多数の拡散パネルが目を引く自宅一室を改装した7.1.4ch環境のサウンドラボ
murozoは、Crystal Soundを拠点に活動する気鋭エンジニア。近年は山下智久、OMI、MAZZEL、1MILL、LEX、Only Uなどのアーティストに携わり、Dolby AtmosやSONY 360 Reality Audioでのミックスも多数手掛けている。そんな彼が日夜研鑽(けんさん)に努めている自宅兼スタジオを訪ね、お話を伺った。
BUSHMAN ACOUSTICSが製作した拡散パネル
玄関を上がると、すぐに目に入ったのは防音扉。一般的なマンションの部屋の廊下に防音扉がある光景はとても新鮮で、その先に見えたスタジオのクールな様相に思わず「おぉ!」と声を上げてしまった。もともとは8畳のシンプルな作業部屋だったという自宅の一室が現在の状況に至るまで、工事は大きく分けて2回の工程を経ているという。
「近隣からの苦情を機に5年前に防音室仕様にしたんです。スタジオ施工をメインに内装業を営んでいる先輩にお願いをして、施工について教示を受けながら自らもインパクトドライバーを握って防音室を作りました」
床はカーペット、圧縮の高いグラスウール、石膏ボードや遮音シートで5層にして壁と天井は2種類のグラスウールや音パット、ベニヤ板と石膏ボードを使って7層ほど重ねているという。表面の漆喰(しっくい)は自らの手で塗ったそうだ。
こうして完成した自宅の防音室ではエディット作業などを行い、普段勤務するCrystal Soundではメインの作業に取り組んでいたという。現在の7.1.4chのイマーシブシステムは、どのような経緯で導入に至ったのだろうか。
「macOSがMontereyにアップデートして、Apple Silicon搭載のMacの内蔵スピーカーでもDolby Atmosの空間オーディオが再生可能になったことをきっかけに、当初よりも気軽に自宅にも導入できると思いました。Crystal SoundではすでにGENELEC 8330Aと7350APMのスピーカーで7.1.4chのシステムが導入されていたので、自宅でもより研究したいという気持ちもあって。このタイミングでずっと気になっていたルームアコースティックや内装などを、あらためて調整することにしました」
施工を頼んだのはスタジオや住宅の防音工事などを行っている株式会社小路工務店の音響ブランドBUSHMAN ACOUSTICS(以下ブッシュマン)。工事はなんと取材の3日前(!)にようやく終わったという。
「最初の防音室の工事で満足いった部分もあったんですが、低域のブーミングや中高域辺りの物足りなさといった懸念点も感じていたんです。それを解決するために、天井にパネルを取り付けて吸音をしたり、壁に傾斜を作って定在波を抑制し、壁のブーミングを緩和しました。センタースピーカーの裏に設置した拡散パネルは、1kHz周辺の音をターゲットに広く拡散しつつ強調してくれるんです。拡散パネルを新たに取り付けるたびに、中域から高域にかけての音がどんどんクリアになって、リバーブテイルもしっかり見えるようになりました」
スタジオの至るところに設置されている拡散パネルが、彼の音響へのこだわりを物語っている。
「左右の壁に設置した大小さまざまな穴が空いたパネルはクルポンといって、これもブッシュマンに作っていただきました。音がこの穴を通過したり、板に反射したりすることで音響をより複雑にしてくれるんです。これを設置してから今までよりも音に広さや奥行きを感じるようになりましたね」
パっと目を引く音響パネルだけでなく、スタジオの細部まで光る、彼独自の工夫についても聞いた。
「サブウーファーは地面から浮かせた方が低域がタイトになるので、トラバーチンという種類の石灰質の岩のプレートとマットを交互に重ねた上に木材を重ね、インシュレーターはISO ACOUSTICS ISO-PUCKを使用し、床へのブーミングを最小限に抑えました」
2度の工事のかいもあって、ほとんどの作業はこのスタジオで完結できるようになったと言うが、まだまだ満足はしていないそうだ。
目指すは“世界“に通用するエンジニア
さて、駆け足で機材類についても伺っていこう。元ラッパーとしての顔も持つmurozoはマイクの知見も深い。
「Blue Kiwiは、トラップミュージックのオケにも負けない低域感やパワーがあって、結構ラップに合うんですよ」
さまざまなリスニングスタイルに対応するため、ヘッドホンも多数所持しているという。
「最近の一番の推しはSONY MDR-MV1ですね。Apple AirPods Maxを普段よく使っているんですが、それと同じくらいの低域の振動を感じるんですよ。リバーブの細かな質感や高域の定位も分かりやすく、長時間付けられるフィット感と軽さも気に入っています。audio-technica ATH-M50xもお気に入りの一つですね。長年愛用しているのでこの音にはとても慣れていて信頼度が高いんです」
最後に、今後の展望について伺った。
「マルチチャンネルの楽曲というのは確実に今後増えていくと思うので、誰よりも多い時間研究して深く知ることが大事だなと思っています。世界でもとても良い音像のイマーシブ作品が出てきている中、まだまだ発展途上であるこの新しい技術を駆使して近い将来、世界に通用するエンジニアになりたいです」
仕事の息抜き、何してます?
最近はホットヨガにハマっています。身体の凝りも解消できるし、作業の合間に行くことで集中力も高められるのでめっちゃ良いです! 余裕があるときは箱根に日帰りでサクッと温泉に行ったり、神社やお寺巡りも好きです。家の前にも神社があって、いつも“神様”に守られてるような気がするんですよ(笑)。
Profile
murozo:Crystal Soundを拠点に活動する気鋭エンジニア。近年では、山下智久、OMI、MAZZEL、1MILL、LEX、Only Uなどのアーティストの作品に携わる。ヒップホップ、R&B、ポップスのミックス/マスタリングに加え、Dolby AtmosやSONY 360 Reality Audioなどイマーシブ作品も多く手掛けている。
Recent Work
『Carnival』
MAZZEL
(ユニバーサル)