A。5インチ・ウーファー×2を備えた2ウェイ・フルレンジのパワード機で、トータル・パワーは300W。4基が特注の金具を使って天井からつり下げられているほか、ステージ両脇の上方にもモニター用として設置されている ▲メイン・スピーカーRCF TT052-A。5インチ・ウーファー×2を備えた2ウェイ・フルレンジのパワード機で、トータル・パワーは300W。4基が特注の金具を使って天井からつり下げられているほか、ステージ両脇の上方にもモニター用として設置されている
▲APPLE MacBook Proに立ち上がっているのは、M-5000Cのコントロール・ソフトM-5000 RCS。間瀬氏によれば、“ここはステージとコントロール・ルームがガラスで仕切られているため、リモートでのスピーカー・チューニングが必須”とのこと ▲APPLE MacBook Proに立ち上がっているのは、M-5000Cのコントロール・ソフトM-5000 RCS。間瀬氏によれば、“ここはステージとコントロール・ルームがガラスで仕切られているため、リモートでのスピーカー・チューニングが必須”とのこと
▲ステージ上にはウェッジ・モニターとしてRCF NX10-SMA×2も用意されていた ▲ステージ上にはウェッジ・モニターとしてRCF NX10-SMA×2も用意されていた

理にかなった機材セレクトがなされたガジェット通信フロア。間瀬氏は「運用法を含めて“未知数”な部分も多いスペースですが、M-5000Cの拡張性の高さが安心感につながっています」と語る。

「より多くの入力数が必要になった場合はREACカードを追加すればいいですし、映像用のカメラに音声を分配する際も、S-0816などを追加してステージ側にセットすれば、たくさんのアウトが取れる。新しい機種なのでCPUがパワフルですし、OSのバージョン・アップも頻繁で、その度にできることが増えるのもいい」

佐々木氏も「M-5000Cは画面とノブの連動など操作が直感的で分かりやすい。僕は本職のPAエンジニアではありませんが、間瀬さんに半日ほどレクチャーを受けた状態で、今のところ問題無く運用できています」と語る。

「今後は、より本格的な音楽コンテンツにも取り組んでみたいです。まだここでフルバンドのセットを収音したことは無いですが、仮にそうなったとしても、対応できるだけのエフェクトのバリエーションはM-5000C内にそろっていますから。クリエイター目線でも使えるほど、選択肢が豊富なんです。これまで使ってきて、音質的にも96kHzで動作している安心感があるので、ゆくゆくはこのスペースでライブ・レコーディングもやってみたいですね」