ラウドネス値は、なぜ大事? by Chester Beatty|配信に効果的、DAW完結〜マスタリングの現在

ラウドネス値は、なぜ大事? by Chester Beatty|配信に効果的、DAW完結〜マスタリングの現在

ラウドネス値(ラウドネス・レベル)は、メーターのような機械が判断する音量ではなく、人間の耳にどれくらいの大きさで聴こえるのかを表す指標です。元々は、放送局の音の大きさや番組/CMの音量差をそろえるための目安として使われはじめましたが、音楽業界でもストリーミング・サービスの台頭以降、注目されるようになりました。それは、多くのサービスでラウドネス値を基準とする音量調整がなされ、あらゆる曲が同程度の音量感で聴こえるようになっているから。マスタリングに深く関係することなので、その重要性をエンジニアのChester Beatty氏に教えていただきます。

Chester Beatty

【Profile】テクノのプロデューサーとしてキャリアを開始。TRESOR(ドイツ)やBPitchControl(ドイツ)、Turbo Recordings(カナダ)からバイナルを発表。現在はサウンド・エンジニアとして録音、ミックス、マスタリング、バイナル・カッティングなどを行う。直近では、松原みき『POCKET PARK (2023 mix)』や新しい学校のリーダーズの配信マスタリングを手掛けた。日本レコーディングエンジニア協会理事。イマーシブ・オーディオ専門の山麓丸スタジオに所属。

 

一曲を通しての平均的な音量感

 ストリーミング・サービスが指しているラウドネス値とは、一曲を通して再生したときに、人の耳にどのくらいの音量で聴こえるかというのを表す数値です。つまり“一曲の平均的な音量感”であり、曲全体を通して計測することからロング・ターム(長い時間)のラウドネス値とも言われます。ラウドネス値は、曲のごく一部のような短い時間においても計測でき、そうして算出されたものはショート・タームやモーメンタリーのラウドネス値と呼びます。また、ストリーミング・サービスではLUFS(Loudness Units relative to Full Scale)という単位でラウドネス値を表すのが一般的。LKFS(Loudness K-weighting relative to Full Scale)なる単位も存在しますが、同じものと考えて問題ありません。

 ラウドネス値はラウドネス・メーターで計測するものの、あくまで“人間の耳にどんな大きさで聴こえているか”を数値化しているのがポイントです。他方、ピーク・メーターの数値は、いわば機械が“この音量です”と定義するものなので、同じ値の音でも周波数特性や音色によって大きく聴こえたり小さく聴こえたりします。例えば、中高域の音と低音がピーク・メーターで同じ値を指していたら、前者の方が大きく聴こえるでしょう。これは人間の耳の特性によるものです。

 音楽も同様で、大抵はリミッターで等しく0dBFS辺りまで音量を上げているにもかかわらず、曲によって周波数特性などが異なるため、大きく聴こえたり小さく聴こえたりします。だから、ストリーミング・サービスでは特定のラウドネス値を基準にし、すべての曲がその値を超えないように調整することで、並べて再生したときの音量感のバラつきを抑えて聴きやすい環境を目指しているのです。

 以下の数値は、PLUGIN ALLIANCEのプラグインADPTR Audio Streamlinerのプリセットに書かれた各サービスの基準ラウドネス値です。参考にしてみてはいかがでしょうか。

Spotify:-14LUFS
Apple Music:-16LUFS
YouTube:-14LUFS
Deezer:-15LUFS

音が小さく聴こえる原因

 例えば、基準ラウドネス値が-14LUFSのサービスに-7LUFSの曲を納品すると、7LUFS下げられてしまいます。曲の中で音量が最も大きいところ(後述するトゥルー・ピーク値) が-1dBだったとすれば、-8dBほどに落ちて、大きいはずの部分が大きく聴こえなくなるのです。今、LUFSとdBの2つの単位が出てきましたが、“ラウドネス値を1LUFS下げたら、トゥルー・ピーク値はおおよそ1dB下がる”と捉えて問題ありません。こうして考えると、例えば-13.5LUFSの曲なら0.5LUFSしか下げられないので、-1dBのところが-1.5dBくらいになります。先ほど下げられた曲より、6.5dBも大きく聴こえるわけですね

