オーケストラの譜面を書くようにピアノロールに音を配置しています
コーネリアス作品の制作において欠かせない存在なのが、プログラマーの美島豊明氏。小山田が持つ楽曲のイメージをコンピューター上で形にする重要な役割を担っている。『夢中夢 -Dream in Dream-』の制作においてはどのようなやり取りが行われたのだろうか。使用機材やプラグインなど、同じく3-D Studioにて詳しく話を聞いた。
真空管の音がする6176
——そもそも小山田さんとの関わりはいつから?
美島 僕が所属していたEverything Playというバンドの制作をここの事務所(3-D)が担当していて、随分前からお世話になっていました。それでフリッパーズ・ギターの最後のアルバム(『DOCTOR HEAD'S WORLD TOWER』)に呼ばれて小山田君と初めて会って、コーネリアスを始めてからはずっと手伝っています。
——スタジオではどのような役割分担を?
美島 スタジオに一緒にいて、僕がコンピューター周りを操作するという感じです。
——編集部が3-D Studioに伺ったのは6年ぶりですが、この6年間で機材などの変化はありますか?
美島 コンピューターはAPPLE Mac Studio、ディスプレイは上下とも4K対応のものにしていて、この辺りは変わったかな。DAWのAPPLE Logic Proは変わらずで、オーディオ・インターフェースも『Sensuous』の頃からのMETRIC HALO ULN-8。長生きだし、すごく優秀。モニター・スピーカーはYAMAHA HS8を導入しています。
——結構変わっているところもありますね。
美島 見た目は何にも変わってないです(笑)。
——シンガー・ソングライター的に作った曲もあると小山田さんに伺いました。作風の違いなどを感じた部分はありますか?
美島 全体的にボーカルのキーが下がっていますね。歌い方をちょっと変えているのかもしれない。
——ボーカルのマイクは?
美島 SONY C-100です。國崎(晋氏。元本誌編集長)さんに薦められて導入しました。発売してから割とすぐだったかな。ボーカル録りの部屋は分けているけど、吸音カーテンをかけている以外は何もしていない普通の部屋です。マイクプリはチャンネル・ストリップのUNIVERSAL AUDIO 6176で、真空管の音がするなと感じますね。
——「蜃気楼」などのボーカルのひずみが印象的です。
美島 結構倍音が足されるなと思っていて。前に使っていたAMEK Channel In A Boxと全然違ったので、最初は“音が変わっちゃった!”と驚いたけど、これはこれでいいかなと。録音時はEQ、コンプをそんなに強くはかけていないです。
——ギターはどのように録音しているのでしょうか?
美島 ギターはダイレクトにDIに入力、パラった一回線はアンプ・シミュレーターからモニター用途のBOSE S1 Proへ、そしてもう一回線はDAWに入力してます。アンプ・シミュレーターはNATIVE INSTRUMENTS Guitar Rigを使っていましたが、制作途中でLINE 6 HX Stomp XLを導入しました。本体とプラグイン上で同じエフェクト設定が可能なので、エフェクトがかかった音をS1 Proでモニターしつつ、録音は素の音でできる。後からプラグイン上で同じエフェクトをかけられるのがすごく便利です。
実機のサウンドを覚えている
——そのほかの音源についても伺っていきます。ドラムはBFD BFD3を使っていると聞いています。
美島 生ドラム系の音は全部BFD3です。『Mellow Waves』の頃からは変わっています。
——変更した理由は?
美島 前は打ち込んだMIDIデータを全部、一つずつ手作業でベロシティを変えていたけど、BFD3はそのまま打ち込んでもちゃんと表情が付いて人間っぽくなるヒューマナイズ機能が付いている。これが楽なんですよ。
——音作りはどのように?
美島 プリセットは使わず、自分でパーツを選んでドラム・セットを組んでいます。そのときに、コンプやEQなどのかかっているエフェクトを全部外して、素の音を聴きながら組み合わせて判断する。例えばクラッシュはZildjianだけどライドはPaisteだな、みたいな自分の趣味があるから、そうやって聴きながら自分のセットを幾つか作っています。エフェクトを外すのはシンセでも一緒です。
——シンセでもプリセットは使わないのですか?
美島 参考にはしますけど、なるべく一から作る。“シンセをちゃんとやるならプリセットを使うな”ですね。
——シンセはAPPLE Logic Pro ES2がメインと伺っています。採用のポイントはどういった点なのでしょうか?
