DJ松永が語る制作環境 〜Creepy Nutsトラック制作の拠点をレポート!

DJ松永が語る制作環境

Creepy Nutsのトラック制作の拠点となるDJ松永のプライベート・スタジオを訪問。音楽ルーツや独自のスタイルを切り開くトラック制作術とそこに込められた思い、使用機材のこだわりまでたっぷり語ってもらった。

Text:Kanako Iida Photo:Hiroki Obara

全く聴いたことがなかったジャンルも取り入れる

まずはメインの制作環境を教えてください。

DJ松永 APPLE MacBook Proの“全部乗せ”にABLETON Liveを入れています。DMC(World DJ Championships)に出るときに、当時まだDVS(Digital Vinyl System、DJソフトウェアとDJ機材を同期するシステム)はルール上使えなかったから、曲をエディットしたりオリジナルの音源を使いたい場合はレコードをカッティングしてアセテート盤を自作してたんですよ。だから俺もルーティン用に曲をエディットしたいと思ったときに師匠のDJ CO-MA君が“Liveいいよ”って言ってたから買って、その延長線上で今に至ります。

制作用スペースとDJ用スペースが備えられたDJ松永のプライベート・スタジオ。スタジオ内の吸音材設置などルーム・チューニングは松永自身が手掛け、デッドな空間に仕上げている

制作用スペースとDJ用スペースが備えられたDJ松永のプライベート・スタジオ。スタジオ内の吸音材設置などルーム・チューニングは松永自身が手掛け、デッドな空間に仕上げている

APPLE MacBook ProにABLETON Liveをインストールして使用。モニター・スピーカーはMUSIKELECTRONIC GEITHAIN RL904、AMPHION One18を使い分ける。デスク上にはMIDIキーボードNATIVE INSTRUMENTS Komplete Kontrol  S61、その後方にはOWC Thunderbolt Hub、デスク左にはモニター・コントローラーGRACE DESIGN M905が置かれている。MacBook ProはACOUSTIC REVIVEのクォーツ・アンダーボードRST-38H、M905はTB-38Hを敷いて設置

APPLE MacBook ProにABLETON Liveをインストールして使用。モニター・スピーカーはMUSIKELECTRONIC GEITHAIN RL904、AMPHION One18を使い分ける。デスク上にはMIDIキーボードNATIVE INSTRUMENTS Komplete Kontrol S61、その後方にはOWC Thunderbolt Hub、デスク左にはモニター・コントローラーGRACE DESIGN M905が置かれている。MacBook ProはACOUSTIC REVIVEのクォーツ・アンダーボードRST-38H、M905はTB-38Hを敷いて設置

ラック上にはオーディオ・インターフェースのPRISM SOUND Lyla 2を配置。ラック内にはUNIVERSAL AUDIO UAD-2 Satellite、AMPHION Amp700、GRACE DESIGN M905本体、UNIVERSAL AUDIO 1176LN、RUPERT NEVE DESIGNS 5211(マイクプリ)がスタンバイ

ラック上にはオーディオ・インターフェースのPRISM SOUND Lyla 2を配置。ラック内にはUNIVERSAL AUDIO UAD-2 Satellite、AMPHION Amp700、GRACE DESIGN M905本体、UNIVERSAL AUDIO 1176LN、RUPERT NEVE DESIGNS 5211(マイクプリ)がスタンバイ

トラック・メイクはいつ頃から始めたのですか?

DJ松永 割とすぐ始めましたね。DJを始めてすぐにターンテーブリズムを知って、見た人を沸かせられるのが魅力的で傾倒していくんですけど、もともとヒップホップを好きになったきっかけがRHYMESTERで、曲を作ってライブしたかったので、トラックを作るのは必然でした。クラブDJだけだと全国的に名前が広がるのは難しいし、クラブDJ=日本語ラップ・シーンに直結してるわけじゃないから、曲を作らないと日本語ラップ・シーンとのつながりみたいなものがなくなると思って。

 

その頃はどのようなジャンルを作っていましたか?

DJ松永 8ビートの90’sっぽいヒップホップばかり作ってましたね。当時DJでかけてたのがそういう曲で。あとゴッドファーザー・ドンとかHYDRAとかの90’sマイナー・アングラがはやってた時期で、そういうのもたまにかけてました。

 

そこから今のジャンルが広いスタイルへはどのように?

