“火花”に振り切ることで新しい表現ができると思いました
映像作家の辻川幸一郎氏(写真右)は、『Point』以降、多数のコーネリアス作品のMVを手掛けている。『夢中夢 -Dream in Dream-』収録の「火花」のMVは氏が監督を務め、CG制作をCGIプロダクションのMARK代表、犬童宗恒氏(写真左)が担ったフルCG作品だ。数多くのCMや『Mellow Waves』収録の「あなたがいるなら」「Surfing on Mind Wave Pt 2」でもタッグを組むなど、関わりが深い二人。「火花」のMVをどのように制作したのか。コンテなど制作途中の画像とともにご覧いただきたい。
ここ数年でCG表現が進化
——今回のMV制作はどのように始まったのですか?
辻川 「火花」は映像をライブでも投影することが決まっていたので、まずコンテを作る前にスタッフみんなと話したときに、シンプルな映像にしようと。“メンバーのバックに炎だけで、ものすごくアガる映像を作りたいよね”という話をしていて、今回はフルCGでいこうと決めました。それから映画やCM、3DCG制作ソフトのSIDEFX Houdiniのチュートリアルといった資料を出し合って、今のCG技術がどこまで進んでいるのか、何ができるのかを確認して最初のコンテを作成しています。今のCGでできる炎の表現……具体的というよりかは抽象的に、でもちゃんとリアリティのあることをやろうと考えていました。
犬童 以前は膨大な時間がかかっていた炎・水の流体のシミュレーションなどの計算が、ここ数年はGPUで高速に処理できるようになり、作業スピードが格段に速くなったと思います。とは言っても時間はそれなりにかかるので、できることの中で一番面白い表現はなんだろうという話はしていました。
——制作当初から完成形には近かったのですか?
犬童 最初は“火花”じゃなく“炎”が燃えていたバージョンもあって。もっと火花が走っているシャープな感じにした方が合って見えるとか、炎だとどうしてもふわっとして曲とのシンクロ感が弱いとか、1回作ったものを見て判断しています。
——仮で組んだ上で話し合うと。
辻川 作る前と後で意見も変わりますからね。火花を中心に炎や煙で絵作りをしていたけど、炎はリソースを食う割には大味になりやすいし、映画などで見慣れてしまっているので既視感もある。でも火花だけに絞った表現は物語の中で需要がないので、これまであまり描かれてこなかった。曲のタイトルが火花だし、火花に振り切ることで新しい表現ができるんじゃないかとなっていったんです。
——一度作ったものを破棄してしまうのは、はたから見るともったいないようにも思います。
辻川 僕らはすごく長く一緒に作っていて、信頼関係もありますから。あまり固執しないんだよね。
犬童 そうですね。アイディアを捨てるときに、ちょっともったいないって思う自分もいるんですけど、俯瞰(ふかん)して見たときに、こうした方が良くなりそうと思ったら容赦なく切り捨てます。昔だったらこんなにアイディアを出しては捨てて、みたいにできなかったと思うんです。そのサイクルが早くできるようになり、演出として勝ち目のある取捨選択が可能になりました。昔はコンピューターの計算時間にコーヒーを飲んでいましたから(笑)。
Houdiniはできないことがない
——メインの制作ソフトをHoudiniにした理由は?
犬童 この手のシミュレーション系……“コーディングで法則性を与えると映像になって現れる”というようなことができるソフトとしては、Houdiniが一番使いやすいんです。できないことは基本的にないとまで言えますが、やさしくはない。僕も使いこなすまでにはかなり時間がかかりました。
——かつて本誌で辻川さんが担当していた連載『MV -conception of music video』の2007年4月号によると、犬童さんがCGを手掛けた「Fit Song」(『Sensuous』収録)MVではAUTODESK 3DS Maxを使われています。
犬童 「Fit Song」の角砂糖では、表面のガタガタ感、倒れたときに粉が散らばるとか、やっていること自体はそんなに変わらないんですけどね。Houdiniだと物とか水とか、実在する物のシミュレーションは、より正確に、よりリアルにできるようになっていると思います。
辻川 「火花」だと、炎が下に落ちて火の粉が地面で跳ねたり、移動が激しくなると自然とカメラが揺れたりする、というような表現です。それって描こうと思わないと描けなくて、着目するかどうか。現実であれば起きそうなことを最初から考えておいて、いざ作ってからできた状況をどうさばいていくか。その感度や精度が、犬童君は抜群に良いんです。
犬童 例えば、“がれきが遠くだけでなく近くにもあった方がいいよね”“がれき越しに見えるアングルも面白そう”“散らばったがれきを火花の軌道にしたら?”というように、できたものに対して会話的に作るような感じですね。
——物理現象については下調べをしたのでしょうか?
