Bitwig StudioのFX Gridでラップを加工|解説:西田修大

Bitwig StudioのFX Gridでラップを加工〜機能から曲の展開が生まれる|解説:西田修大

 こんにちは。ギタリストの西田修大です。前回はマンドリンを録音して、それをBITWIG Bitwig Studioのさまざまな機能で加工し、ビート、ベース、ギターなどのパートも追加して、楽曲の元となるループを作りました。今回は、このループを元に、各パートを抜き差ししたり、ラップやボーカルを追加して発展させてみたので、その工程を紹介します。

FX Layerでひずみのバランスを調節

 前回作ったマンドリンのループは、そのままでの気持ち良さもあったのですが、この曲で作りたいビートに対しては箱庭感があるというか、“サンプラーで良い感じに作りました”という感じが強かったので、もっと生々しい質感が欲しくなりました。そこで、プラグインのUNIVERSAL AUDIO UAD-2 Fender '55 Tweed Deluxeでひずみを足してみることにしました。

UNIVERSAL AUDIOのアンプ・シミュレーター・プラグイン、UAD-2 Fender '55 Tweed Deluxe

UNIVERSAL AUDIOのアンプ・シミュレーター・プラグイン、UAD-2 Fender '55 Tweed Deluxe

 このプラグインは好きでよく使っているのですが、今回の場合はそのままひずませるとイメージと離れてしまいそうです。欲しいのは、しっかりひずんでいる音が少しだけ原音に混ざっている、という状態。そこでBitwig StudioのFX Layerを使うことにしました。これは複数のエフェクト・プラグインをレイヤーとして追加し、ドライ音とウェット音のバランスを調節できるデバイスです。ギタリスト的に言えばブレンダーのような機能ということになります。

左がFX LAYER。レイヤーとして追加したエフェクト・プラグインで加工した音と原音のバランスをMixつまみ(赤枠)で調節できる

左がFX LAYER。レイヤーとして追加したエフェクト・プラグインで加工した音と原音のバランスをMixつまみ(赤枠)で調節できる

 近年は、さまざまなプラグインにドライとウェットのバランスを調節するミックス機能が搭載されるようになりましたが、それが無いプラグインを使う際にFX Layerは便利です。ちょっとした機能かもしれませんが、エフェクト専用トラックを作ってセンド&リターンする手間を考えると、インサートFXとしてすぐに扱えて、ウェット/ドライも分かりやすいので便利です。

 次に、新たなパートも足すことにしました。音源にはグラニュラー・シンセサイザーのTASTY CHIPS ELECTRONICS GR-1に読み込んだストリングスを使い、鍵盤で弾きながら、同時にGR-1のスライダーもリアルタイムに操作して録音。これは“イントロからずっといるけど気にならず、いなくなったときには抜け感が出る”という役割のためのものです。しかし、実際に入れてみると、空間は埋まった感じになるにもかかわらず、目立たなさすぎるというか、聴こえなさすぎる状態になってしまいました。そこで、Filterをインサートしてローパス・フィルターをかけ、さらにモジュレーターからRandomを追加してFilterのカットオフ・フリケンシーにかけてみました。フィルターの周波数をランダムに動かすことで、音色に動きを出そうとしたのですが、その結果、“意識しないと聴こえないけど、一度気付くと存在を認識できる”という役割のパートにすることができました。

フィルター・プラグインのFilterにランダムな波形を持つLFOのRandom(赤枠)を追加した状態。Randomはカットオフ・フリケンシー(黄枠)にかけられている

フィルター・プラグインのFilterにランダムな波形を持つLFOのRandom(赤枠)を追加した状態。Randomはカットオフ・フリケンシー(黄枠)にかけられている

エフェクトのモジュラー環境

 さらに、以前録音した友人のラップを加えてみることにしました。このラップも前回までに紹介した機能を使って、テンポやピッチを変更したり、フォルマントを調整しています。それと同時に、曲の展開も作っていったのですが、フック的な部分を作れる要素が足りないと感じたため、ラップに対してボーカルがコール&レスポンスするようなセクションを作ることにしました。このボーカルも過去に友人に歌ってもらったものです。しかし、それでもまだフックとしては何かが足りない状態でした。そこで、いろいろ試した結果、ラップを8分音符でチョップ、つまり切り刻んでみたところ、曲のテーマ的な存在として感じられるセクションになりました。

 このチョップに使用した機能がFX Gridです。これはモジュラー・シンセのように、さまざまなエフェクトを自由に組み合わせて、オリジナルのエフェクトを作ることができるというもので、Bitwig Studioの特徴の一つです。一見、難しそうにも感じますが、最近、ギター用のペダル・エフェクターでも、EMPRESS EFFECTS ZoiaやBOUTIQUE PEDAL NYC Poly Beeboのような製品が登場しているので、少しずつですがギタリストにもこうした音作りの方法は浸透してきていると思います。またプリセットが豊富なので、イチから自分で作らなくてもいろいろなアイディアを試すことができるのもうれしいです。ここではAudio Chopper Pitch-12というスタッター的なプリセットをエディットして使用しました。

