音楽プロデューサー鈴木Daichi秀行氏の呼びかけにより、歌声合成ソフトDreamtonics Synthesizer VのAIライブラリーを使って、プロ作曲家が参加するコンピレーション・アルバム『AIボーカルコンピ Vol.1 with Synthesizer V AI』が完成した。発起人の鈴木氏に、その経緯や制作のポイントについて話を伺った。
同じコンピに入るので、プロが本気でやる(笑)
−Daichiさんが作曲家の方々に呼びかけてコンピを制作していることは存じ上げていましたが、完成したアルバムを聴くと、予想以上にそれぞれの作曲家の個性が詰まったものとなっていて、こうしてお話を伺いたいと思いました。
Daichi Synthesizer VのAIライブラリーMaiを聴いて、ものすごくリアルだったから、もうこれでアルバムを作ったら面白いんじゃないか。しかもJポップ作品の作曲家が、その目線で普通にボーカルとしてSynthesizer Vのボイスを使ってガチで作ったら面白いものできるんじゃないかなと思ったんです。それをTwitterでつぶやいたのが始まりです。
巷で噂のSynthsizer V始めました pic.twitter.com/v7IORUBtvB
— 鈴木Daichi秀行 (@daichi307) November 24, 2022
−それを見ていた作曲家から反応があった?
Daichi まず田辺恵二さんがやりましょうと言ってくださって。その夜、すぐTwitterスペースを開いたんですが、中土智博さんや瀬川英史さん、あとMiliのYamato Kasaiさんとか、最初にそのスペースに入ってきた方々に声をかけて。「やります?」「え? 何をですか?」みたいな(笑)。そこから先輩方にも声をかけてみようとなって、コモリタミノルさんと本間昭光さん、水島康貴さんもお誘いしてみました。あとは一般公募の方が3組入っています。
−Daichiさんより下の世代では、ケンカイヨシさんや松隈ケンタさんも参加されています。
Daichi ケンカイ君は、ボカロPともまた違う個性的なサウンドを作っているので誘ってみました。松隈君は、ご存じのようにもう根っからのバンドサウンドの人なので、Synthsizer V=打ち込みというイメージと相反するからぜひ参加してほしいとお願いしてみて。ほかにも、例えば水島康貴さんの曲「Eve's Gift」は、作詞の松井五郎さんをはじめ、ミックスの森元浩二.さんまで、豪華なメンバーが参加してくださって。どうしてもネット発の楽曲だとクリエイター自身がミックスまでやることも増えていますが、森元さんのようなプロのエンジニアがSynthesizer Vのボーカルをミックスするとどうなるんだろうっていうのは、気になっていました。あと、同じコンピに入るので、みんな本気でやる(笑)。
−手を抜きそうな人はいませんね(笑)。確かに、SynthesizerV AIを除いて考えると、「作曲家の名刺的な楽曲が並ぶコンピ」という印象を受けました。皆さんの個性や作風が色濃く出ているといいますか、例えば松隈さんの「あなた詐欺だよね」はエモいですし、コモリタさんの「Kaleidoscope」は洋楽のようなR&Bですし。
Daichi 入口は「面白いね。ちょっとやってみようかな」みたいな感ですが、フタを開けてみるとプロの作家が好きなものをやっていいというものですから。特に、「普段作っている曲の延長線上」ということ以外、ルールがなくて。
−Daichiさんの「33000Feet」も、Daichiさんがプロデュースするアーティストのメジャーデビュー曲のようだと思いました。
Daichi まさにそういう感じですよね。もはや人間が歌うのとあまり変わりがないわけで、デジタル的な打ち込みバリバリみたいな曲である必要もないかなと思ったんです。そこがボーカロイドと違うところですね。普通のポップスというか、ジャンルを問わず曲が集まると面白いかなと。「AIボーカルすごい!」みたいなものを飛び越えちゃってるので。Synthesizer Vのことを知らない人に「AIを使ってやったんですよ」と聴かせると、「何がAIなんですか?」と言われるんですよ。
−確かにSynthesizer Vのどこが「AI」なのかは、使っていない人には分かりにくいかもしれませんね。打ち込んだメロディと歌詞に対して、より人間らしい歌い方をするためにAIを使っている。DaichiさんがSynthesizer Vに興味を持たれたのもそこですよね?
