GENELECの革新的なモニタリング技術 SAMシステムの有用性①

1978年に創業したGENELECは、アクティブ・モニター・スピーカーの先導的なメーカーとしてさまざまな製品を開発してきた。SAM(Smart Active Monitoring:スマート・アクティブ・モニタリング)システムは同社の代表的な技術の一つで、正確かつ信頼性の高いモニタリングを届けるためのツールとして、2000年より研究開発されたものだ。2006年には、専用ソフトウェアGLM(Genelec Loudspeaker Manager)のリリースにより5種類のDSP搭載スピーカーが発表され、以降、ハード/ソフトウェアのアップデートがなされてきた。SAMシステムが本格稼働して10年がたった今、あらためてこの技術の有用性についてGENELECのR&Dマネージャー、アキ・マキヴィルタ氏にメール・インタビューに答えてもらった。さらに音楽制作の現場での活用法を、音楽プロデューサー/ギタリスト/作編曲家の鈴木“Daichi”秀行に聞いていこう。

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▲GENELECのR&Dマネージャー、アキ・マキヴィルタ氏 ▲GENELECのR&Dマネージャー、アキ・マキヴィルタ氏

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 2000年より研究/開発が始まったSAMシステム。現在のGENELECで中核を担う技術だが、どのような経緯で開発がスタートしたのか? そして、その有用性についてR&Dマネージャー、アキ・マキヴィルタ氏がメール・インタビューに答えてくれた。

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— SAMシステム開発の経緯を教えてください。

 Aki  SAMシステムはプロフェッショナル・モニタリングのユーザーが現場で直面する問題に対する答えとして開発されました。つまり、モニターのクオリティを完ぺきなものに近付け、モニター・ルームの音響的な影響を相殺する信頼性の高い方法を生み出すことが目的で、もともとの動機はモニタリングの信頼性を上げることでした。また、スマート・アクティブ・モニターはDSPを搭載しており、通常のモニタリング用スピーカーと比べて、アコースティカル・システムに格段の柔軟性を与えています。DSPを採用することで、フィンランドのイーサルミにあるGENELECの工場で、モニター一個一個の音響特性をニュートラルに調整できるのです。また、この方法を採用したもう一つのメリットが、製造されるモニターの特性が非常に類似したものになることです。同じ種類のSAMモニターはどれも類似しているため、極めて信頼性の高いモニタリングが可能になります。SAMのアプローチにおける2つ目の成果は、リッチでパワフルな音場補正の組み合わせを可能にしたことです。音場補正機能はモニターとサブウーファーの内部に搭載されています。専用ソフトウェア=GLM上でルーム測定補正値を計算し、個々のモニター、サブウーファーへ指示するのです。SAMシステムのデザインの始まりは、これらの2つの目標を達成することでしたね。

— 開発に苦労した点はどんなことでしょうか?

 Aki  最も苦労したことは、GLMのネットワーキング・システムのデザインだったと思います。これはGENELECが特許を取得している独自のもので、一つのモニター・ルームで最大40台のモニターとサブウーファーを制御できるパワフルなシステムです。最近の製品では、クラスDアンプと、オーディオ・モニタリングに適したSMPS(スウィッチ・モード・パワー・サプライ)テクノロジーの開発に苦労しました。社内での開発は完了したので、今後クラスDとSMPSテクノロジーを搭載したSAM製品ラインを拡充することになるでしょう。

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— クリエイターにとってSAMシステムのメリットは何だと思いますか?

 Aki  SAMシステムは、制作中のコンテンツのモニタリングを精密に細かく分析でき、より詳細に行うことが可能なので、クリエイターにとって不可欠でしょう。SAM搭載のスピーカーを使って行う作業は、スピードと信頼性が上がるので、最終的なクライアントの環境下でもより良い状態で再生されます。近年のクリエイターの多くは自宅スタジオで作業を行うため、音響空間はそれ専用に作られたスタジオとは異なります。SAMシステムは、現実的な作業空間によって生じる音響的な問題を解決する完ぺきな解決策であるわけです。

— ではエンジニアにとってはいかがでしょう?

