日本のロック・シーンはWENDYを迎える準備が整っているんじゃないかな
ジョン・バティステ『We Are』で、2022年のグラミー最優秀アルバム賞を受賞したエンジニアのマーク・ホイットモア氏。これまでにもザ・ブラック・キーズやミシェル・ブランチの作品を手掛けるなど、輝かしい実績を残しているトップ・エンジニアの1人だ。WENDY『Don’t waste my YOUTH』のレコーディングのために来日し、ミックス、マスタリングまでを担当。WENDYの奏でるサウンドとどのように向き合ったのだろうか。アメリカ・ニューメキシコ州サンタフェの自宅とつないで、オンライン・インタビューを行った。
定番マイクはBEYERDYNAMIC M88
——WENDYとはどのようにつながりを?
ホイットモア 僕が手掛けたジョン・バティステやザ・ブラック・キーズのアルバムのように、ビンテージでナチュラルなサウンドを出すロック・バンドだから、僕に手掛けてもらいたいということだった。楽曲を聴いてみてタイトなバンドだと思ったし、何を目指しているのかが分かったよ。パフォーマーとして演奏も上手だったから、彼らならレコーディングで良いテイクが録れると思ったんだ。
——ビクタースタジオで行われた日本でのレコーディングはいかがでしたか?
ホイットモア 素晴らしい体験だった。スタジオでの作業がプロフェッショナルで、ドラム・テック、ギター・テックなど、複数のエンジニアによってすべてがスムーズに進められた。望む通りのレコーディング・セッションになったので、本当にうれしかったよ。
——何か自身で持ち込んだ機材はありますか?
ホイットモア BEYERDYNAMIC M88 TGはいつも持って行く。僕の定番マイクで、スタジオにある分を全部使ってしまうから足りなくなるんだ。それから、ギター・ペダルのJACKSON. AUDIO 1484 Twin TwelveとIK MULTIMEDIA Z-Tone DIも持って行き、クールでファジーなリード・サウンドを出した。あとはシェーカーくらいかな。ビクタースタジオには必要なものがすべてそろっていたんでね。
——レコーディング中、WENDYのメンバーとはどんな話をしていましたか?
ホイットモア 一緒にいて面白かったよ。Skyeは英語がすごくうまくて、ほかのメンバーはそうではなかったけど音楽のことは知っているから、ギターやドラム、レッド・ツェッペリンのことを話せたんだ。僕としては、バンドに気持ち良くレコーディングしてもらいたかった。1日に2曲レコーディングして、後でギターを加えたりもしたけど、主にライブ・テイクで録る方法にした。ただ時間をたっぷり設けてリラックスしてもらい、数テイク以上はやらない。彼らが気持ち良く演奏できて、疲れないようにね。
——アルバムを聴くと、どの曲もほぼライブのように録音したとは思えないほどボーカルが前面に来ていますね。
ホイットモア ボーカル・マイクはすべてBEYERDYNAMIC M600を使った。Skyeにはハンド・マイクで歌ってもらっていて、ライブのエナジーを捉えたかったんだ。ブースで大きなポップ・ガードを立てて歌う代わりに、マイクを持って走り回ってもらう必要があった。M600はハイパー・カーディオイドで、声が大きくて使いこなせるシンガーならうまく録れる良いマイクだね。あとは、満足したテイクが出来上がったら、ボーカルをギター・アンプに通した音を録っている。今回はFENDER Twin Reverbから出した音を、バンドの録音とは別にルーム・マイクで録った音と混ぜていて、そうするとあたかもバンドがプレイしている最中にPAスピーカーから出ているようなライブっぽいサウンドになるんだ。
——なぜギター・アンプなのでしょう?
ホイットモア リバーブがかかったりして、ロックに聴こえるからさ。あまりクリーンではないサウンドにしたかったんだ。ギター・アンプのスプリング・リバーブの音が好きで、アンプから出力した部屋鳴りのサウンドを捉えたかった。
——ギターに関しては、全体的にギター・ソロがすごく太いサウンドになっている印象です。
ホイットモア Paulはすごくクールなギタリストなんで、前面に出してガツンと来る感じにはしたかったけど、耳をつんざくようにはしたくなかった。パワーのあるギターにするためにアンプはMARSHALL JCM800を使い、ファズっぽいリードやソロのハモりなどをオーバーダブするときはZ-Tone DIを使った。音が少し飛び出る感じになるんだ。
——ドラムはオーバーヘッドにNEUMANN U 47を1本で、足元にL/RでCOLES 4038をセットしているというのが、独自の方法のように思いました。
ホイットモア 僕が見つけた方法さ。いつもそうしているわけではないけどね。シンバルの音は常に大きいから、そばにはマイクを立てない。ドラムの木の音、共鳴する音が好きなので、キットの横にマイクを立てている。4038を、必ずしもたたいている方を狙わないことで、ドラム・キットのサウンドを捉えているんだよ。4038はスムーズで、間接的にシンバルを捉えたときの音が良い。このマイクの立て方ならほとんどのドラマーに対してうまくいくんだ。
——エンジニアだけでなく、プレイヤーとしてもクレジットされています。コントロール・ルームにはHAMMOND XK-5もありましたが、どういったときに音を足すのですか?
