Nagieが使う「Pro Tools」第2回

MIDIさかのぼり録音とショートカット
さらにコミットの活用法まで

 Nagieです。今回は前回に引き続きMIDIの便利なショートカットを紹介しながら、MIDIのさかのぼりレコード機能、さらにコミットやバウンスの隠れた機能を使ってMIDIをどんどんオーディオ化しながら制作していく手法を取り上げたいと思います。

テイクを重ねてMIDIレコーディング
マージやレイヤーを意識する

 まずはさかのぼりレコード機能です。ほかのDAWソフトでも搭載されてきているもので、プレイバック中でも常にMIDIを記録していてそれをキャプチャーできます。僕はあがり症なので、練習ではうまくいっても実際に録音を始めてクリックが聴こえると失敗してしまうことが多く、本当にこの機能は重宝しています。

 ではやってみましょう。セッションを再生して自分の好きなように弾きます。そして気に入ったらoption+shift+Z(以下Mac準拠)を押すと、トラック上の弾いた位置にMIDIクリップが作成されます。別のテイクが欲しかったら、control+](USキーボードでは\)を押して新しいプレイリストを作成すれば、裏トラックにキープしておけます。またプレイリストの複製を作る場合はcontrol+command+](USキーボードでは\)で、その上にダビングしていきます。

▲再生中に画面最下段のインストゥルメント・トラックで前のテイクを聴きながら演奏。テイクが良かったので、option+shift+Zでさかのぼりレコーディングをする前にcontrol+](USキーボードでは\)で新規プレイリストを作成し、その上にさかのぼりレコーディング結果を記録する▲再生中に画面最下段のインストゥルメント・トラックで前のテイクを聴きながら演奏。テイクが良かったので、option+shift+Zでさかのぼりレコーディングをする前にcontrol+](USキーボードでは\)で新規プレイリストを作成し、その上にさかのぼりレコーディング結果を記録する

 プレイリストの選択はトラック名右のメニューから行えますが、ショートカットのshift+↑↓でも切り替えられます。

 ちなみに僕は基本的にMIDIをMIDIマージ(重ね録音)モードで録音しています。マージのオン/オフのショートカットはテンキーの9です。

 こうしてMIDIデータが出来上がってくるとコピー&ペーストする機会が増えます。その場合も前号で紹介したコマンド・フォーカスがオンになっていればより効率的に行えます。通常のコピーはcommand+Cですが、コマンド・フォーカスがオンならCキーのみで行えます、従ってコピー&ペーストはコピーしたい範囲を選択してC、マウスを移動してペーストのショートカット・キー=Vを押すだけで完了します。特に何度もペーストする場合はV、V、V……と繰り返すだけです。

 ここで一つ注意点があります、Pro ToolsにおいてはMIDIクリップ同士の重なりは、基本的には上に重ねたものが優先されます。つまり、MIDIクリップの上に別のクリップをペーストすると、下のクリップの音は再生されません(レイヤー編集モードでも、下のクリップは残っていますが再生はされません)こうした衝突を解消するには、メニューで編集→特殊ペースト→マージを行います。ショートカットだとVでペーストする代わりにoption+Mでマージされます。

▲クリップの重なった部分は、上にあるクリップが優先される。アウフタクトや小節頭のジャストに対してツッコミ気味の音符を扱う複製の場合は、ペーストの代わりにoption+Mでのマージを使うと便利▲クリップの重なった部分は、上にあるクリップが優先される。アウフタクトや小節頭のジャストに対してツッコミ気味の音符を扱う複製の場合は、ペーストの代わりにoption+Mでのマージを使うと便利

すぐにオーディオ化できるコミット
AUXのルーティングに注意

 シンセ音にこだわりだすと、プラグイン音源だけでなくEQやサチュレーター、サイド・チェイン・コンプなどさまざまなプラグイン・エフェクトも併用することになり、Pro Toolsも負荷がどんどん高くなって、新たなプラグインの追加などができなくなってきます。そんなときは、コミットを使うことによりCPU負荷をマネージメントできます。

 コミットはトラックを内部バウンスして別のオーディオ・トラックを作成する機能。トラック内のプラグインやフェーダー設定がすべて含まれるため、インストゥルメント・トラックにおいては今聴いている楽器そのままをオーディオ化した別トラックが作成され、元のトラックは非アクティブになり、プラグインによるCPU負荷が解放されます。

