DJ WATARAIが使う「Pro Tools」第2回

打ち込み×ソフト音源を中心に組むPro Toolsでのトラップ系トラック

 前回はサンプルを元にした、オーセンティックとも言えるヒップホップ・トラック制作の手順を紹介しました。とはいえ、仕事となるとそうしたスタイルの楽曲依頼が来ることは、今では少なくなってきていると思います。今回はトラップ系トラックについて、実際の制作例からAVID Pro Tools上での僕の手順を見ていただこうと思います。

サンプル・ループの代わりとなる
4小節のコード進行が軸に

 残念ながらリリース前の楽曲なので、具体的な紹介はできませんが、今回例として取り上げる音源は以前から親交のあるラッパーからのオファー。参考となるトラップ系楽曲を渡されました。

 サンプル・ループの場合のように、トラックを組み立てるには軸となるパートが必要です。参考曲では少しフィルターのかかったギターがコードを奏でていたので、僕なりの解釈でフィルターをかけたピアノ(フィルター処理は後述)でコード進行を考えます。

 とはいえ、僕はDJですから、音楽理論上の優れたコード進行を自分で考えるのもなかなか難しいところです。鍵盤でいろいろ探ってみるだけでなく、最近ではPLUGIN BOUTIQUE Scalerというプラグインを使うこともあります。

▲PLUGIN BOUTIQUE Scalerは、あらかじめ登録したコードをトリガーするプラグイン。インストゥルメント・トラックのMIDI入力で、このScalerからのMIDIを受けると、トリガーできるようになる。コードは直接編集ウィンドウにドラッグ&ドロップ可能▲PLUGIN BOUTIQUE Scalerは、あらかじめ登録したコードをトリガーするプラグイン。インストゥルメント・トラックのMIDI入力で、このScalerからのMIDIを受けると、トリガーできるようになる。コードは直接編集ウィンドウにドラッグ&ドロップ可能

 このScalerはワンクリック、もしくは鍵盤一つを押さえるだけでコード再生をしてくれるもので、キーやジャンルの指定なども行えます。Scalerはどこかのインストゥルメント・トラックに立ち上げ、別のインストゥルメント・トラックにある鳴らしたい音源のMIDIインプットでScalerを選択するだけです。また、Scaler上のコードはPro Toolsの編集ウィンドウへドラッグ&ドロップするとMIDIクリップに変換されるのも便利。それを手掛かりにマウスで編集して、シンプルな4小節のループができました。使った音源はREFX Nexus2のピアノ系音色で、参考曲のギターのような質感にしたかったので、AIR Kill EQでハイカットしました。

 ここでやっていることは、いわばコードのサンプリングです。サンプルの選び方や組み合わせ方と同じように、コードを選び組み合わせることがポイントになってきます。自分の直感に従って、トラックの軸になりうるようなパターンを探し出すことが大事だと思います。

 Scalerのような機能を標準で備えたDAWもありますが、Pro Toolsでもこうしたプラグインと組み合わせることで同様のことが行えますし、僕としてはPro Toolsのメリットの方を採りたいと思って使い続けています。

ビートの各パーツは
曲全体のピッチにそろえる

 手順で言えば、次はビートです。トラップと言えばROLAND TR-808系の音色が使われます。サンプルではなく打ち込みでビートを作る場合は、前回も触れたNATIVE INSTRUMENTS Maschine Software(以下Maschine)か、SPECTRASONICS Stylus RMXを使うことがほとんどです。

 中でもMaschineの使用頻度が高いのですが、1つのインストゥルメントとごとに1つのサンプル(=1つのパート)を読み込み、MIDIノートの音階でピッチを変えることができるため、曲のキーに合わせた調整が容易です。

▲Maschineに読み込んだリズム・マシンのサンプルをMIDIでトリガーする。MIDIの音階(ノート・ナンバー)でピッチが変わるので、曲のキーに合ったピッチを探ってからパターンを作成している。なお、インストゥルメント・トラックでは、トラック名の後ろに“+”を加え、ミックス前にオーディオ化した際のトラック名と区別するのが筆者のトラック命名ルール▲Maschineに読み込んだリズム・マシンのサンプルをMIDIでトリガーする。MIDIの音階(ノート・ナンバー)でピッチが変わるので、曲のキーに合ったピッチを探ってからパターンを作成している。なお、インストゥルメント・トラックでは、トラック名の後ろに“+”を加え、ミックス前にオーディオ化した際のトラック名と区別するのが筆者のトラック命名ルール

 また、ベースはいわゆるキック・ベースを使います。これもTR-808系の、リリースの長いキックです。この用途には、最近になってLOOPMASTERS Bass Masterというソフト・シンセを使うようになりました。

