これまでより共同作業の時間が増え、セッション的な感覚も作品に取り入れています
柴⽥碧(写真左)と⻄⼭真登(同右)の2人によるDTMユニット、パソコン音楽クラブ。彼らの4thアルバム『FINE LINE』が5月にリリースされた。タイトルは日本語で“紙一重”の意味を持ち、多彩なゲストを迎えて制作された今作は、ポップ・ミュージックとダンス・ミュージック、遊び心とシリアスさ、日常と非日常など、さまざまな要素が彼らの手によって見事にまとめられている。“宇宙人のいる生活”がテーマという作品について、柴田の新たなスタジオで2人に話を聞いた。
ジャンルやムードがバラバラな楽曲を同居させる
——2023年1月号のプライベート・スタジオ特集から、新しいスタジオに変わりましたね。
柴田 去年の12月ごろ、『FINE LINE』を制作する途中に移ってきました。単純に前の部屋は狭くて機材も詰まっていて、共同作業がなかなか難しくて。
西山 作業している後ろでプロデューサーのようにいることしかできなかったのが、二人で同時にシンセを触れるようになりました。合宿みたいに泊まって作業できたり、同じ空間に長時間いてもしんどくなくなったのは大きいかもしれないです。過去作と比べて一番長く一緒にいましたね。
——共同作業が増えたことで、これまでの作品と変わった点などはありますか?
西山 今までだと、出来上がったものを渡して、判断して戻すっていう、“納品してチェック”のような形に近かったので、今作はセッション的な感覚が入ったかなとは思います。
柴田 どちらかが打ち込んだフレーズを相談しながら組んでいったりもしていて、その中で偶然できたフレーズも結構多く取り入れています。
——作品全体の制作期間はどのくらいなのでしょうか?
西山 曲がある程度できた後にボーカルを誰にするか判断する期間なども含めると、大体9カ月くらいですね。
柴田 編曲でがらっと変わった部分も多いです。
——今作のテーマとして掲げられている、“宇宙人のいる生活”にはどのような意味が込められていますか?
西山 いろいろな意味があるのですが、特に音楽の話で言うと、僕らがクライアント・ワークなどで培ったポップス的な音楽と、エレクトロニック・ミュージックのコアな感じを同居させたくて。その2つの間にはギャップもあって、片方から見ると片方が宇宙人的に映るというか、全く文化が違う星の人間だけれども、一緒にいるとすごく楽しいみたいなコンセプトですね。ジャンルやムードがバラバラな楽曲を、できる限り同居させるようなまとめ方で作りたいというのがモチベーションとしてありました。
——確かに今作はポップな面と激しいエレクトロニックな面が見事に共存しています。お二人の中で制作において役割分担や得意、不得意はあるのでしょうか
柴田 BPMはありますね。
西山 僕はどんなBPMでもあまり得意、不得意はないですが、柴田さんは160BPMとか180BPMだとメロディやビートまで含めて作るのがうまいけれど、それより遅い歌ものが特に苦手と感じるみたいで。
柴田 キックが133BPMとかで鳴っている上でボーカル何すんねん!と言いながら作っていますが(笑)。
西山 あとは、柴田さんの方がテクスチャーにすごくこだわりがあるなと。昔からずっと言っているのが、音楽の中で一番好きなのはリバーブの成分を聴くことらしくて(笑)。だから音の汚れとかノイズとか、それこそサンプリング・レートについてなんかはものすごく敏感で耳が良い。僕はどちらかというと音のすみ分けとかベースの抜けとか、周波数帯域の方に意識があって奇麗にしたいと思いがちだけど、柴田さんは奇麗かどうかよりテクスチャーとして面白いかどうかで話をしてくれる。そういうふうに相談しながら、音楽的にどういうものが最も自分たちらしいのかを考えています。
曲を接続するナレーションや演出的トラック
——これまでとは傾向が異なるという今作を制作するにあたって、影響を受けた作品などはありますか?
西山 僕はベックの『ミッドナイト・ヴァルチャーズ』の雰囲気をやってみたいとはすごく思っていました。いろいろなジャンルの音楽があって、かつ幾つかの曲の頭にイントロとしての環境音的なものが入っていてユーモラスで、ふざけているようなんだけど、ちょっと渋い。今までの自分たちの感じと違うことをやろうとするなら合うんじゃないかなと。
柴田 今作は、“さまざまな音楽の要素をサンプリングしている”というように作っているところが結構あります。実際の曲をサンプリングするのではなく、手法をサンプリングするというような形です。例えば、DOOPEES『DOOPEE TIME』はナレーションから始まっていますが、制作のかなり最初の段階からナレーションや、「Prologue」の男の子の声などの演出的なトラックを取り入れようという話をしていました。
西山 曲によってジャンルが異なるので、それらをどう接続するかとなると音楽じゃない方法を入れてみるのもアルバムの面白さかなと。とはいえ、トゥーマッチにならないようバランスには注意しました。
——曲単位でのリファレンスはありますか?
