“ボーカルが良い音で録れたな”って思いながら制作する方が、洗練された音作りができるんです(小林雄剛)
小林雄剛(g/写真右)、村松拓(vo、g/写真左)、榊巻雄太(ds)、梨本恒平(b)から成るロック・バンドABSTRACT MASH。2011年の活動休止発表後、2018年に活動を再開し、この度13年ぶりとなる2ndアルバム『SIGNALS』をリリースした。バンドのメイン・コンポーザーである小林と、Nothing's Carved In Stoneでもボーカルを務める村松、そしてアルバムのレコーディング/ミックス・エンジニア兼プロデューサーを担当したSteven McNair(Newspeak/写真中央)から、制作について詳しい話を聞いた。
80’sのUKロックの流れを取り入れたかった
——本作は13年ぶりのアルバムです。活動休止やコロナ禍など、いろいろな変化があったかと思いますが、制作方法は変わりましたか?
小林 そうですね。自宅にこもって作ることが増えましたし、制作をWAVデータのやりとりで進めていくのが基本になりました。僕とドラムとベースはSTEINBERG Cubase、拓(村松)はAPPLE Logic Proを使っています。
——作曲は主に小林さんが担当されているということですが、最初の段階から作り込むのですか?
小林 曲の構成については6~7割くらい作り込んでメンバーに共有しますが、サウンドについては追い込まないです。
村松 曲の大本をセッションで作ったものもありました。メンバー間でデータをやりとりする中で、雄太(榊巻)がドラムをMIDIで打ち込み直したりすることもあったよね?
小林 そうだね。だから、やっていること自体はセッションに近いです。お互いやりたいことをデータでやりとりできるという意味ではやりやすくなりました。
——13年も期間が空きましたが、みなさんで制作をする上でやりづらさはなかったのですね。
小林 2018年に活動を再開してからこのアルバムを出すまでに結構期間があって、話し合いを重ねたんですよ。アルバムについては“鍵盤をもっと入れて、こういうサウンドにするよ”って、細かく説明しました。The 1975や最近のコールドプレイのような、UKの80’sロックの流れを取り入れたくて、アナログ・シンセを入れたりしているんです。
——それが今作のテーマですか?
小林 そうですね。あとは“ドリーミーさ”を意識して奥行きを出したのと、低域を強く出したいという気持ちがすごくあって、Stevenに相談して何度もミックスを試しました。
Steven 一般的なギター・ロックはローをそんなに出さないため、そのバランスを探るのはチャレンジングでした。ローを出しすぎるとギターが変に聴こえたりすので難しいのですが、途中で“これだ!”って思えるものが見えましたね。
——特に「Crash a Moment」は、バンドらしい一体感がありながらも、低域の鳴りを感じました。
Steven 僕のスタジオでドラムを録りながら、ベースもラインで一緒にレコーディングしたんです。生ベースでロー感を出すのは、すごく難しいんですよ。LINE 6 Helixでまずはクリーンな音を作り、それを複製してローパス・フィルターで100Hz以下のみにしてコンプレッションし、サチュレーションをかけて元のクリーンなベースの音に加えることで、太い音を作りました。EQだけで作ろうとすると変な音になるから、超太い低域を別で作って足す方が圧倒的に良いんです。
——元のベースを加工して重ねているんですね。ドラムについてはいかがですか?
Steven 今までドラムについてはどうしても自分が欲しい音が出せなかったのですが、ELECTRO-VOICE RE20をフロア・タムに使ってみたら、何もしなくても理想の音になりました。バス・ドラムと同じくらいのロー感が得られるんです。また、こういう小さい部屋でドラムを録るときは、ドラムをグループ化して2、3個リバーブをかけて、そのドラム・グループ全体をコンプします。これがすごく大事。リバーブも一緒にコンプすることで、小さい部屋で録った音が広い空間の音になるんですよ。
ギターやシンセはボーカルからインスパイアされる
——ギターやシンセなどの上モノ楽器は、どのように音作りやレコーディングを行ったのですか?
小林 ギターはKEMPER Profiling Amplifierと、オーディオ・インターフェースRME Fireface UCXで録りました。
——気持ちの良い音だと思っていたのですが、アンプを使っていないのですね! 音作りはどのように?
