YUKI KANESAKAのプライベート・スタジオ|Private Studio 2023

YUKI KANESAKAのプライベート・スタジオ|Private Studio 2023

YUKI KANESAKAは、アーティストへの楽曲提供や劇伴などを手掛けるプロデューサー/作曲家であり、monolog名義でマルチ奏者、U-KEYとしてDJ/トラック・メイカー、そしてYukihiro Carmichaelの名でバークリー音楽大学の助教授を務める八面六臂の才人。ボストン郊外に位置するプライベート・スタジオHummingbird Recordingsは、彼の音楽家としてのインパクトを感じさせる場所だ。

オーバー・ダブに特化した環境

 KANESAKAの自宅の敷地には、音楽へのアクセス・ポイントが幾つかある。まずは、カー・ガラージを改装して造ったHummingbird Recordings。そしてThe Green Roomと名づけたディスコに、続き間のホーム・シアター。このホーム・シアターは、映画上映会のほかMVのチェックに使われたり、The Green RoomでDJパーティを催す際のVJに活用されたりする。また、中庭ではデッキをステージにして、ミニ・ライブが行えるそう。

 Hummingbird Recordingsは、ABLETON Live、APPLE Logic Pro、AVID Pro Toolsを備える環境。APPLE MacBook Proにインストールしており、オーディオI/OはLYNX STUDIO TECHNOLOGYのAurora(N) 16 - USBだ。ハードウェア・シンセは、すぐに鳴らせるようにMIDIインターフェース経由で常時Macと接続。あらゆるソースをパッチ・ベイに集約し、アウトボードやALLEN & HEATHの24chアナログ卓GL2200-424での音作りが行える。KANESAKAいわく、Hummingbirdはオーバー・ダブにフォーカスしたスタジオ。ホーン隊やストリングス・カルテットを録ることもあり、常にマイクが立っている。「欲しい響きが得られる場所に、楽器の方から迎えにいけるんです」と言う。

 「例えば、グランド・ピアノはドリー(台車)に載せているので、自由に動かせます。楽器用アンプやLESLIEスピーカーにもキャスターを付けていて、いつでも響きを工夫しながら録音できるんです。僕は、いろいろな部屋のドアを開けて、必要な道具を逐一取ってくるような作業が大嫌いで……音楽は、みんなでアンサンブルするものだから、それを妨げる壁がなくなるように、動線を確保したフラットな部屋にしているんです。スタジオは大きな楽器であり生き物でもあると思うので、同じインプットの音楽に偏らないよう、すべての要素を特定の位置に固定しないことを心がけています」

ディスプレイにはAPPLE Logic Pro、AVID Pro Tools、ABLETON Liveが映る。両脇のスピーカーはADAM AUDIO S3Aで、GENELEC 1037Bとともにメインのモニター機器だ。S3Aの外側に見えるのは初代のALESIS M1 Active。「今はほぼ使っていませんが、アメリカに来て以来の相棒で、かわいいから置いています」とKANESAKA。アナログ卓はALLEN & HEATH GL2200-424で、「ちょっとAMEKっぽくて効きが良い」と言うチャンネルEQが魅力

ディスプレイにはAPPLE Logic Pro、AVID Pro Tools、ABLETON Liveが映る。両脇のスピーカーはADAM AUDIO S3Aで、GENELEC 1037Bとともにメインのモニター機器だ。S3Aの外側に見えるのは初代のALESIS M1 Active。「今はほぼ使っていませんが、アメリカに来て以来の相棒で、かわいいから置いています」とKANESAKA。アナログ卓はALLEN & HEATH GL2200-424で、「ちょっとAMEKっぽくて効きが良い」と言うチャンネルEQが魅力

常設マイク。PELUSO CEMC-6、AUDIX ADX-51、ELECTRO-VOICE PL9などのペア、OKTAVA MC 012、MK-012-01、LEWITT DTP 340 TTといった機種がある

常設マイク。PELUSO CEMC-6、AUDIX ADX-51、ELECTRO-VOICE PL9などのペア、OKTAVA MC 012、MK-012-01、LEWITT DTP 340 TTといった機種がある

写真上のCAD Trion 6000は、中国製のAKG CK12カプセルに変更済み。その下のペアは、AVANTONE CV-12のボディにCK12、TELEFUNKEN Ela M 251の基盤、MULLARD製ニュー・オールド・ストックの真空管を入れたオリジナル機。キャパシターは一部、NICHICONのものに変更しており、ホスピタル・グレードの電源を採用。銀色のマイクはPELUSO 22 47 Limited Edition。キャパシターや電源には、先のオリジナル機と同様の手が加わっている

写真上のCAD Trion 6000は、中国製のAKG CK12カプセルに変更済み。その下のペアは、AVANTONE CV-12のボディにCK12、TELEFUNKEN Ela M 251の基盤、MULLARD製ニュー・オールド・ストックの真空管を入れたオリジナル機。キャパシターは一部、NICHICONのものに変更しており、ホスピタル・グレードの電源を採用。銀色のマイクはPELUSO 22 47 Limited Edition。キャパシターや電源には、先のオリジナル機と同様の手が加わっている

