顧客に引き渡してから付き合いが始まる
2009年のYSS設立時から同社の事業に携わってきた武田氏。まずはYSSの具体的な事業内容について解説してもらった。
「音響設備分野の中でも弊社は大空間を得意としています。ホールや劇場、スポーツ施設でいえばスタジアムやアリーナですね。国際会議が行われるような会議施設、学校の講堂なども手掛けています。このような大規模な空間の音響設備に対し弊社では、提案、システム設計、施工、保守といった一連のプロセスすべてを行っているんです。これらのプロセスも新築と改修、クライアントが民間か自治体かなど、状況によって詳細は変わってくるのですが、発注図面に基づいて入札が行われ、落札して受注するというのが大まかな流れです」
プロセスの入り口とも言える設計には、提案設計とシステム設計の2種類があるという。
「提案設計では、弊社からお客様に“経年劣化が見られるので、スピーカーを更新しませんか?”というようなご提案をします。他方入札などによって依頼をいただいてから、具体的なシステムの構築や製作設計をするのがシステム設計です」
設計の次のプロセスである施工は、外部の協力会社と連携しながら行っている。
「実際の取り付けなどは協力会社にお願いし、弊社の技術部では取り付け位置や取り付け方法を検討して施工図を起こし、協力会社が図面通りかつ安全に作業しているかなどを監督する施工管理を行っています。また、スピーカーを設置したいが照明との兼ね合いがあるため位置を調整しなければならない場合や、作業場所の安全性の確保なども弊社技術部の裁量です」
設計、施工が完了したからといって、そこで一連のプロセスが終わるわけではない。施工品質などはもちろんだが、YSSが競合他社に比べて特に評価/信頼されているポイントは保守の分野だ。
「モノやサービスを提供している側からすると顧客に売ったらそこで終わりと勘違いしてしまいがちですが、弊社には引き渡しをしてからお付き合いが始まるという意識が根付いています。そのため、保守部門には比較的多くの人員を配置し、年数回の点検作業を行っています。定期的に点検することで音響システムをより長く安心してお使いいただけますからね。そしてこのように保守を行うことによって、改修のご依頼をいただける場合もあるんです。クライアントが“機材が古くなってきたため改修したいと言っている”という情報を保守部門から営業に伝え、営業と提案設計部門で調査に伺うという形でつながっていきます」
YAMAHA製品の押し売りはしない
YSSはその名の通り、ヤマハの子会社だ。そこで気になるのは、YSSに音響設備を依頼した場合、YAMAHA製品を中心に構成されるのではないか、という点だろう。しかし、YSSの成り立ち的にも、顧客満足度の側面からもそのようなことは無いと武田氏は語る。
「弊社は2009年に不二音響とヤマハサウンドテックの2社が合併して設立されました。前身の時代から、良い製品であればメーカーを問わず採用し、求めるような製品が無ければ自分たちで作るという方針だったんです。そのためYSSになってからも、YAMAHA製品だけで設計/施工するという考えはありません。仮にマイクからスピーカーまでYAMAHAで構成したとしても、それはお客様にとって本当に満足のいただけるシステムなのかというと必ずしもそうではない。顧客のニーズはそれぞれなので、スピーカーはこのメーカーのものにしたいとご要望をいただけば、ご予算や設置場所などの実現性をクリアした上で、お客様の満足度を優先してそれを採用します」
しかし、押し売りはしないものの、ミキサーとシグナル・プロセッサー、パワー・アンプはYAMAHA製品が採用されることが多いという。
「ミキサーとシグナル・プロセッサー、パワー・アンプは、お客様からYAMAHA製品をご用命いただく場合が多く、YSS内でのシェアは高いですね。YAMAHA製品だとしても、お客様に満足いただけないものは採用しないという姿勢なので、YSSでシェアの高い製品は音響設備市場全体でも評価が高い傾向にあります。そのためヤマハにとってYSSは、バロメーター的な役割だと言えますね。ヤマハが設備関係の製品を作るため意見が欲しいとデモ機を持ってきてくれることもあり、それに対して弊社もアドバイスをします。製品作りの早い段階で僕らの意見を聞いて、それを反映するというお互いWin-Winの関係です」