DJ松永 それはめっちゃ意識的にやってます。1DJ+1MCでトラック・メイカーが1人なので、長く活動していくためにトラックのバリエーションが無くてマンネリ化するのは避けたくて、いろいろなフィルターを通して曲を作るようにしていますね。自分では挑戦したつもりでもリスナーからしたら普段と同じってよくあると思うんです。思い切り未開の地に足を踏み出してやっと違うことをやってると思ってもらえるので、全く聴いたことがなかったジャンルも思い切って取り入れています。でも絶対自分の脳みそのフィルターは通るから、ある意味手癖を信頼して全く作ったことのないものを作ろうと意識しています。

Creepy Nuts DJ松永

具体的にそれはどうやっているんですか?

DJ松永 例えばメイクさんに普段何を聴くか聞いてKポップを聴いたり、ボカロを聴いてみたり、4つ打ちに詳しい人に曲を教えてもらったり、サブスク上の旅をして全然自分の聴かないジャンルを聴いたりとか。最近は久保田早紀さんをめっちゃお気に入りにしてるので、「幻想旅行」みたいな曲を作るかもしれない(笑)。曲を聴きながら音色とか楽器とかのサウンド面を意識してますね。日本はコードや展開がガラパゴス化してるからそこは意識しつつ、リファレンスを探しています。

 

日本のコードや展開を意識するというのは?

DJ松永 海外のチャートを見ると、2コードでワンループとか音楽知識がなくても感覚で格好良く作れれば売れるのが本当にうらやましくて。日本はJポップ的なひな形のギチギチに音楽理論を勉強した人が作った曲ばかりチャートに入るじゃないですか。だから日本語ラップ・シーンを超えて日本中に曲を届けるためには避けて通れないと思って。それで自分らしいヒップホップが作れるのかなと思ったけど、日本的なコード上でも行けることが分かったので、いかに自分の好きな煙たさや土くささ、怪しさを乗せられるかを意識して作っています。

DJブースには、DJミキサーPIONEER DJ DJM-S11を中心に、ターンテーブルTECHNICS SL-1200MK7×2、SERATO Serato DJ用コントローラーRANE Twelve×2がセットされている。DJM-S11は以前使用していたDJM-S9に比べ「パッドが大きくなって使いやすい」という松永。Twelveは、2019年のDMC World DJ Championships優勝賞品だ。DJ用モニター・スピーカーには「テンションが乗る音色」というKS DIGITAL C5-Referenceを採用。DJテーブルと鏡はオーダーメイド品

DJブースには、DJミキサーPIONEER DJ DJM-S11を中心に、ターンテーブルTECHNICS SL-1200MK7×2、SERATO Serato DJ用コントローラーRANE Twelve×2がセットされている。DJM-S11は以前使用していたDJM-S9に比べ「パッドが大きくなって使いやすい」という松永。Twelveは、2019年のDMC World DJ Championships優勝賞品だ。DJ用モニター・スピーカーには「テンションが乗る音色」というKS DIGITAL C5-Referenceを採用。DJテーブルと鏡はオーダーメイド品

DJカートリッジはSHURE M44G、交換針はNAGAOKA製の対応製品を使用。リード線はACOUSTIC REVIVE Absolute Lead Wireで、松永はアナログ・レコードをかける際の音質を高く評価する

DJカートリッジはSHURE M44G、交換針はNAGAOKA製の対応製品を使用。リード線はACOUSTIC REVIVE Absolute Lead Wireで、松永はアナログ・レコードをかける際の音質を高く評価する

DJM-S11のリア。アウトボードを含む機材類の空き端子にはすべてACOUSTIC REVIVEリアリティエンハンサーを使用

DJM-S11のリア。アウトボードを含む機材類の空き端子にはすべてACOUSTIC REVIVEリアリティエンハンサーを使用

ゴールドのレコードがあしらわれたDMC World DJ Championships2019の優勝記念盾

ゴールドのレコードがあしらわれたDMC World DJ Championships2019の優勝記念盾

エレキシタールにするだけでJポップじゃなくなる

松永さんの作るトラックに一貫するその土くささや怪しさはどうやって付けているのですか?

