2018年にデビュー・アルバム『Superorganism』をリリースし、たちまち世界中の音楽ファンから注目される存在となったバンド、スーパーオーガニズム。現在は、オロノ(写真左)、ハリー(写真右)、トゥーカン、ビー、ソウルの5人組として活動する彼らが、4年ぶりとなるアルバム『ワールド・ワイド・ポップ』を7月に発表した。セルフ・プロデュースだった前作と異なり外部からプロデューサーを迎え、タイトル通りのポップ感覚にあふれた作品となっている。今回はオロノとハリーの来日中にインタビューを実施。制作スタイルや音楽への向き合い方などについて、詳しく話を聞いた。
Text:Satoshi Torii Interpretation:Yumi Hasegawa Translation:Mariko Kawahara
Photo:Chika Suzuki(*を除く) Cooperation:DJ BAR Bridge Shibuya
7曲をスチュアート・プライスがプロデュース
─今作は1作目よりもポップで、音も格段に良くなったように感じました。制作プロセスを変えた点はありますか?
ハリー イエスでもあり、ノーでもあります。シカゴとLAのスタジオで行ったジャム・セッションからできた曲もありますが、それ以外は前作と同じように自宅でレコーディングして、お互いにプロジェクトを送り合って制作しました。一つ違ったのは、何人かのプロデューサーと一緒に制作したことです。カーター・ラング(編注:ドージャ・キャットやポスト・マローンの楽曲を手掛けるプロデューサー)が1曲、それからスチュアート・プライスが7曲ほど手伝ってくれました。前作はすべて僕たちだけで作ったので、かなりアマチュアっぽさがあったと思いますが、今作では僕たちより賢い人たちからの助けもありました。彼らがバンドの描いているビジョンをより明確にしてくれたんです。
─スチュアート・プライスといえば、マドンナやデュア・リパも手掛けてきた大物プロデューサーです。具体的なかかわり方はどのような形だったのでしょうか?
ハリー 調味料を振りかけてくれたようなものです。スチュアートが参加しだした頃には、曲のデモはかなり具体的なところまでできていました。プロセスの最後にアイディアを出し合っている段階でかなりカオスになることもあったのですが、彼が“枠組みを作り直してみたらどうかな”と言ってくれたおかげで曲を完成させることができました。彼は僕たちが何をやっているかちゃんと分かっているんです。
オロノ 私たちはまだアマチュアですから。本当のプロは、レジェンドたちと一緒に制作しているスチュアート・プライスのような人で。私たちもレジェンドと共演していますが、いまだに自分たちが何をやっているのか分かっていないんです。
─カオスになる前の段階、制作を進める中でメンバー同士の意見がぶつかるようなことは?
ハリー ないですね。僕たちの好みはほぼ同じで、うまくいくものは直感で分かるんです。
オロノ 仲は良いけど、いつも一緒にいる親友というわけではなくて。揺るぎない、クリエイティブな関係ですね。
歌詞にはバンドの性格も表れている
─明るいダンス・ミュージックとしての趣もある今作ですが、一方でオロノさんが作る歌詞には諦めや何も期待していないといったネガティブな表現が多く、そのギャップに驚きました。意図して作ったものなのでしょうか?
オロノ わざわざ考えて歌詞を作ったというよりは、ツアーで常にライブをしているというライフ・スタイルがアップダウンの激しい生活なんです。ライブをしていないときは、みんな誰とも話さないし暗い雰囲気のことが多くて。そのギャップが自然に出たんだと思います。
ハリー 僕にとってこのアルバムは、もっとずっとディープでパーソナルなんです。ディープっていうのは、濃密なレベルと、やりすぎのレベルの両方を意味しています。特に「crushed.zip」が濃密ですね。歌詞はダークで傷つきやすいけど、音楽そのものは爆発してビッグに聴こえる。僕にとっても深みを感じる歌詞ですし、今回はオロノの性格だけじゃなくてバンドの性格も表していると思います。
─クレジットには、オロノさん、ハリーさん、トゥーカンさんの3名は全曲で演奏、プログラミング、作曲と表記されています。制作環境と機材について教えてください。
オロノ 私はベッド・ルームやツアー・バスなど、どこでも。スタジオにいる必要はないですから。トゥーカンにはスタジオがあります。
ハリー 彼がアルバム全体のミックスも行っています。特にドラムやベースが得意で、メンバーが思いついたドラム・ビートを太く、ワイドに、明るくするような技術があるんです。でもそれ以外は、ギターやキーボード、エフェクトやサウンド・デザイン、どれも僕たち全員が貢献しています。アプローチもかなり流動的で、ほとんどのアイディアをラップトップで作っていて、MIDIキーボードすら使わないこともあります(笑)。APPLE Logic Proでは、ラップトップのキーボードで音階を打ち込めるので、それでベース・ラインを作ることも結構多いです。
オロノ DAWは私もLogic Proで、Garagebandから始めていて自然と使うようになりました。
─オーディオ・インターフェースは何を?
