【第5回】エンジニアの伊東俊郎さんと語るプライベート・スタジオの重要性|本間昭光のスタジオ再構築レポ

 こんにちは本間昭光です。今回で連載も最終回となります。この連載では、スタジオの物件を見つけた段階から完成に至るまでをレポートする形で、構築に関わってくれた人たちに毎月登場いただき、技術的なお話や思いについて聞いてきました。設計とデザイン周りを871 DESIGNの花井修平さん、電源周りをEMC設計の鈴木洋さん、構築のアドバイスとオーディオ・アクセサリーの相談をACOUSTIC REVIVEの石黒謙、社長に。そして音響周りはエンジニアの伊東俊郎さん。今月号では、再び伊東さんにお越しいただきましょう。伊東さんとは1990年代から交流がありましたが、専ら飲み友達として(笑)。でも、常に音楽の話をツマミに、いろいろ勉強させてもらいましたし、エンジニアリングが数学だと教わったのは伊東さんからでした。僕がこのプライベート・スタジオを造る以前の作業部屋を構築する際も相談に乗ってもらっており、今回も構想段階から話を聞いていただきました。

 今月の1枚 

こちらが最近の制作デスク周り。実は機材環境は以前のものをほぼ引き継いでいます。デスクは近日中にアップデートする予定。その全容は次号のプライベート・スタジオ特集にて公開します!

こちらが最近の制作デスク周り。実は機材環境は以前のものをほぼ引き継いでいます。デスクは近日中にアップデートする予定。その全容は次号のプライベート・スタジオ特集にて公開します!

プライベート・スタジオのメリットはじっくりと音楽制作に打ち込めること

本間 伊東さんとは、プライベート・スタジオの限界についてよく話をしていましたが、最近は、商業スタジオではない良さがあるだろうという意見で一致していましたね。特にケーブルの引き回しや、クリアな電源による音響環境の構築ができる点で。今回のように、ゼロベースからそれを実現できたのは本当に大きなことで、僕のこれまでの作業部屋は、マンションの一室に始まり、レコーディング・スタジオの部屋を再構築した場所、さらに別のアレンジャーが使っていた部屋に入る形で自分の環境を整えたりと、とにかく、既にある環境に自分の機材を持ち込むことが基本だったんです。もちろん、その都度、伊東さんにチェックしてもらい、ベストな環境は作ってきたつもりでしたが、このスタジオができて音を聴いたら、全然違うと実感しました。

伊東 商業スタジオとプライベート・スタジオの違いは、やはり空間のあり方がオリジナルで、くつろげるし、時間で借りているという強迫観念もないこと。メリットはじっくりと音楽制作に打ち込める点だと思います。ミックスもそうですが、良い音楽を作る、アレンジメントをするには良い音、正しい倍音のあり方で鳴らすことが大事で、その1つ1つの楽器の音が正しい音で鳴れば、余計な音を重ねなくても成立する。正しい音で鳴っているというのを実感したのが、このスタジオの音でした。初めて聴いたときに衝撃を受けたんですよ。スーパーローとハイトップと両サイドの画角が広過ぎて、音のすべての輪郭まで見えるというか。これまで、いろいろな商業スタジオからプライベート・スタジオまで行って音を聴いてきましたが、ここまで完璧だったのは初めてです。

本間 スタジオの音って、それぞれ違いがありますよね。Sony Music Studios Tokyoの音、ビクタースタジオの音、サウンド・シティの音など。どのスタジオの音が良いか?というより、キャラクターだと思っていて、僕はこれまで、そのキャラクターを理解しながら、どんな環境でも同じように聴こえることを意識して楽曲を作っていました。それは自分の中の経験値を元に調整をしていたと思うんですが、このスタジオでデモ音源を作ってみて、いろんなスピーカー環境で聴き比べをしたところ、どれで聴いても同じ印象に仕上がっていたんです。今までにはなかったことで、このスタジオで作った音が正解なんじゃないかと、そのときに感じましたね。だから、これからは、このスタジオの音を基準にして、外のスタジオで作業しても、正解と言える音作りができるなと思ったんです。

