君島大空 インタビュー 〜2ndアルバム『no public sounds』のプロダクションを語る

君島大空 インタビュー 〜2ndアルバム『no public sounds』のプロダクションを語る

できるだけ鮮度や勢いの落ちないうちに形にすることが一番大きなコンセプト

中村佳穂、adieu(上白石萌歌) 、UAなど名だたる音楽家の制作やライブに参加してきたソングライター/ギタリストの君島大空。2019年のEP『午後の反射光』を皮切りに本格的にソロ活動を開始し、今年1月に1stアルバム『映帶する煙』を発表。その後わずか8カ月で2ndアルバム『no public sounds』をリリースした。複雑なサウンド・プロダクションと独自のポップ・センスを兼ね備えつつ、従来にも増してフレッシュな印象の本作について、E-Mailインタビューを行った。

歌が固まったら固定グリッドを解除する

——『no public sounds』を聴いて、“今、フランク・ザッパが若手アーティストとして生きていたら、こういう音楽をやっていたかもしれない”と感じました。

君島 前作は、時勢を問わずいつでも聴けるものを作ろうという気持ちで作りました。ですが、その中で自動的に封印してしまったものも多くあって。今作は、そういった前作でできなかったことや、藤本ひかり(b)と角崎夏彦(ds)を迎えた新しいトリオでの所感、西田修大とのデュオである鏡鏡鏡鏡の制作で得たアイディアなどを、できるだけ鮮度や勢いの落ちない内に形にすることが一番大きなコンセプトでした。内容としても僕のできることを前作よりも分かりやすく、幅を持たせて見せることを心がけました。

——プライベート・スタジオでの使用機材を教えてください。

君島 メイン・マシンはAPPLE MacBook Pro、DAWはSTEINBERG Cubase、オーディオ・インターフェースはRME Babyface Pro FS、モニター・スピーカーはFOCAL Shape 50です。Shape 50は小音量でも定位が奇麗に聴こえて、部屋のどこで聴いてもあまり音の印象が変わらないという点が好きです。ヘッドフォンとイアフォンはSENNHEISERのものを中心に3~4種類くらい使っていて。もともとヘッドフォンやイアフォンで作業するのが好きなので、気分転換できるように常に数種類そろえています。

自宅録音に使用する機材

自宅録音に使用する機材。ラック上段から、DAN ALEXANDER AUDIOによるNEVE 1272のリビルド、BLACK LION AUDIO Bluey、AEG MIC LABのNEUMANN U 47モデリングのチューブ・アンプの電源、TASCAM AV-P25RMKIII、BEHRINGER ADA8200。ラックの上にはSEQUENTIAL Prophet-6 Moduleの姿が見える

——普段、歌はどのような方法で作っていますか?

君島 一番多いのは、ギターを弾きながら即興で歌ったものをボイス・メモで録音し、それを無理矢理形にして肉付けしてエディットしていくという方法です。曲で伝えたいことが音色やビートに比重がある場合は、ある程度トラックを作ってからメロディは最後に固めていきます。

——「諦観」を聴いて、歌とオケのリズムが強く結びついている部分が興味深いと感じました。歌とオケのどちらを先に作ったのでしょうか?

君島 「諦観」や「映画」はオケ先行で作りました。ドラムやビートを打ち込みにする理由は、歌がフィックスした後にコントロールできて便利だからです。それはほかの音も同様で、歌がある程度固まったらプロジェクトの固定グリッドを解除し、トラックのすべての構成要素をなるべく歌に寄せていきます。例えば、生っぽいドラムの打ち込みがある楽曲であれば、ブレスのタイミングに合わせてハイハットのオープン/クローズを合わせたり、歌が走っている小節の頭だけキックとベースをグリッドより前に出したり、グリッドにとらわれず感覚的に収まりのいい部分を探ります。うまくいくと打ち込みでもバンドで一発録りをしたような一体感を出すことができるので、それを目指して歌とオケの間をできるだけ詰めるようにしています。

——ドラムの打ち込みには何を使用していますか?

