Creepy Nuts『アンサンブル・プレイ』インタビュー【前編】〜ラップの技量と引き出し数が問われるDJ松永のトラック

Creepy Nuts 『アンサンブル・プレイ』インタビュー【前編】〜ラップの技量と引き出し数が問われるDJ松永のトラック

自在に声を操り、独自のフロウやきめ細やかなリリックで圧倒するラッパーのR-指定(写真左)と、繊細かつ大胆なテクニックで観衆を魅了するDJ松永(同右)によるヒップホップ・ユニットCreepy Nuts。9月にリリースした『アンサンブル・プレイ』は、作品のテーマ設定やサウンド面でさまざまな挑戦を行ったアルバムだ。その制作過程を、R-指定&DJ松永のインタビュー、DJ松永のプライベート・スタジオ紹介、ミックス・エンジニアD.O.I.氏のコメントから探る。まずは2人でのインタビュー前編を公開。DJ松永のトラックとR-指定のラップが作り上げられる裏側に迫ると、2人の深い信頼関係があってこその制作手法が見えてきた。

Text:Kanako Iida Photo:Hiroki Obara

自分以外の視点を入れ込んだ曲が増えてきた

今回のアルバム『アンサンブル・プレイ』はどのように制作を進めていったのでしょうか?

R-指定 順番としてはいろいろなタイアップをいただいて、それができていってアルバムにするとなったときに、やっとそこでぼんやりコンセプトやどんな曲を入れるかという話をした記憶があります。去年のアルバム『case』の後に作ったシングルは、ヒップホップの“自分語り”より開けた表現や自分以外の視点を入れ込んだ曲が増えてきたので、じゃあいっそ全部フィクションの要素を強めにして、追加で入れる曲も今の俺らの現状を語るとかじゃない楽曲にしていこうか、という話をしたのが『アンサンブル・プレイ』のコンセプトが固まった瞬間かなと思います。いつもなんとなく曲がたまっていって、最後に勝手に点と点がつながって背骨を入れるみたいな作業が結構多いんですけど、今回もそんな感じでした。

DJ松永 もしかすると今回が一番ちゃんとコンセプトを決めたかもしれない。今までのアルバムは、やっぱりR(R-指定)が制作時に過去を振り返って書いたことの集まりだったりするから、コンセプトを決めずとも自然に物語になっているんです。ストーリーとして一貫したものがあるから、Rの心境や思い描いているものがたまってくるので、テーマは後から浮かび上がってきて分かることが多かったんですけど、今回はフィクションの要素を取り入れる形で作りました。

 

松永さんがトラックを作り、R-指定さんがリリックを書くにあたり、制作の流れはどのような順序で行うのですか?

DJ松永 今までは4小節のワンループをRに渡して自由に泳いでもらって、後からアレンジで追いつかせるようなことが多かったんですけど、今回は俺が構成や展開を頭から最後まで作って渡したトラックがほとんどで、今までにはない試みでした。ヒップホップかつ自分たちのビートで、骨組みには日本のドメスティックな音楽理論を下地に敷いた要素を取り入れて、と考えるとシステム的に作っていく必要があるから、そういうので決めたところが多かったです。

R-指定 イントロ何小節、フック何小節、バース何小節という構成がある程度出来上がったものをもらって聴きながら、メロディやフロウをスキャットや鼻歌で作っていきましたね。今回は特に松永さんの中で“構成をこうしたい”というのがある状態やったから、俺もだいぶ下書きの状態を渡す作業が多くて、“バースはこんな感じのフロウで、フックはこんな感じでブリッジはこうなって”みたいな言語になっていないスキャットだけを送るやりとりが多かったです。それを何パターンか送って、2人でこれがいい、となったところでそれを言葉に変えていく感じですね。

 

ワンループから作るときとは違う流れなのですね。

R-指定 ワンループで渡されたときはトラックとラップを同時進行していくことが多かったですけど、構成が決まっているとラップもフロウやメロディの流れも同じく設計図を組み立ててからやるのがより強まった感じはします。前から先にスキャットを作るというのはあったんですが、今回は特にその側面が強かった気がしました。