キャリアの礎となった機材も現役

 デスク上方の大型スクリーンにはコンピューターの中身を映写でき、ドラムをたたきながらDAWを操作するようなことが可能。ドラムがあるスタジオの右ウィングには、ターンテーブルやDJ用ミキサー、サンプラー、音源モジュールが控える。「すべて現役ですね」とKANESAKA。

 「サンプラーと言えば、僕のオールタイム・フェイバリットはAKAI PROFESSIONAL S3000XL。中学生の頃から使っていて、bandwidthというパラメーターを10kHzにしてサンプリングするとMPC3000っぽい音、20kHzではMPC2000みたいな音になります。そして、内蔵オシレーターのサイン波がまた良い音! 音源モジュールについては、YAMAHA TX802のFMピアノとかは結構、現代的な音がする。シティポップやベイパーウェーブのようなサウンドに合うんです。TX802やOBERHEIM Matrix-6Rをワンポイント入れるだけで“自分の音”になってくれるというか、ほかにないサウンドにできると思います」

ラックには、上からOBERHEIM Matrix-6R、YAMAHA TX802、ROLAND Fantom-XR、AKAI PROFESSIONAL S3000XL、MIDIMAN USB Midisport 8×8/S、LYNX STUDIO TECHNOLOGY Aurora(N) 16 - USBをマウント

ラックには、上からOBERHEIM Matrix-6R、YAMAHA TX802、ROLAND Fantom-XR、AKAI PROFESSIONAL S3000XL、MIDIMAN USB Midisport 8×8/S、LYNX STUDIO TECHNOLOGY Aurora(N) 16 - USBをマウント

APPLE MacBook Proの右に見えるのはKEIO ELECTRONIC LAB UniVox SR-95。手前の棚には、写真左上から時計周りにENSONIQ ASR X Pro、E-MU SP-12、YAMAHA RX5、TECHNICS SL-1200MK3、SH-DX1200、SL-1200MK2、KANESAKAが「やっぱりこれですよね!」と言うAKAI PROFESSIONAL MPC2000XL

APPLE MacBook Proの右に見えるのはKEIO ELECTRONIC LAB UniVox SR-95。手前の棚には、写真左上から時計周りにENSONIQ ASR X Pro、E-MU SP-12、YAMAHA RX5、TECHNICS SL-1200MK3、SH-DX1200、SL-1200MK2、KANESAKAが「やっぱりこれですよね!」と言うAKAI PROFESSIONAL MPC2000XL

 往年の音源の魅力的な使い方に共感だ。スタジオの左ウィングを見てみると、シンセやキーボードがずらり。

 「ROLAND JD-800は、リットーミュージックが主催していた『AXIAアーティスト・オーディション '96』で最優秀賞を獲った後、賞金で購入したんです。さっきのS3000XLと一緒に買いました。KORGのProphecyは副賞としていただいたものです。こういう機材を中学生のときにゲットできたのは、僕のキャリアの礎になっています」

シンセやキーボード。写真右下のWURLITZER 200はレジスター回路をバイパスさせ、音量を上げた一台。ライン・アウトのノイズを減らす処理も施し、クリーンに録れるという

シンセやキーボード。写真右下のWURLITZER 200はレジスター回路をバイパスさせ、音量を上げた一台。ライン・アウトのノイズを減らす処理も施し、クリーンに録れるという

YAMAHAのグランド・ピアノC7はドリー(台車)に乗せ、録音時に狙った響きを得られる場所へ動かせる。傍らのALESIS Vortex Wireless 2は、コンピューターとワイアレス接続できるコントローラー。「部屋のどこにいても打ち込みできます」と言う。右奥にはFARFISA Pianorgan IやHAMMOND B-3が見える

YAMAHAのグランド・ピアノC7はドリー(台車)に乗せ、録音時に狙った響きを得られる場所へ動かせる。傍らのALESIS Vortex Wireless 2は、コンピューターとワイアレス接続できるコントローラー。「部屋のどこにいても打ち込みできます」と言う。右奥にはFARFISA Pianorgan IやHAMMOND B-3が見える

1972年製のLESLIEのスピーカー122。真空管とキャパシターを改造済み

1972年製のLESLIEのスピーカー122。真空管とキャパシターを改造済み

 そして「人生を変えた機材」と言うのが、真空管プリアンプのLACHAPELL AUDIO 992とD. W. FEARN VT-2だ。

 「真空管機材のイメージを一新するハイファイなサウンドで、ソースのディテールが本当によく見えるんです。992はギターやベースに使うことが多く、VT-2は歌やピアノ、アコギなど、エアリーかつ高品位に録りたいものに抜群。例えばピアノをNEUMANN U47のペアとVT-2で録ると、踏んだペダルが見えてくるほどの解像度を味わえます。FOOTE CONTROL SYSTEMS P3S Stereo Compressorも、日本じゃなかなか見ないけど、すごく良い機材。最近のバス・コンプでは個人的にピカイチです。SSL XLogic G Series Compressorを愛用している人は、試してみてはいかがでしょうか」

