三浦大知『OVER』の先行配信曲の一つ「Pixelated World」。作詞作曲を担当したのは、三浦大知が2018年にリリースしたアルバム『球体』を手掛けた音楽家Nao’ymtだ。三浦大知へのインタビューの中で「Naoさんには最初から景色が見えていて、そこにもう音楽が鳴っているんですよ」という言葉があったが、これは一体どういうことなのか。Nao’ymt本人に、独自の音楽制作について語っていただいた。
楽曲の“物語”を重視するなら展開を大事にする
——三浦さんは「自分が今やるべき音楽をNaoさんに提示していただきたかった」とおっしゃっていました。
Nao’ymt 大知君からは“踊りたい”というリクエストだけだったんですが、その言葉を聞いてすぐに大知君が踊っている姿が目に浮かびました。そのイメージを元に、楽曲制作に取りかかりました。
——三浦さんのダンスパフォーマンスを想像しながら曲を作るということなのでしょうか?
Nao’ymt 私の場合“その人が出演している映画のシーン”のような映像が見えてきて、そこにはほんのり音楽も流れているんです。それに耳を傾け、曲のイメージを膨らませていくのが、いつもの制作プロセスです。
——興味深いですね。一般的に“踊りたい”と言われたら、踊れるようなビートを考えたりするものではないでしょうか。
Nao’ymt 大知君はどんな曲でもかっこよく踊っちゃうんですよ。なので今回は、ビートというより“大知君がこんな曲で歌って踊ったらわくわくするな”という気持ちを優先して作りました。
——Nao’ymtさんにとっての音楽制作は、頭に浮かんだイメージを再現していくということなのですね。
Nao’ymt そうですね。楽曲全体の60%は最初から見えていて、残りの40%がバシッと降りてくることもあれば、こちらから探しにいくこともあります。曲を作りはじめるときには、ビートもコードも、メロディも歌詞もなんとなく聴こえているので、それを忘れないよう急いでスケッチを作ります。
海底スタジオ
——「Pixelated World」は、展開が多くのポップスとは少し違うのが魅力だと思いました。意識されていますか?
Nao’ymt 映画って物語が進んでいくから同じシーンが流れることはあまりないですよね。私は音楽も同じように捉えているんです。“サビは1回でいいんじゃないか”と思うこともあります。もしサビが一番の聴かせどころなら最後まで引っ張って、そこに終結していくという構成もいいのではないかと。一方で、同じフレーズをリピートして口ずさむのも音楽の魅力だと思います。なので、物語を重視するなら曲の展開を大事にして、ビートを重視するなら、ループさせることを大事にします。
——特に2番から急展開しますよね。“えたいの知れない気配”の語尾のトレモロで不思議な世界に引き込まれるようです。
Nao’ymt BABY AUDIO.のTRANSITを使っています。その後のタンバリンは、実際に演奏したものを録音して倍速にしています。
——そして“Let Me Go〜”から一気にシリアスな空気になります。こういった展開ももともと頭の中にあったのでしょうか?
Nao’ymt “静かになる部分がここにある”というのは分かっていましたが、それをどう表現するかは決まっていませんでした。最初に出てきたのは“Let Me Go〜”の裏のピアノです。この部分のコーラスは、もともと頭から入っていたんですが、レコーディングのときに大知君と“最初は1人で、後半で人数が増えたほうがいいかも”という話になり、今の状態になりました。ちなみにコーラスパートは、レコーディングのときに大知君に“いろいろな人を作ってください”とお願いして録ったものなんです。
——コーラスは全部三浦さんの声なんですか!?
Nao’ymt そうなんです。“じゃあ、次はちょっと怒っているおじさんでお願いします”とか“次は鼻が詰まった人で”とかお願いしました。すごく楽しかったですね。あとはマイクに背を向けて歌ったり、遠くから大きい声で歌ってもらったりもして重ねていきました。実は自分の声も入れていて、こっそり共演しているんですよ(笑)。
——トラックをグリッチさせて終わるというのも刺激的ですね。
Nao’ymt これはiZotope stutter editで処理しています。アウトロの部分は、大知君が暗い森の中でたいまつを持って、誰かの手を引いて木々の間を駆け抜けている映像が見えて。最後は大知君が転ぶ、または崖からブロックノイズの谷に落ちていくような場面だったので、それをグリッチ音で表しているんです。
曲の世界に必要のない音は必ず外れて聴こえる
——「Pixelated World」のバースのビートからは、巨大な魔物が歩いているような描写が目に浮かびました。
Nao’ymt “足音感”みたいな音を探ったりするのが好きなんです。1拍目の音は、ガラスか何かが割れる音を加工してキックに合わせたものだと思います。何かが壊れる音をキックに合わせると面白い音になるので、この手法はよく使いますね。
——こういった絶妙な音色選びや、音の配置により生まれるグルーブで“どっしりとした足音感”が出るのではと思いました。
Nao’ymt 音色もタイミングも、その曲の世界にいちゃいけない子は、必ず外れて聴こえてくるんです。ピッチがずれていたら聴けば分かるのと同じように、そこには違和感が絶対にあって。それがもしかしたらちょっとしたタイミングのずれなのかもしれないし、そもそも選んだ音色が違うのかもしれない。そこを妥協せず追求するというのが自分にとって大事なことです。
——サンプルはプロジェクトに直接並べていくのですか?
