2005年にドイツで創立したelysiaは、多機能なalpha compressorを皮切りに、これまでコンプやEQ、サチュレーターなど、数々のアウトボードを開発してきた。ここでは、最新機種のコンプxpressor|neoの魅力に迫るべく、elysia創業者/CEOのルーベン・ティルグナー氏へのE-mailインタビューと、エンジニア/プロデューサーのHIRORON氏によるユーザー・レビューを紹介。elysiaがブランドとしてたどってきた道のりと、1Uラックのxpressor|neoに凝縮されたこだわりをひもといていく。
Photo:Takashi Yashima(メイン、HIRORON、製品)
- elysiaを知る ~創業者が語るelysia設立とテクノロジー開発~
- elysia xpressor|neoを知る 〜クラスAディスクリート回路を採用〜
- xpressor|neoを試す ~elysiaユーザー・レビュー by HIRORON~
elysiaを知る ~創業者が語るelysia設立とテクノロジー開発~
まずはelysiaのCEOであり創業者でもあるルーベン・ティルグナー氏のインタビューを紹介。elysiaが創立されたきっかけから、現在の開発や生産の様子、xpressor|neoの魅力を語っていただいた。
すべての部品が社内生産されている
2005年にルーベン・ティルグナー氏とドミニク・クラッセン氏によって創立されたelysia。まずはその創業のきっかけについて尋ねよう。
「僕はSPL、ドミニクはTERRATECで働いていて、僕たちは一緒にバンドで演奏していました。僕はキーボード、ドミニクはベースを弾いていたんです。僕はバンドのライブでミキシングやサウンド・デザインを行なっていたので、レコーディング畑に進み、SPLでの経験を通して開発者として働いていました。そして、僕がドミニクのためにベース・プリアンプを開発するというアイディアが発展して、alpha compressorのアイディアが生まれたのが2005年でした。翌年フランクフルトで行われたMusikmesseでalpha compressorを紹介し、elysiaを正式に創立したのです」
現在elysiaは「従業員10人ほどのコンパクトなチームで、各従業員は多様なスキルを持っている」とルーベン氏。
「設計チームでは僕がエレクトロニクス部門全般のリーダーで、回路コンセプトを作成して試作品を作ります。そこからチームで製造して僕がテストし、生産/販売へ進みます」
氏は、elysiaの製造は「完全なエレクトロニクス生産で、すべての製品が社内生産されていること」が重要だと話す。
elysiaではコンプやEQ、トランジェント・シェイパー、サチュレーターなどを19インチ・ラックと500シリーズで展開。
「2006年に発表したalpha compressor、それと正反対のコンセプトを持つmpressor、その後開発したmuseqでマスタリング用のハイエンド製品が整いました。2010年に発売したAPI 500互換モジュールのxpressor 500には、500モジュールにも19インチ・ラックにも使えるプリント基板、エレクトロニクスを採用しました。これが好評で、後続のnvelopeやkaracter、xfilterも同様の手法を採っています」
ステレオ・フィールドにかなり奥行きがある
ここからは、最新機種xpressor|neoについて話を聞く。
「xpressor|neoのアイディアを思いついたのは、テクノロジーの現状を踏まえ、未来へのさらなる一歩を踏み出そうとしたからです。10年以上にわたる回路設計の経験を元に、製品の質を向上させたり小さな弱点を解決して、より新鮮なデザインにしました。操作性や機能性の基本コンセプトは、最初からよく設計されているのであまり変えていません」
xpressor|neoはクラスAのVCAコンプを採用。VCAは「サウンドの動きを大きく決定する重要な要素」とし、これまでの経験を生かし自社で生産を行っているという。
xpressor|neoには、特色を持つさまざまな機能を搭載。