辻川 むしろ資料が存在しないんです。火花の粒だけで何かを作るっていうのはあまり前例がないですから。
犬童 パーティクル=粒の表現はありますが、火花的な挙動をしているものはそんなになくて。火花じゃない挙動だとしても、火花らしく見せるにはどうするか。心臓の形で火花が脈打つなんてあり得ないけど、見ている人が火花の心臓だと思える着地点をどうするかというのはずっと考えていました。
——確かに現実にはあり得ない現象にもかかわらず、すごくリアリティを覚えます。
辻川 あとはポストプロダクション(編注:映像制作において仕上げ作業の総称)もかなり大事です。CGって、最後の質感が乗っただけですべてが解決することもすごく多いですから。
犬童 実際のレンズで撮ったらハレーションが起きるだろうとか、火花がレンズに当たったらちょっと汚れるんじゃないかとか、そういう部分もADOBE After Effectsで仮に試したりはしましたが、専門の方の処理はやはり素晴らしいです。
辻川 AIが台頭してきて、これからもっと手数の多い映像制作が可能になりますが、それらを整理したり最後の落とし所であるポストプロダクションを、人間が決断してやるのは変わらないんです。
バンドのリハを疑似体験
——MVは実際にライブでも映像として使用されています。
辻川 ライブでどう見えるかはすごく意識しています。最後に火花が突き進んでいくアウトロのシーンは、その環境作りとして極めて抽象的に、画面いっぱいの炎の前にメンバーがいて演奏しているというイメージなんです。
犬童 どこまで抽象的にするかもいろいろ話しましたよね。耳とか竜巻とか、前半のモチーフとリンクしつつ違う見え方にして別の面白い映像ができないかなと。
辻川 そのアウトロのギター・ソロのシーンを、犬童君が一発で良い構成を作ってくれて。最初に僕が書いたコンテではトンネルの中を進んでいくだけだったのを、耳を挟むことで理由付けしていたり、最後に炎を持ってきたり。5本の矢のように分かれる動きも僕の頭の中には浮かんでいなかった。意外とギターの音で映像を持たせるのって難しくて、ただのトンネルだけだったら絶対単調になっていたと思う。このシーンは本当に素晴らしいです。犬童君はドラマーだし、音が分かっているCGクリエイターというのが大きいです。
——音楽と同期して動いている要素はどのように?
犬童 最初期にいただいた曲にDEEZER SpleeterというAIを利用したパート分離ソフトを使い、ボーカルの歌詞のタイミングとドラムの波形を分けて見られるようにしました。今回のMVは1秒間24フレームで、43フレームで4拍を基準にしていたんですけど、カッチリしすぎていてもダサくなる。だからわざと少しずらして気持ちの良いところを探ったりしています。
辻川 今回、小山田君の食いつきがすごく良くて(笑)。結構盛り上がってくれたみたいで、“この音に合わせて火花がはじけてほしい”といった指定がありました。セッション感があって、バンドのリハを疑似体験できた感じです(笑)。
犬童 バンマスから、“ここにクラッシュ・シンバルを入れて”、みたいな(笑)。
辻川 でもそれがちゃんと効果的になっている。やっぱり小山田君はすごいなと思いますね。
——そもそも小山田さんから発注段階で要望は?
辻川 具体的にこうしてほしいという指示はないのですが、小山田君の曲は曲自体がすごく映像的な情報にあふれているので、それらを読み解くことが発注になっています。音や歌詞の世界観からすべて逆算できるんです。
犬童 いろいろな要素が1曲にまとまっていますからね。ポジティブとネガティブ、ポップとダーク……全部が入っている曲なんだと思います。
辻川 これだけ高いレベルで音楽を理解してCGを作れるのは犬童君しかいないし、MARKのみんなもそう。長くやっているから異常なまでの理解力があって、同じ方向を見て話ができる。ちゃんと感覚を共有できているんです。
——なかなかほかに類を見ないMVだと感じます。
犬童 最近はCGであることを別に隠さなくてもいい風潮もあって。CGっぽい質感をそのまま表現として使ってるというか。もちろんそういう作品も素晴らしいですし、僕らもそういう表現を選択することもありますが、かといって無理して追従することほどダサいことはない。丁寧に描いて、変奏曲のように展開していくものが好きなので、これからもそういう映像を作っていけたらと思います。
辻川 もう最新の流行みたいなものの文脈は追っていません。CGなどの作り方も、老舗のだしを10何年も煮詰めたように、できるだけシンプルに、かつディープに掘り進めている感じですね。
「火花」MVができるまで
辻川氏が作成したコンテの一部。まずは話し合いや資料集めを行い、それをまとめたもの。辻川氏、犬童氏だけでなく、MARKのスタッフ、映像制作会社Spoonのメンバーなども加わり、チャット・ツールのSlackにて話し合いが行われた。この後にコンテはもう一度更新されたが、基本的にはSlack上のやり取りで進めていったそう。この時点で既に完成形にも採用されている要素がアイディアとしてできているのが見て取れる。なお歌詞記載部分は著作権への配慮から加工していることをご了承いただきたい。
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Release
『夢中夢 -Dream In Dream-』
コーネリアス
ワーナーミュージック・ジャパン
Musician:小山田圭吾(vo、g)、美島豊明(prog)
Producer:コーネリアス
Engineer:髙山徹、美島豊明
Studio:3-D、Switchback