Nao’ymt 昔はサンプラーで打ち込んでいましたが、最近はオーディオファイルをプロジェクトに貼り付けて、それを聴きながらナッジしてグルーブを作るほうが多いです。不思議とこのやり方でしか出せないグルーブがあるんですよ。
——サンプルはどこで探すのでしょうか?
Nao’ymt NAITIVE INSTRUMENTS MASCHINEのサウンドパッケージやspliceで探したり、自分が持っている謎の民族楽器を組み合わせて録音してみたり、机をたたいた音を加工したりすることもありますね。時間に余裕があるときは外に音を探しにいくこともあります。集めたサンプルはすべてフォルダーに入れてXLN AUDIO XOなどで管理していて、曲を作る時点ではそれが自分が作ったものなのか、どこかから入手したものなのかは分からないし、特に気にもしていないですね。自分で音を作ったりフィールドレコーディングをしたりするのは、ただただ楽しいからで、それを実際に使うかどうかはあまり重要視していません。大事なのは頭に鳴っている音を具現化できているかですから。
——ソフトシンセは何を使われているのですか?
Nao’ymt 今回ベースやパッドなどはほぼ実機のOberheim OB-6を使っていて、メインのリフはu-he REPRO-1にOB-6を重ねています。ちなみに音色は、曲の構成までをAbleton Liveで作った後に書き出して、Avid ProToolsで作り込んでいくんです。Liveは打ち込みがやりやすくて、生成AIやMax for Liveでいろいろ実験的なこともできます。Pro Toolsは音が好きで、オーディオのエディット作業がやりやすいですね。
——最後に、Nao’ymtさんが思う三浦さんの魅力とは?
Nao’ymt 大知君は、エンターテイナーでポップな存在ながら、自分が音楽を作っていて誰も気付かないと思っていたところまで理解してくれる奥深さがあるんですよ。例えば、歌詞の中にこっそり“実はこことここがつながっている”みたいなところを作ったとき、それを説明するのはナンセンスだからしないんですけど、大知君は気が付いてくれるんです。そして、それをさらにエンターテインメントにして多くの人に届けてくれる。どんなものを作っても大知君が昇華してくれるから、リミットなしで好きな音楽を作れています。本当に幸せなことです。
Nao'ymt
【Profile】1998年にR&BコーラスグループJINEを結成。2004年よりプロデュース業を本格的に始め、三浦大知、安室奈美恵、lecca、AIなど多数のアーティストを手掛ける。特に三浦大知の多くの楽曲を制作し、2018年7月にリリースされたアルバム『球体』では、コンセプトを含め、全17曲の作詞/作曲及びプロデュースを一手に担った。安室奈美恵に関しては、『Baby Don't Cry』『Get Myself Back』を含む28曲を制作し、小室哲哉以降で最も多くの楽曲を提供している。
Release
『OVER』
三浦大知
SONIC GROOVE:AVCD-98157 発売中
Musician:三浦大知(vo)、KREVA(rap)、Furui Riho(vo)、Nao'ymt(prog)、TOMOKO IDA(prog)、TSUGUMI(prog)、XANSEI(prog)、Seann Bowe(prog)、Adio Marchant(prog)、Grant Boutin(prog)、Will Jay(prog)、okaerio(prog、all)、Coleton Rubin(prog)、Nate Cyphert(prog)、Seiho(prog)、UTA(prog)
Producer:Nao'ymt、TOMOKO IDA、XANSEI、Grant Boutin、okaerio、U-Key zone、Seiho、UTA
Engineer:D.O.I.、Neeraj Khajanchi、松井敦史、Masato Kamata
Studio:Daimonion Recordings、NK SOUND TOKYO、他
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