小林 KEMPERの内蔵エフェクターは全く使わず、ひずみとコーラスはコンパクト・エフェクターを使いました。アンプ・シミュレーターはノイズが無くなるから良いという面もあるんですけど、アナログ感を出すにあたってノイズも大事で。リバーブをかけたときにざらっとした広がりが生まれて、これがパッドの役割を果たすんですよ。
Steven それは初めて聞いた! なるほど。今は誰でも超ロー・ノイズでレコーディングできるからこそ、ノイズが面白く感じる時代に戻ってきたのかな。
——ギターの音色は小林さんがお一人で作り込むのですか?
小林 拓と一緒に考えたものもありますよ。「Crash a Moment」のようなロック感を出すのは拓の方が得意なんです。あれはGIBSONのLes Paulですね。
——すごく太くて良い音ですよね。
小林 うん。あれは弾き方ですね。
村松 弾き方……? 全然分かんないです(笑)。
小林 ギタリストからすると、ダウン・ピッキングの速さや強さ、弦を弾く位置などが良いんだと思う。Les Paulに慣れているから、この辺で弾くとこういう音が出るっていうのを絶対無意識にやってるよ。
村松 本当に正直に言いますけど、僕は雄剛(小林)の家にギターを持って行って、雄剛のエフェクター・ボードにつないで弾いていただけです(笑)。雄剛が僕のクセからインスピレーションを受けて、音作りをしてくれたんだと思いますね。
——演奏の仕方で音そのものが変わったり、その後の音作りにも影響を与えたりするのですね。こういった音色は制作のどの段階で決まっていくのですか?
小林 今回は、ドラム、ベース、ボーカルをすべて録り終えてからギターとシンセのサウンドを煮詰めていきました。僕はボーカルを中心に曲を作っていきたくて。“ボーカルが良い音で録れたな”って思いながら制作する方が、洗練された音作りができるんですよ。
——ボーカルからインスパイアされるのですね。特に、アルバム最初の曲「Shelf Song」のイントロは、シンセとギターのハーモニーがとてもエモーショナルでかっこいいです。
小林 ありがとうございます。これは、ボーカルがめっちゃよく録れて超良い曲になっていたから、“もう絶対に1曲目でしょ!”と思って。それで1曲目ならイントロが必要だと思い、自宅で後から制作して付けたんですよ。
——シンセは何を使ったのですか?
小林 シンセは基本SPECTRASONICS Omnisphereが多くて、NATIVE INSTRUMENTS Massiveも使いました。リード・シンセはやっぱり太さとアナログ感が欲しいのでハードウェアのKORG Minilogue XDを使いました。
——「Never Be Alone」はきらびやかなシンセのアルペジオが特徴的で、一番エレクトロニックな雰囲気を感じますね。
小林 これはMinilogue XDですね。実機ならではのノイズと、内蔵リバーブ“Space”の良い質感が出ていると思います。アルペジオは高音と低音の2つのパートを組み合わせていて、高音の方はラインを奇麗に聴かせるために内蔵リバーブとVALHALLA DSP Valhalla VintageVerbを両方かけています。
——ほかの曲にも共通しますが、ギターとシンセが一体となって帯域を埋めているような印象を受けました。意識されていることはありますか?
小林 ギターとシンセを録音した後、DAW上で混ざり方を見つつ音色を作っています。帯域がかぶるところで一つの塊になるサウンドが好きなんです。難しいんですけどね。その辺りのうまいミックスはStevenにお願いしました。
Steven 音のレイヤーが多い曲もあったけど、どれも混ぜやすい音色ばかりだったよ。パッドも、音の深さや奥行きに貢献していたね。ほぼギターしか聴こえないところでも、実は後ろに結構深いパッドが鳴っているんですよ。
ボーカルのツヤを的確に録ってくれた
——ボーカルのレコーディングや音作りはどのように?
