セッションビューとM4Lに見るAbleton Liveの特異性|解説:HIEI

セッションビューとM4Lに見るAbleton Liveの特異性|解説:HIEI

 こんにちは、HIEIと申します。私がAbleton Liveと出会ったのは約20年前です。この出会いのおかげで、当時、大量のMIDI機器やサンプラーを車に積んでダンスクラブにライブパフォーマンスに行くという肉体労働から解放されました。Liveは1台のラップトップとオーディオインターフェースだけを持っていけば、トラックメーカーがDJと同じ土俵に立てる画期的なツールでした。そしてさらに、Live SuiteにMax for Live(以下、M4L)が導入されたことで可能性が広がりました。ただ、そのおかげで今はまた大量のデバイスと建材と工具を車に積んで展示会場に向かう日々を送っています。

ベーストラックをシームレスに切り替えてつなぐセッションビューでのDJミックス

 これからDAWを始めようとする方から、“買うならどのDAWがいいですか?”と聞かれることがよくあります。やりたいことが決まっていれば選択は簡単かもしれませんが、今ではどのDAWもほぼすべての基本機能を備えていて非常に優れているため、これから始める方には悩ましい問題だと思います。ただ、もしDAWの枠を越えたエクスペリメンタルな表現を追求したいのであれば、間違いなくLiveがお薦めです。今回は初心に戻り、Liveの特異性について話します。

 Liveの特異性の一つが、“セッションビュー”で、私が20年前にLiveに飛びついた理由がここにあります。

Liveの特長でもあるセッションビュー。MIDIやオーディオのフレーズが入ったクリップの組み合わせで曲を構築していく。ここではch1〜8にリズムセクション、ch9〜16にそのほかの楽器をアサイン。ch1とch9はGroupトラックにしている

Liveの特長でもあるセッションビュー。MIDIやオーディオのフレーズが入ったクリップの組み合わせで曲を構築していく。ここではch1〜8にリズムセクション、ch9〜16にそのほかの楽器をアサイン。ch1とch9はGroupトラックにしている

 当時はほかのDAWを使って主にハウスを制作していて、その際には数小節のループを組み、縦にトラックを重ねた後に横に伸ばしていく方法をよく用いていました。例えば、8小節の同じコードのリージョンを30トラック積み重ね、ミュートボタンやフェーダーを使ってダブミックスを行い曲を構築するのです。ミキサー操作だけで抑揚を作り出し、曲の表情に変化を与えるこの手法はライブパフォーマンスにも応用できるのではと考えました。しかし、大量のトラックをミキサーに立ち上げ、ループを再生しながらミキサーで曲を構築する手法は、次の曲に移行するためにループ再生の範囲をずらすと一斉に曲が変わってしまい、DJミックスのようにスムーズに曲を切り替えることができませんでした。そんな悩みを一発解決してくれたのがLiveのセッションビューでした。

 セッションビューでは、MIDIやオーディオのフレーズが入った“クリップ”を組み合わせて曲を作ります。セッションビュー上に配置したクリップをクリックすることで再生が始まります。再生するクリップの組み合わせとミキサー操作、エフェクト操作で、リアルタイムに演奏しているかのように曲を作り出していけるのです。これらの操作はすべてオートメーションに記録できるので、後で細かい修正も可能です。

 DJミックスでは再生中の曲に次の曲を少しずつ重ねていく手法が採られます。これにより2つの音楽が一つの空間で共存し、言葉で表現しきれない高揚感が生まれます。特にハウスやテクノなど4つ打ちのジャンルにおいては、シームレスに違和感なく曲をつないでいくことが重要です。

 そこで、Liveのセッションビューを使用してシームレスな切り替えを実現する方法をご紹介します。2つの曲が重なる際に重要なのは、実はベースの重なりです。急激にベースを切り替えるのではなく、同じベーストラックを2つ用意し、それらをゆっくりとクロスフェードして共存させるのがポイントです。その際、次の曲が近親調であればさらに心地良いサウンドが生まれ、DJミックスのような高揚感が生まれます。

 私の場合、ベースを含むリズム楽器をch1~8にまとめ、ch2にキックを配置します。そしてch3とch4に全く同じベーストラックを配置します。

DJミックスにもお勧めのセッションビュー。赤枠内のch3とch4には同一のベーストラックをアサインし、これらをゆっくりとクロスフェードすることで、シームレスな楽曲の切り替えが可能となる

DJミックスにもお勧めのセッションビュー。赤枠内のch3とch4には同一のベーストラックをアサインし、これらをゆっくりとクロスフェードすることで、シームレスな楽曲の切り替えが可能となる

 キックをch2に配置する理由は、低音部の要素であるベースとキックに常に注意を払えるようにするためです。また、曲のキーは、例えば現在の曲がCマイナーであれば、近親調であるFマイナー(Cマイナーの下属調)などにします。そして現在ch3のベースが鳴っている場合、次の曲のベースをch4で再生し、ゆっくりフェードインして重ねます。クロスフェードを使って2つのベースの音量をコントロールする方法も効果的です。異なる空気感を徐々に混ぜ合わせることで心地良いミックスを実現できます。

