Creepy Nutsのトラック制作の拠点となるDJ松永のプライベート・スタジオを訪問。音楽ルーツや独自のスタイルを切り開くトラック制作術とそこに込められた思い、使用機材のこだわりまでたっぷり語ってもらった。
Text:Kanako Iida Photo:Hiroki Obara
全く聴いたことがなかったジャンルも取り入れる
ーまずはメインの制作環境を教えてください。
DJ松永 APPLE MacBook Proの“全部乗せ”にABLETON Liveを入れています。DMC(World DJ Championships)に出るときに、当時まだDVS(Digital Vinyl System、DJソフトウェアとDJ機材を同期するシステム)はルール上使えなかったから、曲をエディットしたりオリジナルの音源を使いたい場合はレコードをカッティングしてアセテート盤を自作してたんですよ。だから俺もルーティン用に曲をエディットしたいと思ったときに師匠のDJ CO-MA君が“Liveいいよ”って言ってたから買って、その延長線上で今に至ります。
ートラック・メイクはいつ頃から始めたのですか?
DJ松永 割とすぐ始めましたね。DJを始めてすぐにターンテーブリズムを知って、見た人を沸かせられるのが魅力的で傾倒していくんですけど、もともとヒップホップを好きになったきっかけがRHYMESTERで、曲を作ってライブしたかったので、トラックを作るのは必然でした。クラブDJだけだと全国的に名前が広がるのは難しいし、クラブDJ=日本語ラップ・シーンに直結してるわけじゃないから、曲を作らないと日本語ラップ・シーンとのつながりみたいなものがなくなると思って。
ーその頃はどのようなジャンルを作っていましたか?
DJ松永 8ビートの90’sっぽいヒップホップばかり作ってましたね。当時DJでかけてたのがそういう曲で。あとゴッドファーザー・ドンとかHYDRAとかの90’sマイナー・アングラがはやってた時期で、そういうのもたまにかけてました。
ーそこから今のジャンルが広いスタイルへはどのように?
DJ松永 それはめっちゃ意識的にやってます。1DJ+1MCでトラック・メイカーが1人なので、長く活動していくためにトラックのバリエーションが無くてマンネリ化するのは避けたくて、いろいろなフィルターを通して曲を作るようにしていますね。自分では挑戦したつもりでもリスナーからしたら普段と同じってよくあると思うんです。思い切り未開の地に足を踏み出してやっと違うことをやってると思ってもらえるので、全く聴いたことがなかったジャンルも思い切って取り入れています。でも絶対自分の脳みそのフィルターは通るから、ある意味手癖を信頼して全く作ったことのないものを作ろうと意識しています。
ー具体的にそれはどうやっているんですか?
DJ松永 例えばメイクさんに普段何を聴くか聞いてKポップを聴いたり、ボカロを聴いてみたり、4つ打ちに詳しい人に曲を教えてもらったり、サブスク上の旅をして全然自分の聴かないジャンルを聴いたりとか。最近は久保田早紀さんをめっちゃお気に入りにしてるので、「幻想旅行」みたいな曲を作るかもしれない(笑)。曲を聴きながら音色とか楽器とかのサウンド面を意識してますね。日本はコードや展開がガラパゴス化してるからそこは意識しつつ、リファレンスを探しています。
ー日本のコードや展開を意識するというのは?
DJ松永 海外のチャートを見ると、2コードでワンループとか音楽知識がなくても感覚で格好良く作れれば売れるのが本当にうらやましくて。日本はJポップ的なひな形のギチギチに音楽理論を勉強した人が作った曲ばかりチャートに入るじゃないですか。だから日本語ラップ・シーンを超えて日本中に曲を届けるためには避けて通れないと思って。それで自分らしいヒップホップが作れるのかなと思ったけど、日本的なコード上でも行けることが分かったので、いかに自分の好きな煙たさや土くささ、怪しさを乗せられるかを意識して作っています。
エレキシタールにするだけでJポップじゃなくなる
ー松永さんの作るトラックに一貫するその土くささや怪しさはどうやって付けているのですか?
DJ松永 初めて買ってもらったCDが『ブルース・ブラザーズ』のサントラで、その中に自分が作りたいエッセンスがすごく入ってて、それが影響してるんですよね。日本語ラップで一番影響を受けたのはDEV LARGEさんで、以前はサンプリングで影響を受けたようなネタ感のあるトラックを作っていました。それで、サンプリングを使わず土くささや怪しさを入れるのが難しいなと思って、変わった楽器を探しまくったときにエレキシタールを知って。めちゃくちゃ格好良かったので、プラグインでデモを作って磯貝一樹君に弾いてもらってます。以前はレンタルしてたんですけど、今年の頭ぐらいに磯貝君にプレゼントしたんですよ。そのときになんか分からないけど俺も買ったんです(笑)。自分のサウンドを作る象徴的な楽器だし、時間ができたら練習していつか粗いデモを作って渡せたら良いなという意味で、見えるところに置いて、あるのにやらない丘サーファーのような背徳感を自分に課しています(笑)。
ー『アンサンブル・プレイ』ではどの曲で使用しましたか?
