WONK「Rollin'」に秘められたフューチャー・レトロな音作りの裏側

WONK「Rollin'」に秘められたフューチャー・レトロな音作りの裏側

長塚健斗(vo、メイン写真右上)、江﨑文武(k、同左上)、井上幹(b、同右下)、荒田洸(ds、同左下)からなる“エクスペリメンタル・ソウル・バンド”のWONK。ソウルやヒップホップ、ジャズなど、多彩な音楽ジャンルを独自に昇華したスタイルが多くのリスナーから支持されている。ミックス・ダウン・ツアー特集の題材曲となった「Rollin'」は、2020年にリリースされたコンセプト・アルバム『EYES』に収録されており、WONKの楽曲の中でも人気の高いナンバーだ。ここでは同曲のミックスを手掛けた井上に、音作りについてプライベート・スタジオで伺った。

Text:Susumu Nakagawa Photo:Takashi Yashima(※メイン写真を除く)

この1曲だけでも楽しんでもらえるように“キャッチーなサウンド”にしようと思った

WONKのベース担当であり、ほとんどの楽曲のミックスを担当する井上幹

WONKのベース担当であり、ほとんどの楽曲のミックスを担当する井上幹

『EYES』を制作していたときは、ちょうどコロナ禍が始まったタイミングだったと伺いました。

井上 はい。今年発売した最新アルバム『artless』は、スタジオ・セッションでほとんど制作しましたが、『EYES』のときは9割リモートで行っていました。「Rollin'」のデモは自分が作ったので、そのパラやステム・データを荒田と江﨑に送り、それぞれがアレンジしたら自分のところへ戻してもらって、また調整するという流れでした。

 

井上さんはAPPLE Logic Proユーザーですが、ほか2人のDAWは何ですか?

井上 2人ともABLETON Liveです。DAWが違ってもオーディオ・ファイルに書き出して受け渡しするので、特に問題はありません。付け加えますと、自分は普段から32ビット/48kHzでデータを書き出して送っています。

 

WONKの楽曲は、井上さんがほとんどミックスを担当されていますよね。

井上 ミックスを本格的に勉強したのは2013年頃で、ゲーム音楽の制作会社に就職したタイミングです。自分の作品が世に出ると考えたとき、やはりクオリティの低いものでは良くないと思ったからですね。ちなみにWONKの楽曲は、荒田がミックスするときもあります。

 

外部エンジニアの方にミックスしてもらおうと考えたことはありますか?

井上 もちろん、曲によってはエンジニアの方にお願いすることもありますよ。皆さん、とても素晴らしいミックスをしてくれるんです。自分がWONKの楽曲をミックスしているのは、実験的なことを試せたり、自分らしい音作りを思いっきりやれたりするからなんですよ。自分が所属するバンドだから、好き勝手にしても誰からも怒られないというか(笑)。おかげで毎回スキルアップにつながっています。

 

『EYES』は“高度な情報社会における多様な価値観と宇宙”をテーマとしたコンセプト・アルバムということですが、「Rollin'」はその中でどのような立ち位置の曲なのですか?

井上 『EYES』に収録された楽曲群は、頭からお尻まで一つのストーリーとしてつながっているんですが、「Rollin'」は当初からシングルカットが決まっていたので、この1曲だけでも楽しんでもらえるように“キャッチーなサウンドにしよう”と思って作った楽曲です。

 

122BPMという軽快なテンポで、とてもノリのいい楽曲ですよね。スペーシーなシンセやファンキーなシンセ・ベースからは、フューチャリスティックな印象を受けました。

井上 おっしゃるとおり「Rollin'」は“サイバーパンク”や“近未来的”といった世界観がテーマなんです。同時にレトロな“80'sサウンド”も狙いました。特にカッティングやソロのギターは、エイドリアン・ブリューをイメージしています。ミックスではキックとスネア、シンセ・ベースの抜けを意識し、これらを軸に全体の音作りを進めていったんです。

「Rollin'」の制作が行われた、井上幹のプライベート・スタジオ。メイン・マシンはAPPLE Mac Studio。スピーカーは7.1chで構成され、L/RにFOCAL Shape 40、それ以外のサラウンドにはGENELEC 8330APM、サブウーファーには7350APMを備えている

