制作環境を向上させるDIGIGRIDのイノベーション〜第3回:DIGIGRIDの現在、そして未来

イギリスのPAコンソール・メーカーDIGICOと、イスラエルのプラグイン・デベロッパーWAVESがコラボレーションし生まれた“DIGIGRID”。同ブランドはWAVES SoundGridプロトコルに対応したイーサーネット接続のシステムを手掛けており、これまでにプラグイン・サーバー内蔵のオーディオI/Oやそれらとの併用に向けたプラグイン・シェルStudioRackなどをリリースしてきた。今回はDIGIGRID製品をいち早く導入したサウンド・クリエイター大島su-keiと、DIGIGRIDのプロダクト・スペシャリスト、ダン・ペイジ氏によるSkype対談を敢行。生産体制や製品の構造、ブランドとしての未来などについて、濃厚なトークを繰り広げていただいた。

MAIN

対談した2人


OOSIMASAN
大島su-kei
最新機材に高い感度を持つサウンド・クリエイター。
近年では奥華子、96猫、花たん、清水ミチコなどの楽曲制作を担当DIGICONOOSSAN
ダン・ペイジ
PA業界屈指のデジタル卓メーカー、DIGICOの製品スペシャリスト。
DIGIGRIDについても開発の方向性などを決める立場だ

大島の愛用I/O!


DigiGrid DLS オープン・プライス:市場予想価格360,000円前後


DLS
INTEL Core i5ベースのサーバーを備える2U機。拡張用I/Oユニットなどを接続できるSoundGrid端子(ネットワーク端子)×2のほか、DigiLink端子×2を装備するため、AVIDのオーディオI/Oをつなぐことも可能だDigiGrid IOS オープン・プライス:市場予想価格370,185円前後IOS
INTEL Core i3サーバーを搭載した2U機。SoundGrid端子×4のほか、マイク/ライン・イン×8やライン・アウト×8などが装備され、単体で歌や楽器を録音できる。
最大入出力数はアナログ+デジタルで10イン/10アウト

大島のシステム接続


ZUHAN
▲大島su-keiが自身のスタジオで実践していた接続方法。DLSにはWindows機とIOSがイーサーネットでぶら下がっており、メインのネットワーク・スイッチとして機能。IOSにはさらに2台のMacがイーサーネット接続され、計3台のコンピューター間で音声を双方向伝送できる。アナログ信号の取り込みは、IOSのマイク/ライン・インやAVIDオーディオI/Oのアナログ・インから行う形 

“独自のポリシーで良いものを作ろう”
というイギリス・メーカー独自の気質


大島su-kei(以下、大島) イギリスには古くから、NEVEやSSLなどの優れたメーカーがあります。
どのような風土から、そうしたメーカーが生まれたのでしょう?
ダン・ペイジ(以下、ペイジ) イギリスでは大量生産ではなく、技術者がポリシーを持って、傑出した製品を生み出すことが重んじられてきたと思うんです。それはあらゆるもの作りに共通していて、ビートルズにしても最初から大きな市場を狙っていたわけではなく、まずは良いものを作ろうとしていたはず。
DIGICOにも、そうした“イギリス気質”を持った技術者がたくさんいるんですよ。
大島 僕は“DIGIGRIDというブランドがイーサーネット接続のオーディオI/Oを出す!”と聞いたとき、ものすごく興味を持ったんです。
それでまずはDigiGrid DLS(以下、DLS)を導入し、程無くしてDigiGrid IOS(以下、IOS)も使い始めたんですよ。
ペイジ 素晴らしい! 環境に変化はありましたか?
大島 いろいろありましたね。
僕は普段、Windows版のSTEINBERG Cubaseを使っているんですが、エンジニアの方が来たときのためにAVID Pro Toolsの入ったMacも用意しているんですよ。それらOS違いのコンピューターをネットワークで束ねられるようになったのは大きい。
例えば、従来は1台のコンピューターにつき1台のオーディオI/Oをつなぐ必要があったので、あるI/Oに接続されているマイクを違うI/Oで使うときは“つなぎ換え”がマストでした。でもDLSやIOSがあれば、入力信号をSoundGrid Studioソフトウェアから任意のコンピューターへパッチできるので、その必要が無くなったんです。
ペイジ DLSやIOSには、INTELのCPUをベースとしたプラグイン駆動用サーバーが搭載されているのですが、その使い心地はいかがですか?
大島 モニター音にWAVESプラグインをかける際、レイテンシーを感じないので大いに助かっています。またDAW上でプラグインを使ってもローカルCPUに負荷がかからないので、その分ソフト・シンセをガンガン立ち上げられる。
Studio Rackも便利ですね。最大8つのプラグインをひとまとめにできるので、1つのインサート・スロットに8つまでしか挿せないCubaseでは特に重宝しています。僕、すぐにインサートが一杯になるので(笑)。
ペイジ ユーザーの生の声が聞けてうれしいです。早速、製品の開発チームで共有しますね。