西山 「PUMP!」はRIP SLYMEの「STEPPER'S DELIGHT」です。ボサノバチックなギターの音がL/Rに交互に配置されていて、解釈を広げると音を点で左右に振るみたいな感覚に思えて。だからこの曲ではなるべくコードを白玉で鳴らさずに短く切ったり、“ジャン”とか“ピッ”みたいな音を左右にちりばめて、それが絡み合ってコード感を出すように意識して作りました。それである程度できてきて誰かにラップをしてもらおうと考えたときにchelmicoにお願いしたいなと。
柴田 chelmicoが書いた歌詞を見たら、頭が“ドーン”から始まっていて、自分たちにこんな発想はないなと(笑)。だからchelmicoに委ねようという気持ちになりました。
——その「PUMP!」は土岐彩香さんによるミックスです。
西山 ほかの曲ではミックスまでやっていますが、ラップの処理は僕が普段行っていないから分からなくて、プロのエンジニアの技を見てみたいなと。土岐さんはchelmicoの作品も手掛けていることもあり今回お願いして、みんなで土岐さんのスタジオで一緒に確認しながら完成させていきました。
柴田 やっぱりすごかったですし、XFER RECORDS OTTとか、意外とDTMerにとって身近なプラグインを使っているのにビックリしました。あと、ABERRANT DSP SketchCassetteⅡというプラグインをよく使っているのを見て、2人とも購入して制作の後半でめちゃくちゃ活用しています(笑)。UIも含め、かわいくて使いやすいです。
——ゲストの方々のボーカル録音はどちらで?
西山 主に歌ものはspace studioで、マイクはBLUE MICROPHONES Blue Bottleを使って録っています。
——「Terminal」ではお二人の歌も収録されています。
西山 あれは完成の1カ月前くらいに止むに止まれず歌ったんです。アルバムのストーリー性が強くなって演出過剰気味だなと思って、大慌てで3、4曲差し替えたんですが、どうしてもここで歌ものが必要だなと。オファーするのも間に合わないから二人で歌っています。
柴田 ボツだった曲を、BPMを落としてピッチを下げて、それがトラックとして悪くなかったんですよ。
——うまく歌おうとしていないのが逆に魅力的です。
西山 やっぱり普段歌わないから難しくて。結果的にどっちが歌っているか分からないようにしようという方向性になって、かなり加工しています。昔、エンジニアの葛西敏彦さんに教えてもらったSYNCHRO ARTS VocAlignを使って、2人の歌の波形のアタックとリリースを合わせたりして、なるべく1人の声に聴こえるようにしています。録音は僕の自宅で、マイクはAUDIO-TECHNICA AT2020を使いました。
大活躍したCASIO SA-2
——スタジオを移すタイミングで、新たな機材を導入したとTwitterで拝見しました。
西山 アナログ・モノ・シンセのYAMAHA CS-15ですね。
柴田 シーケンサーのKORG SQ-1とCV/GATEでつないでコントロールしたんですが、なぜかバグったように音程を無視した“ビヨビヨビヨ”みたいな音が鳴って、それがベタにコズミックだなと。この2台はすごく活躍しています。
——スタンドにはCS-15の上にBROTHER Auto Emillion GX-151がセットされています。
西山 ミシンやプリンターのメーカーが作った電子オルガンですね。音をLiveのSimplerにサンプリングしたり、ドラムの自動演奏を録音して使ったりしています。「It’s(Not)Ordinary」のリズム・パターンは、再生したそのままですね。
柴田 あとはCASIO SA-2が大活躍しています。space studioの杉本哲也さんが、“なんか好きそうだから”という理由でくださって(笑)。
——すごい理由ですね(笑)。どういった使い方を?