美島 FMやウェーブテーブル、アナログ・シンセみたいな減算合成とか、基本的な音源方式が全部入っている。1つの画面上で大体の動作が見えるのもいいし、ずっと使っているから手になじんでいるというのもあります。あとはLogic Pro付属のAlchemy、NATIVE INSTRUMENTS Monarkと、その3つだけかな。ブライアン・イーノもLogic Pro付属のシンセしか使っていないと話していて、“仲間じゃん”って思いました(笑)。
——すごく有機的なシンセのサウンドだと感じます。
美島 実機を知っている、というのがあるかなと。長い期間……それこそアナログのテレコの時代からやってるから、こういう音だったというのを覚えてる。あとシンセもエフェクターも、実機だと同じ機種でもバージョンによって全然音が違うから、今は全部コンピューターになって安定してるっていうのが一番うれしいかな。1曲を作るのに何カ月もかかるので、音が変わらないことがすごく重要です。昔は苦労したからね。“音が変わっちゃったから一からやり直し!”みたいな(笑)。部品の劣化で音も変わるようですし、愛情を持ってメインテナンスしないと駄目になっちゃう。音が変わらないっていうのは、いいことなんですよ。
MIDIで仮打ちしてからギターを録音
——打ち込む際に、“なるべく同時発音を避けるようにしている”と小山田さんから聞いたのですが、作業としてはどのように行っているのでしょうか?
美島 例えばベースが鳴っているときにキックを抜いてフレーズを目立たせるようにしたり、ハイハットとキックが同時に鳴らないようにずらしたり。強調したいところは合わせるけど、同じタイミングで発音しないようにしています。音階についてもそうで、ベースで下が出ているから、シンセはルートを鳴らさないとか、ギターもルートの音を弾かないというのはかなり気をつけているかなと。ギターを弾く前に、MIDIで全部打ち込んでいるんです。ピアノロールを見ながら、音が重ならないようにしています。
——ギターも! そこまで徹底しているのですね。
美島 だからギターで弾くには難しい運指になって、後で苦労していますよ。小山田君が自分でこのフレーズがいいって言ったのにね(笑)。仮で打ち込むときには、MUSIC LABのReal GuitarとかReal Stratを使っています。オーケストラの譜面を書くように、同じことをピアノロール上で行っているという感じですね。
——L/Rの定位感の広がりもコーネリアス作品の魅力ですが、そのすみ分けはどのように?
美島 後から“分けた方がいいね”と話して調整します。ほかにも、「火花」の歌のない部分のカッティングでは、それを見越してLchのみ、Rchのみのトラックを作ってLchだけ弾く、Rchだけ弾くという修行みたいな録り方もしています。手癖で弾きたくなる部分をぐっとこらえてね。弾いていて楽しくはないんじゃないかな(笑)。
——空間系のエフェクトは何を使っていますか?
美島 リバーブはSpace Designer、ディレイはDelay DesignerとかLogic Pro付属のものです。ディレイもなるべく音が重ならない位置になるよう発音部分に空のMIDIデータを仮で置いて、ここにディレイが来るならほかをずらそう、というようにしています。
——3-Dでの作業時にはミックス用のプラグインは使っているのでしょうか?
美島 EQとかコンプは一切使っていないですね。リバーブやディレイは、それぞれかけた成分だけオーディオ化したデータを髙山(徹)君に渡しています。ミックスを進める中で曲に合う余韻の長短って変わってくると思うので、参考としてという形ですね。
——気になる音色として、「霧中夢」の3分30秒過ぎから、発振のように強烈に加工された音が鳴っています。
美島 Logic ProのTremoroとRingshifterのFreqShiftをオートメーションでコントロールしています。曲のデータを髙山君に渡すときに、髙山君が同じプラグインを持っていなくて。ディレイとかと違って代用できるものではないので、もともとバスにかけていたものを、1トラックずつ、合計10数トラックを個別に書き出して髙山君に渡しました。でも1トラックずつかけてもちゃんと同じようにかかってくれた。やっぱりコンピューターの再現性はすごいなと。
——作品として出来上がったアルバムを聴いて、どのような印象を持ちましたか?
美島 歌ものが多いから、ライブで苦労するんじゃないかな(笑)。僕としてはずっと制作をする中で、途中でリミックスとかが入ってくると、そこで使った技法を用いたり、逆もしかりで、常に地続きで変化しているものですからね。これからもそうやって作り続けていくと思います。
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Release
『夢中夢 -Dream In Dream-』
コーネリアス
ワーナーミュージック・ジャパン
Musician:小山田圭吾(vo、g)、美島豊明(prog)
Producer:コーネリアス
Engineer:髙山徹、美島豊明
Studio:3-D、Switchback