「Rollin'」の制作が行われた、井上幹のプライベート・スタジオ。メイン・マシンはAPPLE Mac Studio。スピーカーは7.1chで構成され、L/RにFOCAL Shape 40、それ以外のサラウンドにはGENELEC 8330APM、サブウーファーには7350APMを備えている

メイン・デスクの下にあるラックには、オーディオ・インターフェースのUNIVERSAL AUDIO Apollo X8PやRME Fireface UCXのほか、DSPアクセラレーターのUNIVERSAL AUDIO UAD-2 Satellite×2の姿が見える

メイン・デスクの下にあるラックには、オーディオ・インターフェースのUNIVERSAL AUDIO Apollo X8PやRME Fireface UCXのほか、DSPアクセラレーターのUNIVERSAL AUDIO UAD-2 Satellite×2の姿が見える

サラウンド用モニターとして設置したGENELEC 8330APM。「プライベート・スタジオにも置けるコンパクトなサイズ感が良い」と井上は話す

サラウンド用モニターとして設置したGENELEC 8330APM。「プライベート・スタジオにも置けるコンパクトなサイズ感が良い」と井上は話す

ステレオ用のモニターにはFOCAL Shape 40を使用。両側面にはパッシブ・ラジエーターを搭載している

ステレオ用のモニターにはFOCAL Shape 40を使用。両側面にはパッシブ・ラジエーターを搭載している

井上の所持するヘッドフォン群。写真左から、開放型のSENNHEISER HD600、密閉型のSHURE SRH440、開放型のAUDIO-TECHNICA ATH-R70Xが並んでいる。同右下には、オーディオ・インターフェースのUNIVERSAL AUDIO Apollo Twin Xをセット

井上の所持するヘッドフォン群。写真左から、開放型のSENNHEISER HD600、密閉型のSHURE SRH440、開放型のAUDIO-TECHNICA ATH-R70Xが並んでいる。同右下には、オーディオ・インターフェースのUNIVERSAL AUDIO Apollo Twin Xをセット

ボーカルだけが売り物ではなくドラム/ベース/ピアノも主役

具体的には、どのような手順でミックスしていったのでしょうか?

井上 「Rollin'」のようにビートが土台になっている曲の場合は、ドラムやベースといったリズム隊から手を付けます。そのあとボーカルに進む場合もありますが、今回ボーカルは一番最後に着手しました。ボーカルを前面に出すことを意識した楽曲だと前者の流れでもいいのですが、この曲はそうではなかったからです。

 

つまり、ボーカル以外のパートも重要なポジションにあるということですね。

井上 これはWONKの曲全般に言えることですが、WONKの曲はボーカルだけが売り物ではないと考えているんです。ドラムやベース、ピアノも主役だと思っていて、それはメンバーみんなも共通して認識しています。なので、ボーカル以外のパートもある程度引き立つようなバランスでミックスすることを心掛けているんです。この点が、ほかのバンドとの大きな違いの一つかもしれませんね。

 

イントロでは、スキャットに施されたデジタル・クワイアのようなボーカル・エフェクトが耳を引きます。

井上 IZOTOPE VocalSynth 2を使っています。プラグイン内のVocoderとPolyvoxというモジュールで音色を作り、MIDIモードに切り替え、別トラックで打ち込んだMIDIコードを入力してハーモニーを作っているんです。

イントロのスキャットに用いられた、マルチエフェクト・プラグインのIZOTOPE VocalSynth 2。5種類のエフェクト・モジュールを用いてさまざまなボーカル・エフェクトを生成できる。イントロのスキャットには“Vocoder”と“Polyvox”のモジュールが使用されている

イントロのスキャットに用いられた、マルチエフェクト・プラグインのIZOTOPE VocalSynth 2。5種類のエフェクト・モジュールを用いてさまざまなボーカル・エフェクトを生成できる。イントロのスキャットには“Vocoder”と“Polyvox”のモジュールが使用されている

荒田さんのドラムはどのように?