西山 ライン出力がないので、スピーカーにマイクを向けてサンプリングしました。シーケンスのパターンが内蔵されていて、それがすごくおしゃれなんです。なかなかこんなに良いパターンが組まれているものはないですね。マイクで録ったことでザラッとした質感になったのもよかったです。
柴田 「Omitnak」の前半ではブレイクビーツの上でSA-2のシーケンスが鳴っています。「Terminal」のピアノの音もこれですね。いろいろな場面で登場しています。
——収録曲の中だと、「Dog Fight」が異質で面白いです。
西山 音源は全部ROLAND SC-8850を、そのままマルチティンバーで(笑)。楽譜にするとかなり奇麗な構成の曲だとは思いますが、音程の微妙な犬の鳴き声を入れたりすることで、すごく不安定にも聴こえているのかなと。
柴田 プリセットの時点でリバーブが結構かかっていて。そのリバーブをオフにするとケミカルな音色になるというか、その感じが速いコード・チェンジの曲と相性がいいので、ちょっとやってみようと思って作りました。
——機材の持つ性能が曲作りにも反映されていると。
柴田 でもDAW上での細かなギミック作りとかは進化したかなと。ABLETON Liveのエフェクト……LFOとかもたくさん使いましたね。
西山 今までで一番サンプルも使いましたし。Spliceからためらいなくサンプルを持ってくるようになったので、そこは昔と違うところだと思います。
Valhalla Supermassiveが持つ独自の広がり
——LAUSBUBの髙橋芽以さんがボーカルの「Day After Day」は、全編を通して柔らかなシンセ・サウンドですね。
西山 メインのコードはARTUIRIA V CollectionのProphet Vで、上ものやコードの補完としてSEQUENTIAL Prophet-600とROLAND Juno-106を併用しています。リードはAuto Emillion GX-151をサンプリングして、LiveのSimplerで鳴らしています。ベースはROLAND Roland CloudのPromarsで、音が太いけれどスッとなじむ感じがすごく良いです。ほかの曲でもベースはPromarsを使うことが多かったかな。ドラムは割とサンプルですね。土台をしっかりさせたくて、特に低音にチープな音を使うのは避けようという話をしていました。
柴田 シンセの音って加工していくとエフェクターの音になってしまうので、そうはならないようにという意識ですね。
西山 基本的にはピュアな音でローが奇麗に出るのが一番いいです。
——髙橋さんのボーカルにはどのような処理を?
西山 VALHALLA DSP Valhalla Supermassiveを使っています。ディレイやリバーブ、コーラスとも異なる、ちょっと位相が崩れたように音を広げられるのでふわっとしていて寂しく聴こえないというか。最初のキック、ベース、歌だけのところは歌がほかのパートに対してモノラルになりすぎないようにしています。
柴田 シンセと歌の中間みたいな音になるんですよ。
——髙橋さんの歌がすごく生きていると思います。
西山 LAUSBUBが出てきたときからファンで、彼女たちもインタビューなどで僕らの名前を挙げてくれていて。それでお願いしてみたら本当にドンピシャで、この人しかいないなと。
——お二人の歌詞も、日々の感情を吐露する言葉の選び方など、グッとくるものがあります。
西山 コロナ禍が続いたことの期待感のなさが根底にあって、その中でも何か楽しいことを探していく。そういう気持ちを音楽としてやってみようという思いはありました。
——マスタリングは木村健太郎さんが手掛けていますね。
西山 本当に繊細で素晴らしくて、すごく小さな音とか埋もれている音が全部前に出てくる。ダンス・ミュージックだったらこう、ポップスだったらこう、みたいなのがもちろんあると思うんですけど、両方のバランスがあるものを適切にマスタリングしていただける方はなかなか思いつかないです。
——お話を伺って、『FINE LINE』はパソコン音楽クラブが次のフェーズに入った作品になっていると感じました。
西山 ポップス性をもっと豊かにしていくことも楽しいだろうし、逆にインストゥルメンタルを突き詰めるのも面白い。次へのかじの切り方は自由になったと思います。
柴田 いろんな音楽が並列になっているアルバムがすごく好きなので、今は何とか完成させた達成感に近い気持ちがあります。次はもしかしたら全然違うことをやるかもしれないですし、その時々で面白いことができたらいいですね。
Release
『FINE LINE』
パソコン音楽クラブ
初回限定特別仕様盤:PSCM005 通常盤:PSCM006
※初回限定特別仕様盤には透明スリーブ・ケース、28Pブックレット、ステッカーが付属
Musician:柴⽥碧(prog、syn、vo)、⻄⼭真登(prog、syn、vo)、Rachel(rap、vo)、Mamiko(rap、vo)、MICO(vo)、林青空(vo)、小里誠(voice over)、The Hair Kid(vo)、髙橋芽以(vo)、seaketa(sound effect)
Producer:パソコン音楽クラブ
Engineer:パソコン音楽クラブ、土岐彩香、杉本哲哉、The Hair Kid
Studio:プライベート、space studio、EELOW