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短期集中連載:「MQA」の魅力〜その(1) ストリーミングでもDLでもCDでも使えるハイレゾ時代のテクノロジー

MQAは従来のPCMの弱点とされていた時間軸の正確性を大幅に改善した上で、16ビット/44.1kHzのファイルにまでハイレゾ・データを折りたためる画期的なオーディオ・テクノロジーである。発表当時はその仕組みが分かりづらく、エンジニアやミュージシャン、レーベルにそのメリットがなかなか伝わらなかった。しかし、今年に入ってユニバーサル ミュージックが“ハイレゾCD”と銘打ちMQAエンコードされたCDを130タイトル発売。各社からも対応機器が相次いで発売されたため、次世代ディストリビューション・メディアの本命として脚光を浴びている。また今回のInter BEE 2018ではMQAライブ・ストリーミングも披露され、昨今拡大しているライブやフェスの中継を高音質で楽しめる時代がすぐそこまで来ていることを実感させてくれる。

この短期集中連載はMQA の仕組みや音質上のメリットを解説するとともに、実際に使い始めているエンジニア/アーティストへのインタビューを通じて、制作サイドがMQAを採用するメリットを明らかにしていくものである。1回目はMQAとはどんなものなのか? そのテクノロジーを解き明かしていこう。

英MERIDIANの創業者が開発したフォーマット

MQAの開発者ボブ・スチュアート氏 MQAの開発者ボブ・スチュアート氏

MQAは“Master Quality Authenticated”の頭文字を取ったもので、その言葉通りマスター音源が持つ品質をそのままリスナーに届けることを目的にしたオーディオ・フォーマットだ。開発したのはイギリスを代表するオーディオ・メーカーMERIDIANの創設者であるボブ・スチュアート氏。MERIDIANといえば、美しいデザインで知られたオーディオ・コンポーネント200 Seriesを思い出す方も多いだろう。スチュアート氏は同社のオーディオ機器の設計を手掛ける一方で、デジタル・シグナル・プロセッシングへの深い造詣を生かし、1990年代末にMLP(Meridian Lossless Packing)というオーディオ・フォーマットを開発。音質と利便性を兼ね備えたフォーマットとして、DVDオーディオからBlu-rayのDolby True HDに至るまで幅広いメディアで採用された実績を持っている。そんなスチュアート氏がこれまでの経験と最新の神経工学における聴覚の研究をもとに作り上げたのがMQAなのだ。その普及のためにMERIDIANを退職し、新たに会社を立ち上げたというのだから自信のほどがうかがえるだろう。この章ではMQAを支える2つのテクノロジー……“De-blur”と“Music Origami”について解説することにしよう。

PCMの弱点である時間のぶれを解消するデブラー

現在のデジタル録音の主流であるPCM方式では、アナログ信号をデジタル信号へコンバートする際に折り返しノイズが発生するため、それを除去する目的で急峻なローパス・フィルターが用いられている。だが、このローパス・フィルターはノイズを除去する一方で、信号に時間的なぶれ(Blur)を生じさせてしまう。このぶれは量子化ビット数とサンプリング・レートを高めていくことで低減できるものの、24ビット/192kHzであっても前後で約250μs(マイクロ秒=1,000,000分の1秒の単位)ずつ、トータルでは500μsほどのぶれが生じる。人間の耳は3μsの差を検知できるほど鋭敏であることが分かっており、500μsを超えるぶれともなるとそれは音のにじみとして認識され、結果的に平板で奥行きの無い音像として聴こえてしまう。MQAは“De-Blur(デブラー)”という技術でこのぶれをトータル10μsまで抑えることに成功、音の立ち上がりを改善し、立体的な音場の再生を可能にしているのだ。

具体的にデブラーではどのようにしてぶれを抑えているのか? 実はその詳細は明らかにされていない。だが、日本におけるMQA利用の先駆であるエンジニア/UNAMASレーベル主宰の沢口真生氏から伺った話は、そのプロセスを類推するヒントとなるだろう。現状、MQAファイルの作成(=エンコード)は、イギリスのMQA本社に依頼するのが基本で、沢口氏もマスター・ファイルをスチュアート氏に渡してエンコードしてもらっている。その際、必ず録音時に使用したADコンバーター名の申告、さらには何のプロッセッシングも行っていない“素のトラック”を2つほど提出することが義務付けられているというのだ。つまり、使用されたADコンバーターによってどのような時間的ぶれが生じているのか、その挙動を解析し、それを補正した状態で再ファイル化しているのがデブラーなのであろう。

