Yaffleがポストクラシカルを更新する『After the chaos』

Yaffleはビート・メイカーであり、藤井 風やiri、SIRUPらの楽曲を手掛けるプロデューサーとしての顔も持つが、2月に発表したソロ・アルバム『After the chaos』でポストクラシカルへの大胆な挑戦を見せた。アイスランドでの録音を含む全10曲は、世にも美しく斬新。そして統一性に富み、気付けばリピートを重ねているほど心地良い。

Yaffleがポストクラシカルを更新する『After the chaos』

Yaffleはビート・メイカーであり、藤井 風やiri、SIRUPらの楽曲を手掛けるプロデューサーとしての顔も持つが、2月に発表したソロ・アルバム『After the chaos』でポストクラシカルへの大胆な挑戦を見せた。しかもクラシック音楽の名門=ドイツ・グラモフォンからのリリースだ。アイスランドでの録音を含む全10曲は、世にも美しく斬新。そして統一性に富み、気付けばリピートを重ねているほど心地良い。彼はこのインタビューで、たびたび“文脈”という言葉を口にする。その真意に分け入るのは一朝一夕にはいかないだろうが、ネットで音楽が並列に聴かれる時代であっても、音楽を進化させるのは畢竟、モダニスト的な視座なのかもしれない……そんな思索を巡らせつつ読んでもらえると幸いだ。

作曲専攻で現代音楽を学んでいた

ポストクラシカルに振り切ったのは、なぜですか?

Yaffle ドイツ・グラモフォンから、彼らが扱っている方向性の延長で、ポストクラシカルと言われるようなものをやってみないか?と、お話をいただいて。ロシアの侵攻が始まった時期だったし、その前に香港の民主化運動もあったから、社会情勢に対する自分の思いをアウトプットするのに適した表現方法として、取り組んでみることにしたんです。

アルバムの資料を見て、Yaffleさんが国立(くにたち)音楽大学で川島素晴氏に師事していたことを知りました。

Yaffle 作曲専攻で、現代音楽を勉強していたんです。入る前は、あんなにヤバいところだとは思わなかった(笑)。五線譜に調号を書くと、先生から“あ、調性あるんだ”って言われる。スタートは無調で、深い意図があれば調性音楽も可、みたいな感じでした。先生の音楽はアクション・ミュージックというもので、体をかきむしりつつ音を出すような音楽をしているし、いわゆる前衛ですよね。古典としてブーレーズとかシュトックハウゼンを勉強しましたが、基本的には先人のやらなかったことをやる。コンセプトが大事、という。初期コンセプトを固めるっていう今の自分のスタイルは、そこからきているのかもしれません。

『After the chaos』に入っているような曲は、無調以前のクラシック音楽の素養や楽典の知識が無ければ、なかなか作れないと思うのですが。

Yaffle もともとUKロックやジャズが好きで、コード理論や和声進行はポップスの範ちゅうでやっていたんです。受験前は古典的な和声の本を読んで、そこに書かれた“コード進行のケース・スタディ”みたいなのを勉強していました。入学したら、すぐに無調になったんですけどね(笑)。もちろん、型を知ってこその型破りだから、現代音楽をやるにしても型を習得しておかないと“その文脈”では評価されない。サンレコのTips集だって、文脈の中にあるものですよね。“ドレイクみたいなロー感を作るには、こうするのがいいよ”という話なので、音楽理論って先人に習うハウ・トゥーの集合みたいなものだなと。だから、絶対的に正しい理論は無いと思うんですが、文脈は確実にあると考えていて。“俺はそんなの気にしないよ”って言って、今のローや周波数レンジに対する感覚とか、録音のスキルが無いままやっていると結局は文脈に乗りにくいから、良いと思ってくれる人が少なくなる。そこを知るのが、音楽の勉強なのかなと思います。

Yaffleのプライベート・スタジオ=Aoyama Basement。前ページのメイン・カットに写っているグランド・ピアノYAMAHA C5を背にして撮影したところ

Yaffleのプライベート・スタジオ=Aoyama Basement。メイン・カットに写っているグランド・ピアノYAMAHA C5を背にして撮影したところ

ドラムに頼らずグルーブを作る方法

アルバムを作るにあたって、近年の社会情勢に対する思いをどのようにして音に落とし込もうとしましたか?

Yaffle 自分は結構、パレットをたくさん持っている方だと思うんです。だから、そのパレットをいかに制限するかが肝でした。あまつさえ、いろんなシンガーやミュージシャンと一緒に作るとまとまりが無くなりがちというか、アルバムというよりプレイリストやコンピレーションのようになりそうなので、サブスクの時代にアルバムを作るならコンセプチュアルじゃないと、あまり意味が無いんじゃないかと。っていうので、極力ビートを使わないとか、使ったとしても、ある意味でポスクラから距離を置くために使うとか。そして、なるべくシンセやバイオリン、ピアノのような楽音……つまりサステインやリリースが長い音でグルーブを作ろうというのがありました。ドラムに頼らずとも、波動の押し引きで推進力を出せたら、それが一番だなと。

音価の長い音を押し引きしてグルーブを作るというのは、どういうことなのでしょう?

