自然に録った音をどう味わってもらうか。そこに対するプロダクションは常にこだわっている
くるりが2023年10月にリリースした『感覚は道標』は、2002年にバンドを去ったオリジナルメンバー森信行(ds)を迎えてのアルバム。DAWを駆使しながら、神経質と言えるほど綿密にコントロールされた前作『天才の愛』(2021年)とは異なる表情を見せる、等身大のバンドサウンドだ。とは言え、聴き込むほどに、くるりらしいディテールの作り込みがうかがえる。録音の大部分とミックスが行われた静岡県の伊豆スタジオにて、メンバーの岸田繁(vo、g)と佐藤征史(cho、vo)、そして森とエンジニアの濱野泰政にインタビューを敢行。アルバム制作を振り返っていただく。
譜面ベースと演奏ベースの制作の違い
——ストレートなバンドサウンドに仕上がりましたね。
岸田 伊豆スタジオに集まって何かやります?って言って3人でセッションしてみたら、出てきたものに型みたいなのがあったんです。大体が2~3分台の短い曲だったので、今の自分らはそういうモードなんだろうなと。あと、スコアから起こしたような曲がほぼないので、バンドの演奏っぽい作りになっているというか。『天才の愛』には譜面ベースで制作した曲が多いけど、今回は演奏しながら作ったので。
——譜面やDAWから起こす曲とバンドセッションで作る曲は、どのような点が異なるのでしょう?
佐藤 例えば「happy turn」という曲は、サウンドチェックのときにバッと合わせるような感覚とか、手癖みたいなものとかで構成されている気がするんですけど、そういう要素って打ち込みではわざわざ作りませんし、出てこないとも思うんです。プラグインの音に引っ張られて、曲が難解になってしまうことはあっても。
岸田 プラグインで“ピー”とか“ガー”とか鳴らしていると、そのピーガーに反応して作りますからね。僕的には、作曲の方法って大きく2つあって、1つは頭の中で鳴っている音を再現するやり方。譜面先行のパターンですね。もう1つは音に反応して作っていく条件反射的なやり方で、今回は結構、そっち寄りだったと思います。もちろんDAWで作った部分もありますよ。伊豆スタジオで録った音を持ち帰って、ビブラフォンやオルガンみたいなのをAvid Pro Tools上でプログラミングしました。ただ、それは作曲というより編曲に近い感覚で。曲そのものは、もっくん(森)がドラム椅子に座って音を出した時点で、もう決まっていたから。
森 今回は、曲のネタをいっぱい出すところから始めたんです。シリアスな感じではなかったというか、とにかく久しぶりに3人で合わせて、ボツになってもいいからアイディアをどんどん出して確認し合って、というのを繰り返しました。それに伊豆スタジオの音がすごく良かったので、もうここでレコーディングしちゃおうよ、みたいな話になって。
——前作よりも、ずっとラフに進めたのですね。
岸田 ただ、今回のレコーディングも手を抜いたわけでは全然なくて、仕上げるにあたっていろいろと研磨したし、作品制作っていう点では『天才の愛』と変わらないんです。ばらを煮詰めたら、うんこのにおいになるとか言うじゃないですか?(笑)。そういう感じで、やっていったら行き着く先は同じ。でも取っ掛かりというか、型は全く違っていて。前作は譜面ベースだったのでDAWによる部分が多く、スタジオも使いましたけど、どちらかと言えばDAWというスタジオの中……“スタジオダウ”でやっていたみたいな感じです。一方、今回は伊豆スタジオに3人で集まって、エンジニアの濱野さんを交えながらイメージのようなものがパパパッと見えたので、おおう!これに乗っかっちゃえ!的な感じで、あとはもうお酒を飲むっていう(笑)。
佐藤 “やっている音楽に対して説得力のある音”っていうのは、絶対に存在するんですよ。前作を作っていく中で一番の気持ち良さを追求した結果、平均律以外の音律を用いたように。今回は、曲作りの段階で説得力のある音だったから次に行けたというか、録るときに“何か違う”ってならなかった。自分たちから出てきたものと伊豆スタジオの音が、ぴったりとシンクしている感じだったんです。
最近よくある“点”っぽい音にはしなかった
——伊豆スタジオを選んだのは、なぜですか?
