岩佐俊秀(SYNC LIVE JAPAN)が使う「Pro Tools」第1回

Pro Toolsでライブ・オペレート
〜オケの仕込みのノウハウ

 初めまして、SYNC LIVE JAPANの岩佐俊秀と申します。AVID Pro Toolsについて執筆の機会をいただき、とても光栄です。弊社は、ライブ・マニピュレートを中心にしている会社で、約10名のメンバーで年間600公演を担当しています。今回、次回とそうしたライブ・マニピュレート現場におけるPro Toolsの使い方と取り組みを書いていきたいと思います。

Pro Toolsでミックスされた曲が
そのまま受け取れる互換性の高さ

 僕は1994年から小室哲哉氏に師事しまして、2017年夏にSYNC LIVE JAPANに移籍しました。小室さんの現場では、作曲からレコーディング、ライブでのマニピュレート、ライブ・ミックスまで、いろいろな経験をしました。それらの経験は今につながっていて、大変感謝しています。

 Pro Toolsの出会いも、1990年代後半に、当時globeのエンジニアをしていたアンドリュー・シェップス氏に勧められたのがきっかけです。そこからTKスタジオは、一気にPro Toolsを導入することになりました。以来、仕事では一貫してPro Toolsを使っています。

 さて、ライブ・マニピュレートの基本的な考え方は、“アーティストが制作した作品の鮮度を落とさず、ライブで再現する”ことです。ライブ会場まで来てくれるオーディエンスは、リリースされている音源を聴き込んで来てくれている方が多いはず。まずそのイメージを再現できることに、最大限努力します。その上で、アーティストやクライアントのコンセプトを理解して、ライブ用に最適化した音が出せるように考えていきます。

 弊社では、ライブ・オペレートにPro Toolsを使用しています。それはレコーディング現場で最も使われているDAWだからです。共通のDAWを使用することによって、再現性が担保され、共通言語や認識も生まれるので、より質の高いサウンドを提供できるようになります。

 曲単位のデータは、元がPro Toolsであればセッション・ファイルごといただくケースが多いです。もちろん、制作のDAWがほかのソフトの場合は、パラで書き出したオーディオ・ファイルで提供してもらいます。元がPro Toolsセッションであっても、ステムを受け取るケースもあります。

クライアントから届いた1曲分のセッション・データ。ライブ用トラックもこれを元にする。筆者もPro Toolsを使用しているので、使われているプラグイン・エフェクトの種類/設定はもとより、トラック構成、オートメーションなどを含め、そのまま分析ができる点が重宝する クライアントから届いた1曲分のセッション・データ。ライブ用トラックもこれを元にする。筆者もPro Toolsを使用しているので、使われているプラグイン・エフェクトの種類/設定はもとより、トラック構成、オートメーションなどを含め、そのまま分析ができる点が重宝する

 ライブ・オペレート用の準備としては、こうした個々の曲のセッション(もしくはパラデータ)から、パート単位でまとめたステムを作り、“マスター・セッション”と呼ぶ、ライブ・オペレート用のセッションに読み込みます。

 個々の曲のセッションは、まずどのようにミックスされているかを分析します。ライブで再現できるように最善策を考えていくのと、楽曲の内容、コンテンツの理解を深めていく作業を並行して行います。例えば、現在はキックだけで6tr使っているような楽曲もごく当たり前のようにありますので、これを1つのキック・ステムとしてまとめます。録音作品のミックスでは、例えばキックをまとめたり、ドラム全体をまとめたりとAUXトラックを使ってサブミックスを作成していきますが、ステムの作成もそれに近いイメージです。

ある曲の例。キックが6つのトラックで構成されているので、それを最下段のステムとしてまとめる。ステムとはいえ、数十trになることもある ある曲の例。キックが6つのトラックで構成されているので、それを最下段のステムとしてまとめる。ステムとはいえ、数十trになることもある

 印象的なトラックは、極力単独で扱いたいので、“シンセ1”“シンセ2”といったように分けていくこともあります。とはいえ、現在のセッションはミックス段階で200trほどのケースもあり、ステムにしたとしても50tr程度になることもよくあります。

 また、楽器のトラックだけでなく、コーラスやエフェクト・ボイス、ショウの内容によってはボーカルもセッションのトラックに用意しておきます。

マスター・セッションの作り方
マーカーや過去曲ストックの技

 こうして各曲で制作したステムを、“マスター・セッション”、すなわちショウ全体の進行に合わせたセッションに読み込みます。マスター・セッションのサンプリング・レートはクライアントの意向もありますが、できるだけハイレート、現実的には96kHzで扱えるようにしています。