口に出してみて気持ちいいかどうかで判断

R-指定さんのラップは、子音がパーカッションのような役割を果たしていたり、メロディに言葉を乗せる譜割のような部分がリズミカルだったり、すごく音楽的に感じます。

R-指定 以前はラップに関してロジカルに考えていたんですよ。でも、そのロジカルの部分だけではどうしても突破できない場所があって、特にラップのフロウとかメロディに関しては最終的にフィーリングやバイブス、ノリがすごく大事なんやなと思うようになりました。より楽器的にラップを聴かせるとなったら、口に出してみて気持ちいいかどうかで判断するみたいなところがありますね。

 

今回の制作ではどのようなことを意識しましたか?

R-指定 今回みたいにトラックの構成が決まってると1バース目と2バース目で同じ展開のラップが来るから、なるべくフロウを同じ繰り返しにしたい。そうなってくると、自由に展開していく曲より踏む韻の数が多くなるんです。文字で書く分にはこの言葉の方が踏めてるんやけど、これはちょっと口に出して気持ち良くないから不採用、韻としては踏めてないんやけど、口に出したらこっちの方が気持ちいいから採用、としていったところはありますね。自分で発音して気持ちいいということを重視しています。

 

ファルセットからがなるような発声まで、さまざまな声色が印象的ですが、それはご自身で使い分けているのでしょうか?

R-指定 普段からというよりは作っているときにやっと意識しだすみたいな感じかも分からないですね。そもそも自分はずっと昔から、特徴的な声とか“俺と言えば”みたいなフロウがあるわけじゃないなと思っていて。俺ら世代のラッパーの利点でもあり悩みでもあるのが、上の世代のラッパーに、ある程度の型、しかもそれの最高得点をたたき出している人らがすごく多いんですよ。ハイトーンのラップやったらこの人、ダミ声はこの人、歌っぽいフロウはこの人みたいな。そのレジェンドの世代たちはその武器1個で戦うのが正義みたいな時代やったんですよね。でもそれが、今は1人でやる1曲の中でバースとフック、もはやフックの中でさえ声が変わっても全然OKみたいになっていて、むしろ1人のラッパーがいろいろな武器を使えるのが基礎体力として必要なくらいになってきてる側面があるんです。俺もヘッズだった10代のときから、これだけもう正解が出てたら、あれもこれもできた方がいいなとずっと思ってやっていたので、次こんな声でラップしようって考えるというよりは、ビートが来たら自分の中での正解どれかな、みたいな順番で考えてるかもしれないです。

Creepy Nuts R-指定

現存するトラック全部行けるだろう

R-指定さんから見て、DJ松永さんのトラックに対するラップの乗せやすさはどのように感じていますか?

R-指定 松永さんのビートは多分、相当技量が無いと成立させるのは難しいやろうなと思います。自分で言うのは変ですけど(笑)。なかなかそこらのラッパーの人がポンッと渡されて乗りこなすのはだいぶ難しいよなと。

DJ松永 いや、ほぼ無理だと思う。Rレベルの技量や引き出し数のラップが乗る想定で長年作っちゃってるから、ほかのラッパーは厳しいだろうなって思いますね。

 

R-指定さんのラップが乗る想定というのは具体的にはどのような制作方法を採っているのでしょう?

DJ松永 普通のラッパーだったらループのメロディが強すぎて難しいようなトラックに想定外の乗り方をしてきたりとか、ラップがうまくないと音楽として成立しないトラックもあります。最近は信頼しきってるから何を渡しても大丈夫だろうというのがあって、一時期はRにクリックだけ送ってラップしてもらって、あとからそれにトラックを当てるみたいなことまでお願いしようと考えました。アカペラの曲とか、テンポやリズムが目まぐるしく変わるような曲を作ってもいいなといろいろ考えてますね。発声の引き出し、ラップの乗せ方の引き出しがあって、もちろん歌も歌えるから、多分現存するトラック全部行けるだろうと思っている節があります。これ作ったらRはどんな乗せ方してくれるんだろうっていう好奇心で無茶振りしている感じすらありますね。

 

R-指定さんにとって『アンサンブル・プレイ』の中でラップを乗せてみて特に面白さを感じた曲はどれでしたか?