君島 NATIVE INSTRUMENTS Battery 4とTOONTRACK Superior Drummer 3を使っています。前者は非現実的なビートを組む際に、後者は生ドラムの質感やアンビエンスが欲しいときに使います。Battery 4はEP『午後の反射光』からずっと使用していて、体の一部というくらい使い込んでいるサンプラーです。Superior Drummer 3は、音源内でかなり細かく設定ができる点と、ブリード(かぶり)の具合がとてもリアルで気に入っています。

——「諦観」については、1分40秒以降に調性があいまいに聴こえるところがあって興味深いです。

君島 あの部分は、かなり昔に適当に録ったアコギをオーバーダブして、その素材をARTURIA Pigmentsに流し込んで無闇に弾いて作りました。

「諦観」で使用されたプラグインの一部

「諦観」で使用されたプラグインの一部。左から、『午後の反射光』からずっと使用しているというNATIVE INSTRUMENTS Battery 4、昔録ったアコギをオーバーダブして作った素材を流し込んで使用したというARTURIA Pigments、前作『映帶する煙』から使用頻度の増えたNUGEN AUDIO Stereoizer

“ステレオへの喜び”が感じられる曲が好き

——「c r a z y」には、角崎夏彦さんがドラマーとして参加していますが、序盤のドラム・サウンドはかなりエフェクティブですね。

君島 その部分(A~Bメロ)は、自分で打ち込んだビートをSOUNDTOYS DecapitatorでひずませてFABFILTER Pro-Gでゲートをきつめにかけています。自分で打ち込んだデジタルな処理のビートと、スタジオで録ったなっつー(角崎)の生のドラムの対比を描けたらいいなと思い作った曲です。

——ステレオ感も特徴的ですが、どのような方法で作りましたか?

君島 NUGEN AUDIO StereoizerでWIDTHの設定を150%くらいにして全体を目一杯広げています。直感的に操作できるので前作から使用頻度が上がっています。そのほか、位相をいじる際にはWAVES PS22やVALHALLA DSP Valhalla Space Modulatorも使います。バイノーラル系だとNOVONOTES 3DXで、センドのリバーブ・トラックに挿してアンビエンスの定位をいじったりするときによく使用します。

「c r a z y」で使用されたプラグインの一部

「c r a z y」で使用されたプラグインの一部。左からIZOTOPE のディストーション・プラグインTrash 2、オーストラリアのギタリストであるプリニのシグネイチャー・モデルであるNEURAL DSP Archetype: Plini、打ち込みドラムをひずませるために使用したSOUNDTOYS Decapitator

——ドラムのステレオ感と言えば「沈む体は空へ溢れて」中盤の音作りも印象深いです。個々のパーツを左右に大きく振って配置していますよね。

君島 2番のAメロは歌を聴かせたい箇所だったので、センターを譲るようにドラムのパンを振りました。また、ドラムの定位が固定されている必要はないという思いもありました。

——アルバムを通して“ステレオならではの聴こえ方”に意識的な音作りが散見されます。

君島 アントニオ・カルロス・ジョビンの「波」やバート・バカラックの「リーチ・アウト」といった、“ステレオへの喜び”が感じられる曲がとても好きで。それこそ歌のためにセンターを大きく譲ったり、楽器のパンを大きく振って派手に聴かせたり、ステレオを存分に活用していると感じるんです。モノラルからステレオへ移行していく時代に多く見られる手法だと思うのですが、現代の日本の歌のある音楽ではあまり見られないと思い、新鮮な手法だと思って採用しています。また、音数として情報量が多い曲と、音数は少ないが一つ一つの音の持つ情報量が多い曲を自分なりに精査して処理をしたことは、今作に限らず自分の作品においてアレンジにもミックスにもつながっている大きな要素だと思います。

——ドラム以外のエフェクトにも、効果的に聴こえるものが多いと思いました。例えば「˖嵐₊˚ˑ༄」のボーカル・エフェクトはどのように?

