第5回〜SC305を村田智宏が使う!

EVE AUDIOSC305
ADAMのCEOを務めたローランド・シュテンツ氏が、新たな技術探求の場としてベルリンに立ち上げたモニター・スピーカー・ブランド=EVE AUDIO。ハニカム構造を採用したSilverConeウーファー、エア・モーション・トランスフォーマー技術によるリボン・ツィーター、DSP制御フィルターなど独自のテクノロジーについては、連載の1回目でもお伝えした通りだ。ここでは前回のDJ Mitsu The Beatsに続き、SC305を導入したDaimonion Recordingsの村田智宏氏にユーザー・インタビューを試みた。

従来のモニターとは一線を画すシャープなレスポンス


SONY MUSIC STUDIO TOKYOで確かな音響理論を身に付け、本誌の新製品レビューにおいても「なぜかモニター・スピーカーを担当する機会が多い(笑)」と語る村田氏。EVE AUDIOのスピーカーを初めて聴いたのは、2013年2月号でSC207をレビューした際だったという。「まず最初に“これまでに聴いたことのない鳴り方をするスピーカー”だと感じました。僕は普段YAMAHA NS-10MとGENELEC 1031Aを使って仕事をしているのですが、鳴り方の“質”が全然違う。レビューの際はデジタル・アンプとSilverConeウーファーが大きく関与していると感じたのですが、レスポンスのシビアさがそれまで聴いてきたスピーカーとは全く違いましたね。“アナログ・スピーカーのブランドによっていろいろなカラーがあります”というのとは別次元の世界が広がっていると言うか、全く新しいジャンルのモニターだと感じました。逆にこれまで使っていたアナログ・スピーカーが、“ここまでシビアには鳴っていなかったんだ”と気付かされたと言うか」そのレスポンスのシビアさは「小音量での再生の際により顕著になります」と続ける。「ある程度音量を出していた際に見えていた音像が、ボリュームを絞ると“等倍”で小さくなっていくんですよ。小音量でも低域がロールオフする感じも無く、きっちり出る。小音量でミックスの状態を確認するのにも使えると感じましたね」02_MG_4107▲Daimonion Recordings村田ルームに設置されたSC305。日本の映像・音響施工会社M・T・Rが手掛けるARGOSYブランドの頑丈なデスクに、低域を外側にしてスタック。後ろの壁からの距離は5cmほどで、村田氏は内蔵のDSPフィルターでLowを-2に設定して使用。ほかのスピーカーとの切り替えは、ディスプレイ右に写るG2 SYSTEM特注のモニター・セレクターで行っている

目の前で鳴っているかのようなビシッとした低域


現在Daimonion Recordingsの村田ルームには5インチ・ウーファーを2基搭載したSC305が、NS-10M、1031Aとともに、スタジオ専用に設計されたARGOSYのデスク上にスタックされている。後方の壁には吸音材も設置されるなど、ルーム・アコースティックも綿密に調整されたプロフェッショナルなモニター環境だ。「SC305はリボン・ツィーターを搭載していますし、ルックスからはADAMと同様、高域に特徴があるイメージだったのですが、まず低域のレスポンスに驚きました。リア・パネルのディップ・スイッチでどちらのウーファーを低域専用にするか設定できるのですが、現在は低域が外側にくるようにセッティングしています。ダブル・ウーファーのメリットは顕著で、このサイズにしては低域がガチっと鳴る……最近の小型モニターはバスレフを使って低域に量感を出そうとしているものが多いですよね。SC305もダクトがリア側に開いていますが、バスレフ式のスピーカーにありがちな“ボワン”とした低域ではなく、ビシッとしている。遠くから空気に押されているのではなく、目の前で楽器が鳴っている感覚です。なので、設置環境によっては“低域が出過ぎている”と感じる人もいるかもしれません。現状では僕もこのスタジオにあるほかのスピーカーとの整合性を取るために、内蔵DSPフィルターで低域を−2ほど削っています。ただ、今後セッティングを詰めていく過程では、内側のユニットに低域を担当させるのもアリかなと思っています」村田氏は「SC305の低域は量感豊かなだけでなく、解像度も高いんです」と続ける。「“100Hz以下”のようなざっくりとした感じではなく、60Hzというように特定の周波数帯域がハッキリ見える。DAWで作った音がそのまま鳴っている感じです。一方のリボン・ツィーターもレスポンスが速く、シャラっと繊細に鳴る印象。高域も低域もスピードが速いので、それが原因でドンシャリに感じてしまう方もいるかもしれません。ただ、自分のリファレンスCDも含めいろいろな音源を聴いていくと、スピーカーとしてのバランスはきちんと取れている。それならば“自分がこのスピーカーに慣れればいい”という風に考え方を変えました。モニター・スピーカーは機種によって鳴り方が大きく違い、どの機種を使おうが、エンジニア側が慣れなければならない点に違いはありません。SC305は確かに独特な鳴り方をしますが、この解像度の高さには“一度この世界に慣れてみようかな”と思わせるポテンシャルがあるということですね」03_switch2▲リア・パネルにあるディップ・スイッチでは、ボリュームやフィルターに加えて、どちらのウーファーを低域専用にするか設定することができる04_MG_4061▲シュテンツ氏のアイデンティティとも言える、エア・モーション・トランスフォーマー(AMT)技術を応用したリボン・ツィーター。速いレスポンスが得られる一方、ドーム型ツィーターと比べると周波数ピークが起きにくい構造になっているという。SC305ではRS3と呼ばれるユニットを採用

