新たなサウンド・ステージを提示したStudio One 3の「進化」と「実力」②

ここからは、実際に田辺氏のオリジナル楽曲「Keep on movin'」がどのように作られたのか、S1によるデモ制作から録音までを、機能紹介と併せて解説してもらおう。プロジェクト・ファイルを確認しながら読み進めてほしい。 ここからは、実際に田辺氏のオリジナル楽曲「Keep on movin'」がどのように作られたのか、S1によるデモ制作から録音までを、機能紹介と併せて解説してもらおう。プロジェクト・ファイルを確認しながら読み進めてほしい。

スクリーンショット 2015-08-20 17.51.26「Keep on movin'」は、前述の通り、最終的な完成形は生楽器がメインの楽曲ですが、デモの段階ではS1のバーチャル・インストゥルメントで各パートをシミュレートしています。まずはどんな曲にするのか、デッサンということでワン・ハーフ(ワン・コーラス+サビ)だけ作ります。ここから後々どんな生演奏をダビングするか考えながら、作曲/アレンジを同時に進めていきます。作家によっては(時間がないときは筆者も)メロ、コードだけ作り、後でアレンジしますが、今回はコンセプトがはっきりしていたので、大まかなコードとメロディ・ラインを同時に作って、それに沿ったアレンジを各パートに施していきました。そしてガイドのメロディ・ラインは、S1の付属音源Presence XTの“Grand Piano”の音色を使って確定していきます。

14GBの大容量ライブラリーのほとんどが刷新されたサンプル・プレーヤーPresence XT。アコースティック楽器を基本に、ほぼすべてのプリセットにアーティキュレーションを変えるキー・スイッチを搭載した。今時のオケにも埋もれない太さと表現力豊かなプログラミングがされている。FXモジュレーション・マトリクスを搭載し、より複雑な音色のエディットが可能 14GBの大容量ライブラリーのほとんどが刷新されたサンプル・プレーヤーPresence XT。アコースティック楽器を基本に、ほぼすべてのプリセットにアーティキュレーションを変えるキー・スイッチを搭載した。今時のオケにも埋もれない太さと表現力豊かなプログラミングがされている。FXモジュレーション・マトリクスを搭載し、より複雑な音色のエディットが可能
また今回のVer.3でのアップデートで、地味ですがピアノロールの画面である一定の大きさにズームすると音名が表示されるようになりました。
ある程度のズームをすることにより、バーに音名が表示されるようになったピアノロールの画面。視認性が高まり、作業効率の向上につながる ある程度のズームをすることにより、バーに音名が表示されるようになったピアノロールの画面。視認性が高まり、作業効率の向上につながる
ちなみに今回のデモで使用した音源は、ドラムにFX PANSION BFD3、NATIVE INSTRUMENTS Kontakt 5、MUSICLAB RealGuitar3などで、一部PresenceXTでAPPLE Logicの付属サンプラーEXS24のファイルをコンバートして使っています。その後、歌詞および歌のニュアンスを決めるために仮歌を録りました。皆さんは歌を録るためにヘッドフォン・アウトを分岐させているかと思いますが、筆者はオーディオ・インターフェースのマルチアウトを生かして、メインのミックスとは別にサブミックス、単独、クリック(ガイド・メロ)をそれぞれコンパクトなアナログ・ミキサーに立ち上げています。その際、プリセンドはこちらのバランスの影響が出ないようにし、シンガーが歌いやすいバランスにできるように設定しています。 
ボーカル・レコーディングの際、プレイヤーとスタジオ側のモニター・バランスが、大きく違うことがある。その場合、S1の入出力設定で、オーディオ・インターフェースからパラアウトしてブース内のミキサーなどに送り、DAWのセンドからそれぞれのアウト先を選択。プレイヤーが独立してヘッドフォン・バランスを作れるという仕組みを構築した ボーカル・レコーディングの際、プレイヤーとスタジオ側のモニター・バランスが、大きく違うことがある。その場合、S1の入出力設定で、オーディオ・インターフェースからパラアウトしてブース内のミキサーなどに送り、DAWのセンドからそれぞれのアウト先を選択。プレイヤーが独立してヘッドフォン・バランスを作れるという仕組みを構築した
スクリーンショット 2015-08-20 17.52.19ワン・コーラスのデモができ仮歌を入れ曲自体の雰囲気が決定したので、フルサイズに拡張します。その際便利なのがVer.3に実装されたスクラッチパッドという新機能です。
 