PRESONUS Studio Oneで、ラウドネス・ノーマライゼーションをシミュレート

PRESONUS Studio Oneで、ラウドネス・ノーマライゼーションをシミュレートしてみた。ラウドネス値が大きい曲ではトゥルー・ピーク(最大音量の部分)が大幅に下がったが、ラウドネス値が小さい曲はでほぼそのままだったので、両者のトゥルー・ピークの差は6dB以上にもなった。リスナーは大抵、音量が大きなところを基準にリスニング・ボリュームを決めるので、後者を聴いた後に前者を再生すると小さく感じられることになるだろう

 では、ラウドネス値が低い曲とは? それは一曲を通しての音量の起伏が大きく、ダイナミック・レンジが広いものです。一方、ラウドネス値が高い曲は“海苔波形”であることが多くて、ずっと音量が大きくダイナミック・レンジが狭い。最近は、楽器の数が少なくアレンジにすき間のあるポップ・チューンが増えているので、前者のような曲が多くなっているとも言えます。なお、基準ラウドネス値に合わせる調整は“ラウドネス・ノーマライゼーション”と呼ばれ、サービスによっては解除することが可能。その場合は、マスタリングした人が作った本来の音量感で聴くことができます。

黒い画面はSpotifyで、“オーディオノーマライズを有効”をオンにしているところ(赤枠)。ラウドネス・ノーマライゼーションをかけた状態だが、ボタンを押すと解除できる。白い画面はApple Musicの設定。“音量を自動調整”でラウドネス・ノーマライゼーションをオン/オフ可能だ(赤枠)

黒い画面はSpotifyで、“オーディオノーマライズを有効”をオンにしているところ(赤枠)。ラウドネス・ノーマライゼーションをかけた状態だが、ボタンを押すと解除できる。白い画面はApple Musicの設定。“音量を自動調整”でラウドネス・ノーマライゼーションをオン/オフ可能だ(赤枠)

ラウドネス値の測定と調整

 マスタリングをする人自身が、ラウドネス値を調整する方法はあるのでしょうか? 僕は普段、TC ELECTRONICのハードウェア・メーターClarity Mでショート・タームの値を見て、“このくらいなんだな”というのを認識しつつ音作りを進めます。音作りが済んだら、先述のStreamlinerで曲全体のラウドネス値をチェック。Clarity Mで見ていた値から大きなズレが生じることは、ほとんどありません。

PLUGIN ALLIANCE ADPTR Audio Streamliner

PLUGIN ALLIANCE ADPTR Audio Streamliner。アリアナ・グランデやコールドプレイ、ブルーノ・マーズらの有名曲のラウドネス情報をプリセットしており、自分がマスタリングする曲と似たタイプのものを選んで読み込めば、それをリファレンスとして音作りできる。画面の右側には、主要なストリーミング・サービスの基準ラウドネス値が書かれている

 Clarity Mを使うのは、計測時間をリセットする際にボタンを押すだけでいいからで、プラグインでもショート・タームの値を測ることはできますが、物理ボタンで操作する方が楽に感じます。Streamlinerの魅力は、有名曲のラウドネス情報がプリセットされている点。ロードすれば、それを目標値としてラウドネス値をコントロールできます。コントロールの方法に関しては、微調整ならリミッターのスレッショルドを上げ下げするような処理でOKかもしれませんが、バランスが激変する場合は、マスタリングに使っている各エフェクトの設定を見直しましょう。EQを触るだけでも、ラウドネス値が変化し得るので。