Yaffle 例えばXFER RECORDS SerumでROLAND TR-808みたいな音を作る方法って、YouTubeに転がっていそうですよね。つまりシンセの音もリズム・マシンの音も同じというか、サステイン以降が短ければ打楽器に聴こえるだけで根本的な違いは無い。時間軸上の違いでしかないわけです。そう考えると、サステインが伸びているだけの音は静的に聴こえるし、ビブラートのかかったバイオリンはハイハットの刻みのように動的。シンセ・パッドにサイド・チェイン・コンプをかけたら、ドラムが無くても躍動感を出せます。裏を返せば、ビートも音量の揺らぎに過ぎないと思うんです。

持続音に動きを持たせるというのは、生身の演奏者が相手だと意図通りにいきにくいのではないかと思います。

Yaffle 今回は、オーケストラ系の楽器の演奏者がクラシック畑の人ばかりでした。例えば、曲にもよりますが、弦楽四重奏にはグルーブがありますよね。結局、みんな“楽音でノリを作る”ということをやっていると思うんです、実際は。だから、初めて演奏してもらったときに“ああ、やっぱり呼吸みたいなものがあるな”と感じました。また、演奏の面白そうな部分は、ポスプロするという前提で捉えていたんです。録音後にDAWでもグルーブ感を作ってみようと。

曲作りは、何のDAWで行いましたか?

Yaffle APPLE Logic ProとABLETON Liveの2つを使い分けました。Logic Proは、弦のパートのモックアップを作る際に、アーティキュレーションを扱いやすいという点から選んでいます。Liveはビート・メイク的な部分で使いました。前衛的な音響処理も、Liveの方がやりやすいので。

ディスプレイにはABLETON Live、OUTPUT Portal、SPECTRASONICS Omnisphere、SPITFIRE AUDIO Symphonic Brassの画面が立ち上がっている。MIDIコントローラーはNATIVE INSTRUMENTS Komplete Kontrol S61 MKIIで、オーディオI/OはUNIVERSAL AUDIO Apollo Twin X。モニター・スピーカーは、エンジニアの小森雅仁氏の薦めで導入したATC SCM25A Proを使っている。マイクはSHURE SM7Bだ

ディスプレイにはABLETON Live、OUTPUT Portal、SPECTRASONICS Omnisphere、SPITFIRE AUDIO Symphonic Brassの画面が立ち上がっている。MIDIコントローラーはNATIVE INSTRUMENTS Komplete Kontrol S61 MKIIで、オーディオI/OはUNIVERSAL AUDIO Apollo Twin X。モニター・スピーカーは、エンジニアの小森雅仁氏の薦めで導入したATC SCM25A Proを使っている。マイクはSHURE SM7Bだ

ラック内には、上からUNIVERSAL AUDIO Apollo X8P(オーディオI/O)、CRANBORNE AUDIO 500R8(API 500シリーズ用ラック)、THOMANN S-150MK2(パワー・アンプ)、ETA SYSTEMS PD8(電源ディストリビューター)、AVID Pro Tools|HD I/O(オーディオI/O)をマウント。500R8にはSHADOW HILLS Mono Gama×2、RUPERT NEVE DESIGNS 517×2、RETRO INSTRUMENTS 500PRE×2、CRANBORNE AUDIO Camden 500といったプリアンプが入っている。ラックの天板にはRUPERT NEVE DESIGNS RNHP(ヘッドフォン・アンプ)を置く

ラック内には、上からUNIVERSAL AUDIO Apollo X8P(オーディオI/O)、CRANBORNE AUDIO 500R8(API 500シリーズ用ラック)、THOMANN S-150MK2(パワー・アンプ)、ETA SYSTEMS PD8(電源ディストリビューター)、AVID Pro Tools|HD I/O(オーディオI/O)をマウント。500R8にはSHADOW HILLS Mono Gama×2、RUPERT NEVE DESIGNS 517×2、RETRO INSTRUMENTS 500PRE×2、CRANBORNE AUDIO Camden 500といったプリアンプが入っている。ラックの天板にはRUPERT NEVE DESIGNS RNHP(ヘッドフォン・アンプ)を置く

ギター用アンプ・ヘッドのORANGE OR15 Headとロード・ボックス/ギター録音用システムのUNIVERSAL AUDIO OX。OR15 Headの上にはSENNHEISER HD 650とAUDIO-TECHNICA ATH-M50Xが乗る

ギター用アンプ・ヘッドのORANGE OR15 Headとロード・ボックス/ギター録音用システムのUNIVERSAL AUDIO OX。OR15 Headの上にはSENNHEISER HD 650とAUDIO-TECHNICA ATH-M50Xが乗る

ボーカルや小口径のドラムを録音できるブース。テーブルの上には、オーディオI/OとしてRME ADI-2 Pro FS R Black Editionをセット

ボーカルや小口径のドラムを録音できるブース。テーブルの上には、オーディオI/OとしてRME ADI-2 Pro FS R Black Editionをセット

モデリング・マイク・システムのTOWNSEND LABS Sphere L22を設置

モデリング・マイク・システムのTOWNSEND LABS Sphere L22を設置

ソフト音源と生演奏を平等に考える

モックアップは、どの程度まで作り込みましたか?

