【第3回】EMC設計の鈴木さんとスタジオ電源について話し合ったこと|本間昭光のスタジオ再構築レポ

 こんにちは本間昭光です。僕が今回スタジオを造るにあたって、いろいろな方のご協力を得たことはこれまでもお話ししてきましたが、初期の段階で相談したのがACOUSTIC REVIVEの石黒謙社長でした。スタジオの構想を話して何か良いアドバイスをもらおうと。そこで電源工事において、“すごい人を発見した!”と太鼓判を押してくれたのが、EMC設計の鈴木洋さんでした。そのひと声で、このスタジオの電源工事は鈴木さんにお願いしたのです。EMC設計は愛知県豊橋市の会社なのですが、要望があれば関東でも関西でも出向くというフットワークの軽さもあり、工事もスムーズに完了。満足いく結果となりました。そんな鈴木さんは、こと電気に関しての造詣がとても深く、工事中から興味深い話をいろいろ聞かせてもらったので、今回は鈴木さんをお招きしました。さらに、工事後のサウンドをチェックしてくれたエンジニアの伊東俊郎さんにも同席していただきお話を伺いました。

 今月の1枚 

スタジオ内に設置されたEMC設計の分電盤。表面と裏面には自社で開発した特殊な塗料が使われており、表面は防振に効果があり、裏面はノイズを熱変換する塗装が施されています

スタジオ内に設置されたEMC設計の分電盤。表面と裏面には自社で開発した特殊な塗料が使われており、表面は防振に効果があり、裏面はノイズを熱変換する塗装が施されています

ここまでマニアックに電気についてひも解いている人には出会ったことがなかった

本間 僕がこれまでのキャリアの中で、“電源”の大切さを実感したのはライブ現場からでした。特にライブは照明に多くの電力を割いていたので、会場によっては満足のいくサウンド環境を作れない場合もあり、電力の大切さを実感したのです。レコーディング・スタジオはそういった電源環境が整備されていると思っていたのですが、実際にはスタジオによってさまざまでした。また、いわゆる“ホスピタル・グレード”と呼ばれるコンセントなどを使えば万事OKという風潮もあり、確かに音はスムーズになりますが、薄い印象や、細くなってしまうこともあり、一概にすべて良いとは言えないなと。また、同じシンセを日本とロスで使ってみたら、全然違う音がしたこともありました。明確な理由が分からなかったのですが、117Vだからなのか、空気の影響、ダムのタービンが違うから、などなど(笑)。そういった電気に関する話がどこまで本当なのか? プラシーボ効果なのか? 自分でもはっきり分からずにいたので、できる限り良いと言われている電源ケーブルやタップなどを使ってきたのです。今回、鈴木さんを紹介してもらい話を聞いたら、ここまでマニアックにひも解いている人には今まで会ったことがなく、“ぜひこのスタジオの電源工事は鈴木さんの思うがままにやってください”と、お願いすることにしました。

鈴木 最初、本間さんからそのように言われて逆に困りましたけど(笑)。もともとオーディオ・マニアの端くれとして電気工事の免許を取得して、仕事をしてきたので、まさか本間さんのような方とご一緒できるとは思ってもいませんでした。

本間 でも、最初に分電盤の話を聞いたときに、相当な研究をしているなとすぐに分かったんです。どういうことをしているんでしたっけ?

鈴木 分電盤の表と裏の塗装を変えています。アンテナと一緒で、出口と入口はすごくノイズに弱いので、内側の塗装は、ナノカーボン・チューブを配合した特殊な仕様にすることで、ノイズを熱に変換しているのです。さらに中身の配線は、楕円の単線をねじっています。なぜねじっているかと言えば、通電で起こる起電力をプラス方向とマイナス方向で相殺するためで、分電盤から各コンセント・ボックスやタップにつながるケーブルもすべて可変ツイスト・ピッチで配線しているのです。さらにシールドもしないことで、鮮度の高い電気を流すようにしています。

