宅見将典〜グラミー受賞までの道のりと『Sakura』の制作背景

宅見将典〜グラミー受賞までの道のりと『Sakura』の制作背景

和楽器とファットなベースのブレンド感がアメリカでは新鮮だったのかもしれません

2022年9月にリリースされたMasa Takumiのアルバム『Sakura (feat. Nadeem Majdalany)』(以下、『Sakura』)が、第65回グラミー賞で最優秀グローバル・ミュージック・アルバム賞を獲得。同作は、筝や三味線、バンブー・フルートといった和楽器や民族楽器と、肉厚なビートを掛け合わせた楽曲を多く収録している。このアルバムを手掛けたMasa Takumiこと宅見将典は、作編曲家としてトレイ・ソングス「Reflection」やDA PUMP「P.A.R.T.Y. ~ユニバース・フェスティバル~」、PKCZ®「T.O.K.Y.O.」などをプロデュースし、幅広く活動している。ここでは、そんな彼にグラミー受賞までの道のりや『Sakura』の制作背景などを伺った。

自分の音楽を追究しつつグラミー賞を目指した

まずは、グラミー受賞おめでとうございます!

宅見 ありがとうございます! 未だに信じられません。英語を勉強するところから始めた12年間、長かったけど、いざ夢が実現すると人って冷静になるんですね(笑)。

そもそも、宅見さんがグラミーを目指すきっかけはなんだったのでしょうか?

宅見 2011年に、知人からたまたま第53回グラミー賞授賞式の観覧チケットをいただいたので、ロサンゼルスに飛んだんです。当時31歳、洋楽は自分にとってどこか遠い世界のように感じていましたが、実際に会場で行われたリアーナやエミネム、ジャスティン・ビーバー、アッシャーといったアーティストたちのパフォーマンス、そしてそれらのサウンドにとても感動しました。とにかく音が良かったんです。大きな会場なのにクリアに聴こえ、音圧が大きいのに耳障りでなく会話もしやすい……とても不思議な空間でした。そして、会場を去るときに“自分もグラミーを受賞して、またここに戻ってこれるんだ”という根拠のない自信が湧いたんですよ。そのときはまだ英語も話せないのに(笑)。

グラミー賞候補者に配られるノミネート記念メダル。グラミー受賞トロフィはアメリカ本国から後日送られてくるそう

グラミー賞候補者に配られるノミネート記念メダル。グラミー受賞トロフィはアメリカ本国から後日送られてくるそう

当時、宅見さんはプロの作曲家として日本で活動されている中で、どのように英語を学ばれたのですか?

宅見 まずは英語のテキスト・ブックを購入したり、英会話教室に通ったりしたあと、2012年にはアメリカへ2カ月の短期留学をしました。現地では9時から16時まで英語学校で勉強し、それ以外は音楽の仕事をリモートでこなしていたんです。クラスには12歳くらいの子供たちがほとんどで、僕だけ大人でしたね(笑)。

宅見さんがアメリカに持ち込んだ機材は?

宅見 APPLE MacBook、ハード・ディスク、MIDIキーボード、ギターです。DAWはAPPLE Logic ProとAVID Pro Toolsで、今でもこれらを使用しています。2013年からは、ほぼ毎年短期留学を繰り返して、途中から現地の人たちとのコライト・セッションに参加できるようになったんです。

作曲家としてではなく、アーティスト“Masa Takumi”名義での活動はいつ、どのようにスタートしたのでしょうか?

宅見 2016年ごろ、アルバム『スターズ・フォーリング』で、デビューしました。それまでアメリカ人からは、“あなたはいろいろな音楽を作れるけど、結局あなたの音楽はどれなの?”という質問をよく受けていたので、いつか“自分の音楽はこれだ!”というものを作ろうと考えていたんです。そして“自分の音楽ってなんだろう”と思ったとき、ピアノが好きなこととインストゥルメンタルに情熱があることが分かりました。それから自分の音楽を追求しつつ、グラミー賞を目指そうと考えたんです。

ロサンゼルスに移住されたのは、いつごろですか?