SC305の解像度に合わせて自分の耳をスケール・アップさせる


では、村田氏の制作環境にSC305が加わることによって、どのような変化がもたらされたのだろう? これまで使用してきたモニターとの比較で説明いただいた。「NS-10Mは中域中心の独特な鳴り方をするスピーカーで、特に歌ものの判断には欠かせません。僕にとっては代えの利かない、唯一無二の判断基準になっています。一方の1031Aは、曲の全体像を把握するのに適している。実は、SC305は1031Aの代わりにするつもりで導入したのですが、使っていくうちに、意外とNS-10Mが持つ中域の良さも含んでいると感じるようになりました。NS-10Mがボーカルのあたりの周波数帯域をクローズ・アップして見せてくれるのに対し、SC305は全帯域にわたって解像度が高いので、こちらからその帯域に耳を向ければ音像が見えてくる。視覚的に言うと、GoogleMapのように、こちらがズーム・イン/アウトを自在にできる感じでしょうか。初めは3機種を切り替えて使っていましたが、最近はSC305だけで作業している時間が長くなってきました」SC305に合う音楽性については「意外とオールマイティだと思います」と続ける。「開発者のシュテンツさんはバイオリンを弾くなどクラシック〜ピュア・オーディオ志向のようですが、そうした音楽を聴くとSC305のやや中域が薄いチューニングもふに落ちる感じがしましたね。また、ダブステップ〜ブロステップはこのところレンジ的にどこまで行けるかの競い合いになっており、スピーカーのチェックには最適な音楽なのですが、その点SC305は上から下までバッチリ鳴るので、素晴らしく気持ちが良かった。ただ、本機は音的にシビアですし、低域も伸びるので、部屋の調整が施されていない自宅環境でポテンシャルを発揮させるには、DSPフィルターの設定変更を試してみることをお勧めします」村田氏は「SC305でミックスすると、音像の細かなところまでよく“見える”ので、エフェクトの使い方も変わってきました」と語る。「例えばコンプなどは“こんなにアタック・タイムを速くしていたんだ”と気付いて、過剰になっていた部分を緩めることが多くなりました。ミキシングはときにデフォルメした方が良い場合もありますが、今後は無駄に過剰な処理は減ってくるのではないでしょうか……これまでミキシング時に憶測でやっていた処理がすべて見えるので、そうした部分での精度は高まると思います」さらに「SC305の解像度に合わせ、自分の耳がスケール・アップする」感覚があるという。「ほかに代えが利かないキャラクターなので、この鳴りに慣れてしまうと、“SC305が無いと仕事にならない”ということになりそうです……初めにも言いましたが、従来のモニターとは一線を画した新しい世界観であることは間違いないので、現在使っているスピーカーに不満がある人は、一度試してみる価値があると思います。モニターについてはとかく保守的になりがちですが、そこから抜け出して“新しい音像を作りたい”という人にもお薦めできますね」  

村田智宏


【Profile】SONY MUSIC STUDIO TOKYOを経て、現在はDaimonion Recordingsを拠点に活動するエンジニア。クラブ・ミュージック全般に深い見識を持ち、ライムスター、PUSHIMなど多彩な作品にかかわる jktRecent Work『ダーティーサイエンス』ライムスターキューンミュージック:KSCL-2196 06_rear              
EVE AUDIO
SC305
126,000円(1本)
■構成:高域/AMT RS3リボン・ツィーター、中低域/5インチSilverConeウーファー、低域/5インチSilv erConeウーファー ■出力:150W(高域50W+中低域50W+低域50W) ■周波数特性:50Hz〜21kHz ■クロスオーバー周波数:350/2,800Hz ■最大出力レベル:108dB ■外形寸法:425(W)×180(H)×250(D)mm ■重量:8.5kg