佐藤 合宿できるところが良くて。伊豆スタジオには宿泊所が併設されているんです。終わってから違う場所に帰って違うことを考えるより、一緒にご飯を食べて飲んで、次に引きずらない方がいい。久しぶりに3人でやったからというのも理由ですが、毎日ここで飲んでいる間に“じゃあ明日はこうしてみようか”って意思疎通を図れたのが良かったです。
岸田 単純に演奏して録るだけなら、どこでもできると思うんです。でも今回、ゼロから曲を作るプロセス込みで、そこは心を通わせずにはできない部分だと思ったから、寝食を共にしてベクトルを合わせようと。若い人なら、その必要はないのかもしれませんが、僕らもうおじさんなので(笑)。おじさんこそ、合宿した方がいいんちゃうかなと思います。最近はやっている音楽って、ドラムの音が“点”みたいだなと感じていて。ローリング・ストーンズの『ハックニー・ダイアモンズ』も、ギターはすごく良い音だけど、ドラムは点っぽい。音が止まってる感じだから、かっこいい曲はいっぱいあるのに、どうしても好きになれなくて。もっと“わ~”ってしてたり、“うぇ~”ってなってたりする方がいいんです。年齢も年齢だし、流行についていけないようになったんかなと初めは思ってたんですけど、多分そうじゃないなって気づきました。例えば、NewJeansの曲はトラックがよくできているから、いろんな音が点でも“余韻めいたもの”を想像させるのがうまい。すごいなあと思いますが、僕自身の好みとしては、元々の音に余韻のある音楽の方がいいんです。だから今回あえて、音が止まらないドラムを使いました。
森 Trixonというメーカーのドラムで、キックがひょうたんのような形をしているんです。岸田さん所有のものなんですけどね。その音が、もう強力で。
岸田 アルバムのドラムは、9割くらいTrixonです。キックの鳴りが最もよく聴こえるのは「doraneco」という曲。形が曲がっているから、音も曲がっているんです。近寄ったら、ティンパニーみたいな“ぼやぼや~ん”って響きが聴けます。そういう、空気を震わす感じのドラムサウンドが久しく聴こえてこなかったし、僕らも近年、音を止める傾向にありました。イーグルス「ホテル・カリフォルニア」のドラムのように、程良く止まっている音は上品で気持ち良いから好きなんですけど、くるりっていうバンドとか、この3人の演奏とかっていうのは、少なくとも日本の標準よりは若干、下品な空気感だろうと思っていて(笑)。それに、どっかですごいモンが鳴ってるみたいに聴こえる方が、耳に痛くないというか。小さいスピーカーから鳴っていても、何となくフワッとしているし。喫茶店で1970年代の洋楽ヒットとかが流れてきて“音、良い”って思う感覚に通じると思います。それはハイファイという意味ではなくてね。
——ドラムには、どのようなマイキングを?
濱野 結構、普通ですよ。キックにはNEUMANN U 47 fetとSENNHEISER MD 421。MD 421の代わりにAKG D 112を立てることもあって、アタック感の違いで選んでいました。スネアには古いSHURE SM57。ハイハットも、あまり金属的な硬い音が嫌だったので、すべてSM57で録りました。タムは MD 421かAKG C 414 EB。トップの左右にはC 414 EBかNEUMANN KM 84をペアで設置し、中央にU 67を立てました。部屋鳴りの録音には、オフマイクのU 87を使っています。そのほか国産の古いマイクを使うこともありました。
——ドラムのひずみは、プリアンプによるものですか?
