ボーカルの抜けはJJP Vocals一発で!
昨今は、ポップスにしてもダンス・ミュージックにしても、作曲者自身にミックスのスキルが求められるようになりました。そんな中、最も難しい工程の一つとして“ボーカル処理”が挙げられると思います。僕も以前はコンプやEQだけで奮闘していましたが、とあるボーカル処理用プラグインを購入してから仕事がグッと効率的に。そのプラグインとは、何を隠そうWAVES JJP Vocalsです。
JJP VocalsはUSのエンジニア、ジャック・ジョセフ・プイグのシグネチャー・プラグインです。プイグと言えば、ベックやレディー・ガガなどの楽曲を手掛けたことで知られる超敏腕。その彼のボーカル処理術を単体のプラグインとして再現したのが、このJJP Vocalsなのです。さまざまなエフェクトがひとまとまりになっていて、EQやコンプ、ディエッサーのほか、リバーブやステレオ・イメージャー、エキサイターなどが含まれているようです。
僕は普段、ダンス・ミュージックをメインに手掛けていますが、シンセのようなマシン・サウンドの中に生のボーカルを入れて抜け良く聴かせるのは、なかなか難しいものです。そこでまずはJJP Vocalsを挿してみます。GUI中央下にMALEとFEMALEのジェンダー・プリセット・ボタンがあるので、ボーカリストの性別に合わせて選択。声になじむものを選んだら、それを元に音作りを進めます。
パラメーターの中で最も興味深いのが“MAGIC”というフェーダー。音を聴く限りは高域のブーストEQとコンプ、リバーブの効果を同時に得られるもので、上げるだけでたちまち抜けが良くなります。左側にはワンノブ型のコンプがあるので、併用すれば音圧を上げることが可能。やり過ぎるとコンプ臭くなりますが、普通のコンプで“アタック・タイムは……リリース・タイムは……”とやっていたことを思うと、ずっと効率的です。そして極め付けはATTACKとATTITUDE、PRSNCEの3本のフェーダー。特定帯域の倍音を強めるものと思われ、ATTACKは中域、ATTITUDEは低域、PRSNCEは高域に作用します。JJP Vocalsを立ち上げただけで抜けが良くなるボーカルも多いのですが、そうならない場合はこれらで倍音を強調し、音を立たせます。また女性ボーカルなどに“声が繊細で、シンセに負けているな”という印象を持ったときには、ATTITUDEで太さを補完しています。
JJP Vocalsはキャラクターの強いプラグインですが、それでいて音楽的なまとまりを備えており、いかにも“海外エンジニアの音”という感じです。僕はJJP Vocalsで歌の基本的な音作りを済ませてから、追い込めなかった部分を後段のプラグインで賄っています。

低域のダブつきをC6でピンポイントに制御
で、その後段に挿すプラグインの代表格がマルチバンド・コンプのWAVES C6。同社の4バンド・コンプC4に2つの“フローティング・バンド”を追加したモデルです。フローティング・バンドとは、ゲイン・リダクションする帯域を周波数ポイントとQ幅の2つのパラメーターによって設定できる機能。例えば“このボーカリストはとても良い声をしているけど、5kHz辺りがピーキーなので、声を張ったときにキンキンしてしまう……”といった場合に、5kHz周辺が指定した音量(スレッショルド値)を超えたときのみリダクションされるよう設定することができます。また、2つのクロスオーバー周波数で区切った帯域において、狙いの周波数をピンポイントに抑えることも可能。つまりダイナミックEQ的な使い方ができるわけです。
僕はこれをボーカルだけでなく、ベースやトータルの処理にも使っています。ベースに関しては、80Hz辺りが出過ぎているとクラブでブーミーに聴こえ、中〜高域のシンセなどが食われてしまいます。なのでC6を使い、その辺りの帯域をたたいておくわけですね。これは、マスターの音圧レベルのアップにもつながります(ちなみに自宅スタジオでの低域チェックは、オープン型ヘッドフォンのSENNHEISER HD650で行っています)。
トータルにかけるのは、マスタリングを行うときです。まずはDAWソフトの新規プロジェクトにリファレンスの曲と自分の曲のデータを読み込み、各トラックにC6を挿します。両者を聴き比べつつ音作りするわけですが、このときに便利なのが各帯域を単独でモニターできる“ソロ機能”。各バンドにあるSボタンを押せば、低域だけを聴いたり中域だけを聴いたりできるので、両者の各帯域のコンプ具合を聴き比べながら、リファレンスに近付くよう処理していきます。各帯域がリファレンスに近くなったら、全帯域を同時再生したとき奇麗に鳴ってくれますよ。
ソロ機能付きのマルチバンド・コンプは今や当たり前になっていますが、C6ならではの魅力と言えば、やはりその音でしょう。かかり方が実に滑らかなんです。だからこそ各種パートに使えますし、個人的にはWAVESプラグインの中で最もよくお世話になっているかもしれません。