 マスター・セッションでは曲ごとに識別できるように、メモリー・ロケーションでマーカーを作成し、曲名を記載していきます。ただ、こうすると、マーカーでは曲単位でしか管理できません。リハーサル時には、“2サビからもう一度”というリクエストを受けることもありますから、曲単位のセッションと同様のマーキングも必要です。

マスター・セッションのメモリー・ロケーション。マーカーは曲名単位が基本。曲ナンバーやMCなども記載している。曲中にセクションが切り替わる場合は半角ハイフンを名前の前に付けて、擬似的に階層化もする マスター・セッションのメモリー・ロケーション。マーカーは曲名単位が基本。曲ナンバーやMCなども記載している。曲中にセクションが切り替わる場合は半角ハイフンを名前の前に付けて、擬似的に階層化もする

 その管理のためには、ロケート用の空のMIDIクリップを用意し、イントロ、1A、1B、1サビ〜のサイズに合わせて置いておきます。これを目安にしたり、タブ・キーでロケーターを移動すれば、スムーズに頭出しが可能です。オーディオ・クリップとは異なり、MIDIクリップは同じ名称のクリップが複数存在できるので、管理も簡単にできます。

下2段がMIDIトラックで、曲のセクションごとの長さに合わせた空のMIDIクリップを置く。こうすることで、タブでのロケーター移動が容易に。“2サビの2小節前から”というケースも、グリッド・モードとの組み合わせですぐにマーカー移動が行える 下2段がMIDIトラックで、曲のセクションごとの長さに合わせた空のMIDIクリップを置く。こうすることで、タブでのロケーター移動が容易に。“2サビの2小節前から”というケースも、グリッド・モードとの組み合わせですぐにマーカー移動が行える

 また、クリックやガイドの管理も行います。クリックの音色は何パターンか用意しておきますが、今はインイア・モニターを使うケースが多いので、クリック以外の、進行上のガイドなどを送る場合もあります。本番で事故などが起きないよう、さまざまな方法でショウにおける安全性を担保する工夫として、こうした用意をしておきます。

ガイド・トラック。上の2つはクリックで、複数種の中から現場や送り先に合わせてチョイスしている。その下には、曲頭のガイドとなるキーボードや、声での演出上の指示、声でのカウントなどを用意 ガイド・トラック。上の2つはクリックで、複数種の中から現場や送り先に合わせてチョイスしている。その下には、曲頭のガイドとなるキーボードや、声での演出上の指示、声でのカウントなどを用意

 さらに、マスター・セッションには、これまでの公演のプレイリスト全曲のステムも張り付けてあります。こうした用意をしておくことで、公演のセットリストを急遽変更するときにも対応できるというわけです。新しいマスター・セッションは、以前のものをコピーして作成しています。つまり、同じアーティストのオペレートを担当していくと、年月の経過とともに最新のマスター・セッションにはどんどん曲がストックされていくことになります。

ある公演用のマスター・セッション(部分)。青枠内が今回の公演用、黄色い枠内が前回の公演データ。赤枠内はストックしてある楽曲 ある公演用のマスター・セッション(部分)。青枠内が今回の公演用、黄色い枠内が前回の公演データ。赤枠内はストックしてある楽曲

 そのほか、マスター・セッションには、現場でのサウンド・チェックに使うリファレンス音源も入れてあります。Bluetoothやアナログ・ケーブルでスマートフォンから音源を再生している方もいますが、それよりもはるかに高音質で確認できるので、この方法を採用しています。

 今回は、リハーサル前の仕込みを中心に書いてみました。次回は、リハから本番のオペレートについて、紹介してみたいと思います。弊社では、マニピュレーターがいわば音楽監督的なポジションでライブに携わっていることが多いので、そうした点も交えて触れていきたいです。では来月!

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*AVID Pro Toolsの詳細は→http://www.avid.com/ja

岩佐俊秀

小室哲哉専属マニピュレーターとして1994年から2017年までの小室作品のレコーディング&ライブすべてに参加。2017年、SYNC LIVE JAPANに移籍。初音ミクや洛天依などの3Dキャラクターライブ、乃木坂46、AKB48、ラストアイドル、22/7、THE IDOLM@STER、IDOLiSH7、AAA、EXO、SHINeeなどのライブにおいて、マニピュレートはもとより、サウンド・メイキングから収録、配信まで、革新的なチームを組んで活躍している。

2019年9月号サウンド&レコーディング・マガジン2019年9月号より転載