制作中は坂本龍一さんにいただいたヘッドホンを常に使用していた。今作は彼に捧げた作品でもあるんだ
エレクトロニックシーンだけにとどまらず、あらゆるジャンルに衝撃を与えた『R Plus Seven』(2013年)のリリースからちょうど10年がたつタイミングで届いた、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー (以下OPN)ことダニエル・ロパティンの最新アルバム『Again』。印象的なギターサウンドやOPN自身による歌唱、オーケストラ、そしてAI技術を用いたサウンドコラージュなど、一見相反するような要素が見事にミックスされた今作は、2023年にリリースされた作品の中でもひときわ異彩を放っていたように思う。どのように制作されたのか、彼の言葉から解き明かしていこう。
サンプリングに便利なAbleton Liveの“Warp”機能
——前作『Magic Oneohtrix Point Never』以来3年ぶりのアルバムですが、『Again』の制作はいつ頃から始め、どのようなルーティンで進めていったのでしょうか?
OPN 制作に本腰を入れたのは2022年の冬頃で、そこから数カ月かけてまとめ上げた。制作のルーティンに関しては、今までは自分のスタジオに深夜一人でこもるのが定石だったけど、最近は早朝から作業を始める方が好きになってきた。誰もまだ起きてなくて車も走ってない、ゆったりとしたこの時間帯が最適の環境なんだ。今作には、そんな早朝に生まれたものも多く入っている。
——前作から今作に至るまで、ザ・ウィークエンドとのコラボや、アノーニやサッカー・マミーといったアーティストのプロデュースワークなど、ジャンル問わず幅広いフィールドでの活躍が記憶に新しいです。今気になっているアーティストや、もし過去にタイムスリップできた場合にコラボしたいアーティストなどはいますか?
OPN 今一番仕事がしたいアーティストでいうと、ユールとOklouの二人だね。あと、もしタイムスリップができるなら……マーヴィン・ゲイと仕事したいかな(笑)! 『離婚伝説』っていうアルバムが大好きなんだ。
——新進気鋭のアーティスト、そしてまさかのレジェンドのチョイスに驚きました。しかしながら、あらゆる音楽に対するそのフラットな目線が、各作品やプロデュースワークにおける絶妙なバランスを生んでいるように感じます。曲を作る際は、どのような順番で進めていくのでしょうか?
OPN 大まかに言うと2つのやり方に分かれていて、1つはピアノなどを使って従来的な作曲のようにメロディを構築していく方法。もう1つは、何らかの雰囲気をかもし出すテクスチャーを作ったらそれをループさせて、その上にいろいろと重ねていく。この2パターンで基本的に制作している。
——以前からサンプリングの手法を多用されていますが、オーディオ素材を切り貼りするのか、それともサンプラーなどに素材を入れて使用するのか、どのような場合が多いでしょうか?
OPN ケースバイケースでさまざまなツールを使っている。Ableton Liveを使用しているから、もちろんSimplerも使うし、いろいろなサンプルをDrum Rackに入れて使うこともある。ちなみに、以前のインタビュー(本誌2018年8月号掲載)ではコンピューターの状態がやばくてLiveをアップデートしていないと話したけど、今はバージョン11を使っている(笑)。話を戻して、サードパーティ製プラグインだとSlate + AshのCyclesがお気に入りだね。主に使うのはこれくらいで、あとは、Delta-V Audio SpaceCraftもたまに使うかな。
——Ableton Liveの気に入っている点を教えて下さい。
OPN 好きなポイントはたくさんあるんだけど、オーディオクリップのWarp機能が一番気に入っている。オーディオサンプルのトランジェント成分を自動的に検出してマーカーを作成してくれるし、自分で調節もできるから、サンプリングを多用する自分にとってはとても便利なんだ。
MIDIコントローラーで書いた自然なオートメーション
——オーディオインターフェースは何を使っていますか?
OPN UNIVERSAL AUDIO apollo twinを使っていて、自分のボーカルやギター/ダクソフォンの演奏を録音する際もApolloを使った。
——これまでの作風にあったようなコラージュ要素の素材としてではなく、今作ではしっかりと旋律のある歌があり、とても驚きました。ご自身のボーカルを録る際、マイクは何を使っているのでしょうか?
OPN 僕が歌うときは、歌詞を通して何かメッセージを伝えようとしているときで、歌声の素晴らしさを聴いてほしいわけではない(笑)。そもそも、僕の歌はそこまでうまくないし、レンジも狭いから、録音した素材をトリートメントすることが前提なんだ。だから、マイクにそこまでこだわる必要はなくて、いろいろと試した中で今使っているUNI-PEX MD-56Tが、自分の歌い方と相性が良かった。なぜか分からないけど、僕の静かで気だるい歌い方に合っていたんだ。自分以外のボーカルを録る際やもっと声に明るさが欲しいときは、FLEA MICROPHONESのマイクを使うことが多い。
——「World Outside」や「A Barely Lit Path」で聴くことができるボコーダーボイスも、ご自身によるものですか?