 そのほか、SONNOX Fraunhofer Pro-Codecも欠かせません。優秀なプラグインで、各ストリーミング・サービスが採用しているフォーマット(MP3やAACなど)へ簡易的に変換し、リスナーにどう聴こえるかを再現します。同様の機能はStreamlinerにもありますが、僕はFraunhofer Pro-Codecを好んで使っています。

SONNOX Fraunhofer Pro-Codec

SONNOX Fraunhofer Pro-Codecは、ストリーミングなどの配信サービスが採用しているオーディオ・フォーマットで、自分のマスターがどう聴こえるかをシミュレートできるプラグイン。MP3やAACに書き出す手間が省けるので、フォーマット変換後の音のチェックとマスタリングの音作りをスムーズに行き来できる

トゥルー・ピーク値も見るべき

 先ほど、トゥルー・ピーク値というものに触れました。これはデジタル音声の“本当のピーク音量”であり、デジタル上のサンプル・ピークではなく、デジタルからアナログ信号に変換した際のピーク値になります。

 アナログ音声をデジタル化(AD変換)する際には、サンプリングという処理が行われています。これはアナログ音声を細かく採取して、デジタル・データとして再現しているのです。24ビット/48kHzでデジタル化するなら、毎秒48,000回のサンプリングが行われます。このときに0dBを超えていなくても、デジタルからアナログ音声に変換(DA変換)すると0dBをオーバーする場合があります。これは周波数が高くなるほど顕著になり、さらに24ビット/96kHzのようなハイレートのデータを低解像度のMP3などへフォーマット変換すると、ノイズとして現れやすくなるのです。

 仮にハイレートでノイズが一切ないデータを納品しても、各配信サービスでは採用するフォーマットへ下方変換されることがほとんどです。その際にひょっとするとデジタル・ノイズが発生する場合があるのです。そのため、マスタリングの際にキッチリと事前の対策を行います。

 トゥルー・ピーク値は、-1dBにしておけば、まず安全です。近頃はトゥルー・ピーク値を設定できるプラグイン・リミッターが数多く発売されており、ボタン1つで設定モードに入って、出力音量のパラメーターで値を決めるだけ、という便利なものもあります。ただトゥルー・ピークを設定すると、設定しないときよりも余分にリミッティングされるため、音に変化が生じます。その変化の仕方がプラグインによって異なることから、何を使うかを音楽ジャンルによって決める場合もあるのです。

IZOTOPE Ozone 10のMaximizer

トゥルー・ピーク値が設定可能なプラグインの一例、IZOTOPE Ozone 10のMaximizer。True Peakボタンをオンにした状態でCeilingスライダー(出力音量)を下げると、その音量がトゥルー・ピーク値となる(赤枠)

数値にとらわれ過ぎず基本に立ち返る

 “ルール”の話が続きましたが、マスタリングは数値合わせのためにやるのではなく、その作品がどのようなメディアや環境で聴かれるのかを意識して行うのが基本です。

 例えば、まずはCDで発売される曲があって、それが映画の主題歌として映画館で再生され、ストリーミング・サービスでも配信されるとしましょう。すべての再生環境を単一のマスターで賄う場合は、CDでも映画館でも、はたまたストリーミングでも最良の状態で聴こえるようマスタリングします。“CDで格好良く聴かせたいから音圧を目一杯、上げてほしい”とご要望をいただけば、その方向性で音作りするのです。

 世に出ている曲のラウドネス値を計測してみると、必ずしもSpotifyやApple Musicの基準値に合わせているわけではありません。Streamlinerのプリセットにも、-9LUFSのように高い値の曲が見られます。それに、例えばJポップの曲なら、プレイリストでほかのJポップと並べて再生されるので、同程度のラウドネス値にしておいた方がよいと思います。なので数値にとらわれ過ぎず、まずはミュージシャンが望む音作りを実現し、主戦場となる環境で最高の結果を出せるよう手を尽くすのがマスタリングと言えるでしょう。


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