R-指定 やってみて面白かったのは「パッと咲いて散って灰に」と「2way nice guy」かな。「パッと咲いて散って灰に」は、自分の中でもっと入り組んだ乗せ方で設計図を考えてたんですけど、最終的に分かりやすい乗せ方に戻ってきた曲だったりします。やってみて“できんねや”と思ったのが「2way nice guy」ですね。バースがスキャット重視で、自分で発音したスキャットの原型を大切にしながらハマる言葉をパズルみたいに組み合わせていって、実際に口に出して舌が気持ち良い形を覚えてるっていう感じにいけましたね。

 

「2way nice guy」のサビでは“持ち返して”の“もち(mochi)”の“ch”が裏声だったり、“適材適所”の頭の“てき”の“て”が上がって“き”が下がるような発音が聴いていてアクセントになっているように感じました。

R-指定 ラップはそいつの声で、そいつのリズム感で、そいつの頭の中に備え付けてあるリズムの構築の仕方で作られるから、ロジカルではなく口に出してみてそうなっただけかなと思いますね。そもそもラッパーには人に歌わせるために作っていないという側面があるので、今回の『アンサンブル・プレイ』は基本的にフィクションで自分以外の視点も入ってるけど、やっぱり肉体的にラップという歌唱法はどこまで行っても、全ラッパーが意識せずとも“俺のもの”になっちゃいますね。

 

リリックのボキャブラリーの広さもすごいですが、普段の生活の中で使えそうな言葉を探したりはしていますか?

R-指定 ラップを始めた14〜21歳くらいのときは目に見える言葉で韻を踏めるかどうかみたいなのを一番していました。そこから今までの10年くらいは、出会ったことに対して言葉にできへん感情をどう言葉にするかを探して、韻よりパンチラインを考えることが多いです。今回で言うと、普段から自分に備わっている手癖というか、自分が何かを見たとき、出会ったときについメモってしまうような癖を元に作ったのは「ロスタイム」です。これも何かで韻を踏むというよりは、何かを擬人化してしまう自分の癖で夜の街を書いた曲やったりします。

 

インタビュー後編に続く(会員限定)

◎DJ松永のプライベート・スタジオをレポート!(会員限定)

◎D.O.I.が語るCreepy Nuts『アンサンブル・プレイ』ミックスの極意(会員限定)

Release

Creepy Nuts『アンサンブル・プレイ』通常盤
Creepy Nuts『アンサンブル・プレイ』ラジオ盤
Creepy Nuts『アンサンブル・プレイ』ライブBlu-ray盤
Creepy Nuts『アンサンブル・プレイ』Tシャツ盤
左から、通常盤、ラジオ盤、ライブBlu-ray盤、Tシャツ盤

『アンサンブル・プレイ』
Creepy Nuts
ソニー:AICL-4275(通常盤)、AICL-4274(ラジオ盤)、AICL-4272〜4273(ライブBlu-ray盤)、AICL-4270〜4271(Tシャツ盤)

Musician:R-指定(rap)、DJ松永(all)、高尾俊行(ds)、soki-木村創生(ds)、磯貝一樹(g、E.sitar)、大神田智彦(b)、真船勝博(b)、前田逸平(b)、西岡ヒデロー(tp)、宮内岳太郎(tb)、東條あづさ(tb)、栗原健(sax)、川口大輔(all、k)、村田泰子ストリングス(strings)、大樋祐大(p)
Producer:DJ松永、R-指定、川口大輔
Engineer:D.O.I.、高根晋作、川島尚己、神戸円、小坂剛正、村上宣之、公文英輔
Studio:E-NE、Sony Music Studios Tokyo、Daimonion Recordings、Endhits、SOKI、3rd Eye

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