繰り返し湧き上がってくるアイディアこそが記録する価値のあるものなの
南ロンドンを拠点とし、FKAツイッグス『Magdalene』ワールド・ツアーのバンドにも参加したアーティスト、ルシンダ・チュアが4ADから1stアルバム『YIAN』をリリース。ソング・ライティングから、ボーカル、ピアノ、チェロなどの演奏、さらにはエンジニアリングまで自身で手掛けており、温かなアンビエントと透明感のある歌声が見事に調和した作品だ。今回、彼女が来日した際にインタビューを実施。その世界観がどのように作られているのか、ご覧いただきたい。
チェロでペダル・ボードとコラボレーション
——音楽活動はいつから始めたのでしょうか?
チュア 3歳のときに音楽レッスンを受けはじめて、スズキ・メソードでピアノを学び、チェロを学んでいたのは10歳から18歳まで。その頃には既に音楽の基礎ができていたので、テクニックを磨くことに専念できたの。
——なぜチェロを選んだのですか?
チュア ほかの弦楽器と形や大きさが異なっていたから。低音も気に入っていたし、あまり女性らしくない楽器だというのも興味深かったので。
——作曲の際はピアノとチェロのどちらを?
チュア 両方使うけど、主にはピアノかな。
——曲を自作して歌うチェロ奏者という共通点から、真っ先にアーサー・ラッセルが思い浮かびました。彼に影響を受けている部分はありますか?
チュア 彼の人生をつづった映画『ワイルド コンビネーション:アーサー・ラッセルの肖像』がDVD化された2018年に、Boiler Roomに招かれてトリビュート・コンサートに参加したの。それまで彼のアップビートな作品にはなじみがあったけれど、アンビエント・チェロ・アルバム『World Of Echo』は聴いたことがなくて。そのコンサートで何を演奏しようかと考えていたときに、彼がエフェクト・ペダルを使ってパフォーマンスしている様子をYouTubeでたくさん見たし、彼が立ってパフォーマンスしていたのもとても気に入ってね。それでコンサートでは、エフェクト・ペダルを使ってチェロを演奏したの。
——そのコンサートはYouTubeで今も見られますね。
チュア セットの初めと終わりをどんなものにするかは決めていたけれど、中盤は完全に即興で。それがすごく爽快でスリリングで、ペダル・ボードとコラボレーションしている気分だったし、立って演奏するのもアナーキーな感じで、とてもエキサイティングだった。
——ペダルを使ったのはそのときが初めて?
チュア それ以前にも使ったことはあって。初めて手に入れたのはルーパーで、一人でハーモニーを重ねたりしていた。その後、FKAツイッグスのライブで一緒にプレイしたときに初めて、チェロのサウンド自体をディレイなどで加工してみたの。彼女の初期のアルバム曲の中には、チェロがそのままに聴こえ過ぎてしまうものがあって。彼女の世界はずっとエレクトロニックだったのに、もろにチェロみたいな音は硬すぎて合わなかったから。
——具体的な機材名を伺えますか?
チュア ディレイはBOSS DD-7、ルーパーはELECTRO-HARMONIXの2880や45000といった、マルチトラック・ルーパーを使ってる。どちらも4系統のチャンネルがあり、私一人でオーケストラを作って音量調節もできるの。
——曲だけでなく歌詞もご自身によるものです。
チュア 幸運に恵まれれば、全てが同時にできることもあった。「An Ocean」はコードも、全てではないけれど歌詞も、トップ・ラインは同時にできた。「Golden」もそう。時にはコード進行を作ってから、それに合わせて歌詞とメロディを即興で付けることもあったかな。
——作曲は譜面で行っているのでしょうか?
チュア 今作では、できる限り譜面に書いたりしないように心がけていて。これまでは夜遅くに起きてアイディアが湧くと、ボイス・メモに録音しておいたり、絶えず歌詞を書き留めようとしていたけど、『YIAN』における私の考え方は、どんな段階でもできる限り記録しておかないようにすることだった。体の中で曲が完成した時点で初めて、ABLETON Liveへのレコーディングや作詞など、何らかの形にしたの。レコーディング前に自然と発生したプロセスだったのでとても楽しかった。あらゆるディティールを書き留めたり憶えたりするより、繰り返し湧き上がってくるアイディアこそが、記録する価値のあるものなの。
唯一のルールはドラムを入れないこと
——レコーディングを行ったスタジオはどういった環境なのでしょうか?