オロノ AUDIENT ID4です。
ハリー 僕が持っているのは確かFOCUSRITEだと思いますが、2イン/2アウトでMIDIの入出力さえあれば、何を使ってもいいんです。実は、アコースティック・ギターの大半は、ラップトップのマイクを使って直接録った音か、APPLE iPhoneのマイクで録った音です。僕は機材にこだわったことはなくて、むしろ使い方のアプローチの方が重要なんです。部屋の音響についても、レコーディングした場所の雰囲気を捉えることに興味があるので、それを曲に取り込もうとしているんです。
─トゥーカンさんはどのような機材を使っていますか?
ハリー ミックスで使う機材にはこだわっていますが、レコーディングについては……。彼はアルバム全体で一貫性のあるボーカル・サウンドにしようとしていたのですが、同じ曲の中でも、バースはどこかの楽屋でSHURE SM7Bを、コーラスはNEUMANNのマイクを使ってLAのスタジオでレコーディング、なんてことがありました(笑)。さまざまな部屋で別々のマイクを使ってボーカル録りをしたのはトゥーカンにとって悪夢のようだったのではないかなと。でも見事にやってのけたと思います。僕たちの音楽がコラージュのように聴こえることがよくあるのは、使う機材に一貫性がないせいなのかもしれません。いろいろなパートをつなぎ合わせて作ったようになりますから。でも、そんなふうに自由奔放で自発的なアプローチでアルバムを作るのが好きなんです。
─前作では、「Something For Your M.I.N.D.」でサンプリングを使っていました。今作も「It’s Raining」において、スコット・ウォーカー「It's Raining Today」をサンプリングしていますね。この曲を選んだ理由は?
ハリー トゥーカンが、スコット・ウォーカーが大好きだからですね(笑)。
オロノ 私たち全員好きですが、特に彼はとりこで。
ハリー スコット・ウォーカーのバラードをベースにしたヒップホップ・ソング、というアイディアは変わっているなと思いました。数年前に亡くなってしまいましたが、ラッキーなことに彼の遺族が使用を許可してくれたんです。
バンド・サウンドの土台となっているMOOG
─今作はシンセ・サウンドが全体的に増えています。MVにもYAMAHA Reface CSやMOOG Little Phattyが登場していますが、アルバムで多用したシンセはありますか?
ハリー Little Phattyは、バンド・サウンドの土台になっています。MOOGシンセの音は最高ですね。
オロノ MOOGの厚いベースの音はすごく好きで、前作でも多用していました。シンセが増えたというのは、使うシンセの種類が増えたからですね。
ハリー LAのスタジオにシンセがコレクションされていたので、Minimoog Model Dもかなり使いました。あとは、ROLAND Juno-106も僕のお気に入りで定番です。とても多彩かつ独特のサウンドを出せるのでいろいろと応用できます。Refaceもクールで、ツアーに持って行くのはReface DX。ツアー・バスの中でも弾けるサイズで、あのFMシンセ・サウンド……特にベルの音色がすてきで本当に大好きなんです。
─ソフト・シンセは使いますか?