FX Gridのプリセット、Audio Chopper Pitch-12を表示したところ。FX Gridでは、ユーザーが自分でエフェクトのモジュールを組み合わせて、オリジナルのエフェクトを作ることができる。またBitwig StudioにはFX Gridのほかに、Poly Grid、Note Gridという3つのモジュラー環境が備わっている。Poly Gridではオリジナルのインストゥルメントを構築でき、Note Gridではノートをコントロールするモジュールが用意されている

FX Gridのプリセット、Audio Chopper Pitch-12を表示したところ。FX Gridでは、ユーザーが自分でエフェクトのモジュールを組み合わせて、オリジナルのエフェクトを作ることができる。またBitwig StudioにはFX Gridのほかに、Poly Grid、Note Gridという3つのモジュラー環境が備わっている。Poly Gridではオリジナルのインストゥルメントを構築でき、Note Gridではノートをコントロールするモジュールが用意されている

 さらに、ラップと掛け合いになっているボーカルにもFX Gridを使いました。こちらは少し機械的な感じを出したかったので、Vinyl Simulationというプリセットでノイズを加えています。これはレコード・ノイズを加えてくれるもので、ハム・ノイズ、ランブル・ノイズ、そしてプチプチとしたクラックル・ノイズの3種類を好みのバランスで足すことができます(ハム・ノイズはサンプルなので別の音にも差し替え可能)。

ボーカルの加工に使用したFX Gridのプリセット、Vinyl Simulation。3種類のノイズを加えることができ、バランス調整も可能

ボーカルの加工に使用したFX Gridのプリセット、Vinyl Simulation。3種類のノイズを加えることができ、バランス調整も可能

 FX Gridは、“試しに突っ込んでみる”ことで思わぬ効果を得られる面白い機能です。最初から明確に作りたい音のイメージがあるのなら、ほかの方法でも可能だと思います。でも、新しい要素を持ち込みたいものの、自然に思いつくアプローチでは満足できないようなとき、思いきってFX Gridのプリセットを試してみることで、新たなアイディアが生まれることがあります。

 そのほか、ループのハイハットを倍速にして追加したりしながら完成させたのが、下の画面です。

マンドリンのループから発展させて、楽曲として構成した状態。赤枠がフックのラップ、黄枠がボーカル。いずれもこの曲用に録音したものではなく、過去データから引っ張りだしてきたので、ピッチや長さ、フォルマントなどは修正している

マンドリンのループから発展させて、楽曲として構成した状態。赤枠がフックのラップ、黄枠がボーカル。いずれもこの曲用に録音したものではなく、過去データから引っ張りだしてきたので、ピッチや長さ、フォルマントなどは修正している

 3回に渡ってBitwig Studioの特徴をご紹介してきましたが、いかがだったでしょうか? 僕自身、この連載を執筆するにあたり、あらためてBitwig Studioの機能を意識しながら曲を作ってみました。そうすると、Bitwig Studioはミュージシャンにとって、さまざまなアイディアを提供してくれるDAWだということを再確認することができました。例えば、ラップを刻んだフックなどは、FX Gridがあったからこそ作れた展開ですし、曲全体の抜き差しもこのフックを中心に作っていったので、機能から曲の構成が生まれ、アレンジがまとまったとも言えると思います。さらに、前回までに紹介したオーディオのピッチや長さ、フォルマントなどを手早く変更できる操作性の良さも、アイディアをすぐ形にする上で欠かせない機能です。これらをまとめて一言でいうと、“曲の作り方が変わるDAW”、ということになると思います。

 それでは、お付き合いいただき、ありがとうございました。またどこかでお会いしましょう!

 

西田修大

【Profile】ギタリスト、プロデューサー。中村佳穂の最新アルバム『NIA』ではギタリストとしてのみならず、盟友の荒木正比呂とともにプロデュースを務めたほか、UA、君島大空、角銅真実、ROTH BART BARON、KID FRESINO、石若駿などの作品やライブで活躍する、今、最も注目されている音楽家の一人。

【Recent work】

『NIA』
中村佳穂
(SPACE SHOWER MUSIC)

 

BITWIG Bitwig Studio

BITWIG Bitwig Studio

LINE UP
フル・バージョン/ダウンロード版:50,875円|クロスグレード版またはエデュケーション版:34,100円|12カ月アップグレード版:20,900円

REQUIREMENTS
▪Mac:macOS 10.14以降、macOS 12、INTEL CPU(64ビット)またはAPPLE Silicon CPU
▪Windows:Windows 7(64ビット)、Windows 8(64ビット)、Windows 10(64ビット)、Windows11、Dual-Core AMDまたはINTEL CPUもしくはより高速なCPU(SSE4.1対応)
▪Linux:Ubuntu 18.04以降、64ビットDual-Core CPUまたはBetter ×86 CPU(SSE4.1対応)
▪共通:1,280×768以上のディスプレイ、4GB以上のRAM、12GB以上のディスク容量(コンテンツをすべてインストールする場合)、インターネット環境(付属サウンド・コンテンツのダウンロードに必要)

製品情報

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