Yaffle 追い込めるだけ追い込みました。使用したのは、ソロ・バイオリン音源ならVIRHARMONIC Bohemian ViolinとかNATIVE INSTRUMENTS Stradivari Violin。特にBohemian Violinが良いと思いました。MIDI鍵盤の弾き癖に応じて自動的にアーティキュレーションを付けてくれるので、“演奏者に弾いてもらったとき、こういう感じに持っていけるんだろうな”というのがイメージしやすいんです。クラシックの世界には、現在も“まずは楽譜を書いて、頭の中で鳴らす”みたいな考え方があると思いますが、そういう方法で作られた音楽は200年、300年の単位でアーカイブされているから、もう十分なんじゃないかと。僕らの世代はモックの状態であっても“実際に聴ける”し、聴けるからこその追い込みをやることで、より発展的なアイディアが生まれるかもしれない。作り手自身がモックを聴いて影響を受け、ブラッシュアップや書き換えを行うというのは、ギタリストが自らの演奏をモニターしながらプレイを変えていくのと似ています。モックを聴くからこそ、“このフレーズをチョップしたら面白そう”といったアイディアが浮かぶのでしょうし、生演奏の再現を超えた領域に発展し得ると思います。

楽譜とペンだけで作曲するのとは、全く違いますね。

Yaffle はい。あと、モックと生演奏の境界も最近はあいまいというか、にじんでいた方が面白いと感じていて。予算の都合でサンプリング音源を使うというよりは、新しい表現方法、あるいは“サンプリング音源という楽器”として考える。例えばSPITFIRE AUDIOの音源は面白くて、キー・スイッチ1つで何種類かの奏法が複雑に絡み合ったような音を鳴らせます。そういうのを聴いていると、サンプリング音源は楽器だという感じがするし、演奏者に対するディレクションの刺激にもなる。“こういう奏法があるんだ”って、サンプリング音源から知るみたいな感覚です。

サンプリング音源で作ったサウンドと生演奏をシームレスに捉えていた、ということでしょうか?

Yaffle そうですね。曲によっては、例えば生の録り音を部分的にカットしてモックだけにする、っていうことがありましたし。ベルト・コンベア式に作るのは、どうしても20世紀的だと思うんです。準備して、録音に臨んで、ミックスして完了!というリニアなやり方では、結果が既存の音楽と似てくる。だから、サンプリング音源と生楽器を平等に捉えるように、ビート・メイクしている時間とレコーディングしている時間も、なるべく平等にするのが現代的なのかなと。ただ、それをやるためには生楽器がどういう構造なのかとか、種々の奏法がどんな文脈のもとで存在しているのかとか、ある程度の知識を要すると思います。でないと、演奏者とうまくコミュニケーションが取れず、オーソドックスなやり方の“次”が頭に浮かんでこないと思うからです。

『After the chaos』は、ポストクラシカル的なサウンドでありながら、ビート・メイカーとしての流儀も存分に生かした作品というわけですね。

Yaffle 制作にあたっては、ラウンジ・ミュージックとの境界線みたいなものも、すごく考えました。ラウンジ・ミュージックには、サブスクでの回転を見越してトガった要素を取り除き、チルい曲を量産するという考えで作られているものが多いと思うんです。その意味で機能的な音楽だし、自分も歳を重ねるにつれて良さが分かってはきたんですが、やっぱり“前進”とか“新しいものを”というところから音楽に入ったので、機能性に特化した音楽を作るアーティストにはなり切れないなと。そういうスタンスがにじみ出てしまったのが、このアルバムという結果なのかなって思いますね。

Release

『After the chaos』
Yaffle
ユニバーサル ミュージック/Deutsche Grammophon:UCCG-1898

Musician:Yaffle(p)、西田修大(g)、石上真由子(vln)、ビルマン聡平(vln)、安達真理(viola)、富岡廉太郎(vc)、ウナ・スヴェインビャルナルドッティル(vln)、ヘルガ・ポラ・ビヨルグヴィンズドッティル(vln)、ソウルン・オウスク・マーリノウスドウッティル(viola)、シグルア・ビャーキ・グンナルソン(vc)、イシュトヴァーン・コハーン(clarinet)、中川ヒデ鷹(bassoon)
Producer:Yaffle
Engineer:小森雅仁、ヴァルゲイル・シグルズソン、熊谷邑太
Studio:Greenhouse Studios、ABS RECORDING、プライベート

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