“それぞれが尖ったままどうやって一つの統一された作品を作れるのか 『&疾走』において、そのバランスを実現できたと思います”
“ぼくのりりっくのぼうよみ”名義で活躍し、現在は楽曲制作/提供をメインに活動するシンガー・ソングライターのたなか(写真左)、ボカロPとして活動した経歴を持つ音楽クリエイターのササノマリイ(同中央左)、そしてYouTubeチャンネルの登録者数240万人超えを誇り、マシン・ガン・ケリーやカーディ・Bなどの楽曲に携わる世界的ギタリストのIchika Nito(同中央右)が結成したバンド=Dios。そんな彼らが9月6日に2ndアルバム『&疾走』を発売した。同作はダイナミックなボーカルや、タッピングを駆使したギター・リフ、細かいギミックやエフェクト処理が特徴的なバンド・サウンドとなっている。今回はボーカル録りを行った青葉台スタジオにて3人にインタビュー。アルバムの半数近くの楽曲アレンジなどを手掛けた音楽プロデューサー/DJのTAKU INOUE(同右)にも同席いただき、音作りの秘密に迫った。
リズムの軸やパンチ感を強化することで、たなかの歌がより生きるようになった
——最新作『&疾走』の完成、おめでとうございます! 前作『CASTEL』から約1年ぶりのリリースになりますね。
たなか “アルバムにしようぜ”ってなったのは割と今年1月くらいでした。ただ曲自体は、前作『CASTEL』の前に作っていたデモをブラッシュアップしたものもあります。それから合宿もやって追加で曲を作って……。
Ichika Nito 2日間の合宿では、ワンコーラス分の曲を7〜8曲くらい作りました。ここで生まれた曲たちに関しては、ある程度自分らで形にしたらTAKU(INOUE)さんに送り、さらにブラッシュアップしてもらうという流れでしたね。
——今作では、収録された10曲のうち4曲にTAKU INOUEさんが関わっていますが、この理由は?
ササノマリイ 自分たちだけだと、どうしてもカバーできないアレンジの部分だったり、サウンドの要素があるので、その部分をTAKUさんに助けていただいたという感じです。
——具体的には、どういったところになるのでしょうか。
ササノマリイ 基本的にはドラムとベース……リズム隊のところです。僕が作るとどうしても良くも悪くもまとまりすぎるというか、パンチ感が弱い気がしていて。
Ichika 前作までのDiosのビートって結構なだらかな感じになっていて、それがササノマリイの長所であり個性でもあるんです。一方、たなかの歌って結構グルービーなんですよ。そのグルーブを生かそうと思うと、キックとスネアといったリズムの軸やパンチ感みたいなものが必要になってくるんです。それで「ラブレス」っていう曲で、初めてTAKUさんにビート周りを手伝っていただくことになったんですよ。
TAKU INOUE 全体的にキックやスネア、ベースといったビート周りの音色を変え、押し出し感を強くしたり、ローエンドを強化したりといった作業を行っています。
Ichika そうすることで、たなかの歌がより生きるようになったんですよ。なので、TAKUさんのサウンドが自分たちに必要だなと思って、ほかの曲もお願いしました。
——確かに前作と比べ、今作はよりビート感がありますし、ダンス・チューン寄りのトラックも増えたように思います。
Ichika 僕らの個性が生きるサウンドっていうのを模索した結果、そうなっていったんです。
Ichika Nitoのギター・リフをサンプル素材として使うような感覚
——今作におけるDiosの皆さんの役割と、楽曲の制作プロセスをあらためて確認したいです。
Ichika まず僕が変なギター・リフを作ります(笑)。ピアノ・ソロみたいな感じの短音のギター・リフ。たまに簡単なコードを付けたデモを作るときもあります。
ササノマリイ それを元に僕がトラックを構築します。Ichikaのギターをサンプル素材として使うような感覚です。そのまま使うこともあれば、チョップしたり組み替えたりしながら。
たなか そうしてササノマリイから送られてきたトラックに、自分が歌詞とメロディを付けていくんです。たまにIchikaがいなくて、ササノマリイからトラックだけが送られてくるときもあります。
——Ichikaさんのギターがサンプル素材なんて豪華ですね。
Ichika ササノマリイの思うままにいじってもらいます。僕は“ササノマリイ専用Splice”って感じで。
ササノマリイ 定額サービスですか?
Ichika 無料です(笑)。
——Ichikaさんはギタリストだけでなく、音楽プロデューサーとしての肩書きもお持ちですが、ギター・リフを作る際は簡単なビートを付けたりしないのですか?