今回Ver.3の新機能の中で、ほかのDAWにはないオリジナル機能が“スクラッチパッド”。アレンジビューとは別の独立した時間軸で作業することが可能。例えば、ワン・コーラス制作後に構成を決める際、パート内にちょっとした変化(1コーラス目と2コーラス目の演奏違いのバリエーションなど)をオリジナルに変更を一切加えないで試すことができる。またもう1つの新機能“アレンジトラック”は、既存のマーカーより、さらにセクション認識が簡単にできるようになった。スクラッチパッドへの移動も、このアレンジトラックを作っておくとドラッグ&ドロップで可能。これを利用して、スクラッチパッド上でパターンを作り、アレンジトラックに張り付けて構成を作り上げて行くことや、まだ検証中だが、スクラッチパッドでライブ曲を複数管理することもできそうだ 今回Ver.3の新機能の中で、ほかのDAWにはないオリジナル機能が“スクラッチパッド”。アレンジビューとは別の独立した時間軸で作業することが可能。例えば、ワン・コーラス制作後に構成を決める際、パート内にちょっとした変化(1コーラス目と2コーラス目の演奏違いのバリエーションなど)をオリジナルに変更を一切加えないで試すことができる。またもう1つの新機能“アレンジトラック”は、既存のマーカーより、さらにセクション認識が簡単にできるようになった。スクラッチパッドへの移動も、このアレンジトラックを作っておくとドラッグ&ドロップで可能。これを利用して、スクラッチパッド上でパターンを作り、アレンジトラックに張り付けて構成を作り上げて行くことや、まだ検証中だが、スクラッチパッドでライブ曲を複数管理することもできそうだ
これ使ってみると“なんで今まで無かったのか?”と、DAWを使ったことがある人なら思うでしょう。スクラッチパッドは、まだ決まっていないアイディアを、オリジナルのアレンジビューに影響を与えずに、全く独立した時間軸で試すことができる機能です。この機能のすごいところは、テンポを変えてもオリジナルには反映されない点。劇伴のように、さまざまなバージョン違いの楽曲を作らなくてはいけない作業には、もってこいと言えるでしょう。今回はあらかじめ作ったワン・コーラスをフル・コーラスに伸ばす作業に活用しましたが、全くゼロの状態からスクラッチパッドでパターンを作り、できたパターンをアレンジビューに張ってゆくという方法もアリかもしれませんね。以上のようにして、デモを完成させました。スクリーンショット 2015-08-20 17.59.35ここで、筆者がこの曲のデモを作る際に行ったMIDIの打ち込みを、S1の画面と併せて具体的に説明していきたいと思います。DAWのMIDI打ち込みにおいて、筆者がこれさえあれば良いというエディットのコマンドは、“クオンタイズ”“ベロシティ”“デュレーション”“トランスポーズ”の4つです。これをきちんと使えれば、どのDAWでも問題ないと考えています。これらを素早く使うには、ショートカットは必須です。S1では、主要なDAWのプリセットが用意されているほか、自分のやりやすいコマンドにカスタマイズすることが可能なので、そういったやり方も含め1つずつ解説していきましょう。スクリーンショット 2015-08-20 18.01.20
S1のクオンタイズは、画面上部のツールバーの“Q”をクリックするとパネルが開きます。そこで、グリッドかグルーヴのモード選択、音価、連符とスウィング、スタート、エンド、ベロシティなどの設定をして実行。よく使う設定は最大5つまでプリセット保存可能で、さらにそれらはキーボード・ショートカットにアサインできます。筆者の場合はちょっと特殊で、パソコンのキーボードの左下、Z/X/C/Vと左から順に、主に左手だけでできるように割り当てています。 S1のクオンタイズは、画面上部のツールバーの“Q”をクリックするとパネルが開きます。そこで、グリッドかグルーヴのモード選択、音価、連符とスウィング、スタート、エンド、ベロシティなどの設定をして実行。よく使う設定は最大5つまでプリセット保存可能で、さらにそれらはキーボード・ショートカットにアサインできます。筆者の場合はちょっと特殊で、パソコンのキーボードの左下、Z/X/C/Vと左から順に、主に左手だけでできるように割り当てています。
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ベロシティ・コマンドは、DAWで打ち込む際に、音楽の表現力を決める最も大事なエディットの1つですが、S1ではもともとショートカットが割り当てられていません。ですがよく使うコマンドなので、筆者は単純に“V”をアサインしています。“加算”“圧縮”“すべてを次に”のパラメーターがあり、数値入力とパーセンテージで変化させます。それぞれの項目にショートカットはアサインできないので、そこの選択は一つ一つ手動でやっています。 ベロシティ・コマンドは、DAWで打ち込む際に、音楽の表現力を決める最も大事なエディットの1つですが、S1ではもともとショートカットが割り当てられていません。ですがよく使うコマンドなので、筆者は単純に“V”をアサインしています。“加算”“圧縮”“すべてを次に”のパラメーターがあり、数値入力とパーセンテージで変化させます。それぞれの項目にショートカットはアサインできないので、そこの選択は一つ一つ手動でやっています。
スクリーンショット 2015-08-20 18.01.37
S1では“長さ”というコマンドで、よく使う機能は“レガート+オーバーラップ修正”だと思います。ノートとノートをレガートにつなげるコマンドですが、アルペジオやミュートの音色の長さを一定にする場合にも重宝しています。こちらはショートカットをアサインできるので、筆者はctrl+Dを割り当てています。 S1では“長さ”というコマンドで、よく使う機能は“レガート+オーバーラップ修正”だと思います。ノートとノートをレガートにつなげるコマンドですが、アルペジオやミュートの音色の長さを一定にする場合にも重宝しています。こちらはショートカットをアサインできるので、筆者はctrl+Dを割り当てています。
