櫻打泰平(p、k)、佐瀬悠輔(tp)、岩見継吾(b)から成るドラムレス・バンド、賽(SAI)。彼らが2枚のコンセプト・ミニ・アルバム『Family』『The Bottle』をリリースした。櫻打のホーム・スタジオであり、彼らが制作の拠点とするMok' Studioにて、細部までこだわり、日々試行錯誤を続けながら音楽を生み出し続ける様子を、少しのぞかせてもらった。
歌のグルーブを全員で作り上げていく感覚
ー賽の活動はどのようなきっかけで始まったのですか?
櫻打 Suchmosの活動休止が決まって、何をやっていこうかとなって。もともと全国ツアー中のライブ前日に、全国各地のピアノがあるお店で正体は言わず、お客さん数人の前で趣味として弾かせてもらってたんです。その一環で、横浜元町のBAR THREE MARTINIのマスターに“うちでライブやればいいじゃん”と言ってもらって。仲間が欲しくて、岩見さんに快諾いただきライブをしたのが2020年末でした。そのときに“半端ない歌を歌える人”がいたら完璧だと思って。佐瀬は大学の同級生で、佐瀬がジャズ科で俺がエンジニア科なんですけど、6〜7年ぶりに電話をかけたら予定が合ったので、2021年のバレンタイン・デーにライブをしたのが最初でした。その後、福井の野外フェス『ONE PARK FESTIVAL 2021』に出演が決まったので、曲作りを始めました。
ー普段、曲作りはどうやって始めるのでしょうか?
佐瀬 ゼロからセッションして作り上げる形が多いですね。
櫻打 そこで出たカッコいいフレーズをきっかけに肉付けすることが多いです。ドラムレスでもノれる曲をやりたくて。
佐瀬 ドラムがいないのにノれるビートを出すのは至難の業で、毎回リハで四苦八苦してます。
櫻打 ドラムレスでいきなり踊らせようとすると、とたんにグルーブしなくなるので最初は難しかったですね。歌のグルーブを全員で作り上げていく感覚で、常に集中してかみ合い続けないといけないのですが、ライブを重ねるしかなくて。
ーそのグルーブは演奏のリズム感で作るものですか? それとも音作りでドラムを補う?
岩見 両方じゃないですかね。全員がドラムを兼任する感じで、それぞれリズムを出すし、シンバル代わりにトランペットを吹いたり、スネアが欲しいポイントでガンッとピアノを鳴らしたりして、ドラムの代わりになる音も作ります。
櫻打 「MONOLITH」は音源作品ではクラップとかを重ねてますけど、ライブだとドラムレスで人力ドラムをやってます。キックを入れたサンプル・パッドを、シンセ・ベースを弾くときは俺、ウッド・ベースのプレイでは岩見さんが踏んでいます。
岩見 あれ、めっちゃ大変なんですよ。アドリブの途中から踏みはじめたりしていて。ベースより音が出ないように調整してもらって、あまり目立ちすぎないようにしています。
櫻打 俺は左手でシンベを弾きながら、左足でキックを踏んで、右手で上モノを弾いてます。
録りで8.5割以上完成させるのを目指した
ー『Family』のレコーディングはどこで行いましたか?
岩見 伊豆スタジオで一発録りをしました。
櫻打 2日間で11曲です。もう二度とやらないと誓いました(笑)。録り、ミックス、マスタリングは藤井亮介さんです。
ー特に大変だった部分は?
櫻打 最初のマイキングを“勝った!”と思う音まで作り込むのが大変で、6〜7時間かけました。グランド・ピアノを一番鳴る場所へ置いてマイキングして、それを基準にトランペットを配置して、ウッド・ベースは一緒の部屋か、ブースに入るか。中心にはオフマイクとしてCOLES 4038を立てました。昔のフルバンドのレコーディングでは、エンジニアがミキシングのイメージに合わせて楽器を配置し、ゲインを合わせて録っていたという記事を読んだことがあり、それがしたかったんです。録りで8.5割以上完成させるのを目指しました。
ー具体的にどのようにマイキングを?