このデブラーについては、MYTEK DIGITALの創設者でありDSDの第一人者として広く知られるミーハウ・ユーレビッチ氏も“PCMの問題点を解決するもの”として高く評価。“DSDが最高のオーディオ・フォーマットであるとの考えに変わりはないが、MQAはそれに次ぐ良いフォーマットである”として、自社の最新DAコンバーターにMQAデコード機能を装備させている。このようにデブラーの効果は斯界の専門家からも広く認められているのだ。

インパルス・レスポンスを192kHzでサンプリングしたものと、それにMQAを施したものとの比較。192kHzでは前後に250μsのぶれが生じているが、MQAではトータルで10μs 程度に抑えている インパルス・レスポンスを192kHzでサンプリングしたものと、それにMQAを施したものとの比較。192kHzでは前後に250μsのぶれが生じているが、MQAではトータルで10μs 程度に抑えている

ハイレゾ・データを折りたたむMusic Origami

もうひとつのMQAの特徴は、ハイレゾ・データを、音質を保持したまま圧縮できることである。大容量の記録媒体や高速な回線が普及してきたとはいえ、やはりファイル・サイズは小さい方がユーザーにとって利便性が高い。MQAは“Music Origami”と呼ぶテクノロジーを使い、ハイレゾ・データを大幅に圧縮可能だ。

その原理を説明しよう。下の図は24ビット/192kHzで録音されたラベルの弦楽四重奏のスペクトラムを表したもので、橙の線は記録された音楽のピーク値、赤の線は録音環境のノイズ・レベルの平均値を示している。人間が聴くことができるノイズ中の信号はノイズ・レベル以下10dBまでなので、この図で言うとー120dBより小さい信号は情報としては意味を成さない。つまりビット数で換算すると6ビット分ほどのデータを無駄に浪費していることになる。Music Origamiはその浪費されているエリアにハイレゾ情報を格納するのである。まずは96kHz以上の超高域成分を非可逆圧縮して24kHz~48kHzのノイズ・フロアに隠し、続いて24kHz~48kHzの高域成分を可逆圧縮(16ビットに折り畳む場合は非可逆)して24kHz以下のノイズ・フロアへと隠す。Origami=折り紙の名の通り、2回折り畳むことで、ハイレゾ情報を含んだサンプリング・レート48kHzのファイルができるわけだ。この48kHzのファイルは普通のWAVファイルとして認識されるので、さまざまな環境で再生できるほか、FLACなどの可逆圧縮によってさらにコンパクトなサイズにできるのがユニークだ。

Music Origamiによって折り畳まれたMQAファイルは、対応デコーダーを使うことで再び元のサンプリング・レートまで展開することができる。現在、多くのメーカーがMQAのコンセプトに賛同し、さまざまなタイプのデコーダーをリリースしている。DAコンバーターとしては、スチュアート氏がMERIDIANへの置き土産として仕上げた超高級機Ultra DACや、先のMYTEK DIGITALによるBrooklyn DAC+が有名。ポータブル機としてはMERIDIANのDAC内蔵ヘッドフォン・アンプExplorer2、SONYのハイレゾ・ウォークマンNW-ZX300、ONKYOのスマートフォンGranbeat DP-CMX1。さらにPC用の音楽プレーヤー・ソフトではAudirvana+3が対応している。注意してほしいのは、製品によっては折り畳まれたものをすべて展開(フル・デコード)できるわけではなく、一段階のみの展開(コア・デコード)しかできないものもあること。ただ、たとえ1回しか展開できなくても、さらに言うと対応デコーダーを使わなかったとしても、MQAファイル自体はデブラー処理がなされているので、時間軸上のぶれの無い高音質なファイルとして再生できることはあらためて強調しておきたい。ユーザーのリスニング環境に応じ、最良の音を提供するというスケーラブルな点がMQAの最大の魅力であるのだ。

Music Origamiの仕組み Music Origamiの仕組み

*MQAに関する各種お問い合わせ・ご相談等は、bike@mqa.co.uk(鈴木弘明 ※日本語で結構です)へメールにてお願いします。