こちらは商業スタジオの地下の部屋を借りて、作業スペースにしていたときの写真です(Photo:Hiroki Obara)

こちらは商業スタジオの地下の部屋を借りて、作業スペースにしていたときの写真です(Photo:Hiroki Obara)

一つ前の作業部屋。こちらは知り合いのアレンジャーが使っていた場所を借りる形で使っていました

一つ前の作業部屋。こちらは知り合いのアレンジャーが使っていた場所を借りる形で使っていました

初のレコーディングには、ベースの足立貴史くんに来てもらいました

初のレコーディングには、ベースの足立貴史くんに来てもらいました

良い音に対しての疑問を持って自分にとっての良い音の物差しを見つけてほしい

伊東 本間さんが言うスタジオの経験値は、当時は周波数や理論に基づいて体系づけた、感覚的なものでしたが、今はデジタルの進歩のおかげで数値化できる。これまで感覚で音が良いと言っていたことが数値で分かるので、それを判断できる能力があれば、音楽も画期的なものができると思うんです。このスタジオは数値的にも基準になるような素晴らしい音なので、今後、このスタジオから生み出される音楽の数値の恩恵を受ける若いエンジニアやクリエイターたちが増えていくことを願いますし、勘でやるのではなく、数値を一つの判断基準にして音楽を作ってほしいと思いますね。

本間 今回は各セクションのプロフェッショナルたちの技術が集結して、ゼロから構築できたのが、その基準となる音を生んだ結果だと思いますね。制作をする上での基本的な機材システムは過去の作業部屋からそのまま引き継いでいるのですが、圧倒的に音が良い。アレンジに余裕ができたと思うし、隙間を持たせてもしっかり成立するんです。

伊東 本間さんと仕事をしていて特徴的だと思うのは、考え方がグローバルで、着地点が見えているところなんです。本当にプロデューサー体質な人だなと。でも理詰めで硬いわけではなく、キャパシティは広い。あと数字に強く、分析能力にも長けていて、お酒に強い(笑)。音楽的運動神経がすごく良いので、次のジェネレーションの人達とこのスタジオで一緒に仕事をして、新しいサウンドを生み出していってほしいですね。このスタジオは、そんな今後の音楽業界の発展に寄与するパイロット的な場所になる気がしています。

本間 最近、同世代のクリエイターと話していても、どのように自分たちの知識を継承するか?という話題にもなるんですよね。直接教えられる機会があれば良いですが、読者の皆さんには、ぜひ良い音というのはなんだろう?という疑問を持ってほしいです。良い音で聴きたい、作りたいという欲望と願望を持ち、自分にとって一番気持ちの良い音はどういう鳴りをしてるのか?を物差しとして見つけることが大事だと思います。今回スタジオを作ってそれを実感しました。このスタジオ構築に関わってくれた人には、あらためてお礼を言いたいですね。そして自分が新しい音楽を生み出すことが恩返しになるのではと思っています。そして、ミュージシャンの皆さんはぜひ遊びにきていただいて、スタジオの音を体感してほしいですね!

今回は、エンジニアの伊東俊郎さんにお越しいただき、お話を伺いました

今回は、エンジニアの伊東俊郎さんにお越しいただき、お話を伺いました

 

本間昭光

本間昭光
1964年生まれ。作編曲家/キーボーディスト/プロデューサー。これまでにポルノグラフィティへの楽曲提供、広瀬香美、浜崎あゆみなどの編曲、槇原敬之のライブ·アレンジやバンド·マスターを担当。近年は鈴木雅之、いきものがかり、天童よしみ、木村カエラ、岡崎体育、Little Glee Monster、降幡愛、関ジャニ∞など、様々なジャンルのアーティストを手掛ける。また、音楽番組へのゲスト出演やミュージカルの音楽監督を務めるなど、幅広く活動している

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