自分で曲を作ってみたい!とDAWに興味を持ち始め、サンレコ編集長を質問攻めにしました。ところが、そこで新たな疑問が湧いてきます。DAWとDTMってどう違うの? あらためてサンレコ編集部に行ってみると、ちょうど打合せから戻ってきた編集長をまたつかまえて……
DTMはDesktop Musicの略
シンジ ……で、DAWとDTMって何が違うんですか?
編集長 (この子、また来たんだな……)DAWはDigital Audio Workstationの略だったね。つまり、これは機材やソフトを示す言葉だった。DTMも略語で、これはDesktop Musicを略したもの。コンピューターで作る音楽やその行為のことを言っている場合が多い。
シンジ デスクトップ=机の上で作るから?
編集長 どちらかと言えばコンピューターのデスクトップのニュアンスかな。そもそも、それ以前にDTP(Desktop Publishing)という言葉があって、これは印刷用の原稿やレイアウトをコンピューターで作ることを示したもの。印刷版の『サウンド&レコーディング・マガジン』も……というか現代の印刷物の大半はDTPで作られている。それにならって、DTMという言葉が作られたんだ。この言葉を最初に使ったのはROLANDの「ミュージくん」というパッケージ(1988年)と言われている。音源モジュール……シンセから鍵盤を除いたようなものと、これとコンピューターをつなぐMIDIインターフェース、そしてシーケンス・ソフトがセットになっていた。
シンジ ……すみません、既についていけていないです。
編集長 当時のパソコンは今のスマートフォンよりもはるかに非力で、オーディオ録音やリアルタイム・エフェクト処理なんてできるわけもないし、今みたいにパソコンからどんな音でも出せる時代じゃなかった。だから、シーケンス・ソフトに入力したMIDIデータを、インターフェースから出力して、音源モジュールを鳴らすというシステムで、音楽を作ってみましょう、というのがこのパッケージの中身。
シンジ つまり、パソコンからは直接音は出ていなかった?
編集長 そういうこと。
MIDIとは何か?
シンジ MIDIっていうのは……? よく打ち込みのことをMIDIって言いますけど……。
編集長 MIDIは、Musical Instrument Digital Interfaceの略で、DTMが登場する以前、1981年に公開された規格。世界中のメーカーのシンセやリズム・マシンなどを、相互接続できるように作られたんだ。
シンジ もともとはハードウェアのための規格なんですね。
編集長 そう。大まかに言うと、音の長さと高さ、音の強さ(正確には打鍵の速さ)などの演奏情報が含まれている。
シンジ ベースで言ったら、4弦開放のEを、割と強く、スタッカートの8分音符で刻む、みたいな。
編集長 もっと細かいけどね。その記録/再生や編集ができるのがMIDIシーケンサー。それをシンセとかサンプラーに送ってあげると、その通りに演奏してくれる。当時はハードウェアのMIDIシーケンサーで、ボタンを押してカチャカチャとデータを入力していたから、そのころの名残で今でも「打ち込み」と呼んでいる。
シンジ それで、まずDAWが出る以前に、そのシーケンサーがソフトになった……と。
編集長 そうだね。まだWindowsとかが普及する前の時代だけど、それでも画面が大きいのはメリットだった。もちろん単体の方が便利だと思って、そっちを長く使っている人もいた。
シンジ 今でもMIDIは使われているんですか?
編集長 現役なんだよね。ハードウェアのシンセはもちろん、DAWの内部でもMIDIが使われている。今のDAWソフトももともとはMIDIシーケンス・ソフトから成熟していったものが多いし、DAWの中でピアノやドラムやシンセなどに演奏させたいときにも、MIDIのマナーに従ってデータを入力する。
日本のDTM文化とサンレコ
シンジ で、話は戻るんですが、今はDTMとDAWってほぼ同じ意味なんですか?
編集長 うーん……今はDAWでの音楽制作はDTMって言ってもよいのかもしれない。
シンジ 昔は違ったと?
編集長 DTMパッケージが世に出始めたころのDAWは、前回話したように巨大で、アマチュアもちろんミュージシャンでさえもなかなか買えるようなものではなかった。それに、DTMは、コンピューターとつなげれば打ち込みができる「セット」として発売されることで、それまで楽器に触ったことのない人たちも参加できるようになってきた。そこは現在のDAWと近いけれど、DTMはプロの音楽制作の世界とは違う独自の文化として育ってきた。
シンジ 独自文化?
編集長 DTMパッケージの特徴は、同じものを買った人であれば同じデータを再生しても、同じ音で再生できる、ということにあったんだ。当初はインターネットも普及していなくて、パソコン通信のフォーラム……掲示板とか、今で言うSNSみたいなものだけど、そこにユーザーが自分で作ったデータを投稿する。会員がそのデータをダウンロードして、自分のシステムで聴いたり、分析したりした。今だったらYouTubeとかSoundCloudとかに自分の曲をアップするみたいな感覚かな。もちろん、当時はオーディオで1曲分アップロードできるような通信環境やサービスなんて無かった。MIDIだと「演奏情報」だけだから、データ量も何十KB単位だったので、当時でもやり取りはできたんだよね。
シンジ 「ギガが足りない」どころじゃなかったんですね。
編集長 でも当時は、既存曲のコピーが多くて、20世紀の終わりごろから著作権料徴収をどうするのか……ということもあったりしたんだよね。
シンジ 打ち込みで完コピするカルチャーだった、と。
編集長 しかも制限のある機材で。もちろん、昔のDTMで、オリジナル曲を投稿していた人もいたけれど。みんなが持っている機材でないといけないわけだから、データを工夫してなんとか人間の演奏に近付けたり。
シンジ ボカロの“調教”みたいですね。
編集長 そうだね。実際にボカロPには、当時のDTMerが多いとも聞いているから。
シンジ 僕はDAWでオリジナル曲を作りたいと思っているんですけど、ちょっと向いている方向性が違う気がしますね。
編集長 この前「DTMとDAWの違い」ってシンジ君が言うから、サンレコのバックナンバー(会員の方はご覧いただけます)で調べたんだ。さすがにまだ私も編集部に入る前の話だし。そうしたら、昔の意味でのDTMの記事って当時のサンレコにはあまり無かったんだよね。記事だけじゃなくて、各社の広告だってほとんど当時のフラッグシップ・シンセとかサンプラーとかで、DTMパッケージはあまり出ていない。当時も今も、サンレコはゼロから音楽を作りたい人を主に想定していて、何かを打ち込みで完コピするということはあまり念頭に置いていなかった。
シンジ でも、今は……
編集長 そう、DTM=打ち込み完コピ、というのもやや偏見があると思うし、現在の広義のDTMということであれば、それはDAWを使った音楽制作を指していると思う。個人的には、打ち込みで完コピをしてみるのも、曲の構造や特徴を知るための勉強になると考えている。そこは、バンドで完コピするのと近い感覚だよね。
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