
S1で曲のエモーションに合わせた演出を
“プラグインを活用した手法を”と言われて初めに思い付いたのは、ステレオ・イメージャーによるギミック作りです。ステレオ・メージャーは、LchとRchの位相をズラすなどしてステレオ音声の左右幅を変えるエフェクト。セッティング固定で使うことが多いと思いますが、僕はDAWのオートメーションと組み合わせたりもします。
よく使うステレオ・イメージャーはWAVES S1のイメージャー・コンポーネント。これをシンセ・パッドなどにインサートし、曲の流れに沿って左右幅を変えていくのです。例えばBメロから登場するパッドにかけて徐々に開いていき、サビでマックスにすると盛り上げの演出になります。これとは逆に、歌詞の内容が切ない場面では、左右幅を狭めて内省的なムードを助長することも。いずれもやり方はシンプルで、S1のWidth(左右幅を調整するパラメーター)にオートメーションを描くだけです。特定パートの音量をフェーダーで上げ下げして抑揚を付けるのもよいですが、同時に左右幅を調整することで派手さや感情を表現するのが僕なりのテクニックです。
Widthの右下にあるRotationでは、設定した左右幅を維持しながらミックスのポジションを変えられます。中央の“0”に合わせるとセンター、左に動かすとLch寄り、右ならRch寄りに定位させることが可能。例えばボーカルとピアノ、アコースティック・ギターから成る曲があって、ピアノを少し左に定位させたいとします。そうした場合にRotationを左へ動かせば、実際の空間でピアノの“置き場所”を変えたような定位感が得られるのです。これはS1ならではの効果でしょう。ミキサーのステレオ・チャンネルでパンニングすると左右の音量バランスが崩れてしまいますが、Rotationならその心配もありません。

大胆な定位表現が可能なMondoMod
S1と組み合わせて使うことがあるWAVES MondoModでもギミック的な音作りが行えます。MondoModはトレモロとビブラート、オート・パンを統合したエフェクトで、僕は専らオート・パンとして使用。リリースが長めのSE(スウィープなど)にかけることが多く、定位を緩やかに変えていきます。短い音に使っても効果がやや薄いので、長い音を選ぶ方がいいですね。
このオート・パンは内蔵LFOの周期に従って動くもので、Rotationと名付けられています。名前の通り“リスナーの周りを音が回っているような効果”を得られ、単純なオート・パンではなく、位相をいじったような質感です。イヤホンで聴いてみるとよく分かりますし、ライブ会場などの大音量環境なら音が空間を飛び回るような効果を作り出せるので迫力満点でしょう。僕はMondoModの後段にS1を挿して左右幅を広げ、より大きな空間で音が回っているように聴かせることがあります。

ハイレゾ時代に効くRenaissance Bass
僕はビンテージのハードウェアをコレクションしていて、TECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUNDの曲で使っている音には、それらをサンプリングして作ったオリジナル・ライブラリーも数多く含まれています。電源周りからケーブル、プリアンプまでこだわり尽くし192kHzでサンプリングしたのですが、そうやって得たサンプルを192kHzや96kHzのようなハイレゾ環境でミックスしたとき、“40Hz辺りの膨らみ方”が大事だと気付きました。
ハイレゾと言えば高域の周波数特性が特徴ですが、僕は低域の解像度にも注目していて、サンプリング周波数が上がるほどに低音楽器の様子がよく見えると感じています。また、よく見えるようになったからこそ、作り込みもしやすくなりました。そこで活用し始めたのが、低域エンハンサーのWAVES Renaissance Bassです。
Renaissance Bassは、低域に倍音を加えることで、存在感を強調できるエフェクトです。48kHzで作業していたころは“これをかけるとブンブン言うな”と思ってあまり使わなかったのですが、96kHz以上の環境で仕事し始めてからは、むしろ意識して使うようになりました。対象はキックやベースで、とりわけキックに関しては、グルービーな曲であれば必ず挿しています。ROLAND TRシリーズなどの1980年代のPCMリズム・マシンも、音そのものはしっかりと作られているのですが(特にTR-505のキックのアタックは最強!)、低域についてはハイレゾ環境ならもっと押し出すことができます。それだけ今の環境では、周波数的なスペースに余裕があるわけですね。
例えばTR-707のキックにかければ、あのアタッキーさを維持しつつ、より今時な量感を持たせることが可能。ベースはピッチがよく分かるようになり、ルートも前に出てくるので、曲全体の和声感がハッキリします。僕はこの変化を聴いたとき、ミックス時のルート音の重要性にあらためて気付かされました。ルートは大事です!