DJ松永 初めて買ってもらったCDが『ブルース・ブラザーズ』のサントラで、その中に自分が作りたいエッセンスがすごく入ってて、それが影響してるんですよね。日本語ラップで一番影響を受けたのはDEV LARGEさんで、以前はサンプリングで影響を受けたようなネタ感のあるトラックを作っていました。それで、サンプリングを使わず土くささや怪しさを入れるのが難しいなと思って、変わった楽器を探しまくったときにエレキシタールを知って。めちゃくちゃ格好良かったので、プラグインでデモを作って磯貝一樹君に弾いてもらってます。以前はレンタルしてたんですけど、今年の頭ぐらいに磯貝君にプレゼントしたんですよ。そのときになんか分からないけど俺も買ったんです(笑)。自分のサウンドを作る象徴的な楽器だし、時間ができたら練習していつか粗いデモを作って渡せたら良いなという意味で、見えるところに置いて、あるのにやらない丘サーファーのような背徳感を自分に課しています(笑)。

松永にとって「自分のサウンドを作る象徴的な楽器」となっているエレキシタール

松永にとって「自分のサウンドを作る象徴的な楽器」となっているエレキシタール

『アンサンブル・プレイ』ではどの曲で使用しましたか?

DJ松永 「2way nice guy」の頭サビの楽器がエレキシタールです。デモはエレキギターの音色で作っていて、それだと既存のJポップみたいなんですけど、エレキシタールにするだけで全然Jポップじゃなくなるんですよ。「パッと咲いて散って灰に」のバッキングもエレキシタールです。普通シタールってバッキングしないからキレが良くないんです。でもそのキレの悪さが聴いたことないサウンドにつながっています。俺は音楽理論の知識とかないし、この楽器をこう使うという先入観が一切無いのが逆にいいのかなと思います。

 

今回は生楽器への差し替えが多いですよね。

DJ松永 やっぱりサンプリングから入ったから生楽器の音色が好きなんでしょうね。『ブルース・ブラザーズ』を聴いたころの生楽器を使った一癖ある感じをヒップホップに落とし込むのが好きだからというのもありますね。レコーディングは一斉に演奏するんじゃなくて一人ずつ入ってもらって。普段DTMでやってるからその方が作りやすいんです。

高さを確保するためエアコンの上に設置された超低周波発生装置のACOUSTIC REVIVE RR-777×6

高さを確保するためエアコンの上に設置された超低周波発生装置のACOUSTIC REVIVE RR-777×6

電源ボックスRTP-6 Absolute、電源コンディショナーRPC-1Kなど電源周りでもACOUSTIC REVIVE製品を活用

電源ボックスRTP-6 Absolute、電源コンディショナーRPC-1Kなど電源周りでもACOUSTIC REVIVE製品を活用

音楽で稼いだお金は自分の音楽環境に投資

インスト曲「Madman」ではスクラッチも聴けますね。

DJ松永 Rのボーカルが乗らない曲も作りたかったんですよ。最初はスクラッチ曲を作ろうと思って、8ビートのクラシックなヒップホップ・ビートにDJプレミア的なスクラッチをやるのか、ジュラシック5「スウィング・セット」みたいにおもちゃ箱をひっくり返したようなブレイク・ビーツにするかとか迷って。ただそれはサンプリングしないとできないから、日本のメジャー・シーンでは難しいんです。でもトラップでそういう曲はあまり聴いたことがないと思って、リズムをドリルっぽくしました。結局上ネタが印象的になりすぎて、後半で若干スクラッチが入ってくるくらいのあんばいですね。上ネタはSPECTRASONICS Omnisphereのクワイアで、それをスクラッチしています。息の音はNEUMANN U 87 AIで録った自分の声です。

「Madman」の息の音はコンデンサー・マイクNEUMANN U 87 AIで自らの声を収録

「Madman」の息の音はコンデンサー・マイクNEUMANN U 87 AIで自らの声を収録

制作後のミックスはどのように行いましたか?

DJ松永 D.O.I.さんとリモートでしています。そのときにMUSIKELECTRONIC GEITHAIN RL904とAMPHION One18、AKG K872、APPLE AirPodsで聴くんですけど、One18はRL904では出ない音の粗が見つかるんです。RL904の方が解像度や音のツヤ感がいいんですけど、全然性質の違うスピーカーは必須ですよね。

モニター・ヘッドフォンはAKG K872を使用

モニター・ヘッドフォンはAKG K872を使用

モニター・スピーカーはどうやって選んでいますか?

DJ松永 毎回Rock oNで試聴して買いますね。DJ用はテンションが乗る音色が良くて、KS DIGITAL C5-Referenceにしました。スピーカー・スタンドは既製品だとDJ用の絶妙な高さのものがなくて、ACOUSTIC REVIVEの特注品です。

DJプレイ用の高さに合わせた特注品のACOUSTIC REVIVE製スピーカー・スタンド

DJプレイ用の高さに合わせた特注品のACOUSTIC REVIVE製スピーカー・スタンド

ルーム・チューニングはどのように?

