360 Reality Audio(サンロクマル・リアリティオーディオ)は、ソニーの360立体音響技術を活用し、全方位から音に包み込まれるようなリスニング体験をもたらす。今回題材とするのは、シシド・カフカ主宰のプロジェクトel tempo(エル・テンポ)による『Tokio Ruidoso』。360 Reality Audio作品としてリリースすることを前提に作られた本作は、エンジニアの加納洋一郎氏がレコーディングからミックスまで手掛けた。ここでは、加納氏のインタビューを通して、360 Reality Audio制作をレコーディングから行うための手法を紹介していく。
Photo:小原啓樹(メイン画像、*を除く) 取材協力:ソニー
今月の360 Reality Audio:el tempo『Tokio Ruidoso』
el tempo『Tokio Ruidoso』
(Denen Records / K DASH)
- maRcha
- la tierra
- Tokio Ruidoso
配信サービス/配信リンク
・360 Reality Audio Liveアプリ(無料)
*360 Reality Audio&レコーディング映像
・Amazon Music Unlimited
*360 Reality Audio(音声のみ)
Musician's Comment|シシド・カフカ
コンダクターの位置で聴く音をそのまま表現
「360 Reality Audioになった作品を聴いて、私がいつもコンダクターの位置で聴いている音がそのまま表現できていると感じました。2ミックスと360 Reality Audioでは、音との距離や音の位置など、感じ取れる空間の違いがあるのではないでしょうか。そのシーンに自分が存在するかのように感じられるのは特別な経験でした。今後は360 Reality Audioで、ライブの特等席で会場を体感しているような作品が聴いてみたいですね。観客の反応も後方に感じながら、みなぎる高揚感を体感できたら楽しそうです」
Recording & Mixing Engineer|加納洋一郎
スピーカー感覚で仕込める360VME+MDR-MV1
アレイに取り付けることで位相が奇麗にそろった
ここからは加納氏に話を聞こう。『Tokio Ruidoso』の360 Reality Audio制作におけるテーマを尋ねると「2ミックスにない“リアルさ”をキャプチャーすること」と答え、こう続けた。
「昨年、el tempoの別の楽曲収録の際に360 Reality Audioのテスト収録も行ったんです。加えて、入交英雄さんや亀川徹さんなどイマーシブ録音の先駆者のお話も伺い、AVACO STUDIOで『Tokio Ruidoso』の収録に臨みました」
マイキングの主軸となったのは、計10chのマイクアレイだ。
「360 Reality Audioでは高さの表現があるので、縦の関係を意識してマイキングしました。空間表現の主軸として、スタジオの中心に5ch×2段のマイクアレイを組み、単一指向性のソニーECM-100Uを計10本配置したんです。ECM-100Uはナチュラルな音質なので、つながり良く空間を捉えられますし、アレイに取り付けることで位相が奇麗にそろいました。テストではマイクの指向性による特徴も分かり、無指向の方が雰囲気は出るけど、外への広がりや空間を出すには単一指向の方が有効だったので、それを反映しました」
面で空間のつながりを出し、点で実音を認識させる
360 Reality Audioの制作環境も注目すべきポイントだ。
「仕込みは自分の作業部屋で行い、MIL Studioで測定した360 Virtual Mixing Environment(360VME)のプロファイルを使ってソニーのヘッドホンMDR-MV1で行いました。この組み合わせが本当に素晴らしい。後ろの音がしっかり後方から出て、スピーカーで聴くのと同じ感覚でした。この環境で仕込めたことでスタジオでもスムーズにチェックできたので、イマーシブミックスをする人に強く薦めたいです」
オブジェクトの配置については、「空間表現をするためには面を作った方がつながりも良いしリアリティが出るのですが、楽器などの実音は点定位の方が音の認識がしやすい」と、“面”と“点”の使い分けを意識していると教えてくれた。
360 Reality Audioの制作について「レコーディングから行うことができるのは、2ミックスのステムからミックスするより圧倒的に優位性を感じます」と話す加納氏。続いては『Tokio Ruidoso』のレコーディングにおけるマイキングの工夫とミックスの具体的な手法を見ていこう。
Studio AVACO STUDIO Recording 301
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360 Reality Audioミックス・テクニック
Point 1|アンビエンスマイク:“点”と“面”を駆使して空間を作る
まずは単一指向性のソニーECM-100Uを使ってスタジオの中心に組んだ5ch×2段のマイクアレイのオブジェクトを配置(緑枠)。上下段の幅は狭めに設定し、現場の音に近づけた。中央から少し左にずれて配置しているのは、収録時の位置と合わせるための調整だという。
2本のリボンマイクのオブジェクトは正面にステレオで配置。マイクアレイとリボンマイクのオブジェクト配置を最初に決めることで、基本的な空間を作っていった。
天井付近の四隅とマイクアレイの上には、無指向性のソニーのECM-100N×5本を立てることで面を作り、天井の反射音を収音。アレイ上のマイクを全天球の上端、四隅のオブジェクトをその少し下に配置した(赤枠)。
スタジオの左右と後方の3カ所には、単一指向のNEUMANN U 87 Aiを上下に2本ずつ配置。上下に立てたのは高さを出すためで、反射音を捉えられるよう壁側に向けて立てた。これらのオブジェクトも実際のマイキング位置に沿って配置している(青枠)。
Point 2|楽器のコンタクトマイク:隣り合う楽器の配置の高さを変えて分離感を出す
各楽器は、基本的にレコーディングスタジオでの演奏位置に合わせてオブジェクト位置を設定した。それぞれの音色の分離が良くなるよう、隣り合う楽器は少し上下をずらして配置。シンバルでは、被りを防ぐためステレオ幅を広めに設定している。また、360 Reality Audioでは上下の位置により音色に変化が生じるため、トライアングルやカウベルなどを含む金物系のアクセサリーやティンバウなど音高の高い楽器はやや上方、キックやスルドなど音高の低い楽器はやや下方に設置した。
楽器の収音にはNEUMANNの真空管マイクなどを採用。金物系アクセサリーは、ソニーのC-100×2本と加納が持参したEhrlund EHR-M×1本で収音した。
なるべく耳の高さに近いところに実音を配置することでパーカッションの迫力感を再現。しかし一方で下半球の空間のライブ感が少し足りなくなり、想定した音に近づけるため5.0chのルームリバーブを足している。