原音のニュアンスを崩さないプラグイン2種
ここまでプラグインの話をしてきましたが、僕は楽器での音作りや録音のクオリティの方を重視していて、プラグインによる処理は大抵“ミックス段階での補正”と解釈しています。そうした考えにマッチしていて、最近気に入っているのがWAVES Scheps Parallel Particlesというプラグイン。アデルやメタリカなどを手掛けるエンジニア、アンドリュー・シェップス氏のノウハウを一つのプラグインとしてまとめたもので、ワンノブ型のエフェクト4つが統合されています。面白いのは、どのノブをひねっても原音のキャラクターが崩れず、欲しいものだけを足せるところ。超低域に倍音を付加するSUBというパラメーターを備えることからRenaissance Bassのようにも使えますが、効果はよりナチュラルです。
特に相性が良いと思うのはボーカルです。例えば“個性的な声だけどなかなか抜けてこない”と感じた場合に立ち上げると、AIR(高域ブースト)やTHICK(中低〜中域の強化)などのパラメーターでたちどころに抜けを良くすることができます。しかも、そのかかり具合がめちゃくちゃ良い! いろいろ挿すよりコレ一発で済ませた方が良い場面もあるので、今後もガンガン使っていきます。

【TOPIC】Scheps Parallel Particlesの仕組み
今回、佐藤さんは従来からあるRenaissance BassよりもScheps Parallel Particlesのサウンドが自然に聴こえるとインプレッションを語っていました。Scheps Parallel Particlesでの低域強化がRenaissance Bassに比べてよりナチュラルである主な要因は、内蔵のフィルターによって高域のあるポイント以上をカットし、信号の位相を整えてから“Sub”コントロールに入力する、というプログラムの振る舞いにあります。
“AIR”コントロールは、高域倍音を生成するハーモニック・ジェネレーターとして製作されています。また“THICK”は非常にゆっくりとしたアタック・タイムのコンプレッションを施すもので、先頭のノートは通過させつつ、残る部分を素早くつかみ、逃しません。こうした処理が明りょうで自然なボーカル・サウンドに貢献しているのでしょう。
(解説:WAVESプロダクト・マネージャー マイク・フラディス氏)
以上のようにして各パートの音作りをしているわけですが、マスタリングもおろそかにはできません。ハイレゾ配信や放送局に向けたマスターの作成では、DAW上のピーク・メーターだけでは分からないトゥルー・ピーク(=D/A後に発生するピーク)にも留意せねばならず、それを抑えられるリミッターが必要になります。
僕が最近愛用しているのは、デフォルトでトゥルー・ピークをリミッティングできるAVID Pro Limiter。リミッティングを感じさせない奇麗な音質で、深めにかけてもひずみにくいのが特徴です。またCHARACTERというパラメーターでは倍音を付加でき、リミッティングした後にアタックの出具合やグルーブを調整することが可能。
僕はこのPro Limiterを、2ミックスのほか、個別の楽器にかけることもあります。例えばピアノなどはバンドのオケに埋もれがちだったりするため、何かしらのレベル・マネージメントが必要です。しかしコンプだとファットになり過ぎるきらいがあるので、Pro Limiterでピークをたたいて音圧を稼いでいるのです。

さて、今回はWAVESのプラグインを中心に紹介しました。10数年の間ずっと使っているツールなので、自分の中ではもはや“プラグインのリファレンス”となっています。最近は変り種とも言えそうな製品も発売されているので、楽曲制作へ積極的に取り入れていきたいですね。