DJ松永 吸音材とかいろいろ試しましたね。特にクローゼットの扉は張るものを探すのが大変でした。反響の仕方にこだわったりもしましたが、結局デッドな感じに落ち着きました。

 

細部までこだわりを感じる素敵な制作環境ですよね。

DJ松永 2年前くらいまではなあなあにしてたんですけど、音楽で稼いだお金を自分の音楽環境に投資しないのは意味が分かんないなと。ちゃんと整えないとと思っています。

「Madman」トラック・メイク分析

ドリルに初挑戦したインスト曲「Madman」のABLETON Liveプロジェクト画面。SPECTRASONICS Omnisphereの音色を中心に、NEUMANN U 87 AIで収録した松永自身の声や、DJソフトウェアSERATO Serato DJ経由で演奏したスクラッチ音などを素材で使用

ドリルに初挑戦したインスト曲「Madman」のABLETON Liveプロジェクト画面。SPECTRASONICS Omnisphereの音色を中心に、NEUMANN U 87 AIで収録した松永自身の声や、DJソフトウェアSERATO Serato DJ経由で演奏したスクラッチ音などを素材で使用

①万能ソフト・シンセOmnisphere

松永は音色の豊富さからソフト・シンセSPECTRASONICS Omnisphereを愛用。主旋律のシンセ・サウンドにはプリセットの“Baroque R etro Hybrid 2”を使用している

松永は音色の豊富さからソフト・シンセSPECTRASONICS Omnisphereを愛用。主旋律のシンセ・サウンドにはプリセットの“Baroque R etro Hybrid 2”を使用している

②Pitch Monsterで厚みを付加

上ネタにはOmnisphereのクワイア音色“Choir Full Staccato ^”を使用。ピッチ・シフターのDEVIOUS MACHINES Pitch Monsterをかけて厚みを付加している

上ネタにはOmnisphereのクワイア音色“Choir Full Staccato ^”を使用。ピッチ・シフターのDEVIOUS MACHINES Pitch Monsterをかけて厚みを付加している

③アクセントを付けるTape Stop

②で紹介した音色の途中でVENGEANCE SOUND Tape Stopを活用。途中で挟まるスクラッチ音は、この音色を使って松永が演奏したもので、演奏の一部を切り取り、複製して使用している

②で紹介した音色の途中でVENGEANCE SOUND Tape Stopを活用。途中で挟まるスクラッチ音は、この音色を使って松永が演奏したもので、演奏の一部を切り取り、複製して使用している

④Ethno World 6のエスニックな歌声

0:07から流れてくるボイス・サンプルはBEST SERVICE Ethno World 6の“Neda Iranian Licks”を使用。松永自身の呼吸音と重なって緊迫感を出している

0:07から流れてくるボイス・サンプルはBEST SERVICE Ethno World 6の“Neda Iranian Licks”を使用。松永自身の呼吸音と重なって緊迫感を出している

 

◎Creepy Nuts インタビュー(会員限定)

◎D.O.I.が語るCreepy Nuts『アンサンブル・プレイ』ミックスの極意(会員限定)

Release

Creepy Nuts『アンサンブル・プレイ』通常盤
Creepy Nuts『アンサンブル・プレイ』ラジオ盤
Creepy Nuts『アンサンブル・プレイ』ライブBlu-ray盤
Creepy Nuts『アンサンブル・プレイ』Tシャツ盤
左から、通常盤、ラジオ盤、ライブBlu-ray盤、Tシャツ盤

『アンサンブル・プレイ』
Creepy Nuts
ソニー:AICL-4275(通常盤)、AICL-4274(ラジオ盤)、AICL-4272〜4273(ライブBlu-ray盤)、AICL-4270〜4271(Tシャツ盤)

Musician:R-指定(rap)、DJ松永(all)、高尾俊行(ds)、soki-木村創生(ds)、磯貝一樹(g、E.sitar)、大神田智彦(b)、真船勝博(b)、前田逸平(b)、西岡ヒデロー(tp)、宮内岳太郎(tb)、東條あづさ(tb)、栗原健(sax)、川口大輔(all、k)、村田泰子ストリングス(strings)、大樋祐大(p)
Producer:DJ松永、R-指定、川口大輔
Engineer:D.O.I.、高根晋作、川島尚己、神戸円、小坂剛正、村上宣之、公文英輔
Studio:E-NE、Sony Music Studios Tokyo、Daimonion Recordings、Endhits、SOKI、3rd Eye

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