YSSの前身のころから市場にベストな製品が無ければ自分たちで作っていたとのことだが、その精神は今でも健在。自社オリジナルで音響設備用製品を作っている。
「HYFAXというシリーズを展開しており、出力マトリクス・コントローラーや電動吊りマイク装置などを作っています。特に電動吊りマイク装置の利用が見込めるのはホールや劇場だけなので、多くの売り上げは期待できませんが、お客様の要望に応えるため製造しているんです。通常、メーカーはある程度数が売れて、採算ベースになるものでないと製造しませんが、弊社の場合お客様の要望に応え、受注生産で対応しています。ヤマハとは製品作りにおいてもビジネス戦略の方針が違いますね。そして機材製作だけでなく、音響システム設計自体が顧客の要望に応じた一点ものなんです。ホールの形も違えば、キャパシティも違う。さらに一口に2,000人収容のホールと言っても音楽用や演劇用など使用目的が異なっています。音響システムそのものが一つ一つ違うオーダーメイド品なんです」
社員の成長が顧客満足度に直結する
続いて設立10周年を迎え、代表取締役社長としてこれから取り組んでいきたいことを武田氏に伺った。
「弊社は先述の通り競合2社が合併して設立されました。当然合併前の2社それぞれに設計/施工基準があったので、まずは新たな基準を作って全員がそれに則って仕事をするという環境作りが必要。そのため、当初はある程度トップダウンが強めだったんです。しかし設立から10年が経過し、その領域は脱したので、よりボトムアップを強めていきたいと思っています。その過渡期としてまずこの3~4年は、ミドルアップダウン型マネジメントを推進してきたいですね。部長などの中間層が経営陣の意向を汲んで現場に落とし、現場から出た意見を上層部に進言するという形です。より現場に近い部長、課長が判断を下した方がお金も正しく使える上、スピード・アップにもなりますからね」
ボトムアップを目指しているという言葉にもある通り、従業員の成長を念頭に置きつつ、顧客満足度の向上も図っていると武田氏は言う。
「弊社は案件ごとに違うシステムを組んでいるため、その過程でお客様とのやりとりが重要になってきます。そのため社員の成長が顧客満足度に直結すると思いますし、成長したいと思っている社員がたくさんいるのも事実です。チャレンジしがいのあるような仕事を一人一人にアサインしていき、顧客満足度、従業員満足度を同時に実現していければと思っています。そして、これまで身に付けてきたノウハウなどは、OJTで先輩社員から若手へと受け継がれる仕組み作りもしているんです。一緒にお客様のもとへ伺い、会話をフォローしたり、若手の動きを横でサポートしながら一人前になるための手助けをし、一人でも大丈夫だなと思ったら独り立ちさせる。後輩が入ってきたら、今度は彼らに育てさせるという繰り返しです。弊社の事業は労働集約的な仕事なので、人の質でシステムの品質も左右されたり、お客様の評価も担当者の対応でプラスにもマイナスにもなります。そのため、人材育成が非常に重要なんです」
武田氏は、“自分たちの商品は音であること”そして“音響屋であること”を意識するようスタッフに伝えているという。
「音響設備は手段であって、お客様が欲しいのは音なんです。“このスピーカーは最新モデルで”というようなセールス・トークをしてしまいがちですが、お客様はどういう音がするのかという部分を知りたがっている。この音をクライアントが求めているから、この機材を導入しようという順序を忘れないように努めています。そして、音響設備に従事していると設備屋という意識が先行してしまいますが、音響屋という大きな枠組みの中に設備会社があるというポジショニングで仕事しているんだということを大事にしています。その考えを持つことでお客様が求める“音”を大切にする意識が芽生えるんです」
最後にこの仕事をしていて良かった、代表取締役社長としてうれしさを感じる瞬間について聞いた。
「直接お客様から“音が良かった”と言われることはもちろんですが、“あの人がよくやってくれた”と弊社のスタッフを評価してもらえたときは涙が出るくらいうれしいです。これはなにものにも代えがたいですね」
■問合わせ:ヤマハサウンドシステム ☎︎03-5652-3600 www.yamaha-ss.co.jp