チュア とても静かだった。見ている人が誰もいない中、全て一人で作業したからね(笑)。まずは、自宅でデモをレコーディングするところから始めていて、それからデモをロンドンの4AD StudioとSpitfire Studioの両方に持って行き、ピアノやチェロなどをレコーディングした。4ADには素晴らしいミキサーがあり、さまざまなアウトボードにも通している。けれど何よりも、プライベートな空間があったことが良かったかな。私がやっていたことを誰にも邪魔されず、聴かれず、意見されず、判断されなかったおかげで、自由かつ実験的に取り組めた。
——機材とともに空間も大事だったのですね。
チュア あと付け加えたいのは、各曲のLiveプロジェクトには、最初に30秒間の無音がある。それは、私がコントロール・ルームに行って録音ボタンを押していたから(笑)。ボタンを押して、ボーカル・ブースに走って行き、チェロを持って、ヘッドフォンを着けて録音していたの。それが一人でやっていたことのマイナスな面だった。
——一人で全てできるということは、エンジニアリングも学んでいたのですか?
チュア 単純に一人でやってみただけ。おかげで自分にしか出せない音を見つけることができたの。もしも学校に行ってエンジニアリングや音楽制作を勉強していたら、きっとチェロやピアノの正しいマイキングの仕方を学んでいたと思う。でもビギナーの私は試行錯誤しながら学んでいったので、自分の耳とミュージシャンとしての技量を信用した。表現したいことも分かっていたしね。
——温かみがあるサウンドが本当に素晴らしいです。
チュア きちんと訓練された人だったら、このアルバムにはエンジニアリングやプロダクションでミスがあると指摘する箇所があるかもしれない。でも、私にとってそれがアイデンティティの一部。それこそがこのアルバムをほかと違うものに、エキサイティングなものにしていると思う。
——マイクなどの機材は何を?
チュア ボーカルとチェロのレコーディングに使ったのは、RØDEのコンデンサー・マイク。とても広がりがあって、あまりブライトになりすぎないサウンドを収録できた。ピアノは、SCHOEPSのステレオ・コンデンサー・マイクのペア。レコーディングした音を真空管アンプに通すなど、リアンプもかなり行っていて。そのほか、ディレイなどのエフェクト・ペダルに通したものをLiveセッションに戻し、レコーディングしたそのままを正確に捉えたサウンドと、Live上で加工した抽象的なサウンドをオートメーションで巧妙に切り替える、といった手法も加えているの。
——Liveで加工する際に、よく使用したプラグイン・エフェクトはありますか?
チュア 今作で使ったソフトは全てLive付属のエフェクトね。肝心なのはそれらをどう使うか。例えば、私が作った4種類のストリングス・アンサンブルは、実写的でまるで自分が部屋にいて囲まれている感じのものもあれば、幽玄な大聖堂のリバーブのようなもの、海で水平線を眺めているような音響空間のものもある。私はリスナーをさまざまな空間に誘っているけど、それを生み出すために特別なプラグインは必要ない。単に私がリスナーを誘いたい旅を選んで、その物語を伝えるためのアレンジをいかに構築するか、そして空間と奥行きを活用して物語の背後にある感情をいかに強調させるかを意識すればよかったから。
——作品全体を通して気になったのが、ドラムやリズム・マシンといったビートが入っていないことです。何か意図があったのでしょうか?
チュア 『YIAN』を作るにあたって唯一のルールが、ドラムを入れないことだった。時代を超越したアルバムを作りたかったから。聴いていると時間の感覚を失ってしまうのと同時に、独自の流れを持つ時間に入っていくという意味においてね。それに、ドラム・サウンドが音楽の時代を特定してしまうのもよくあることで。ドラム・サウンドには癖がたくさんあるので、特定のビートを使うとジャンル分けされてしまう。私の音楽はさまざまなジャンルが交差している地点にあるので、ドラムを入れないことでカテゴリー分けされずにすごく自由になった気がしたの。
——最後に、これからはどのような活動、制作を行っていく予定でしょうか?
チュア 私自身のエフェクト・ペダルをデザインしてみたいかな。ツアーのときにとても大きなフライト・ケースを持って行くけれど、ペダルを入れているケースがとても重たくて。今後のアルバム制作のためにも私のオリジナル・ペダルがデザインできればステキだし、とてもいい作曲のパートナーになってくれるかもしれない。私を別の方向に導いてくれるんじゃないかとも思うの。だから、読者の方で私とコラボレーションしたい人がいたらぜひ!(笑)
Release
『YIAN』
ルシンダ・チュア
ビート:4AD0538CDJP
Musician:ルシンダ・チュア(vo、vc、p、k、syn)、フラン・ロボ(vo)、ローラ・グローヴス(vo)、ブダペスト・オーケストラ(Orchestra)、アレックス・リーヴ(g)、キン・レオン(org)、ナット・チミエル(vo)
Producer:ルシンダ・チュア
Engineer:ルシンダ・チュア
Studio:4AD、Spitfire、プライベート