井上 スタジオを借りて、自分がマイキングしました。キックにはSENNHEISER MD 421-IIとYAMAHA Subkick、スネアにはSHURE SM57のマイクを立てています。あとはタムとフロア・タム、オーバーヘッドに立てたくらいで、シンバルやハイハットには立てていません。1980年代ファンクのようなイナたい雰囲気を出したかったので、ドラムのマイキングはシンプルかつ狭い音像になるようにしたんです。

 

ドラムには打ち込みっぽいビート感もありますよね?

井上 はい。それもドラムの音作りで意識したポイントの一つです。キックやスネアにはLogic Pro付属のNoise Gateで強めにゲートをかけ、UADプラグインのUNIVERSAL AUDIO API 2500 Bus Compressorでコンプレッションしています。また、打ち込みっぽい人工的なサウンドにするために、キックにはWAVES Renaissance Bassを挿して低域を補強したり、スネアにはリズム・マシンのLINN LM-2のクラップ素材をレイヤーしたりしているんです。

ドラムのキックやスネアに用いられたUADプラグインのUNIVERSAL AUDIO API 2500 Bus Compressor。井上が多用するコンプレッサー・プラグインの一つだそう

ドラムのキックやスネアに用いられたUADプラグインのUNIVERSAL AUDIO API 2500 Bus Compressor。井上が多用するコンプレッサー・プラグインの一つだそう

どこで何が一番主役になるのかを意識してミックスすることが大切

もう一つの軸だとおっしゃっていたシンセ・ベースについてですが、これはソフト・シンセによる打ち込みですか?

井上 そうです。Logic Pro付属のソフト音源Alchemyを使用していて、「Rollin'」におけるベースはこれ一本のみ。“80s Electro Bass”という名前のプリセットを使っているんですが、これを見つけたときは“名前も音色もイメージそのまんま!”と驚きましたね(笑)。

APPLE Logic Proに付属するソフト・シンセ、Alchemy。「プリセットが豊富かつ使いやすいので重宝しています」という井上は、シンセ・ベースだけでなく、シンセ・コードやアルペジオなど複数のパートに使用している

APPLE Logic Proに付属するソフト・シンセ、Alchemy。「プリセットが豊富かつ使いやすいので重宝しています」という井上は、シンセ・ベースだけでなく、シンセ・コードやアルペジオなど複数のパートに使用している

複雑なベース・ラインがドラムと絶妙に絡み合い、グルーブを生み出していますね。

井上 生ドラムと打ち込みシンセ・ベースのグルーブ感……これが難しかった。シンセ・ベースは跳ねているんですが、打ち込みなので機械的なんですよ。これが荒田のドラムのヨレとなかなかかみ合わなくて(笑)。

 

最終的にはどのように対応したんですか?

井上 打ち込みシンセ・ベースの跳ねに合わせてドラムを延々とたたいてもらい、それを録音したんです。そして一番グルーブが良かったところだけを切り取り、DAW上でループして使っています。

 

ギター・ソロでは、アーミングやひずんだ音色がとても格好良いと思ったのですが、どのような音作りを?

井上 ここは秘密が結構あって(笑)。ポイントとしては、まずはアーミングを駆使したり、後半でスリップ気味に弾いたりするところです。次にエフェクトなんですが、ここではいろいろなプラグインを試しました。結果として、WAVES GTRに収録されたVibroloが肝かなと。ビブラートとトレモロを兼ね備えたモジュレーション・エフェクトなんですが、これにWAVES Doubler2をかけ、さらにWAVES H-Delayで左右に振っているんです。絶えず揺れているような気持ち悪い音色にしたかったので、これらのエフェクトが効果的でした。

アンプ・シミュレーション&ギター/ベース・エフェクト・プラグインのWAVES GTR。同プラグインに収録されたVibroloは、ビブラートとトレモロを兼ね備えたモジュレーション・エフェクトだ

アンプ・シミュレーション&ギター/ベース・エフェクト・プラグインのWAVES GTR。同プラグインに収録されたVibroloは、ビブラートとトレモロを兼ね備えたモジュレーション・エフェクトだ

ピアノは江﨑さんからデータで送られてきたのですか?