濱野 そうだと思います。楽器の録音には、基本的にNeve V60コンソールのヘッドアンプを使って、赤がつく直前までゲインを上げていました。コンソールに関しては、ほとんど伊豆スタジオのV60しか使ったことがないんですけど、他社のものに比べてミッドレンジがグッとくる印象です。僕は、これじゃなきゃダメなんですよ。
——「朝顔」ではギターアンプのハムノイズのような音が聴こえるのですが、あえて残しておいたのでしょうか? あの雰囲気がすごくかっこいいと思います。
佐藤 ギターアンプにSM57と古いリボンマイク(Toshiba OB-1222D)を立ててもらったんですけど、リボンマイクの調子が悪かったのか、ノイズが乗ってしまったんです。でもノイズありきで雰囲気が出ているから、このまま行こう!となって。今回は、そういうチョイスをすることが多かったですね。あのギターがクリアな音で鳴ってしまうと、世界が全く変わってしまうから。
岸田 そういう意味で、今回のは大人っぽいアルバムなのかもしれません。ほくろに毛が生えてても愛、みたいなアルバム(笑)。もうちょっと若いと、どうしてもツルツルじゃないと嫌や!ってなる気がするんです。それでもいいと思うし、僕も嫌いじゃないんですけど(笑)。というわけで、リズム隊+ギターのベーシックは、ほとんどせーので録ったまま。さっき話した通り、録り音を持ち帰ってポストプロダクション的な処理は加えました。
Neve卓のモデリングプラグインが秀逸
——「LV69」のドラムにはリバースした箇所があります。
岸田 あれは、僕が持ち帰ってかけたものです。ブギーロックっぽいサウンドと最も相性の悪いものをスパイスとして入れようと思い、何となくT・レックスやデヴィッド・ボウイのイメージもあったので“宇宙かな~”って。ロックと宇宙の組み合わせって、ボウイとかは成功してるけどうまくいかない面もあるので 、自分の中でチャレンジだったんですけど、やっぱり宇宙方面に持っていきたかった。それで、UVI 8-BiT SYNTHというチップチューン向けのシンセを入れてみたら、骨太で粗野なオケと同じクラスになったみたいな感じで面白すぎるなと(笑)。あと、尺を決めずに演奏していたアウトロは、ほぼワンコードだったからモーダルな感じにしたくて。
——フランク・ザッパやカンタベリー系のプログレのように聴こえます。
岸田 あ、そうですね。キャプテン・ビーフハートとかね。そういう感じがいいかもと思って、オケに合いすぎないようにフレーズを書いていったんです。すると和声的にぶつかったり、不快に聴こえたりする部分が出てきたけど、頑張って書いたのに無駄にするのは嫌なので、そこだけドラムをひっくり返そうと思って(笑)。それがあのリバースです。ポスプロと言えば、濱野さんに薦められて購入したPlugin Alliance Brainworx bx_console Nも大きかったですね。あのプラグインがあるとないでは結構、違うなと。簡単に言うと音が太くなるし、不要な部分が削げる印象です。
——Neve VXSコンソールを再現したプラグインですね。
濱野 伊豆スタジオでは、録りのときに各ソースをNeveコンソールにパラで立ち上げていることが多いので、録り音を持ち帰ってPro Toolsにインポートすると“何か違う”って感じがするんです。でもBrainworx bx_console Nを各トラックに挿しておけば、スタジオで聴いていた感じの音になる。
——Neveコンソールを通して録った音なのに、Pro Toolsに入れただけでは、それらしく聴こえないのですか?
濱野 やっぱり、コンソールに“並べる”というのが肝なんです。倍音の出方が少し変わるんですよ。Pro Toolsでミックスしたものをコンソールの2つのチャンネルに通しても、ほぼPro Toolsの音のままだと思いますが、パラの素材を並べると1つ1つが個別の回路を通ってマスターバスに送られるから、倍音の感じがちょっと変化するんです。
佐藤 だから僕もBrainworx bx_console Nを買いました。
岸田 佐藤さんは、持ち帰った素材を編集するとき、Beat Detective(オーディオから小節や拍などの情報を生成するPro Toolsの編集機能)を使わずにクオンタイズみたいなことをやるんです。しかも、あらゆるパートに対して。
佐藤 “この曲はジャストのタイミングにした方が良く聴こえそう”っていうのが、あったりするわけじゃないですか。オケをグリッドに沿わせてから歌を録っても、やっぱり元のグルーブの方が良かったと思ったら戻せるし、そういうチョイスをできるのがうれしいですね。
岸田 いわゆる自然派のバンドは“録ったままがええんや!”なんですけど、そういう部分については僕ら、不自然派なんです(笑)。自然に録ってから、それをどんなふうに味わってもらえるかという仕事をかなりやる。例えば、ある4小節や8小節が全体のテンポ感に対してヨレている曲って、やっぱり聴かれなくなると思うんです。“ただ乱れている”というふうに聴こえるから。でもトータルで考えて、その4小節なり8小節なりのテイクが捨てがたいと思ったときに、タイミングを編集できるのは大きな助けになる。だからこそ、佐藤さんのポスプロを聴いていて、Pro Toolsの編集機能は素晴らしいと思うことがあるんです。
オリジナルのエコールームを活用
——ボーカルは、どちらで録音したのでしょう?