写真左はスタジオ内の分電盤を開けたところ。起電力の発生を抑えるためにケーブルは撚り線になっています。写真右が建物の分電盤。できるだけクリアな電気を確保するため、スタジオ用の電源は上流から確保し、雑電とは分けているそうです(もちろん法的範囲内で)

写真左はスタジオ内の分電盤を開けたところ。起電力の発生を抑えるためにケーブルは撚り線になっています。写真右が建物の分電盤。できるだけクリアな電気を確保するため、スタジオ用の電源は上流から確保し、雑電とは分けているそうです(もちろん法的範囲内で)

電源タップや壁のコンセントも専用の塗装を施し、ノイズをできるだけなくす処理をしています

電源タップや壁のコンセントも専用の塗装を施し、ノイズをできるだけなくす処理をしています

本間 工事を終えて最初に音を出したときに伊東さんにも立ち会ってもらいましたが、どんな印象でした?

伊東 ひずみがなく、音の密度がすごいと思いました。四方隅々まで綿密で、美術館で名画を見ている感覚でしたね。驚いたのは、モノラル音源が全体のど真ん中にビシッときたこと。ステレオの音源は、広がりや彫りの深さ、色合い、リバーブの端までしっかり見えている。これはレコーディング・エンジニア的な観点の話ですが、まず真っ白な大きなキャンバスを渡されたという印象でした。そこから音楽的にどう調理するかは我々の仕事です。この部屋の鳴りと、電源の素直さも全部合わさってシビアに耳を試されますね。

本間 僕は今までスタジオでリスニングとしての音楽を聴く気にはあまりならなかったんですが、この環境になって、ジャンルを問わず、すごく気持ち良く聴けるようになりましたね。

作業中の鈴木さん。丁寧な仕事をしていただき、完成したときは電源の重要さを思い知らされました

作業中の鈴木さん。丁寧な仕事をしていただき、完成したときは電源の重要さを思い知らされました

アナログの延長線がデジタルなので良い電源を使うと音の奥行き感が聴こえてくる

鈴木 電気環境を良くしようと思っている人は、接点と材料、そして電圧ではなく電流に気を配ってほしいですね。ノイズ対策用のフィルターや、クリーン電源などを使って対応する人もいると思いますが、確かに波形は奇麗になるものの、音としての鮮度がなくなってしまうんです。それを回避するにはできるだけ引き算して、よりクリーンな電源を使うことなんです。このスタジオの場合は建物の分電盤があるのですが、スタジオ電源はその上流から配線し、一般の雑電と分けて施工することで、理想的な環境が作れているのです。

伊東 結局、電源の良さが出音のスムーズさに直結するんですよね。我々は普段、デジタルの音を聴く機会が多いですが、電源はアナログです。アナログの延長線にデジタルがあると考えると、アナログが優れていてデジタルが劣っているという話ではなくなります。良い電源を使うとデジタルな音源、機材も含めて連続性が保てるので、音の奥行き感がすごく聴こえてくるんです。

本間 今回、鈴木さんに工事をお願いしてみて、電気の大切さが本当によく分かりました。誤った知識がまん延してしまっていることもあるので、まずは自分の環境を見直して、チェックしてみて、さらに改善したい場合は、プロにお任せしましょう。正しい知識を持つことで、環境は一気に改善されるものだと思います。

今回は、EMC設計の鈴木洋さん(写真中央)とエンジニアの伊東俊郎さん(写真左)にお越しいただき、お話を伺いました

今回は、EMC設計の鈴木洋さん(写真中央)とエンジニアの伊東俊郎さん(写真左)にお越しいただき、お話を伺いました

 

本間昭光

本間昭光
1964年生まれ。作編曲家/キーボーディスト/プロデューサー。これまでにポルノグラフィティへの楽曲提供、広瀬香美、浜崎あゆみなどの編曲、槇原敬之のライブ·アレンジやバンド·マスターを担当。近年は鈴木雅之、いきものがかり、天童よしみ、木村カエラ、岡崎体育、Little Glee Monster、降幡愛、関ジャニ∞など、様々なジャンルのアーティストを手掛ける。また、音楽番組へのゲスト出演やミュージカルの音楽監督を務めるなど、幅広く活動している

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