DJ松永 「2way nice guy」の頭サビの楽器がエレキシタールです。デモはエレキギターの音色で作っていて、それだと既存のJポップみたいなんですけど、エレキシタールにするだけで全然Jポップじゃなくなるんですよ。「パッと咲いて散って灰に」のバッキングもエレキシタールです。普通シタールってバッキングしないからキレが良くないんです。でもそのキレの悪さが聴いたことないサウンドにつながっています。俺は音楽理論の知識とかないし、この楽器をこう使うという先入観が一切無いのが逆にいいのかなと思います。
ー今回は生楽器への差し替えが多いですよね。
DJ松永 やっぱりサンプリングから入ったから生楽器の音色が好きなんでしょうね。『ブルース・ブラザーズ』を聴いたころの生楽器を使った一癖ある感じをヒップホップに落とし込むのが好きだからというのもありますね。レコーディングは一斉に演奏するんじゃなくて一人ずつ入ってもらって。普段DTMでやってるからその方が作りやすいんです。
音楽で稼いだお金は自分の音楽環境に投資
ーインスト曲「Madman」ではスクラッチも聴けますね。
DJ松永 Rのボーカルが乗らない曲も作りたかったんですよ。最初はスクラッチ曲を作ろうと思って、8ビートのクラシックなヒップホップ・ビートにDJプレミア的なスクラッチをやるのか、ジュラシック5「スウィング・セット」みたいにおもちゃ箱をひっくり返したようなブレイク・ビーツにするかとか迷って。ただそれはサンプリングしないとできないから、日本のメジャー・シーンでは難しいんです。でもトラップでそういう曲はあまり聴いたことがないと思って、リズムをドリルっぽくしました。結局上ネタが印象的になりすぎて、後半で若干スクラッチが入ってくるくらいのあんばいですね。上ネタはSPECTRASONICS Omnisphereのクワイアで、それをスクラッチしています。息の音はNEUMANN U 87 AIで録った自分の声です。
ー制作後のミックスはどのように行いましたか?
DJ松永 D.O.I.さんとリモートでしています。そのときにMUSIKELECTRONIC GEITHAIN RL904とAMPHION One18、AKG K872、APPLE AirPodsで聴くんですけど、One18はRL904では出ない音の粗が見つかるんです。RL904の方が解像度や音のツヤ感がいいんですけど、全然性質の違うスピーカーは必須ですよね。
ーモニター・スピーカーはどうやって選んでいますか?
DJ松永 毎回Rock oNで試聴して買いますね。DJ用はテンションが乗る音色が良くて、KS DIGITAL C5-Referenceにしました。スピーカー・スタンドは既製品だとDJ用の絶妙な高さのものがなくて、ACOUSTIC REVIVEの特注品です。
ールーム・チューニングはどのように?
DJ松永 吸音材とかいろいろ試しましたね。特にクローゼットの扉は張るものを探すのが大変でした。反響の仕方にこだわったりもしましたが、結局デッドな感じに落ち着きました。
ー細部までこだわりを感じる素敵な制作環境ですよね。
DJ松永 2年前くらいまではなあなあにしてたんですけど、音楽で稼いだお金を自分の音楽環境に投資しないのは意味が分かんないなと。ちゃんと整えないとと思っています。
「Madman」トラック・メイク分析
①万能ソフト・シンセOmnisphere
②Pitch Monsterで厚みを付加
③アクセントを付けるTape Stop
④Ethno World 6のエスニックな歌声
◎Creepy Nuts インタビュー(会員限定)
◎D.O.I.が語るCreepy Nuts『アンサンブル・プレイ』ミックスの極意(会員限定)
Release
『アンサンブル・プレイ』
Creepy Nuts
ソニー:AICL-4275(通常盤)、AICL-4274(ラジオ盤)、AICL-4272〜4273(ライブBlu-ray盤)、AICL-4270〜4271(Tシャツ盤)
Musician:R-指定(rap)、DJ松永(all)、高尾俊行(ds)、soki-木村創生(ds)、磯貝一樹(g、E.sitar)、大神田智彦(b)、真船勝博(b)、前田逸平(b)、西岡ヒデロー(tp)、宮内岳太郎(tb)、東條あづさ(tb)、栗原健(sax)、川口大輔(all、k)、村田泰子ストリングス(strings)、大樋祐大(p)
Producer:DJ松永、R-指定、川口大輔
Engineer:D.O.I.、高根晋作、川島尚己、神戸円、小坂剛正、村上宣之、公文英輔
Studio:E-NE、Sony Music Studios Tokyo、Daimonion Recordings、Endhits、SOKI、3rd Eye