君島 BOSS VE-20というペダル型のボーカル・エフェクターでピッチ補正をしています。楽曲のキーにもよりますが、VE-20のピッチ補正は息に反応しないので、息の多い自分の発声に合っているなと思って近年多用しています。

君島のエフェクター・ボード

君島のエフェクター・ボード。❶TOKAI TDL-1 ❷BOSS AC-2 Acoustic Simulator  ❸WALRUS AUDIO Descent Reverb/Octave Machine  ❹BOSS PH-2 Super Phaser  ❺POLTAVA Fuzz Wah  ❻FAIRFIELD CIRCUITRY Randy's Revenge  ❼YOUSAYSOUNDSによるZ.VEX Machineのコピーの試作機  ❽FAIRFIELD CIRCUITRY The Unpleasant Surprise  ❾TC ELECTRONIC Polytune 3 Noir  ❿YOUSAYSOUNDS Plexi Box  ⓫DEVI EVER FX Torn’s Peaker  ⓬YOUSAYSOUNDS NSD  ⓭STRYMON Bigsky Midnight Edition  ⓮RED PANDA Tensor  ⓯BOSS FV-30L  ⓰Z.VEX Fuzz Factory ⓱STOMP UNDER FOOT Ram’s Head  ⓲DOD Envelope Filter FX25

Prophet-6 Module、Mellotronを多用

——各曲でのシンセの音作りも印象的でした。例えば「諦観」の1分前後に登場するコード、「˖嵐₊˚ˑ༄」のハーフ・テンポの部分に出てくるベースなどには、何のシンセを使っていますか?

君島 「諦観」のコードを弾いているシンセはARTURIA Pigments、「˖嵐₊˚ˑ༄」のハーフ・テンポの部分のベースはXFER RECORDS Serumで作ったもので、どちらも内蔵のエフェクトでひずませています。シンセなどのソフト音源やライン録音の“空気に触れていない”素材をひずませるときは、ソフトウェア上でアンプ・シミュレーターやディストーション、サチュレーターなどをかけることが多く、マイクで録ったドラムやピアノは、プリアンプとギターのペダルを通すことが多いです。

——ほかに、お気に入りで特によく使っているシンセがあれば、その理由も含めて教えてください。

君島 ソフト音源だとLENNARDIGITAL Sylenth1は、出音にツヤがあり生々しくて、特にFX系でよく使います。U-HE Zebra2はシネマティックでとても品が良く、かつほかの音と混ぜやすいので和音の補強などに重宝しています。実機だとSEQUENTIAL Prophet-6 Module、MELLOTRON Mellotronを今作では多用しています。Prophet-6 Moduleは「映画」のサビのノイズ・パーカッションや、「16:28」では和音の補強でパッドとして使用しました。重心が低く、目立たず厚みが出るので好きです。Mellotronはほぼ全曲で使用しています。

——音楽が曲単位で聴かれることの多い昨今、アルバムで表現できることとは何だと思いますか?

君島 アルバムという音源の形でしか成り立たない美しさや汚さというものがあると思っているので、それが再認知/再評価される時代になっていくことを願っています。そして、私は歌を歌いますが、ギタリストとしての矜持(きょうじ)もあるので、ぜひライブへ足を運んでいただけたら幸いです。

Release

『no public sounds』
君島大空
APOLLO SOUNDS

Musician:君島大空(g、vo、cho、syn、prog)、角崎夏彦(ds)、藤本ひかり(b)、石若駿(ds)、Yumeki Hoshiyama(Glitch Drums)、Shiho Ishikawa/幽体コミュニケーションズ(Ghost Voice)
Producer:君島大空
Enginner:君島大空
Studio:世田谷アールイーシースタジオ、プライベート

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