井上 はい。彼はピアノに特化したソフト音源のSPECTRASONICS Keyscapeが好きなので、この曲もそれを使っていると思います。送られてきたピアノはレンジが広くてリッチな音色だったのですが、そのままだとオケ中では抜けて聴こえませんでした。

 

ピアノとシンセ、両者は似たような帯域で鳴るパートだと思いますが、すみ分けはどのように?

井上 ピアノにはFABFILTER Pro-Q3で140Hz付近にローカットを入れ、5kHz付近より上をブーストし、パリッとしたサウンドにしたんです。ただし、後半のピアノ・ソロではこのローカットをバイパスして、元のリッチな音色のピアノで鳴らしています。どこで何が一番主役になるのかを意識してミックスすることが大切なんです。

ピアノにインサートされたEQプラグイン、FABFILTER Pro-Q3の画面。オケ中での音抜けをよくするために、140Hz付近にローカットを入れ、5kHz付近より上をブーストしている。後半のピアノ・ソロでは、このローカットEQはバイパスされ、本来のレンジの広い音色のピアノが鳴っているそう

ピアノにインサートされたEQプラグイン、FABFILTER Pro-Q3の画面。オケ中での音抜けをよくするために、140Hz付近にローカットを入れ、5kHz付近より上をブーストしている。後半のピアノ・ソロでは、このローカットEQはバイパスされ、本来のレンジの広い音色のピアノが鳴っているそう

ミックスするときは曲のイメージや世界観をしっかり決める

メインで鳴っているシンセ・コードの音源は?

井上 Alchemyです。もう一つ、アクセントとして入れたシンセ・コードもAlchemy。ノートの発音時に2オクターブ下からしゃくり上げるように設定しています。こうすることによって、“ギュイーン”としたインパクトのあるサウンドになるんです。

 

個人的には、イントロで流れるシンセ・アルペジオが非常に心地良くて好きです。

井上 こちらもAlchemyなんですが、“70s Rock Synth Patterns”というプリセットを使っています。Alchemyはプリセットも豊富にあるし、細かい音作りもできるので使いやすいんです。Logic Pro付属のTremoloで揺らして、H-Delayでピンポン・ディレイをかけ、FABFILTER Pro-Rでリバーブをかなり深く施しているんです。リバーブには、オケ中で低域がたまりやすいのでローカットを入れています。

 

ボーカル・レコーディングもこのスタジオで?

井上 WONKの事務所にボーカル・ブースがあるので、そこで録りました。マイクはNEUMANN TLM 107で、UNIVERSAL AUDIO Apollo Twin XのUnison機能を使って録音しています。ボーカル・トラックは2本だけなんですが、ここでのポイントは、ダブルの方をあえて緩めに歌ってもらったところ。メインと重ねたときに、自然なダブラー効果を演出できるように狙いました。

 

シンセやピアノ、ギターなどの中高域はかなり渋滞しているにも関わらず、ボーカルは抜けて聴こえますね。

井上 ディエッサー処理をしたあと、UADプラグインのUNIVERSAL AUDIO UA 1176 Rev Aでがっつりつぶしていますね(笑)。そしてPro-Q3で微調整しています。

 

ミックスにおける、井上さんなりのこだわりとは?

井上 ミックスするときに、曲のイメージや世界観をしっかり決めるということ。また誰かの曲をミックスする場合は、その曲の世界観を尊重するということですね。

 

今回はミックス・コンテストが開催されますが、応募する読者に向けて一言お願いします!

井上 「Rollin'」は既にリリースされているので、そのサウンドが正解だと思われるかもしれませんが、一度それは忘れてください。“こういうふうにやってほしい”という決まりはないので、自身の世界観で自由にミックスしてもらえればと!

ミックス・コンテスト題材曲「Rollin'」が収録されたアルバム

『EYES』
WONK
(ユニバーサル)

Musician:長塚健斗(vo)、江﨑文武(p、k、syn、prog)、井上幹(b、syn、prog)、荒田洸(ds、syn、prog)
Producer:WONK
Engineer:井上幹
Studio:プライベート、他

New Release

『artless』
WONK
(ユニバーサル)

【特集】ミックス・ダウン・ツアー2022

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