「ボタンを押すだけでサウンドの特徴を変えるWarm Modeは、高域を少し減衰させて低域をブーストさせる仕組みです。複雑な素材に使えるのがLog Rel(ログ・リリース)ボタンで、ゲイン・リダクションが強いほどリリース・タイムが速くなるので、例えばシンセ・パッドの下にドラム・セットがある場合、ドラムの速いトランジェントはリリースが速く、シンセ・パッドはリリースがかなりゆっくりになることで、音楽的にさらに心地良くなります。コンプが少し速めに作用すべきあらゆる場面で役立つAuto-Fast機能では、アーティファクトを伴う問題を素早く解決することもできるんです」
加えて、特徴的なパラメーターの一つがゲイン・リダクション・リミッター(Gain Reduction Limiter、以下GRL)だ。
「インプットでほかに何が起こっていようとも、10dBだけきっちり減らすような制限をGRLとして設けました。例えばドラム・バスにコンプをかける際、キックとスネアにコンプが作用するように設定して、GRLで6dBまでしか減少しない設定にすることで、ブレイクでタムが多く入ってきたとしても、それ以上コンプがかかりません。また、フィードフォワード・コンプなので、リミッティングを超えて極端なプロセスを施す“ネガティブ・レシオ”を行えます。GRLと併用するとかけ過ぎないように調整でき、ポンピング効果を起こすこともできます」
最後に、xpressor|neoの魅力を総括していただいた。
「xpressor|neoは、クラシック音楽からロック、電子音楽まであらゆるシグナルをうまく扱って常に素晴らしい結果を素早く得られますし、何かを極端に破壊する気持ちには決してなりません。広がりのある響きで、ステレオ・フィールドにかなり奥行きがあります。多彩なxpressor|neoは、あらゆる人のスタジオにあるべき素晴らしい製品です」
elysia xpressor|neoを知る 〜クラスAディスクリート回路を採用〜
elysia xpressor|neo(オープン・プライス、市場予想価格:210,000円前後)は、クラスAのディスクリート回路を採用したステレオVCAコンプ。旧モデルxpressorの機能や操作性はそのままに、回路設計を見直してより深みのあるサウンドを実現しているという。500モジュール版のxpressor|neo 500(オープン・プライス、市場予想価格:130,000円前後)も発売中。
SPECIFICATION
●周波数特性:10Hz~400kHz ●全高調波ひずみ率:0.003%(@0dBu/+10dBu、20Hz~22kHz、Mix0%)、0.007%(@0dBu、20Hz~22kHz、Mix100%)、0.02%(@+10dBu、20Hz~22kHz、Mix100%) ●ノイズ・フロア:−91dBu ●ダイナミックレンジ:112dB ●インピーダンス:+21dBu(入力/出力とも) ●インピーダンス:20kΩ(入力)、68Ω(出力) ●電圧:5V(USB3.0) ●外形寸法:482.6(W)×44.45(H)×214(D)mm ●重量:1.76kg
xpressor|neoを試す ~elysiaユーザー・レビュー by HIRORON~
良い意味で音色変化が少なくソースを限定しない
続いては、ヒップホップを中心としたさまざまな作品のエンジニアリングやプロデュースを手掛けるHIRORON氏がelysia xpressor|neoをテスト。ライブDJ/マニピュレーターとしても活躍する彼ならではの活用方法が語られた。
大人数のボーカル録りも対応できるAuto Fast
以前からelysiaのコンプを愛用してきたHIRORON氏。
「自分のスタジオでは主にボーカル録音用に買ったmpressor 500を愛用していて、外部スタジオでxpressor 500を使った経験もあります。elysiaのコンプはパラメーターの調整幅が広く、狙ったエンベロープを作りやすいんです」
xpressor|neoの第一印象についてはこう話す。
