AIを用いた音楽生成ツールやWebサービスは、創造性と技術の境界を押し広げる一方で、既存の著作権法に新たな課題を突きつけています。ここでは著名な著作権専門家であり、多数の関連書籍を執筆している安藤和宏氏が、AIによる音楽生成物の著作権に関する重要なポイントを解説。AI生成音楽の著作権問題について詳しく探ります。AI音楽生成の未来と法的な側面を理解するために、必見の内容です。
Text by 安藤和宏
【PROFILE】高校教諭、音楽出版社の日音、キティミュージック、ポリグラムミュージックジャパン、セプティマ・レイ、北海道大学大学院法学研究科特任教授を経て、現在は東洋大学法学部教授。専門は知的財産法、音楽ビジネス論。著書に『よくわかる音楽著作権ビジネス 基礎編 6th Edition』『エンターテインメント・ビジネス ~産業構造と契約実務~』などがある。
AIが生成した音楽に著作権はあるの?
AIが生成した音楽が著作権法の保護を受けるためには、AI生成物が“著作物”に該当しなければなりません。著作権法上、著作物とは“思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう”と定義されているため、AI生成物が著作物に該当するかは、客観的かつ個別具体的に判断されることになります。その際に重視されるのは、AI生成物に創作性があるかどうかです。例えば、AIに“都会風のかっこいいコード進行を教えて”と入力して、おしゃれなジャズ風のコード進行を教えてもらった場合、コード進行はアイディアであり、著作物とはいえないため、著作権は発生しません。また、AIに“ロックの8ビートのドラムパターンを教えて”と入力して、ありふれたドラムパターンを教えてもらった場合、創作性が認められないため、著作権は発生しません。
AIが生成した音楽の著作権は誰のもの?
AI生成物に創作性が認められて著作権が発生した場合でも、誰が著作者なのかという問題が生じます。著作権法上、著作者とは“著作物を創作する者をいう”と定義されています。AIは法的な人格を有しないので、著作者にはなり得ません。あくまでもAIを利用して、生成のために必要な指示・入力を行い、AI生成物を作り出した人が著作者となり、著作権が与えられます。
ただし、AIに対する利用者の指示・入力が表現に至らないアイディアにとどまるような場合には、AI生成物には著作権が発生しないと考えられています。文化庁の文化審議会著作権分科会法制度小委員会がまとめた“AIと著作権に関する考え方について”によると、利用者が創作的な寄与をしたかどうかが重要なポイントとなり、具体的には❶指示・入力(プロンプト等)の分量・内容、❷生成の試行回数、❸複数の生成物からの選択を考慮するとされています。
第一に、創作的な表現といえるような具体的かつ詳細な指示をすると、創作的な寄与をしたと評価される可能性が高まるため、著作者として認められやすくなります。一方、長大な指示であっても、創作的表現に至らないアイディアを示すにとどまる指示(例えば、“ビートルズ風の曲を作って” “198 0年代のヘビメタ風の曲を作って”)では、創作的な寄与をしたといえず、著作者として認められないと考えられます。
第二に、ただ単に試行回数が多いからといって、創作的な寄与の評価が高まることにはなりません。しかし、多くの具体的な指示・入力を行い、修正・試行を繰り返す場合には、創作的な寄与をしたと評価される可能性が高まるため、著作者として認められやすくなります。
第三に、単なる選択行為自体は創作的寄与の判断に影響しないと考えられています。ただし、多数ある選択肢から一つを選ぶ行為を小節毎に繰り返すことで利用者の個性が表出した優れた楽曲が生み出される可能性があるため、選択の態様によっては、創作的な寄与をしたと評価される場合があり得えます。
既存の楽曲やアーティストの声を学習素材として使用している場合の注意点は?
利用者がAIを利用して、既存の楽曲と類似する楽曲を意図的に生成させた場合、利用者による著作権侵害が成立すると考えられています。例えば、AIに“スピッツのロビンソンに似た曲を作って”と指示し、AIがロビンソンそっくりな曲を生成した場合、利用者は著作権侵害責任を負うことになります。また、スピッツのロビンソンを聴いたことがない利用者がAIに指示した結果、AIが開発・学習段階でロビンソンを学習していたため、ロビンソンにそっくりな楽曲が生成される場合でも、著作権侵害になりうると考えられています。
アーティストの声の利用はさらなる注意が必要です。歌唱・演奏は著作権法上、実演として保護されています。したがって、アーティストの声(歌唱)を無断で物理的に利用する行為は著作隣接権侵害になり得ます。ただし、AIが実際に録音された内容をつなぎ合わせて使用する方法である“録音編集方式”ではなく、音声化したいテキストの音素ごとの言語特徴量を求めてから、統計モデル辞書と言語特徴量を使用して、テキストに対応する音響特徴量を持つ音声波形を生成する“統計モデル型音声合成方式”を採用している場合、合成された音声は元の音と物理的に同一ではないため、著作隣接権の侵害にはなりません。
ただし、その場合でもAIを使用して、歌手や声優にそっくりな音声を生成・利用し、かつ、彼らの法律上保護される利益を害した場合、民法709条の不法行為またはパブリシティ権侵害に該当する可能性があります。したがって、アーティスト本人が歌唱していると認識されるようなAI生成物を商用利用することは、かなり法的リスクがあると思われます。
ただし、利用者が個人で楽しむだけなら、法的な問題は生じないと考えてよいでしょう。一方、YouTubeやTikTok等でAI生成物を公表する場合、権利侵害責任を負う可能性が高くなるので、気を付けましょう。また、AI生成物が商用目的で使用できるかどうかについては、AIサービス提供事業者の利用規約に明記されているので、それを参照してください。
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