宅見 2018年です。理由は『スターズ・フォーリング』がノミネートされず、とても悔しかったから。なので、次回作はロサンゼルスに移住して本格的に取り組もうと考えました。

ロサンゼルスのプライベート・スタジオでは、どのような機材を使われていましたか?

宅見 モニター・スピーカーはFOCAL Solo6 BeやShape 65、オーディオ・インターフェースはPRISM SOUND Lyra2、あとはマイクプリのNEVE 1073や、ギター・アンプ・プロファイラーのKEMPER Profiling Amplifier Rack、マイクはVIOLET The Flamingo Standardなどを使っていました。スタジオ・デスクは、OUTPUT Platformでしたね。2018年には、3rdアルバム『オン・ユア・サイド』を制作してエントリーしましたが、結局ノミネートには至りませんでした。

この作品はジャズ・ピアノのインストゥルメンタル・アルバムのような印象です。

宅見 最初に和楽器の音を取り入れたのは、4thアルバム『遺産』からなんです。アメリカに住んでいると自分が日本人だということを意識することが多くなり、次の作品にはぜひ日本やアジアの音を入れたいなと。そこで奏者の方たちを集めて作曲を始め、プロモーションやライブを行うなどして、しっかりと準備をしたのが2019年。そして2020年のグラミー賞にエントリーし、結果はまたしてもだめでした。自分たちの作品を粉々にされたような気分で、とてもショックだったことを覚えています。ビザの期限は3年。2021年初めに切れるため、そのタイミングで帰国しようと考えていたのですが、2020年春に突然訪れたコロナ禍で、予定より半年も早く帰国することになったんです。

宅見将典のプライベート・スタジオ。モニター・スピーカーはGENELEC 8341A(写真外側)とKRK RP5G4(同内側)を設置。デスク中央にはMIDIキーボードのM-AUDIO Axiom 61や、フィジカル・コントローラーのPRESONUS Faderportを配置する。デスクの右端にはヘッドフォンのFOCAL Clear MG Proの姿も見える

宅見将典のプライベート・スタジオ。モニター・スピーカーはGENELEC 8341A(写真外側)とKRK RP5G4(同内側)を設置。デスク中央にはMIDIキーボードのM-AUDIO Axiom 61や、フィジカル・コントローラーのPRESONUS Faderportを配置する。デスクの右端にはヘッドフォンのFOCAL Clear MG Proの姿も見える

上からコンプレッサー/リミッターのMANLEY Stereo Variable Mu Limiter Compressor、マイクプリのNEVE 1073×2、オーディオ・インターフェースのPRISM SOUND Titan

上からコンプレッサー/リミッターのMANLEY Stereo Variable Mu Limiter Compressor、マイクプリのNEVE 1073×2、オーディオ・インターフェースのPRISM SOUND Titan

ラックにはギター・アンプ・プロファイラーのKEMPER Profiling Amplifier RackやDIのMANLEY Tube Direct Interface、モニター・コントローラーのGRACE DESIGN M905などが格納されている

ラックにはギター・アンプ・プロファイラーのKEMPER Profiling Amplifier RackやDIのMANLEY Tube Direct Interface、モニター・コントローラーのGRACE DESIGN M905などが格納されている

曲の冒頭にフックを作ることが大切

『Sakura』の制作は、いつごろから取りかかったのですか?

宅見 2022年の6月に作りはじめ、約3カ月後の9月1日にリリースしました。2020年に帰国した後、もう制作するエネルギーが尽きていたため、2021年は作品すら作らなかったんです。そしたら、その年は知人がノミネートされていてびっくり。そのとき、あきらめかけていたグラミー賞がまた少しだけ身近に感じられた瞬間でした。

同作は、より和楽器色が強くなっているように感じます。

宅見 そうですね。また“平和な気持ちになれるように”という願いを込め、音楽性をより落ち着いた内容にしました。すると2022年11月、なんとノミネートされたんです! もうそれだけでうれしくて、正直それ以上のことは考えていませんでした。そして、2023年の第65回グラミー授賞式に参加したところ、会場で自分の名前が呼ばれたんです。そこからは記憶が断片的にしか残っていません(笑)。