岸田 伊豆で録ったベーシックを持ち帰って、自分のスタジオで録ることが多かったです。マイクはNEUMANNのTLM 102。ラフなセッティングで歌っていても、オケ中での声のピッチやザックリとした倍音を捉えやすく、声とコンプの相性も分かりやすい。あとはフィット感っていうんですかね。
佐藤 今回のオケと相性が良いのだと思います。例えば京都のSTUDIO FIRST CALLにあるU 47 Tubeは、声の色気みたいなものを強く引き出すので、周波数的に分離良く作られた音楽とかに合うのかもしれません。他方、今回みたいなバンドサウンドには、少しザラつきのあるTLM 102のようなマイクの方が乗りやすいのかなと。
岸田 プリアンプはNeve 1073を使っているし、その点でもオケとの親和性が高いと思っています。そうして歌を録って、プログラミング済みの素材と共に伊豆スタジオへ持ち込みました。プログラミングの方は大きいスピーカーで鳴らして、出音をマイクで録ってもらったんです。
濱野 リアンプ的な手法ですね。ライブルームの中央にマイクを設置し、JBLの大口径スピーカーで鳴らしたものを録って、ベーシックと同じルーム感にしました。マイクは恐らくU 87やSHURE SM58だったと思います。あと、伊豆スタジオの上階には、プレートリバーブのEMT 140とオリジナルのエコールームがあるんですよ。ここで録ったオケと岸田さんが録音してきた歌を合わせるために、接着剤としてEMTやエコールームの響きをボーカルに加えました。
岸田 特に「California coconuts」のボーカルリバーブが好きです。僕は普段、歌にあまりリバーブをかけない方なんですけど、あの響きなら常にかかっておいてほしいくらい。
濱野 EMTのリバーブを使ったと思います。昨今、EMTもプラグイン化されていますが、プラグインの空間系エフェクトの音は、ほかと合わさったときに同じようなポジションに置かれてしまう印象です。もちろん、リバーブにしてもプラグインは活用しているので、それらと奥行きを変えるような狙いで物理的なリバーブやエコーを使いました。
——工夫を凝らしたアルバム制作となりましたね。
岸田 この3人で、初めて真面目にアルバムを作ったかもしれませんね、もしかしたら。
森 くるりを結成した学生の頃に戻った気分……とまでは言いませんが、やり残してきたことを今の自分たちの方法で再構築するような感じでもありました。また、サウンドに関して“僕はこういうイメージ”って言うと、濱野さんがすぐそこに寄せてくださって、スピード感をもって制作できたと思います。だからアルバムのタイトルじゃないですけど、本当に“感覚”を、その場の雰囲気で素早く捉えられたのが、すごく大きかったですね。
Release
『感覚は道標』
くるり
SPEEDSTAR RECORDS:VIZL-2226(生産限定盤/2CD+Tシャツ/6,900円)、VICL-65873(通常盤/3,400円)
Musician:岸田繁(vo、g、p、k、perc、prog)、佐藤征史(b、contrabass、perc、panpipes、prog、cho)、森信行(ds、perc、cho)、濱野泰政(perc)
Producer:くるり、濱野泰政
Engineer:濱野泰政、谷川充博、齋藤明日香、土岐彩香
Studio:伊豆スタジオ、STUDIO FIRST CALL、studio2034 、他