Daichi そうですね。もう機械の不自然さを越えちゃってるので、新しいことができそうだなと。あとはどうしても普段作曲家は裏方なので、今回のアルバムはアーティスト名=作家名にしました。ボカロシーンではそれが当然かもしれませんが。ボーカロイドはキャラクターありきの文化が一つ確立していますが、Synthesizer Vは逆にボーカルがソフトウェアだということを考えさせないのかなと。
自動テイク機能で5テイクくらい作って、そこから選ぶ
−ところで「人間が歌うのと変わらない」とおっしゃっていますが、制作面でも本当に変わらないのでしょうか?
Daichi ミックスは各自バラバラだったので、マスタリングだけは全曲統一できるようにちゃんとしたマスタリングエンジニアに頼もうと思って、Tucky's Masteringの瀧口 “Tucky” 博達さんにお願いしたんですが、Tuckyさんは「基本的には人間とあんまり変わらないけれど、歌のダイナミクスがそんなに大きくないから、どこにピークを持っていくかを合わせるのに、ちょっと判断が難しい」とおっしゃっていました。それくらいですね。
−Daichiさんの「33000Feet」はどのように制作されたのですか?
Daichi 普通に楽曲提供するときと同じ感覚で、曲を作って、歌詞を書いてもらって(編注:「33000Feet」の作詞はボンジュール鈴木が担当)。その歌詞をSynthesizer Vに当てはめたら、歌詞の載せ方で違和感が出るところもあるので、そこをまた調整するために歌詞を直して……みたいなことを何回かやりました。
−例えば「〜を とめて」を「〜は やめて」に変えるとか?
Daichi そうですね。それは普通の、人間が歌う歌モノでも、歌詞を置いてみたら合わないから言い回しを変えようというのと同じです。だからSynthsizer Vだからこうなる、こうしないといけない、みたいなことはあまり無かったかな?
−いわゆる「調声」はどうされたのですか?
Daichi しゃくりとか、ブレス感とかは設定しますが、ある程度全体で設定したら、自動テイク機能で5テイクくらい作って、そこから選ぶ感じです。例えば、水島さんは調声の専門の方と組んでやっていますが、僕はそんなに細かくはいじってないです。ちょっと明るく歌わせてみようとか、そのくらい。基本はベタ打ちで、Synthesizer V上でのパラメーターのオートメーションは全然かけていません。そんなに頑張って調声をしなくても、このくらいできますよっていう方が面白いなと思って。
−普通、打ち込みだと完璧に制御したくなるものですよね? ここはビブラートをかけたくないとか……。
Daichi でも、普通に人間の歌い手でも、ストレートに歌ってほしいのにどうしてもしゃくってしまうとか、限界はあるので。それは歌い手の個性だし、どこを尊重するかですね。そう思えば、別に何から何までコントロールしようと思わない方がいい。
−本当にボーカル・ディレクションと同じですね。
Daichi そうです。そんな感じです。だから「33000Feet」は元の声を活かした感じになったと思います。使ったライブラリーはMaiなんですけど、Maiの声の元になった橘田ほのかさんもシンガーソングライターだから、Maiとこういう曲との相性はいいんじゃないですかね。
ネイティブ発音の英語曲も作れる
−ミックスでの処理は? 人間の歌唱と異なる部分はありますか?
Daichi 使っているプラグインも普段ボーカルで使うものです。10個くらい使っていますが、EQ、コンプ、ディエッサー、サチュレーターくらいですね。特徴といえば、SONNOX Oxford TransModでトランジェントを強調して、滑舌の足りない部分を補っていることかな。でも、「Synthesizer Vだからこういう処理が必要だ」ということではなくて、こういう声の人だからこうしてみようというのと全く同じです。
−ほかの皆さんのSynthesizer Vの使い方で、Daichさんが面白いと感じたポイントはありますか?