 それだけでなく、さらにもう一段踏み込んでオーディオ的なエディット、例えば音のチョップやスライスなどMIDIではできない効果や、あるいはMIDIデータ状態では分からないシンセのアタックのピーク波形を見ながらドラムのピークにタイミングを合わせたりなど、いろいろな編集ができるようになります。そして、コミットの最大の良い点はいつでも元の状態に戻り、MIDIからやり直せることです。

 コミットの手順は、オーディオ化したいMIDIクリップを選択した後にメニューでトラック→コミットを選ぶか、option+shift+Cでコミットを開きます。

▲“トラックをコミット”のダイアログはoption+shift+Cで開く。コミットはフリーズと異なり、新たなオーディオ・トラックを作るので、その後のオーディオ編集などが行いやすい ▲“トラックをコミット”のダイアログはoption+shift+Cで開く。コミットはフリーズと異なり、新たなオーディオ・トラックを作るので、その後のオーディオ編集などが行いやすい

 これを実行するとすぐ下にオーディオ化したトラックが出来上がるのです。元のインストゥルメント・トラックは非アクティブになっているので、CPU負荷から解放されます。

▲上のインストルゥメント・トラックのMIDIクリップをコミットすると、下のオーディオ・クリップが出来上がる。これはシンセ・パッドなので、リリースの長さを意識してコミット対象範囲を設定したい ▲上のインストルゥメント・トラックのMIDIクリップをコミットすると、下のオーディオ・クリップが出来上がる。これはシンセ・パッドなので、リリースの長さを意識してコミット対象範囲を設定したい

 また、コミット後のオーディオ・トラックはAUXやパン、フェーダーが位置が複製され、全く同じ音の再生を行います。制作途中で、同じ音色の追加や変更をしたくなるときは、元のインストゥルメント・トラックをアクティブにすればよいのです。

 ここで、一つTipsがあります。同じトラックであらためてコミットを行って2つ目のオーディオ・トラックを作成すると、お察しの通り、いちいちトラックをまとめなければいけません。しかし、バウンスの隠し機能として、MIDIクリップをオーディオ・トラックへドラッグ&ドロップするだけでオーディオ化が行えます。既にコミットを作成したトラックに変更を加えるときには、この方法が一番効率的です。

▲インストゥルメント・トラックからMIDIクリップをオーディオ・トラックへドラッグ&ドロップすると、スピーディにコミットが行える ▲インストゥルメント・トラックからMIDIクリップをオーディオ・トラックへドラッグ&ドロップすると、スピーディにコミットが行える

 話が少し前後しますが、コミットには注意点があります。インストゥルメント・トラックからいったんAUXへ出力し、そのAUXにプラグイン・エフェクトをインサートした場合、インストゥルメント・トラックをコミットしてもAUX先のプラグインはコミットされません。この場合はこのAUXトラックの方を選択し、コミットを行います。

▲コミットはAUXやマスターでも行えるのがポイント。この例ではインストゥルメント・トラックからの出力をAUXとし、AUXでモジュレーション系エフェクトをインサートしているので、その結果も踏まえてオーディオ化したい場合はAUXトラックでコミットする ▲コミットはAUXやマスターでも行えるのがポイント。この例ではインストゥルメント・トラックからの出力をAUXとし、AUXでモジュレーション系エフェクトをインサートしているので、その結果も踏まえてオーディオ化したい場合はAUXトラックでコミットする

 同時にこのAUXトラックにほかのトラックからのアサインが無いかを注意します。そうしないと、AUXにアサインしているほかのトラック音も含めてコミットされてしまいます。この場合はほかをミュートするか、当該トラックのみをソロにしてからコミットを行うのです。そのトラックがマスター・フェーダーまでどのような信号の流れになっているかに注意して、コミットしてください。

 この辺りの仕組みを理解していれば、MIDIでフレーズを作ったらすぐにオーディオ・エフェクトをかけてサウンドを作り、曲を構築していくという、現代的なトラック・メイクが行えるようになります。

 次号では、最近バンドルされるようになったUVI Falconというプラグイン・シンセを紹介します、いやーこれがすごく便利で良いのです。楽しみにしていてください。

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Nagie

エンジニア/作曲家/プロデューサー。サイモン・ル・ボンが日本で設立したSYNのチーフ・エンジニアなどを経て、フリーランスに。作曲家の蒲池愛とaikamachi+nagieを結成し、オリジナル作品のほかCM、アニメ、映画音楽などを多数手掛ける。ボーカロイド・ライブラリー『IA - ARIA ON THE PLANETES』の開発、藤倉大の作品のエレクトロニクスなどにも携わる。本誌「Engineers' Recommend」ではエッジな新作を数多くセレクト。

2019年6月号サウンド&レコーディング・マガジン2019年6月号より転載