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複数のノートもしくは全体のキーを変更するコマンドです。こちらも“加算/減算”“すべてを次に”のパラメーターがあり、±2オクターブのシフト・チェンジもできます。ピアノロール内であれば、Shift+↑/↓でオクターブ・シフトさせることができ、↑/↓では半音単位で動かすことが可能です。 複数のノートもしくは全体のキーを変更するコマンドです。こちらも“加算/減算”“すべてを次に”のパラメーターがあり、±2オクターブのシフト・チェンジもできます。ピアノロール内であれば、Shift+↑/↓でオクターブ・シフトさせることができ、↑/↓では半音単位で動かすことが可能です。
スクリーンショット 2015-08-20 17.59.50それではいよいよレコーディングです。今回は歌とアコギ、エレキギターを筆者のプライベート・スタジオSt100kgで、ドラム、ベースをスクランブルズ・スタジオで録音しました。歌とギターのマイクプリには、CHAMELEON LAB 7602、コンプ/リミッターにSHINYA STUDIO 1176Rev D Peak Limiterを通して、RME UFXでA/Dして録音していきました。今後リアンプすることも含め、エレキギターはDIでライン録りもしています。ボーカルは、ピッチに関しては問題なかったのですが、歌詞ごとのばらつきを修正するために、Melodyneを使用しました。
ボーカルやギター・ダビングの後、気になるピッチ修正のためにMelodyneを活用するが、ピッチだけではなくタイミングの調整、ブレス、スクラッチ・ノイズなどの軽減にも役立つ。S1はMelodyneが組み込まれている(Melodyne Essentialが付属する)ので、プラグイン版のようにリアルタイムでキャプチャーする必要がなく、リージョンを選択し、メニューから“Melodyneで編集”を選べば、一瞬にエディット準備完了 ボーカルやギター・ダビングの後、気になるピッチ修正のためにMelodyneを活用するが、ピッチだけではなくタイミングの調整、ブレス、スクラッチ・ノイズなどの軽減にも役立つ。S1はMelodyneが組み込まれている(Melodyne Essentialが付属する)ので、プラグイン版のようにリアルタイムでキャプチャーする必要がなく、リージョンを選択し、メニューから“Melodyneで編集”を選べば、一瞬にエディット準備完了
またマルチトラック・コンピングという、複数のテイクからOKテイクを選んで1つのトラックにまとめる機能もよく使います。初めから1トラックだけで完成させるのではなく、のちのち聴き比べて前の方が良かったということが多々あるからです。続いてベースとドラムです。録音を行ったスクランブルズ・スタジオは、約20畳のブースとコントロール・ルームがあります。こちらで加納氏のエンジニアリングの下、ドラムとベースを同時に録音しました。そして普通のレコーディングではあまり無いことですが、生のダビングともともと入っているトラックとのバランスを取るために、コントロール・ルームから筆者が、“Studio One Remote For iPad”を使いました。Studio One 3をWi-Fi経由でコントロールするアプリ“Studio One Remote For iPad”は、反応が速く、無償である点も魅力。DAWのフェーダー画面がそのまま表示され、上部にはアレンジトラックで作成したバーも表示される。カスタマイズ可能なソフト・エディット・ボタンも作業効率を上げるために役立つ機能だ
Studio One 3をWi-Fi経由でコントロールするアプリ“Studio One Remote For iPad”は、反応が速く、無償である点も魅力。DAWのフェーダー画面がそのまま表示され、上部にはアレンジトラックで作成したバーも表示される。カスタマイズ可能なソフト・エディット・ボタンも作業効率を上げるために役立つ機能だ
Studio One Remote for iPadのメイン画面
Studio One Remote for iPadのメイン画面
これが意外に便利でレイテンシーもなくマルチタッチを生かしてサクサクと操作できたのです。32ビット/96kHzという環境で作業を進めていましたが、それに伴って動作が重くなるということが一切無かったことには少々驚きました。以上でレコーディングは完了です。その後、ミックスを加納氏にお願いするにあたって幾つか整理したことがあります。まずは互換性の無いサード・パーティのプラグインを抜き、地味な作業ですがそれぞれ録音した素材のクロスフェードなどのオーディオの簡単なトリートメントです。トラックの並びも分かりやすいように歌、リズム、ベース、ピアノ、ギターとカテゴリーに分けたり、グループごとの色付けもしました。次ページへ前ページへ