「必要なパラメーターが信号の流れに沿って左から右へシンプルに配置されていて扱いやすく、プラグインしか触ったことがない人も使いやすそうです。ツマミが握りやすく、クリック式なのでリコールもできます。VCAコンプなので本体がとても軽くて熱もあまり出ないし、ショート・ラック・ケースに収納できるサイズなので気軽に持ち運べるのも魅力です。サウンドはクリアで、極端な変化は感じませんでした。パラメーターは1目盛りで引っかかり方が変わるのが聴感で分かります。アタックやリリースの可変幅が広く、レシオは平坦を超えたマイナス方向への調整も可能です。シグナルの最終段にDry/Wetが付いていてパラレル・コンプも直感的にできますし、ハードウェアでここまで自由自在なのは珍しいです」
ここからは具体的にxpressor|neoの使用感を伺おう。まずはボーカル・レコーディングでのテストの結果を尋ねた。
「引っかかり方はmpressorに近いですが、音色はよりハイファイで、中高域が奇麗だと感じました。急なピーク時だけアタックが速くなるAuto Fast機能は、ボーカルが突発的に大きくなった場合にも止めてくれるので、歌い方が多様な大人数の入れ替わり立ち替わりなボーカル録りでも安心して使えていいですね。レシオは、マスタリングなどに向く緩めの設定にも、張ってくるラップをバシッと止めて前に出すようなリミッター的な設定にも一瞬で切り替えられて便利です」
POINT|自由度の高いサイドチェイン・フィルター
低域が多いクラブ・ミュージックでは、マスター・バスに深くコンプをかけると低域で引っかかってしまってダイナミクスがなくなるので、サイドチェイン・フィルターは欠かせません。ハードウェア・コンプだと固定値の機種も多いところ、なんとxpressor|neoは31Hz~1kHzまで設定可能! 中低域のダイナミクスを維持しつつそれより上の帯域を調整できます。最高値1kHzはすごいです。ディエッサーと近い感覚でハイハットなどに使うのも面白そうです。
PAやマニピュレートでも試してもらいたい
続いては、ミキシングでのテストについて教えてくれた。
「ドラム・バスやマスター・バスで試しました。特にゲインのリダクション量を調整できるゲイン・リダクション・リミッター(GRL)がユニークで、コンプがかかって前に出る効果を得つつ、リダクションしすぎて平坦なサウンドになることを回避してくれます。この機能のおかげで、ナチュラルかつ独自性のあるサウンドを得ることができました」
Warm Modeなど色付けができる機能も搭載。HIRORON氏が特に気に入ったのはLog Rel(ログ・リリース)機能だ。
「Log Relは、トランジェントがある音はリリースが速く、ベタッとした音はリリースが遅くなるので、キャラ付けをしつつ、曲全体でいいあんばいに調整できる便利なボタンです。楽曲が大きく展開する場合もボタン一つで対応できます」
ライブDJやマニピュレーターとしても活躍するHIRORON氏は、その経験から制作以外の用途もこう提案する。
「xpressor|neoはPAやマニピュレーターにも試してもらいたいです。良い意味で音色変化が少ないのでソースを限定しないし、バス・コンプ/リミッターとしてライブ現場で使うのも良さそうです。ハードウェアだから遅延はないし、急に電源が落ちてもスルーして音が出るのでトラブル時も安心です。出力がスプリットできるのも高得点です。ライブ・レコーディングや生配信用のミックスで映像チームへ送るものとこちらで受けるものを分配したり、録音のメインとバックアップで分けたりと、アイディア次第でいろいろできますね」
最後には、xpressor|neoの魅力をこう総括してくれた。
「xpressor|neoは初心者のコンプの勉強にもなりそうです。ミキシングで使ってハードウェアの感覚を身に付ければレコーディングでもコンプをかけ録りする勇気が出そうですし、Auto FastやGRLなどの機能は録音の失敗を起こしにくいと思います。通しても音のカラーが変わりすぎないので積極的にパラメーターをいじれますし、試しがいがある可変幅の広さなので、ぜひツマミを触る楽しさを感じてください!」
【HIRORON】自身のプライベート・スタジオ=ATENE STUDIOを拠点に、ヒップホップを中心とした数々の作品にエンジニア/プロデューサーとして参加。SKY-HI、Lead、おかもとえみ、KEN THE 390、Aile The Shota、XIIXなど数々のアーティストのライブでDJ/マニピュレーターとしても活動する