Daichi 水島さんの「Eve's Gift」は、中国語のライブラリーで日本語で歌っているので、ちょっと違和感ある感じがKポップのアイドルが日本語で歌ってるみたいな感じですね。ポップスは、ちょっと気になる要素というか、「あれ?」という違和感が結構重要なポイントだったりするので、そういう意味で面白いです。あと、コモリタさんは洋楽的な曲が好きなので、ネイティブな英語で発音をしてくれて、自分が曲を作って、発表できるっていうのができることに喜んでいましたね。
−ベテラン作曲家も、今回のコンピ企画を肯定的にとらえて、正面から取り組んでみているわけですね。
Daichi 音楽家でもいろいろなタイプがいて、「AIは怖い」という人もいるけれど、僕の周りだと楽しみにしてる人が多いかな。iZotope Ozoneみたいに、アシストしてくれるツールはもう既にたくさんありますよね? それで時間短縮できたり、やりたいことのヒントがもらえたりしますし。当然ですが、「目の前で歌って感動する」というのは、やっぱり人間と人間が感じ合うものだと思いますし、そもそもソフトウェアには無理ですよね。でも、AIを使うことでできる新しいカルチャーや面白い可能性みたいなものはあると思います。
−プレイリスト時代に「コンピ」という形もかえって新鮮ですね。
Daichi 今回は『Vol.1』にしているので、続編もやっていきたいです。サンレコ読者のようなクリエイター寄りの人はもちろんですが、一般のリスナーがどれだけ聴いてくれるかな?と期待しています。続けていくことで、『Vol.3』から知った人が1と2を聴き返すとか。あと、Synthsizer Vも進化を続けていて、ちょうどこのコンピを作った後にラップができるようになったりしたので、その進化を見られるんじゃないかと思います。
−じゃあ『Vol.3』辺りではトラップばかり集めました!とかもできますね。
Daichi (笑)。今回やりたいって言ってくれたけれど、入れられなかった人もいるので、第2弾はたぶんすぐ集まるんじゃないかな。
『AIボーカルコンピ Vol.1』トラックリスト
- 「33000Feet」/ Artist:鈴木Daichi秀行
作詞:ボンジュール鈴木 / 作曲:鈴木Daichi秀行
Sythesizer VI AI使用ライブラリ:Mai - 「Kaleidoscope」/ Artist:コモリタミノル
作詞:コモリタミノル、HiHi / 作曲 コモリタミノル
Sythesizer VI AI使用ライブラリ:KEVIN - 「コスモとえんがわ」/ Artist:ケンカイヨシ
作詞:志島凪 / 作曲:ケンカイヨシ、ツナまぐろ
Sythesizer VI AI使用ライブラリ:京町セイカ / 花隈千冬 / 小春六花 / ついなちゃん - 「time machine」/ Artist:瀬川英史
作詞:Paranormalizer / 作曲:瀬川英史
Sythesizer VI AI使用ライブラリ:Mai - 「EX-Ordinary Girl」/ Artist:中土智博
作詞:Young Yazzy / 作曲:中土智博
Sythesizer VI AI使用ライブラリ:Mai - 「心配ないからね」/ Artist:Akira Suzuki
作詞:Akira Suzuki / 作曲:Akira Suzuki
Sythesizer VI AI使用ライブラリ:Mai
※一般公募による参加楽曲 - 「Eve's Gift」/ Artist:水島康貴
作詞:松井 五郎 / 作曲:Art Neco(美孔、イケベソウタ、川口ケイ)
Sythesizer VI AI使用ライブラリ:Qing Su - 「トワイライト・サマー」 / Artist:Yamato Kasai(Mili)
作詞:Yamato Kasai / 作曲:Yamato Kasai
Sythesizer VI AI使用ライブラリ:花隈千冬 - 「祝付け」/ Artist:ラジオ・タイダルテール
作詞:奄美民謡 / 作曲:奄美民謡
Sythesizer VI AI使用ライブラリ:京町セイカAI、Mai
※一般公募による参加楽曲 - 「春のせいで」/ Artist:田辺恵二
作詞:柿沼 雅美 / 作曲:田辺恵二
Sythesizer VI AI使用ライブラリ:Saki - 「あなた詐欺だよね」/ Artist:松隈ケンタ
作詞:松隈 ケンタ 作曲:松隈ケンタ
Sythesizer VI AI使用ライブラリ:Mai、花隈千冬、小春六花、弦巻マキ - 「ハミングバードキッス」/ Artist:KAKKY
作詞:KAKKY / 作曲:KAKKY
Sythesizer VI AI使用ライブラリ:Mai
※一般公募による参加楽曲 - 「仔犬に恋」/ Artist:本間昭光
作詞:湊 貴大 / 作曲:本間昭光
Sythesizer VI AI使用ライブラリ:Yuma - 「リリカリズム」/ Artist:鈴木Daichi秀行、田辺恵二
作詞:Kenn Kato / 作曲:鈴木Daichi秀行、田辺恵二
Sythesizer VI AI使用ライブラリ:小春六花
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