Vitaminを使えばキックはレイヤー要らず
次はマルチバンドつながりでWAVES Vitaminという5バンドのハーモニック・エンハンサーにフォーカス。任意の帯域の倍音を強調できるプラグインで、僕はキックによく使っています。ダンス・ミュージックはキックが命ですが、ベースと干渉したり、上モノの音数によっては埋もれがちなのが悩みどころ。そこでVitaminの出番です。キックのアタックの帯域(5kHz周辺など)にかけると、たちどころに抜けが良くなります。以前はサイン波キックなどの低音素材にアタッキーなサンプルをレイヤーして抜けを作っていましたが、Vitaminを使い始めてからはその必要が無くなりました。
また各バンドにステレオ幅の調整ノブが付いているので、低域をモノラルにしつつ、アタックの帯域を左右に広げたりもします。最近のEDMにはキックの高域成分を広げている曲もあるので、そうした方向性の音作りをしているわけですね。そして特筆すべき点は、効果がとても自然なこと。抜けが良くなる割にエグい感じがしないし、人工的な質感でもないんです。

【TOPIC】Vitaminでは、なぜ自然な効果が得られるのか?
Vitaminは、オーディオの各周波数帯域にアナログ・スタイルの“ひずみ”を加えます。ただし、ひずみと言っても、対象となる帯域の倍音構成を元に注意深く生成しています。これにより、高品位な音響的エンハンスと、サウンドの明りょう度の大幅な向上を実現しているのです。
ひずみによる効果は、Vitaminならではのユニークな手法です。通常、こうしたひずみは単純に入力レベルに依存しますが、Vitaminでは入力への感度を抑え、より安定したひずみを生み出すことに成功しています。これがMKさんの感じている“効果のナチュラルさ”の要因です。
こうしたひずみに加え、Vitaminはステレオ・イメージャーの機能も備えています。WAVESのステレオ・イメージャーS1に似た処理ですが、大きく異なるのがそれを帯域別に行っていることです。S1ではミックス全体のステレオ・レベル・バランスを再調整し、劇的にステレオ・イメージを広げることもできますが、Vitaminでは各周波数で個別にM/S処理を行うという、ユニークな方法でステレオ・イメージングの効果を得ているのです。
(解説:WAVESインターナショナル・マーケティング ウディ・ヘニス/Udi Henis)
ビルドアップを彩る2種類のプラグイン
EDMの話を出したので、DADA LIFEというEDMユニットが作ったワンノブ型のプラグインEndless Smileを取り上げます。DADA LIFEと言えばひずみ系プラグインのSausage Fattenerが有名で、Endless Smileは第2弾。そのぶっ飛んだ機能に、僕の周りでも話題沸騰中です。と言うのも、マスターに挿してノブをひねるだけで、“ザ・EDM”なビルドアップ・エフェクトがかけられるからです。曲の進行に合わせてノブを上げていけば、ディレイやリバーブ、ハイパス・フィルターなどがぐわ〜っとかかっていくわけですね。エフェクトが深くなってもゲインは維持されますし、プリセット(全7種類という潔さ)によってはピッチ・アップのスイープが加わるという役者ぶり。楽曲制作時はノブにオートメーションを描いて使用しますが、ライブやDJなどで使っても面白そうです!

ワンノブ関係では、ローパス・フィルターのWAVES OneKnob Filterも愛用の一品。例えば、元から高域成分の少ないシンセ音をさらにハイカットしたい場合などに使っています。シンセのフィルターだと変化が地味になりがちですが、OneKnob Filterなら“音が抜けつつもハイカットされる”といった不思議な効果を得られます。盛り上がりの必要なビルドアップなどに最適ですね。WAVESプラグインと言えばエンジニアの方々にも愛用され、繊細な処理も得意ですが、僕は原音を劇的に変化させる目的で使うことがほとんど。その意味で楽器に近く、無いと曲が成立しないというほど多用していますね。
