吉田ヨウヘイが使う「Pro Tools」第3回

ダビングと編集は自宅で! スタジオ録音との使い分け方

 こんにちは、吉田ヨウヘイgroupというバンドをやっている吉田ヨウヘイです。この連載では僕らがAVID Pro Toolsをどのように使っているかを、昨年11月にリリースした『ar』というアルバムの制作を例に紹介しています。これまではロック・バンドがメンバー間で共有するデモについて、その作り方やクオリティに関する自分の考えを書いてきました。今回は本番の録音/ミックスがテーマ。エンジニアの方に依頼した場合でも、自分でもやれると良いと感じることを書きたいと思います。

クリエイティブにかかわる
歌のエフェクト処理を自宅で行う

 『ar』は録音/ミックスのほとんどをエンジニアの向啓介さんにお願いし、一部オーバー・ダブが必要になったものについては僕が自宅で録音しました。この作品は最初からエンジニアに依頼するつもりだったわけでなく、自分で録音しようと考えて必要な機材をそろえて準備していました。僕はサンレコを愛読していて、ミュージシャン自らが録音を行うトータスなど、シカゴ音響派へのあこがれが強かったため、“できるだけ自分で録りたい”という思いがありました。

 しかしレコーディングが近付くにつれ、“いい演奏をするだけでも苦労しそうな状況なのに、頭で思い描いているサウンドの録り方を模索しながら録音を進めることが本当にできるのだろうか”と悩むようになりました。ちょうどそのタイミングで向さんとの出会いがあったため、自身での録音は断念することに。それでも自分で録音/ミックスをしようと準備していたことが役立った部分は多いです。

 特に、録音/ミックスでエンジニアが使っているPro Toolsのまま、ファイルのやり取りができるのは便利でした。ミックスの段階で、自分でPro Toolsを操作することができて良かったと感じたのは、ボーカルにハーモニーやシンセのような質感を生成するエフェクトです。『ar』ではエフェクティブにしたいボーカル・パートが多くあったので、こういったタイプのプラグインがうまく扱えるかは一つのポイントでした。

▲アルバム『ar』収録の「piece 1」のベーシック録音終了後のミックス画面。録音はエンジニアに委ねても、ここからのエフェクト処理や編集がそのまま可能なのはお互いにPro Toolsを使っている利点 ▲アルバム『ar』収録の「piece 1」のベーシック録音終了後のミックス画面。録音はエンジニアに委ねても、ここからのエフェクト処理や編集がそのまま可能なのはお互いにPro Toolsを使っている利点

 これらは録音後のミックス段階でかけるものであるとはいえ、編曲的な部分が多くありますし、コンプなどと比べても実際にかけてみるまでは効果が予想しにくいです。微修正を伝えようにも、その変化を“帯域”や“スレッショルド”などのようによくミックスで使われる単語で表現しにくいため、伝えるのが難しいという問題があります。

 そこで特殊なボーカル・エフェクトに関しては、僕の自宅でPro Toolsを使ってエフェクトのかかり具合を調整し、ファイルを書き出して送ったり、決まった設定のパラメーターの数値をエンジニアに伝える、という形を採りました。特に『ar』ではエフェクティブなボーカル・ハーモニーを作るため、幾つかプラグインを使ったので紹介したいと思います。

 まず「トーラス」の2:30〜で使用したのは、IZOTOPE Nectar 2です。Harmonyモジュールを使って3度上、オクターブ上、オクターブ下のハモりを作りました。オリジナルの音声(つまりリード・ボーカル)をミュートすることができるので、ハモリは1本ごとにオーディオに書き出して、エンジニアに送りました。Nectar 2は自分でハモリを歌うより無機質な質感を作ることができます。

▲「トーラス」でハーモニー生成に使用したIZOTOPE Nectar 2。Harmonyモジュールで3度上、オクターブ上、オクターブ下を生み出した ▲「トーラス」でハーモニー生成に使用したIZOTOPE Nectar 2。Harmonyモジュールで3度上、オクターブ上、オクターブ下を生み出した

 また、「Do you know what I mean?」の冒頭から入るハーモニーでは、ソフト・サンプラーのNATIVE INSTRUMENTS Kontakt 5を使いました。一度、歌を単線で歌ってKontakt 5に取り組みます。Source内の設定をtone machineに変えると、MIDIでボーカルのハーモニーを打ち込めるようになります。こちらはリード・ボーカルを含めすべてを打ち込む形になるため、Nectar 2よりもさらに無機質な印象に。ハーモニー全体をリズミカルに打ち込めるので、鍵盤楽器のような役割を担わせることも可能です。