ハリー 本当はハードウェア・シンセだけを使ったと言いたいところですが、実はソフト・シンセも使っています。すごく便利ですから。XFER RECORDS Serumは大好きで、よく使いました。あと、ARTURIA V Collectionもかなり使っています。移動中でもラップトップさえあればV Collectionのクラシック・シンセが使えますしね。大抵はペダル・エフェクターを通して、デジタル感を取り除いてクランチーにしています。あと、スチュアートがビンテージ・ハードウェア・シンセをコレクションしていて、アルペジエイターの多くはスチュアートの機材を通しています。これまで、アルペジエイターがどれほど役に立つものなのか知らなかったんです。もうひとつレイヤーが加わるというか……サウンドに深みが出るようになりました。彼が教えてくれて、今思うと本当によく使いました(笑)。
─スチュアート・プライスの影響はやはり大きいのですね。
オロノ スチュアートにアイディアを足してほしいとお願いして、アレンジが加わった曲が戻ってきたときに、“これが私たちのやりたいカニエ・ウェストやケイティ・ペリーの音なんだな”と実感が湧きました。プロに手伝ってもらうことで、理想の音楽に近づけたんだと思います。
─『ワールド・ワイド・ポップ』で、スーパーオーガニズムはさらに進化し続けているという印象を受けました。次作の目標やビジョンは既に持っていますか?
オロノ 特にはないです。そもそも目標を立てたりしたことがないので。私たちはただ、これがいいと思えること、今の私たちにとって楽しいことをやっているだけです。だから、自然に身を任せてやっています。
ハリー その通り。僕たちは自発的かつ衝動的であり続けたいんです。スーパーオーガニズムはそういう目的で始めたから、何をするかという計画をあらかじめ練るようなことはしていません。ただ何かをやってみて、何がうまくいくかを見極めるだけですね。これからもそうして進んでいくのだと思います。
Comment:トゥーカン from スーパーオーガニズム
『ワールド・ワイド・ポップ』のミックスを手掛けたのが、スーパーオーガニズムの中で作曲の核を担っているもう一人のメンバー、トゥーカン。今回、来日インタビューはかなわなかったが、自身の制作環境や作業スタイルについて編集部にコメントを寄せてくれた。
DAWソフトはAVID Pro Toolsで、コントローラーとしてArtist Mixを2台使用しています。モニター・スピーカーはAMPHION One18とYAMAHA NS-10Mで、GIK ACOUSTICSの吸音材で部屋鳴りを調節し、さらにキャリブレーション・ソフトのSONARWORKS SoundID Referenceも使っています(アルバムがうまくいけば、TRINNOV AUDIOの音場補正プロセッサーも導入したいです!)。
アウトボードのコレクションは少ないです。オロノのボーカルにはNEVEのプリアンプとKLARK TEKNIK 76-KTを通しています。時々ペダル・エフェクターも使用していて、PROCO Rat(ディストーション)、WALRUS AUDIO Julianna(コーラス)、MOOG MF-103(フェイザー)、SURFY INDUSTRIES Surfybear Metal Reverb Unit(スプリング・リバーブ)、あとROLAND RE-150(エコー)も所有しています。ペダル・エフェクターはすべて、2台用意しているプリアンプのAPI 512Cにつないでいます。
ただ作業をする際は、ほとんどイン・ザ・ボックスで行っていますね。よく使うプラグインのメーカーは、ARTURIA、 FABFILTER、GOODHERTZ、OEKSOUND、SLATE DIGITAL、SOFTUBE、SOUNDTOYS、WAVESなどです。比較的スタンダードと言えるプラグインを集めています。
スーパーオーガニズムのミックスは、ほかの人たちのミックスとは少し異なっています。というのも、私はバンドのプロデューサーでもあるので、より大幅に自由な変更を加えることができるからです。作業中のミックスを何度も繰り返し聴き、プランを練ってから取りかかることでミックスの方向性が見えてきますが、その過程で予期せぬハッピーなアクシデントが起こったりするのも面白いですね。
Release
『ワールド・ワイド・ポップ』
スーパーオーガニズム
ビート:BRC699
Musician:オロノ・ノグチ(vo、instruments、prog)、ハリー・ヤング(Instruments、prog)、トゥーカン(instruments、prog)、ビー(vo)、ソウル(vo、instruments)、ルビー(vo)、星野源(vo)、CHAI(vo)、ピ・ジャ・マ(vo)、スティーヴン・マルクマス(vo)、ディラン・カートリッジ(vo)、ジョー・アステル(vo)
Producer:スーパーオーガニズム、スチュアート・プライス、ジョン・ヒル、カーター・ラング
Engineer:トゥーカン
Studio:クレジットなし