Ichika しませんね。というのはビートを付けてササノマリイに渡しちゃうと、彼がそれに引っ張られちゃって“このままで行こう”ってなるからです。
ササノマリイ だってIchikaのビート、カッコいいもん(笑)。
——Diosの制作プロセスとしては、たなかさんのところまで来たら完結するという流れでしょうか。
たなか いや、もう一回Ichikaやササノマリイに戻して細かいところをブラッシュアップしていく感じです。
ササノマリイ たなかがフル尺のデモ・トラックに歌詞とメロディを付けている間、僕とIchikaの間でさらにリフや音色を変えたり、フィルインを足したりといったことをしています。
APOGEE Jam XとPRISM SOUND Titanを曲やフレーズによって使い分ける
——こういったプロセスは、すべてオンライン上でのやりとりですか? またはスタジオで?
たなか コミュニケーション的なものは全部オンラインです。スタジオに入ることはないですね。
Ichika 僕が1カ月くらい海外に行くことがあるので、オンライン上でのデータやりとりが基本です。
——ということは、それぞれのプライベート環境で音楽制作を進めているということですね。では、今作で使用した制作ツールを簡単に教えてください。
たなか マイクはANTELOPE AUDIO Edge Soloで、いろいろなマイクをモデリングできるタイプです。オーディオ・インターフェースはANTELOPE AUDIO Discrete 8 Synergy Core。ラック・タイプがいいなあと思ってこれにしました。最初はアウトボードをたくさんそろえる予定でしたが1台目で飽きてしまいましたね(笑)。DAWはSTEINBERG Cubaseで、モニター・ヘッドフォンはAUDIO-TECHNICA ATHW1000Zです。基本的にはデモ用のボーカルを録るためだけに機材をそろえています。
——今作のボーカルは青葉台スタジオで録られたそうですね。
たなか 青葉台スタジオでは、SONY C-800Gがメインだったと思います。マイクは曲ごとにエンジニアさんの判断で選んでもらいました。
——Ichikaさんの音楽制作ツールは何ですか?
Ichika 僕はAPPLE MacBook ProにCubaseをインストールしています。モニター・ヘッドフォンはSONY WH-1000XM5で、オーディオ・インターフェースはAPOGEE Jam X。Jam Xはコンパクトなので持ち運びがとても楽。そして、僕はこのJam Xの音がめっちゃ好きなんです。
——具体的に教えてください。
Ichika 僕はもともとLINE6 Helixというマルチエフェクター/アンプ・シミュレーターをオーディオ・インターフェースとして使っていて、その後PRISM SOUND Titanに乗り換えました。それはそれでハイファイで素晴らしいサウンドだったのですが、若干違った方向性を持つサウンドも欲しくなったんです。そこでいろいろ試した結果たどり着いたのが、Jam Xでした。Jam Xはギターやベースなどに特化したオーディオ・インターフェースなので、音声信号を通すだけでギターらしい音になる印象です。つまり、後段でのEQ/コンプなどといった細かいエフェクト処理の手間が簡単になるんですよ。最近はJam XとTitanを、曲やフレーズによって使い分けています。
スタンドアローンで動作するABLETON Pushが画期的だったので即購入
——ササノマリイさんは2021年のサンレコ11月号に登場された際、プライベート・スタジオ環境についても教えていただきましたが、あれから変化はありましたか?
ササノマリイ 引っ越したこともあり、いろいろ変わりましたね。DAWはABLETON Liveのままですが、メインのキーボードはROLAND Juno-DS61に、オーディオ・インターフェースはSOLID STATE LOGIC SSL 2+になりました。そのほかASTON MICROPHONES Aston StealthやSLATE DIGITAL ML-1などのマイク類も増えましたね。防音対策としては、ボーカル・ブースのISOVOX Isovox 2も設置しています。最近のお気に入りは、今年発売されたLive専用コントローラーのPush(プロセッサあり)です。スタンドアローンで動作するのがとても画期的だったので即購入しました。
——ササノマリイさんは、サンプル素材とオーディオ編集を多用される印象がありますが、今作でもそうだったのですか?
ササノマリイ もう、ガッツリ。ただSpliceはみんなとカブると思ったのでOUTPUTのサブスク型ソフト音源、Arcadeを使っています。鍵盤一つ押すだけでループが流れ、画面上でキーを変更することができるので便利です。今作ではハイハットの音によく使っています。
——収録曲「Struggle」には、グリッチ・ノイズやスタッター・サウンドが細かく挿入されていますね。
ササノマリイ これは僕ですね。まずLive上でオーディオを細かく切り刻んでランダムに並べ替え、最後にIZOTOPE Stutter Edit 2で処理しています。長い時間をかけて生まれた秘伝のマイ・プリセットがあるので、それを使っています(笑)。デフォルトのプリセットだと単調になりがちなので、より複雑でランダムになるように設定しているんです。同じようなプラグインではSUGAR BYTES Effectrixもよく使いますね。ブツ切り感を出す秘けつは、“エフェクト処理→オーディオに書き出す“といったプロセスを何度も何度も繰り返すことです。
一曲の中でいろんなジャンルを行き来したりテンポが一定じゃないのも面白い
——アルバムのリード曲「自由」は、曲中でテンポが変わったり、ブレイクビーツや4つ打ちのアプローチが登場したりと、まさにタイトル通り“自由”に曲が展開していきます。
Ichika この曲に関しては、先ほど述べた作曲プロセスとは全く違うアプローチになっているんです。たなかのアカペラを元にして作り始めたんですよ。
たなか そうだ。先にトップ・ラインを作って、そこから肉付けしていった感じだった。
Ichika だからか特殊なコード進行や曲構成、譜割りになっているんです。そこで、みんなで“どうする?”ってなって、難しいからTAKUさんに全部丸投げしようってなって(笑)。
TAKU いやいや(笑)。送られてきた時点で既に5パターンくらいのアレンジがあったんですよ。
——それらは具体的にどのような内容でしたか?