ホイットモア 「2 Beautiful 4 Luv」にはオルガン・サウンドがかなり入っていて目立つけど、ほかの曲はFARFISA風のオルガン・サウンドが、ギターの演奏に花を添えている。特に譜面を書いて加えたのではなく、ギターがすごく高い音で良いけれども、少し重さが必要だなと思ったら、そこにオルガンを加えて倍音を補っている。いかにもオルガンという演奏をしたわけではないかな。
——コントロール・ルームには多数のアウトボードがありました。
ホイットモア すべてリクエストしたものだ。日本に行く前にもらった、ビクタースタジオの機材リストを見るのが楽しくてね。あと、テープ・レコーディングはしなかったけど、SOLID STATE LOGIC SL 6000GとAVID Pro Toolsの間にSTUDER A827を通してレコーディングしている。ビンテージの音を求めているのなら信号を通すことが重要だと思っていて、最終的にアナログでなくても、アナログのプロセスを経ることが重要なんだ。テープが好きで、たとえテープを使わなくてもコンソールでミックスすることにはこだわっているよ。
録音の時点でほぼ完成形にする
——ミックスも滞在中に、ビクタースタジオ内の別のスタジオで行われていました。コンソールはSOLID STATE LOGIC SL 4000Gでしたね。
ホイットモア 普段SSLは使わないけど興味深かった。これまでビンテージ・コンソールをいろいろ触ってきたけど、ゲートやコンプ、テクニカルなEQが各チャンネルに備わっているSSLでミックスするのは素敵な体験だったよ。
——プラグインは使っていないのですか?
ホイットモア ほぼ使っていないね。エフェクトを幾つか使ったかもしれないけど、ほぼアウトボードを使っている。
——中音域が豊かで、ロックンロールの醍醐味を感じるサウンドです。ミックスで心がけたことは何でしょうか?
ホイットモア ミックスでの僕のアプローチは、トラックにあるものすべてが絶えず聴こえるようにすること。何かが埋もれてしまうのが嫌なんだ。だからラウドかつクリアなサウンドを目指していて、楽器編成が少ないとよりうまくいくことがある。今作を作っている最中、僕たちはレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンについてかなり話し合った。彼らの1stアルバムは、僕たちがやったのと同じようなライブ録音だった。スタジオにはボーカル・モニターがあったし友達もいた。まるでコンサートのようで、ものすごくパワフルなんだ。史上最高のロック・レコーディング・サウンドの部類に入る作品で、彼らはそれをとてもシンプルに作ったのさ。
——バンドにはリラックスしてほしいという話にも通じるものがありますね。
ホイットモア バンドがコントロール・ルームにやってきて、“これをこうしたら音が良くなるかな”“ここをこう変えたらいいかな”みたいには思ってほしくない。“ワオ、これでほぼ出来上がりじゃないか!”って思ってほしいんだ。楽器をそれほど加えなくても、ビッグなサウンドになった。だから、それほどオーバーダブはしなかったんだ。
——特にミックスで時間をかけた曲はありますか?
ホイットモア 「2 Beautiful 4 Luv」は丸1日かけたかな。最初にミックスした曲だったと思うし、やり方を模索していたんだろう。あの曲はダイナミクスが複雑で、いろんな要素が詰まっていたよ。でも、ミックスはそれほど長くかかっていない。短期間でやらないといけないことが分かっているものに関しては、ミックス前にほぼ完成形にしておくんだ。フェーダー調整とか、ちょっとしたことだけで済むからね。
——今作はマスタリングも手掛けています。
ホイットモア 自分が手掛けたアルバムをマスタリングするのが好きでね。人にやってもらうと曲のエナジーが全く変わってしまうことがある。少し高域を上げてコンプをかけると、緩めに聴こえていたものが少しタイトになったりしてしまう。それに、アルバムの98%を手掛けたのに、最後の2%のとても重要な段階を人任せにできない。今回は日本に行って、セッションが終わった頃にはかなり疲れていて休養が必要だった。だから家に帰って休んで、自分の環境に戻って作業して、必要なことを見極められたのが良かった。自宅のスタジオには、STEVENSON INTERFACE ELECTRONICSというテキサスのメーカーが1970年代にハンドメイドした、少し変わったコンソールがあるよ。
——完成した作品を聴いてどのような感想を?
ホイットモア 超満足している。WENDYもきっと同じだろうね。彼らが目指していたものを達成できたと思う。WENDYらしいサウンドになっていると思うけど、僕は常にそれを心がけているんだ。サウンド面では自分らしさを出したいけど、それでもそのバンドらしくあってほしいんだ。
——まさにWENDYの魅力にあふれた作品だと思います。
ホイットモア 日本滞在中、できる限り音楽シーンを探求した。ロック・バーにも行ったし、人と話をしようともしたし、レコード屋にも行った。その結果、みんなこの手のサウンドを気に入ってくれると思ったんだ。日本のロック・シーンは恐らく、“もうちょっとロックンロールなサウンドにしたい”はずだから、WENDYを迎える準備が整っていると思うよ。
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Release
『Don’t waste my YOUTH』
WENDY
ビクターエンタテインメント
Musician:Skye McKenzie(vo、g)、Sena(ds)、Johnny Vincent(b)、Paul(g)、Marc Whitmore(g、org、他)
Producer:マーク・ホイットモア
Engineer:マーク・ホイットモア
Studio:ビクター