▲LOOPMASTERS Bass Master。実はAAX対応プラグインではないが、筆者はBLUE CAT AUDIO PatchWorkというプラグインを介してPro ToolsとBass Masterを併用している。この後段にはWAVES Renaissance Bassをインサートし、低域を補強した▲LOOPMASTERS Bass Master。実はAAX対応プラグインではないが、筆者はBLUE CAT AUDIO PatchWorkというプラグインを介してPro ToolsとBass Masterを併用している。この後段にはWAVES Renaissance Bassをインサートし、低域を補強した

 キック・ベースについては、TR-808系キックのサンプルを読み込んで、それに音階をつけて鳴らしてもいいですし、僕自身はそういう音色のソフト音源を使っていました。ただ、素のTR-808系キックは倍音があまり出ていないため、埋もれやすい音色です。Bass Masterは、そのTR-808系キックをミックス時に補正したような音色が最初から出るため、便利だと感じ、使い始めました。

 これらビートやベースの打ち込みの手順は、基本的に前回紹介した通り。必要が無ければMIDIノートはグリッドに沿った状態で、マウスでノートを置いていきます。また音色には、FABFILTER Pro-Q2やWAVES Renaissance Bass、BOZ DIGITAL LABS Little Clipperなどのプラグイン・エフェクトを使い、好みの質感に近付けていきます。

軽めのリバーブをインサートで使用
最終判断はエンジニアに委ねる

 これでコード+ビート+ベースの4小節ループができたわけです。場合によっては4小節の繰り返しと抜き差しだけでも成立するのですが、今回は展開が必要だと考えましたので、サビで加わるシンセ・リフやボイス系のフレーズを考えてみました。

 今回使ったのはOUTPUT Exhaleのボイス系サウンドと、Nexus2のシンセです。個人的にOUTPUTのソフト音源は優秀な即戦力だと感じていますが、高域の抜けを足したいこともあるので、AUDIOTHING Valve Exciterというエフェクトと組み合わせて使うことがあります。

▲AUDIOTHING Valve Exciter。高域の抜けを求める際はEQで持ち上げるよりもエキサイターを使う方がいい結果となる場合が多い。これで改善されない場合は音色の選択からやり直すなどした方が速い ▲AUDIOTHING Valve Exciter。高域の抜けを求める際はEQで持ち上げるよりもエキサイターを使う方がいい結果となる場合が多い。これで改善されない場合は音色の選択からやり直すなどした方が速い

 また、ボイス系のサウンドにはリバーブをかけたかったので、VALHALLA DSP Valhalla Roomを直接インサートしました。Valhalla Roomは比較的軽く、リバーブの効果も分かりやすいので、こうしたインサート系リバーブとしてよく使います。もちろん、ミックスを担当するエンジニアにはセッション・ファイルのまま渡して、ミックスの段階で適宜最適なものに差し替えてもらっても構わないと思っていますが、どんな効果を狙っているのか、ラフ・ミックスとしてセッション・ファイルをそのまま渡せるのはPro Toolsのメリットと言えるでしょう。

▲VALHALLA DSP Valhalla Room。音色はもとより、操作が簡単なのも使用頻度が高い理由。ただし本番のミックスではエンジニアの判断で差し替わっている可能性もある▲VALHALLA DSP Valhalla Room。音色はもとより、操作が簡単なのも使用頻度が高い理由。ただし本番のミックスではエンジニアの判断で差し替わっている可能性もある


 その後、クラップの連打で盛り上がりを作るなどして(これもMaschineで鳴らしました)、トラックは完成。ラップが入ってきた後で微調整し、エンジニアに渡します。

▲完成したトラックの編集ウィンドウ。下の方にある青いトラック以外はすべてインストゥルメント・トラック=打ち込みで作られているのが分かる▲完成したトラックの編集ウィンドウ。下の方にある青いトラック以外はすべてインストゥルメント・トラック=打ち込みで作られているのが分かる

 大まかにですが、トラップ系トラック制作の流れを見てきました。使うサウンドや細かな手法はサンプルの場合と変わってきますが、基本的な流れは前回とほぼ変わらないと思います。自分のやり方が大体決まっていることで、それを更新していく形で新しい方法にも対応できるのではないでしょうか。次回はPro Toolsでのリミックスを紹介する予定です。

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*AVID Pro Toolsの詳細は→http://www.avid.com/ja

DJ WATARAI

プロデューサーとしてはMUROやNitro Microphone Underground、MISIA、AI、加藤ミリヤ、SKY-HI、KEN THE 390、OZROSAURUSなど多くのアーティストにトラックを提供。DJとしては渋谷HARLEM毎週土曜の“MONSTER”でレジデントを務めるほか、AbemaTVのノンストップDJ番組『AbemaMix』で水曜レギュラーも担当。1990年代から現在まで一線で活躍するヒップホップDJ/プロデューサーの一人。

2018年12月号

サウンド&レコーディング・マガジン2018年12月号より転載