 Aki  SAMシステムは非常にパワフルでありながら、同時に素早く簡単に使用できます。究極のメリットは設置環境がどのようなものでも、簡単で正確なモニタリングが可能になることです。そして、オーディオ・イメージとサウンド・ステージが正確に再現されるのです。通常であれば、一つのモニターを違うルームに移動させて信頼性の高いモニタリングを行うことは、非常に難しいか場合によっては不可能なのですが、SAMシステムを採用することで可能になります。これは、モニタリング・ルームの信頼性を高めるだけでなく、ルーム間を行き来するエンジニアにとって非常に重要なことと言えます。つまりSAMシステムは精巧度の高い新たなモニタリングを可能にするのです。

— SAMシステムの将来的な展望を教えてください。

 Aki  今後もSAM製品とGLMソフトを開発し続けるつもりです。既にルーム補正パワーを、モニタリング・ラウドスピーカーでは4倍に、サブウーファーでは5倍に増やし、音響的にコアキシャルな3ウェイ・モニターの第一世代を製品ラインに追加しました(8351Aと8260A)。最小モデルの8320AにはSAMモニターの中で最も大きなルーム補正パワーが搭載されているのですが、デスクトップやコンパクトなルームの音響的な制約の多さを考えると、この決断は正しいものなのです。現在のオーディオ製品のフォーマットは、ステレオからマルチチャンネル、そして3Dオーディオへと飛躍的に変化しています。GENELECは3Dオーディオのソリューションをリリースしており、既にSAMシステムは将来のオーディオ・システムへの準備ができている状態です。GLMソフトの機能の開発も続けており、将来のエンジニアやオーディオ・コンテント・デザイナーが作る作品への対応も行っていきます。我々は技術曲線の先端を走り続け、変化し続けるモニタリング・マーケットで今後もパイオニア的なソリューションを開発し続けていくつもりです。

GLM 2.0 Software

▲Mac/Windows両対応のGLM 2.0ソフトウェアは、コントロール・ルーム内のすべてのモニターとサブウーファーのセットアップ、自動キャリブレーションならびに連続的制御を可能にする ▲Mac/Windows両対応のGLM 2.0ソフトウェアは、コントロール・ルーム内のすべてのモニターとサブウーファーのセットアップ、自動キャリブレーションならびに連続的制御を可能にする
▲GLM内で動作するモニタリング・システム・キャリブレーション・アルゴリズム=GLM AutoCalによって“レベル”“距離(ディレイ)”“周波数特性”を補正した後の画面。 ▲GLM内で動作するモニタリング・システム・キャリブレーション・アルゴリズム=GLM AutoCalによって“レベル”“距離(ディレイ)”“周波数特性”を補正した後の画面。

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【Profile】1994年ConeyIslandJellyFishのメンバーとしてデビュー。その後、作編曲家/プロデューサーとして、miwa、いきものがかり、絢香、赤と嘘など、バンドからシンガー・ソングライター、アイドルまで、StudioCubicを拠点に多くのアーティストを手掛けている。 【Profile】1994年ConeyIslandJellyFishのメンバーとしてデビュー。その後、作編曲家/プロデューサーとして、miwa、いきものがかり、絢香、赤と嘘など、バンドからシンガー・ソングライター、アイドルまで、StudioCubicを拠点に多くのアーティストを手掛けている。

SAMシステムによって音楽制作のクオリティも上がると思います

 GENELECのモニター・スピーカーを自身のスタジオStudioCubicのメインとして使用している鈴木“Daichi”秀行。作曲〜アレンジ〜ミックスまで、GENELECのスピーカーで作業している氏に、クリエイター目線でのSAMの有用性について聞いてみた。

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— SAMの登場により、モニタリングの環境はどのように変わりましたか?