▲NATIVE INSTRUMENTS Kontakt 5のtone machineモードを使用すると(赤脇)、サンプル・ピッチに音程が割り当てられ、ピッチにかかわらず再生速度が一定に保たれる。これを利用して、MIDIノートでハーモニーを演奏することが可能に ▲NATIVE INSTRUMENTS Kontakt 5のtone machineモードを使用すると(赤脇)、サンプル・ピッチに音程が割り当てられ、ピッチにかかわらず再生速度が一定に保たれる。これを利用して、MIDIノートでハーモニーを演奏することが可能に

 「piece 1」の0:15から入る女性コーラスは、メンバーのreddam(vo、k)とクロ(vo、syn、tp)に歌ってもらった録音にIZOTOPE VocalSynthをかけています。4つあるエンジンのうちpolyvoxとcompuvoxを調整して、バランスを決めました。演奏のサウンドがくぐもったような質感を狙っていたため、コーラスについてもエフェクティブでありながらくぐもった感じの効果を狙いました。

▲「piece 1」のコーラスにかけたIZOTOPE VocalSynth。ダブリング効果を得るpolyvoxと、人工合成音声のような質感になるcompuvoxを使用 ▲「piece 1」のコーラスにかけたIZOTOPE VocalSynth。ダブリング効果を得るpolyvoxと、人工合成音声のような質感になるcompuvoxを使用

歌や管楽器のダビングは
時間がかかるので自宅でじっくり

 工程としては遡りますが、歌や管楽器の録音も、一部自分たちで行いました。吉田ヨウヘイgroupはコーラスと管楽器をかなり重ねるため、オーバー・ダビングに時間がかかります。予算の限りもあるので、ベース/ドラム/ピアノと、アレンジが固まっているギターはスタジオで録り、ボーカルやコーラス、管楽器、追加するギターのリアンプなどはマイキングや機材を向さんに助言してもらい、自宅で録音することにしました。

 僕の自宅にはダンボールの簡易防音室“だんぼっち”に吸音材などを張って作ったブースがあります。この中にAKG C414などのマイクを立て、UNIVERSAL AUDIO Apollo 8を通じてPro Toolsに録音しました。

▲筆者宅のブース。ダンボール製の簡易防音室“だんぼっち”に吸音材などを張ってチューニングしている ▲筆者宅のブース。ダンボール製の簡易防音室“だんぼっち”に吸音材などを張ってチューニングしている

 僕とreddam、クロが交代でブースに入って歌い、録音の操作やテイクの編集は西田修大(g)が担当。テイクを重ねる際は、同一トラック内に新規プレイリストとして録り貯めていき、ある程度納得するテイクが録れたら、修正が必要な部分のみ過去のテイクからコピーする、という形を採っています。西田がテイク編集を担当しているのは、歌の節回しやリズムの載せ方に対するこだわりが強い上、編集操作のスピードが速いためです。

▲赤枠がフィックスしたボーカル・テイク。最も良く録れたテイクを中心とし、修正が必要な部分はほかのテイクから持ってくるのが吉田ヨウヘイgroupのやり方 ▲赤枠がフィックスしたボーカル・テイク。最も良く録れたテイクを中心とし、修正が必要な部分はほかのテイクから持ってくるのが吉田ヨウヘイgroupのやり方

 自分で機材を集めたりブースなどの環境を整えるのにもお金が掛かるので、1回の録音だけで比較するとどちらが得かは難しいのですが、機材はデモ作りやプリプロ録音にも使えるし、次回以降の録音でも役に立つかもしれません。家に録音環境を作るのが難しく、練習スタジオでオーバー・ダブして素材を録ったとしても、商用スタジオよりははるかに低コストで済ませるられます。そういったことを考えると、ある程度録音できる機材をそろえるのは、メリットが大きいと思います。

 僕の連載は今回で終わりです。3回にわたり、お付き合いいただきありがとうございました。少しでも参考にしていただけるところがありましたら幸いです。

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*AVID Pro Toolsの詳細は→http://www.avid.com/ja

吉田ヨウヘイ

2012年4月に、西田修大(g)らと吉田ヨウヘイgroupを結成。ボーカル、ギター、サックスを担当する。現在のメンバーは吉田、西田に加え、TAMTAMでもボーカルを務めるクロ(vo、tp、syn)と、元OK?NO!!のreddam(vo、k)。この編成で2017年11月に4thアルバム『ar』をリリースし、ライブ活動も精力的に展開している。
http://yoshidayoheigroup.tumblr.com/

2018年8月号サウンド&レコーディング・マガジン2018年10月号より転載