2トラックのベースをそれぞれA、Bに設定(赤枠左)。右の赤枠内がクロスフェーダーになっており、左端ではAに設定したトラックのみ、右端ではBに設定したトラックのみの音声が流れる。このクロスフェーダーをMIDIコントローラーのツマミなどにマッピングすれば、物理的なコントロールも行える

2トラックのベースをそれぞれA、Bに設定(赤枠左)。右の赤枠内がクロスフェーダーになっており、左端ではAに設定したトラックのみ、右端ではBに設定したトラックのみの音声が流れる。このクロスフェーダーをMIDIコントローラーのツマミなどにマッピングすれば、物理的なコントロールも行える

 ただし言うまでもなく、ジャンルやスタイルによっては、いきなりベースを切り替えた方が効果的な場合もあるので、臨機応変にこの手法を取り入れてみてください。

Live SuiteにパッケージされたMax for Liveで心拍からMIDIをトリガーするデバイスを開発

 そして、もう一つLiveの際立つ特長として、Live SuiteにパッケージされているM4Lが挙げられます。これは、特別な開発環境がなくても自分だけのインストゥルメントやオーディオエフェクト、MIDIエフェクトを開発できるものです。映像をコントロールしたり、さまざまな外部環境から情報を取得して音を生成したり、外部機器をコントロールするデバイスも開発できます。音楽ソフトの中に本格的なプログラミング開発環境があるのはすごいことで、M4LによりLiveは計り知れない可能性を秘めたアプリケーションになりました。

 乱数を使って作曲するような使い方も、リアルタイムに取得した人の生体情報から音楽を生成するようなインタラクティブ作品(作品と鑑賞者の間で双方向に情報をやり取りすることで成立する作品)を制作することも可能です。

 例として、以前のサンレコ(2020年9月号)でも取り上げた自作デバイス“Face Beat”を紹介します。

筆者が作成したMax for Live(M4L)デバイス“Face Beat”は、Webカメラに写った人の顔から心拍を検出し、その心拍によってMIDI制御を行うもの。Face Beatの詳細は、以前筆者が執筆したサウンド&レコーディング・マガジン2020年9月号『Maxで作る自分専用パッチ~Patch40 カメラで心拍を検出してMIDIをトリガーするパッチ』で紹介(https://snrec.jp/entry/technic/max40)。Face Beatは下記URLからダウンロード可能だhttps://www.rittor-music.co.jp/e/soundlib/MAX_PATCH-FACE_BEAT-HIEI.zip

筆者が作成したMax for Live(M4L)デバイス“Face Beat”は、Webカメラに写った人の顔から心拍を検出し、その心拍によってMIDI制御を行うもの。Face Beatの詳細は、以前筆者が執筆したサウンド&レコーディング・マガジン2020年9月号『Maxで作る自分専用パッチ~Patch40 カメラで心拍を検出してMIDIをトリガーするパッチ』で紹介。Face Beatは下記URLからダウンロード可能だ

Face Beatのダウンロードはこちらから

 これは、Webカメラに写った顔を解析して心拍を検出し、その情報を元にMIDI楽器を演奏するM4Lデバイスです。検出した心拍によってMIDIをトリガーする仕組みで、Webカメラだけで心拍に合わせたビートが演奏できます。自分の心拍に合わせた打ち込みをすることも、このインタラクティブなアプローチ自体を作品にすることもできます。自分の心拍から生成したリズムが作品になるって、ちょっとコンセプチュアルで面白くないですか?

 さらにM4Lを使えば、音に合わせて映像を生成したり、LEDなどのデバイスを制御したり、ネットワーク上のデータから音楽を生成したりと、いろいろな可能性が広がります。音楽の制作だけでなく、制作プロセスそのものが作品になり得るのです。ジョン・ケージが提唱した不確定性の音楽のように、音楽に偶然性を取り込むことがM4Lによって身近になり、新しい音楽のカタチがこれから次々に生まれていきそうです。次回はM4Lをさらに深堀りしますので、ぜひこの機会にLiveの未知の可能性に触れてみてください‼

 

HIEI

【Profile】テクノロジーとサウンドをテーマにさまざまなアプローチで作品を制作。2007年King Street Soundsからのリリースをきっかけに、macrophage lab.名義でDEEP HOUSEを中心に作品をリリース。また、Ableton Liveによるライブパフォーマンスや、MAX、M4Lを使用したサウンド・アート作品、インタラクティブ作品を制作する。https://hiei-music.com

【Recent work】

『The Sequence』(2021)
HIEI

 

ABLETON Live

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LINE UP
Live 11 Lite(対象製品にシリアル付属)|Live 11 Intro:10,800円|Live 11 Standard:48,800円|Live 11 Suite:80,800円
*オープン・プライス(記載は市場予想価格)

REQUIREMENTS
▪Mac:macOS X 10.13〜13、INTEL Core I5以上またはAPPLE M1プロセッサー
▪Windows:Windows 10 Ver.1909以降、INTEL Core I5以上またはAMDのマルチコア・プロセッサー
▪共通:8GBのRAM、オーソライズに使用するインターネット接続環境

製品情報

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