櫻打 3人ともNEUMANN U67は使っていて、ピアノはU67だけだと横に広がった音ばかり録れてしまうので、SHURE SM57を真ん中に立ててU67で包み込んで、それを4038と混ぜて位相を合わせました。4038は全部の音が入るので、トランペットの距離が1cmでも変わると、ピアノの位相が狂うんです。ミックスも0.5dB単位で変わるし、マイクだけでのミキシングは大変でした。でも良い音が録れました。
佐瀬 トランペットは曲によってU67とSM57のバランスを変えています。今回、トランペットがありえないぐらい良い音で録れた自負があって。トランペットとフリューゲルホルンを使っていて、フリューゲルはトランペットより音が柔らかくぼやけやすいので、SM57をメインにして輪郭を付け、U67は少し下げています。逆にトランペットは輪郭が強いのでU67で柔らかさを出して、SM57を下げました。
岩見 ウッド・ベースは基本的にU67とELECTRO-VOICE RE20を前に立てて、曲によってメインを変えたり、弓弾きとピチカートで焦点が変わるので距離や高さも調整しました。
櫻打 3人とも、楽器を大きく鳴らすことも小さく鳴らし続けることもできるので、曲ごとにベロシティ感を確認して、ゲインのバランスだけ調整して録り進めました。パンチインはゼロで、テイクを一部だけ差し替えることはしてません。
ーそれであのクオリティの高さはすごいですね……。
岩見 しびれました。こういうレコーディングは昨今なかなかできないし、勝負した感じもあって良かったですね。
櫻打 時間とお金の面白い使い方をしたかったんです。
岩見 昼飯食わないでやったもんね。泰平君が“朝と夜だけでいいっす”とか言って。今だから言うけど、食わせろ〜って思った(笑)。伊豆スタジオのご飯がまた美味しくて……。
櫻打 岩見さん、これ『サウンド&レコーディング・マガジン』なので(笑)。俺はSuchmosやSANABAGUN.でずっとドラムと一緒にやってきたので、ドラムレスでのアンサンブル経験が皆無で。2人は歌のルバート的な横のグルーブに合わせるのが天才的にうまいので、すごく勉強になりました。あのレコーディングを通して明らかにうまくなった気がします。
リビングの響きをリバーブ成分として混ぜる
ー『The Bottle』はどのように制作が進んだのですか?
櫻打 俺らの楽器以外の音が入る方がカッコ良くなるアイディアが出てきたので、フィーチャリング主体としてやろうということで、『Family』とは逆にダビングしまくりました。
岩見 「Garam(feat.永田真毅)」は僕がエンジニアとして永田君の家に行って、泰平君に指示をもらいながら録音してきました。モロッコのグナワ音楽で使うカスタネットの“カルカバ”など、パーカッションもいろいろ録って楽しかったです。
櫻打 STUTS君とは絶対一緒にやりたいと話していて。3人ともSTUTS君のバンドに参加しているので、彼のビートが入る前提でそれ以外を全部完成させて、STUTS君のAtik Studioで作ったのが「環る(feat.STUTS)」です。
岩見 ベースはSTUTS君のビートと同録しました。同じ空間でやるとその人の波動をキャッチできるんです。特にドラムとベースは一緒に録らないとグルーブしにくいですね。
櫻打 「環る」はSTUTS君にミックスまでお願いして、「JAPAN THREE(feat.澤村一平)」のミックスは、SANABAGUN.時代からお世話になっている福田聡さんにやってもらったら絶対ハマると思ったのでお願いしました。
佐瀬 そこにペーちゃん(澤村)と泰平がいるのも良いよね。
ー澤村さんのドラムはどんなキャラクターと感じますか?
櫻打 一平ちゃんは、すべてのたたく楽器を、サウンドの中の気持ち良い所に“点”で置く天才ですね。横の流れを作るのもうまいですけど、シンプルなことをやったときに一番カッコいいイメージが俺の中で勝手にあって。SANABAGUN.を抜けて以来、初めて一緒にやりました。ドラム3点を持ってきてもらって、キックに毛布をかぶせてオンマイクのみで録りました。リバーブは、うちのリビングの響きが良くて。録ったドラムをオーディオ・プレーヤーで流してROYER LABS R-10×2本を立てて録って、リバーブ成分として混ぜました。
ピアノを弾く技術も録る技術も毎日上がる
ースタジオのルーム・チューニングはどのように?