TAKU ドラムンベースみたいなのもあれば、4つ打ちも2パターンくらいあったし。映画『ライオンキング』みたいなさ、ジャングルにでっかい太陽が昇るような雄大な世界観のトラックがあったりとか(笑)。
ササノマリイ ……あ、それ僕です(笑)。
TAKU それで、どのパターンにするかDiosと話し合いを進めていくうちに、せっかく作ったほかのパターンを使わないのはもったいないなと思ったんです。なので一曲の中でいろんなジャンルを行き来したり、テンポも一定じゃないのも面白いんじゃない?というのをDiosに提案したんですよ。
Ichika そこから、さらにみんなでアレンジを詰めていった感じですね。僕がファンクっぽいカッティング・ギターを入れたり、ササノマリイが2サビの後にシンセ・コード系のトラックを入れたりとか。
たなか 完成したときは“こんな曲ほかにないよな”と思いつつ、なかなか面白い曲になったと感じましたね(笑)。
Ichika だからなのか「自由」はDiosメンバーの世界観が色濃く出た曲になっていると思うんです。サビはたなかのアカペラがメインになっているし、さっき言ったカッティング・ギターのセクションは僕っぽくて、2サビ後のセクションはササノマリイっぽい。まさにDiosのキャラクター・ソング的な。
一同 おお〜確かに!(笑)
今作で僕に求められたのはより“ダンス・ミュージック風”に仕上げること
——タイトル曲「&疾走」では、特にシンセ・ベースのひずんだ質感がカッコよかったです。この音源は?
ササノマリイ ありがとうございます!(大声)。あれはソフト・シンセのREFX Nexus 4です。そこにプラグインのKILOHEARTS Faturatorでひずみ感を足し、SIR AUDIO TOOLS StandardCLIPでクリッピングさせています。
——あと要所要所で生ベースっぽい音も登場しますよね。
ササノマリイ はい。それはソフト音源のSPECTRASONICS Trilianです。Nexus 4とレイヤーしているセクションもあって、それぞれ使い分けているんですよ。
——低域周りに関して言うと、「王」で登場する野太いシンセ・ベースが印象的です。
TAKU これはソフト・シンセのREVEAL SOUND Spireです。今作で僕が求められていたのは“よりダンス・ミュージック風に仕上げること”でした。となると、まずはサブベースをレイヤーしようと考えたんです。なので今作で僕が携わった曲に関しては、SpireかFUTURE AUDIO WORKSHOP SubLab XLが大活躍しました。もし太いベースの音が欲しければ、プラグイン・エフェクトでどうこうしようと考えるのではなく、音源自体の音が太いものを選ぶことがポイントです。ちなみにキックには、キック専用ソフト音源のSONIC ACADEMY Kick 2を多用しています。
——TAKUさんは、既にDiosによってアレンジが施されている楽曲を扱う際、どのようなことに注意しましたか?
TAKU 彼らのアルバムなので、こちらから新たなフレーズを追加することを極力しないように、と考えていました。基本はドラム周りの音色をいじったり、サブベースをレイヤーしたり、FXやホワイト・ノイズを細かいところで足したりしました。Diosの楽曲は、僕の元に届く時点で既に完成度が高いものが多いと感じます。
Ichika 『&疾走』はメンバーの個性がよく出ていて、TAKUさんを迎えたことでさらにサウンドが進化しました。
たなか 確かにこれまでの作品は個性があるものの、全体として整いすぎている印象でした。そうではなくて、それぞれがとがったままどうやって一つの統一された作品を生み出せるのか……『&疾走』において、そのバランスを実現できたと思います。
ササノマリイ 今までDiosのサウンドをまとめる役割は、主に自分が担っていました。しかし今作では自分の後ろにTAKUさんが居ることによって、僕自身が自由になれた気がします。だから次第に安心して曲作りに専念できるようになったんです。その結果として、『&疾走』はすごく良いアルバムになったなと思いますね。
Release
『&疾走』
Dios
(Dawn Dawn Dawn Records)
Musician:たなか(vo)、Ichika Nito(g、prog)、ササノマリイ(Key、prog)、TAKU INOUE(prog)
Producer:Dios、TAKU INOUE、永山 ひろなお、川口大輔
Engineer:吉井雅之
Studio:プライベート、青葉台スタジオ