アナログとデジタルの両方に通じた
DIGICOの“教授エンジニア”


大島 DIGIGRIDの製品開発は、DIGICOとWAVESのスタッフが協力して行っているんですよね。
ペイジ そうですね。ただ、現在は専用オフィスを設けずに各社で開発に臨んでおり、DIGICOはハードウェア製品、WAVESはソフトウェア製品を担当しています。
大島 DIGICOの方には、どのような生産体制が敷かれているのですか?
ペイジ DIGICOでは自社のPA卓と並行してDIGIGRIDのハードウェア開発を行っています。現在7人ほどの技術者が携わっていますが、キー・パーソンは技術責任者のジョン・ステイディアス。
彼はもともとSOUNDTRACSで録音用のアナログ卓を設計していて、DIGICOではD5やD1といった初期のデジタル卓、そして現行品のSDシリーズを手掛けてきました。アナログとデジタルの両方に通じているので、社内では“教授”のような存在です。
大島 WAVES側の体制についても教えてください。
ペイジ 本社はイスラエルですが、技術者はウクライナとインドにいるんです。バグ・フィックスなどに労力が要るため、DIGICO側よりも大規模なチームなんですよ。
大島 両社の連携はどのように?
ペイジ 私はWAVES側の製品マネージャーと毎週Skypeで会議を行っていて、開発の方向性や問題点について話し合っています。開発の実際的な面に関しては、両社の間で毎日のようにE-Mailが交わされていますが、特に重要な点はミーティングで解決します。
また両者間では、毎週テスト用のハードとソフトがやり取りされているんですよ。そうすることで互いの動向が分かりますから。

オーディオI/Oの内蔵FPGAで
ネットワーク用のパケットを生成


大島 製品について詳しく教えてください。
まずDLSやIOSに関してですが、スペックを見たときにオーディオI/Oでありながら、コンピューターのようだと感じました。
ペイジ 確かにコンピューターに通じるところはありますね。IOSを例に挙げると、アナログ・インからA/Dまでは一般的なオーディオI/Oと同様ですが、それ以降が違うんです。A/D後の信号は通常、USBやFireWireのパケット・フォーマットに変換されますよね。しかしIOSではFPGAチップを通すことにより、ネットワーク用のパケットにコンバートしているんです。FPGAは回路板のいちコンポーネントとして使われていて、担わせたい機能によってサイズやタイプを選んでいます。
これをオーディオ・プロセッシングに使っているメーカーは珍しく、DIGICOやCALRECなど世界に数社しか無いんですよ。
大島 DLSにはDigiLink端子が装備されていて、AVIDのオーディオI/OをSoundGridのネットワークに取り込むことができますよね。
ペイジ イギリスやアメリカのチャートに入っている音楽は、大半がPro Tools|HDもしくはHDXのシステムで制作されています。そんな中、WAVESのプラグインはAAX DSPをサポートしていないので、我々としてはそれらをPro Toolsへ取り入れるためのソリューションを考えたかったんです。
最近ではDLS+IOX(拡張用I/O)の組み合わせを求めているスタジオが多く、先日もドイツの音楽プロデューサーのもとに納品したばかりなんですよ。