Steven マイクは全曲MANLEY Reference Cardioidで、マイクプリはBAE AUDIO 1073 DMPとAPI 512Cを使い分けました。確か全曲WESAUDIOのコンプBeta76をかけています。録りのときにはフラットな良い音で録って、後からいじれるようにしました。
——マイクは村松さんの声に合わせて選んだのですか?
Steven 最初にReference Cardioidを試してみたら何の問題もなかったんです。暗い音のマイクで録って後からブーストするより、Reference Cardioidのようなブライトなマイクで録ってハイを抑える方がやりやすいですね。
——レコーディングの際にStevenさんから村松さんへアドバイスなどをすることはありましたか?
Steven 本当にびっくりしたんだけど、何も言ってないね!英語の発音も全く言うことがありませんでした。
村松 Stevenにアーティストの感覚があるからだと思うんだけど、すごく歌いやすかった。ボーカル目線で拾ってほしいツヤがあって、それを的確に録ってくれる感じがしたんだよね。自分は今までたくさんレコーディングを経験してきたけど、一番良く録れたと思います。
——「Crash a Moment」のざらつきのある音がロック・バンドらしくて印象に残りました。
Steven SOFTUBEのSaturation Knobなどのフリー・プラグインのサチュレーターを結構使いましたね。すごく良い音なのでみんな使うといいと思います。
——前作より日本語の歌詞が圧倒的に多いのも特徴ですね。
村松 ライブで曲が生きるのは日本語と英語どっちだろうってメンバーに相談したんです。やっぱり日本で活動しているので、直感的に伝わる方が良いよねっていう話になって日本語の曲が多くなったんだと思います。
——「アスピリ -Alternate Version-」は、かつて英語の歌詞で作られた曲を日本語にアレンジされていますね。
村松 これは活動を再開したときに書き直したんです。当時はまだ新曲が書ける状態じゃなかったけど、何か新しい方にかじを切っているところを見せていきたくて。
小林 歌詞を変えるって、新しい曲になるってことじゃないですか。だから今思うと、それもアルバムの制作をするきっかけの一つになっているなと思いますね。
コーラス・ワークを取り入れたかった
——Stevenさんにレコーディングやミックスをお願いしたきっかけを教えて下さい。
小林 今回はコーラス・ワークもテーマの一つでした。Newspeak(編注:Stevenがドラマーを担当するバンド)のコーラス・ワークがすごいと思っていて、それを自分たちの楽曲に取り入れたくて。だから、Stevenにはプロデューサー的な立ち位置にも立ってもらいました。
——コーラス・ワークを取り入れたかったのはなぜですか?
小林 日本でコーラス・ワークを取り入れているバンドって少なくて。僕の好みはUKのコーラス・ワークが多く入ったサウンドなんですよね。
村松 昔から取り入れたかったんだけど、どんなアプローチをするのが正解なのか結構悩んでいたんだよね。
——コーラス・ワークの難しさとはどういうところですか?
小林 Stevenは一瞬で作ってしまうんですけど、僕らはそもそも良いラインが出てこなくて。だから、いろいろな海外アーティストの曲を聴いて、手探りで作っていました。
Steven 僕はクリスチャンで生まれ育ったので、教会で毎日合唱していたんです。10歳の頃、ハーモニーがうまい人に“どうやって歌うの?”って聞いたら、“ただひたすら歌えばいいの”って言われて、その後13歳くらいで“ハーモニーが作れるようになった!”って感じたのを覚えています。だからコツはとにかく歌うことですね(笑)。
——さまざまなテーマを掲げ、こだわりを持って制作されたことが伝わりました。
小林 僕はかなり満足できましたね。Stevenのスタジオで録りつつ、自分のスタジオで時間をかけてサウンドを煮詰められたので、納得いくものができました。
村松 同じくです。昨日もアルバムを聴きながら1人で飲んでて“これが完成するって最高だな”って思っていました。すごく気に入っています。
Release
『SIGNALS』
ABSTRACT MASH
Silver Sun Records/SPACE SHOWER MUSIC
Musician:村松拓(vo、g)、小林雄剛(g)、榊巻雄太(ds)、梨本恒平(b)
Producer:Steven McNair(Newspeak)
Engineer:Steven McNair(Newspeak)
Studio:Yugo's Studio、Steven's Studio