OPN うん。その2曲だけ自分の歌をDigiTech STUDIO VOCALISTで加工している。逆に、「Krumville」は加工せずに自分の声をそのまま使っているんだ。
——歌の要素も驚きでしたが、随所で聴くことのできるオルタナティブロック風のギターサウンドも新鮮に映りました。
OPN 使用したのはOVATION Signature Elite 2078KK-5S、Peavey Electronics Peavey Predator Plus EXP BLKの2台。Signature Elite 2078KK-5Sは、Sherman Filterbank2でひずませている。Filterbank2は、フィルターのかかり具合がダイナミックで気に入っているんだ。ほかにもギターの音色を加工する際は、Soundtoys Devil-Locや、Aberrant DSPあたりのプラグインを使うことが多いね。Peavey Predator Plus EXP BLKは、ドローン/フィードバック音を生成する際に使っている。
——「World Outside」のドラムのリバーブなど、全体を通して空間処理が見事でしたが、エフェクトはどのようなものを?
OPN プラグインだとfabfilter Pro-R、LiquidSonics Seventh Heaven、Valhalla DSP Valhalla VintageVerb、Valhalla Supermassiveをよく使う。ハードウェアだと、ALESIS QUADRAVERBがお気に入りだ。
——それらのエフェクトも含め、各パラメーターのオートメーションが細かく編集されていると感じました。
OPN WaveIdea Bitstream 3XというMIDIコントローラーに各エフェクトのパラメーターをアサインして、リアルタイムで操作した。DAW上でマウスでオートメーションを書くこともあるけど、もっと自然な輪郭を持たせたかったんだよね。Bitstream 3Xは、これまではもっぱらライブで使用していた。8個のフェーダーに各4個ずつノブが付いていて、クロスフェーダーやXYパッドも搭載されている。こんなに機能が備わったMIDIコントローラーは、なかなか見たことがなくて、とても気に入っている。
——お使いのモニター機器を教えてください。
OPN モニタースピーカーは、HEDD Type-20 MK2でとても気に入っているんだけど、制作過程のものを他人に聴かれるのが恥ずかしくて結局ヘッドホンで作業することが多い。ヘッドホンは、今まではいろいろなものを使っていて、特にSennheiser HD 600を愛用していた。だけど、坂本龍一さんに生前最後に会ったとき、彼がSONYのヘッドホンをプレゼントしてくれたんだ。それを今作ではずっと使っていた。彼の存在を近くで感じたかったんだよね。彼は、僕が最も敬愛する作曲家で、今作はそんな彼に捧げた作品でもあるんだ。このヘッドホンは壊れるまでずっと大切に使い続けるつもりだよ。
AI技術の発展途上な部分を逆手に取る
——本作はさまざまな楽曲でAI技術が用いられていますね。例えば「Krumville」や「The Body Trail」では、ADOBE Enhanced Speechという、議事録やポッドキャスティングなどに有用な整音ツールが用いられています。
OPN Enhanced Speechは基本的に録音した話し声のクオリティを良くするものなんだけど、試しに声が入っていないサンプル素材に使ってみたら、AIが声っぽい部分を無理矢理見つけて強調したのさ(笑)。たぶんトランジェント成分などをもとに、勝手に人間の声だと判断したんだと思う。その結果得られる効果がなかなか面白かったんだよね。だから声には一切使っていない。
——「Locrian Midwest」では、テキストから音楽を自動生成するRifussionというAIが取り入れられていますね。
OPN Rifussionで作ったのは、曲の後半で出てくるループするフレーズだけなんだ。たまたま音の響きが面白かったから採用したけど、正直あまり使おうとは思わない。だって、自分の音楽は自分で書きたいからね(笑)。
——AI技術の新規性というよりは、発展途上な部分を逆手にとってうまく活用したということだったんですね。さて、今作を引っさげた来日ツアーが来年2月に開催されます。さまざまな要素が調和した今作をどのようにライブで表現するのか、どのようなセッティングにするかなど、もう構想は決まっていますか?
OPN 今ちょうど組んでいる最中で、具体的な部分がどうなるかはまだ決まっていないんだ。だけど、『Age Of』のツアーのときのようなバンド編成ではなく、ステージに僕一人しかいないスタイルにしようとは考えている。映像演出の面でも、これまでのライブでやってきたような、CGの映像をたくさん使うものとはまた違った手法を考えているよ。
ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー 来日公演情報
圧巻の最新ライブセットがここ日本で世界初披露!
スペシャルゲスト:ジム・オルーク + 石橋英子
【東京】2024年2月28日(水) EX THEATER ROPPONGI
【大阪】2024年2月29日(木) 梅田 CLUB QUATTRO
INFO:ビートインク
Release
『Again』
ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー
ビート
Musician:ダニエル・ロパティン(all、g、syn、prog、synth guitar、vo)、ジム・オルーク(p、kyma capybara)、ジェフ・ギテルマン(g)、リー・ラナルド(g)、シュシュ(vo)、NOMADアンサンブル(orchestra)、ロバート・エイムズ(orchestra arrange)、ネイサン・サロン(daxophone)、loveliescrushing(vo)
Producer:ダニエル・ロパティン
Engineer:ネイサン・サロン、ポール・コーリー、フランチェスコ・ドナデッロ、ランドール・ダン
Studio:プライベート