キュー・ボックスや小型I/Oを開発中
将来的にはCore i7サーバーも視野に


大島 IOSやDLSのDSPパワーは現在、ネットワークに最初につないだコンピューターでしか使用できません。複数のコンピューターに分配できればベストだと思うのですが、将来的にその可能性はありますか?
ペイジ 計画には入っていますが、実現のためにはDSPパワーのマネージメント方法を熟慮しなければなりません。具体的にはパワー配分の割合や、あるコンピューターがシャットダウンした後、残りのコンピューターにどう再配分するかといったことです。
今年の計画としては、ネットワーク内で使えるDSPの数を現在の1つから複数に増やすというアップデートがあります。つまり各コンピューターで専用のDSPが持てるようになるわけですね。
大島 IOSにはINTEL Core i3、DLSにはCore i5が備えられていますが、よりハイパワーなCore i7搭載モデルのリリース予定は?
ペイジ あります。WAVESがPA用のプラグイン・サーバーとしてCore i7ベースのSoundGrid Extreme Serverを作っているので、技術的には難しいことではありません。課題はコストですね。
大島 コンパクト機のリリースなどはいかがですか?
ペイジ 小型のプラグイン・サーバーなどを検討していますが、現在開発中のものとしては2イン/2アウト〜4イン/4アウトの小型I/Oボックスが挙げられます。小さな製品というカテゴリーで言うと、キュー・ボックスなども開発しているところですね。
大島 イーサーネット接続の製品が増えると、システムがよりスマートになりそうです。
個人的にはSoundGrid端子がデジタル入出力のスタンダードになればいいなと思うのですが、例えばSoundGrid端子を持ったシンセなどが発売される可能性はあるのでしょうか? オーディオとMIDIがLANケーブル1本で伝送できるようになるので、非常に理想的だと思います。
ペイジ それは面白いアイディアですね! SoundGridのプロトコルはオープンなので、他社に協力を仰ぐことでシンセも実現できるかもしれません。
大島 DIGIGRIDのシステムには大きな可能性を感じています。ぜひ今後の抱負を聞かせてください。
ペイジ SoundGridのほかにもオーディオ・ネットワークは存在しますが、往々にして使いこなしに技術が要ります。その点DIGIGRIDの製品は、ユーザーが自分たちの意志を反映させやすいと思うんです。今後ユーザー・フィードバックを基にスピーカーやマイク、楽器などができると面白いですね。“ネットワークでいろんな音響機器がつながる世界”……それが我々の描く夢です。 

about DIGICO


John_Stadius_EG
▲DIGICOの技術責任者、ジョン・ステイディアス。
DIGICOの前身であるSOUNDTRACSでレコーディング用のアナログ卓などを設計し、DIGICOでは同社初のデジタル卓D5や現行のSDシリーズ全製品を手掛けてきた。DIGIGRIDでもハード製品の開発を統括JS_Gottelier_Awards_hr
▲革新的な製品を手掛けた技術者に贈られる“Gottelier Award”授賞式の様子。
ステイディアスが受賞したのは2012年だINSIDE
▲IOSの製作シーン。写真手前に見えるのはリア・パネルで、8つ空いた穴には後にマイク/ライン・インの端子が装備される。プリント回路板には、DIGICOのPA卓譲りのFPGAチップが一つのコンポーネントとして使用されており、音声のネットワーク・パケット化などを行う。冷却用のファンなども使われ、まるでコンピューターの中身を見ているよう

about WAVES


Office
▲技術者たちの集うWAVESのウクライナ・オフィスDIGIGRID_ROOM
▲WAVES社内にある“SoundGrid Room”の様子。DIGIGRIDのソフトウェア開発もここで行われており、小さくて見えづらいが写真右のコンピューター・ディスプレイにはSoundGrid Studioが映っているTECH_SUPPORT
▲DIGIGRIDのテック・サポート。
SoundGrid Studioを映すディスプレイの脇にはDIGICO SD11が設置されている