ということは、『Sakura』は日本で制作されたのですね。

宅見 はい。基本的には、このスタジオで作編曲から録音、ミックスを行いました。バンブー・フルートはリモートで録音し、筝や三味線、ギター、ピアノなどはここで録っています。ミックスは小寺(秀樹)さんに来てもらいました。

『Sakura (feat. Nadeem Majdalany)』で使用されたSEIONの三味線

『Sakura (feat. Nadeem Majdalany)』で使用されたSEIONの三味線

アップライト・ピアノのYAMAHA U3M

アップライト・ピアノのYAMAHA U3M

SHURE Beta 91A×2。ピアノや筝などの音を収録するときに使用するバウンダリー・マイクだという

SHURE Beta 91A×2。ピアノや筝などの音を収録するときに使用するバウンダリー・マイクだという

クレジットを見ると、プロデューサーにロニー・パークと記載がありますが、これについてはいかがでしょうか?

宅見 彼には、作品全体におけるアドバイザー的な立ち位置で協力していただきました。ロニーは、過去にニュー・エイジ部門でグラミーを受賞している経験があるんです。ニューヨークにいる彼と電話やメールでやり取りをして、さまざまなアドバイスをもらいました。

具体的には、どのようなアドバイスがありましたか?

宅見 “最初の10秒が重要だ”ということです。つまり、曲の冒頭にフック(引っかかり)を作ることが大切だと。特に今作ではバンブー・フルートを多用しているため、フィーチャリングした楽器を早めに出すようにアドバイスされました。リスナーの注意を引くような曲構成にすることが重要であるということも言われましたね。そのほかには、アップ・テンポな曲も加えるとよいという話もありました。

全体的にローエンドの効いたサウンドになっていますね。

宅見 アメリカは今ヒップホップ時代なので、やはり作編曲やミックス面でもローエンドに注力しています。音像の重心を下に置くように心掛けました。ドラムには自分でたたいた生ドラムのサンプルを使用し、筝や三味線、ギター、ピアノ、パーカッションなどは自分で演奏しています。これらの録音には、MANLEY Stereo Variable Mu Limiter CompressorやNEVE 1073を多用しました。生楽器以外はLogicで構築し、データに書き出してPro Toolsに流し込んでいます。

ベースの音源は何ですか?

宅見 主にソフト音源を用いていて、LOOPMASTERS PLUGINS Bass MasterやREFX Nexus 4、SPECTRASONICS Trilian、ARTURIA V Collectionに収録されたMOOG系のものなどです。和楽器は周波数帯域が中高域にあるものばかりなので、これらとファットなベースのブレンド感がアメリカでは新鮮だったのかもしれません。

音圧も大きいですが、マスターの処理はどのように?

宅見 基本的には小寺さんに任せていますが、マスター段では一度SOLID STATE LOGIC Fusionに入れています。やはりアナログの質感が出せますし、音に活気が生まれますね。Fusionはアメリカのスタジオでも導入しているところが多いです。これ以降はプラグインで処理していて、IZOTOPE Ozone、FABFILTER Pro-MB、Pro-L2、SOLID STATE LOGIC SSL Native Bus Compressor 2、PLUGIN ALLIANCE Brainworx BX_Digital V3などが挿さっています。

今回、宅見さんがグラミーを受賞されたことで、日本の音楽家の方たちも刺激を受けていると思います。

宅見 グラミー賞はアメリカのものなので、日本人が目指す場合はハードルが高いことを身をもって実感しました。今回の経験を生かして、今後はグラミー賞を目指す日本人の若い世代をサポートしていきたいなと考えています。

Release

『Sakura(feat. Nadeem Majdalany)』
Masa Takumi
(フジパシフィック)MLCD-1150

Musician:Masa Takumi(p、g、koto、shamisen、erhu)、ロン・コーブ(bamboo flute、shinobue)、ナディーム・マジャダラニー(ngoni、perc)、ノシャー・モディ(g)、マシュー・シェル(g)、デール・エドワード・チャン(perc)、丸田美紀(Koto)
Producer:ロニー・パーク、Masa Takumi
Engineer:小寺秀樹、畑亮次
Studio:プライベート、他

関連記事