櫻打 立方体の部屋なので、音がぶつかり合うんです。それでタックシステムの方に音響学の授業を受けまして。日本の建築の基本的な材料は3の倍数でできている、ローミッドがこもりがちな100〜120Hzの音波は1周期約30cm、と教わって、平行面が3の倍数の長さだとローミッドが膨れ上がるので、工務店の方と相談して天井と床、壁と壁の距離を3の倍数ではなくしました。あと防音壁の間に空気層を入れたり、200Vの電源を2系統引いて117Vにステップダウンして、アウトボードとパソコンを別系統で動かしたり、アースを取るために壁に銅板を仕込んだり、リットーミュージックのスタジオの御茶ノ水RITTOR BASEを参考にしてローズウッドの端材で作った床材を使ったり、いろいろやりました。
ー御茶ノ水RITTOR BASEもヒントになっていたとは驚きました! モニター環境はどのように構築していますか?
櫻打 大きいモニター・スピーカーだと音を出し切れないのでIK MULTIMEDIA ILoud Micro Monitorで、ミックスは基本的にヘッドフォン・アンプのCURRENT MP421-M2とヘッドフォンのDENON AH-D5200でやっています。
ーオーディオ・インターフェースは何をお使いですか?
櫻打 LYNX STUDIO Aurora(N)8です。MIDI機能が無いので、このスタジオはMIDIが使えません。ミックスはSMART RESEARCH C2とEMPIRICAL LABS Distressor EL8-Xでコンプをかけて、SSL Fusionでステレオ・イメージを調整し、リバーブもできるだけリビングを使うので、プラグインはFABFILTER Pro-Q3とちょっとしたひずみぐらいです。
ーMIDIを使わないのは大変な部分もあるのでは?
櫻打 大変な部分しかないです。ただ、ソフト音源の“録った後にどうにかする”って考え方は“録る時点で8.5割完成させる”という基本理念に合わなくて。自分は鍵盤奏者なので、いろいろな楽器を自分で弾けばいいし、足りないものは友達に来てもらって録ればいいと割り切りました。良くなかったら録り直すしかないので、ピアノを弾く技術も録る技術も毎日上がりますし、ほかの現場でも使える技術として自分の中に入ってきている感覚があります。
ーいろいろなバンドで活動する皆さんにとって、賽ならではの魅力はどういった部分に感じますか?
佐瀬 この編成ってジャズを飛び越えたジャンルでなかなかいないし、サウンドもほかで聴いたことがない楽曲がいっぱいできている気がするので、そこは魅力だと思います。
岩見 みんなで作りながら自然とできたもので、でもクオリティは妥協しないで作り上げるのは今までに無い良い経験です。だからこそ音質的にもいろいろな人に聴いてもらいたいと思えるようなものができたかなと。今後も楽しみです。
櫻打 賽の曲作りで掲げるものとして、“性別、年齢、国、人種、聴く場所も関係なく、いろいろな生活の場に自然となじむような音楽”を大事にしたいと言ってて。それが実現して、一曲一曲こだわってやってることに後悔も恥ずかしいことも無い。誰に聴いてほしいか聞かれたら“80億人です”と言えるものができているのが魅力かなと思いますね。ただ、納得はしてますけど、一切満足してるわけではないです。日に日にみんなうまくなるので、また次の作品を作っていきます。
Release
『Family』
賽
SAIKORO Records
Musician:櫻打泰平(p、k)、佐瀬悠輔(tp、flugelhorn)、岩見継吾(b)、新村未都(cl)
Producer:櫻打泰平、佐瀬悠輔、岩見継吾
Engineer:藤井亮介
Studio:伊豆スタジオ
『The Bottle』
賽
SAIKORO Records
Musician:櫻打泰平(p、k、vib)、佐瀬悠輔(tp、flugelhorn、piccolo)、岩見継吾(b、perc、guembri)、澤村一平(ds)、永田真毅(ds、perc)、新村未都(cl)、STUTS(MPC、prog)、NAGAN SERVER(rap)
Producer:櫻打泰平、佐瀬悠輔、岩見継吾
Engineer:櫻打泰平、福田聡、岩見継吾、STUTS
Studio:Mok' Studio、他