 鈴木  SAMが登場する以前は、スピーカーの調整はDIPスイッチで行っていました。その調整の際にアナライザーを使うわけでもないし、僕は熟練したエンジニアでもないので、結局耳で判断するしかなかったのです。いろいろなスタジオで音を聴いてはいたものの、なかなかリファレンスとしてのモニター環境を作るのは難しいことでした。ただ昔は外のスタジオで作業することも多く、それでも大丈夫な部分もあったのですが、最近は自宅で作業するスタイルが多くなってきたので、自宅でもきちんとモニターできることは重要ですよね。だからGMLソフトウェアで自動的にフラットな状態を作ってくれるのはすごくありがたいです。僕もこのスタジオでは、早い段階からDSP搭載のスピーカー、8250Aを使っているんですけど、これがリファレンスですよとしっかり提示してくれるので、音作りもしやすくなりました。

— 実際にGLMによる測定をしてみていかがでしたか?

 鈴木  今回、8350Aをお借りして、StudioCubicのプリプロ・ルームに設置してみたんですけど、GMLソフトウェアの調整前と調整後ではガラッと変わりましたね。もともと低域がちょっとだぶついていたり、壁の影響でL/Rのバランスがズレていたんですけど、そこをしっかり補正してくれて、すっきりとモニターしやすくなりました。GMLの操作も簡単で、音は自動的に調整してくれますし、測定後に手動でEQすることもできるので柔軟性がありますよね。また、測定ポイントが1カ所だけでなく複数個所でできるのも便利です。自分より後ろのソファでアーティストが聴くといった場合でも、調整された音で聴ける。スイート・スポットが限られてしまわないのは良いですね。あと、サラウンドなど、マルチスピーカーの環境を作る際にも威力を発揮するでしょうね。

▲鈴木“Daichi”秀行のスタジオ、StudioCubicのプリプロ・ルームに設置された8350A(外側)。鈴木は今回、デスク前に測定用マイクを立てて、GLMソフトウェアで調整を行った ▲鈴木“Daichi”秀行のスタジオ、StudioCubicのプリプロ・ルームに設置された8350A(外側)。鈴木は今回、デスク前に測定用マイクを立てて、GLMソフトウェアで調整を行った

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— クリエイターがこのシステムを活用するメリットとはどんな点だと思いますか?

 鈴木  今のクリエイターは、自分のスタジオで作業する人がほとんどなので、エンジニアリングの部分も同時に行っている人が多いですよね。そのため必然的に求められる楽曲クオリティも高くなっているので、作る際の音の良しあしが作品の良しあしに直結してきます。本来の音が分かれば、よりクオリティの高い作品につながるということなんです。だから、自己完結型のクリエイターには当然必要になってくると思います。

— 最初の段階から正確な音を聴きながら作ることが重要ということですね。

 鈴木  そうですね。またエンジニアに途中からバトンタッチする場合も、元の素材のクオリティが厳しいとエンジニアの作業がマイナス・スタートになってしまうという話をよく聞きます。その原因の一つとして、クリエイターのモニター環境が悪いことが挙げられるんですよ。だからモニター環境が改善されることで、エンジニアはマイナスをゼロにするのではなく、良いものをさらに良くするということに力を入れられるわけです。そうなると最終的な楽曲の出来上がりも絶対良いものになるはずです。音の素材を正確な音で聴いて作るというのは、音楽制作の原点だと思うので、それを担うクリエイターのモニター環境がしっかりしているかどうかは、実は楽器や音源をそろえるよりも重要性が高いと思いますね。あとクリエイターは、部屋の配置をよく変えると思うんですよ、締め切り前とかに(笑)。そんなときでもGMLソフトウェアで測定して調整すれば、いつもと同じモニタリング環境をすぐに作れます。だからSAMはエンジニアにはもちろん、クリエイターにも有用性のあるシステムだと断言できますね。僕も今後もずっとお世話になっていくと思います。

▲モニタリングの様子。クリエイターがSAMを活用するメリットについて鈴木は、「本来の音が分かることで、作品のクオリティも上がると思うんです」と語る ▲モニタリングの様子。クリエイターがSAMを活用するメリットについて鈴木は、「本来の音が分かることで、作品のクオリティも上がると思うんです」と語る

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