左のラック中央のLACHAPELL AUDIO 992と、その下のD. W. FEARN VT-2は「人生を変えたほどの真空管プリアンプ」。右のラックに2台あるTHERMIONIC CULTURE The Phoenix HG15は、ハイゲインかつブリティッシュな音が好みという真空管チャンネル・ストリップ。その下のFOOTE CONTROL SYSTEMS P3S Stereo Compressorもお気に入りだ

左のラック中央のLACHAPELL AUDIO 992と、その下のD. W. FEARN VT-2は「人生を変えたほどの真空管プリアンプ」。右のラックに2台あるTHERMIONIC CULTURE The Phoenix HG15は、ハイゲインかつブリティッシュな音が好みという真空管チャンネル・ストリップ。その下のFOOTE CONTROL SYSTEMS P3S Stereo Compressorもお気に入りだ

DIのBSS AUDIO AR117は、粘りと腰のある音で、ビートやサンプルの取り込み、キーボードの録音などに重宝しているという。フロント・パネルにはAR116と書かれているが、中身はAR116のアクティブ版(ファンタム電源駆動)で、リアにAR117という記載がある

DIのBSS AUDIO AR117は、粘りと腰のある音で、ビートやサンプルの取り込み、キーボードの録音などに重宝しているという。フロント・パネルにはAR116と書かれているが、中身はAR116のアクティブ版(ファンタム電源駆動)で、リアにAR117という記載がある

 数多くの楽器と機材を擁するHummingbird。メインテナンスにかけるエネルギーも相当なものなのでは?

 「ポイントは“湿度を安定させること”です。スタジオの外壁にボストンの気候に合ったシダー材を使っていて、内側には自ら設計した6層の吸音システムを組んでいるので、建物が呼吸するようになっている。だから、湿気があまり溜まらないし外にも出ないので、楽器の湿度が安定するんです」

 先述のThe Green Room~ホーム・シアターも、UREI 1620やマスタリング向けの機材などを置く素敵な空間だ。ライフ・ワークとしての音楽と楽しみとしての音楽が共存する、理想的な環境がKANESAKAの住まいと言える。

自宅の地下に設けたディスコ=The Green RoomのDJブース。PIONEER DJ CDJ-2000NXSとSL-1200MK2/3の出力はすべて2パラとなっており、DJM-900NXS2とUREI 1620の両方に送られている。1620の上には、KANESAKAが設計したDJ用アイソレーターISO-1を設置

自宅の地下に設けたディスコ=The Green RoomのDJブース。PIONEER DJ CDJ-2000NXSとSL-1200MK2/3の出力はすべて2パラとなっており、DJM-900NXS2とUREI 1620の両方に送られている。1620の上には、KANESAKAが設計したDJ用アイソレーターISO-1を設置

The Green Room~ホーム・シアターのスピーカーを駆動させるアンプ。写真上からSANSUI AU-999、テッド・ジェンセンも使っていたというCLASSE CA-100、BRYSTON 4B、BOSTON ACOUSTICS SA1

The Green Room~ホーム・シアターのスピーカーを駆動させるアンプ。写真上からSANSUI AU-999、テッド・ジェンセンも使っていたというCLASSE CA-100、BRYSTON 4B、BOSTON ACOUSTICS SA1

ペアで映るスピーカーはホーム・シアター用のB&W Matrix 802 Series 80。右に見えるのはKEF C40、KLIPHSCH KP4、MCMのサブウーファーだ

ペアで映るスピーカーはホーム・シアター用のB&W Matrix 802 Series 80。右に見えるのはKEF C40、KLIPHSCH KP4、MCMのサブウーファーだ

Equipment

 DAW System 
Computer:APPLE MacBook Pro
DAW:ABLETON Live 11、APPLE Logic Pro X、AVID Pro Tools Studio
Audio I/O:LYNX STUDIO TECHNOLOGY Aurora(N) 16 - USB
Controller:AKAI PROFESSIONAL EWI5000、ALESIS Vortex Wireless 2

 Outboard & Effects 
Mic Preamp:D. W. FEARN VT-2、LACHAPELL AUDIO 992、RUPERT NEVE DESIGNS Portico 5024 Quad Mic Pre
Compressor:FOOTE CONTROL SYSTEMS P3S Stereo Compressor
Channel Strip:THERMIONIC CULTURE The Phoenix HG15
Delay:ROLAND SDE-2000
Reverb:BRICASTI DESIGN M7
Multi-Effects:ELECTRIX MO-FX
Channel Strip:SYMETRIX 528
Other:BSS AUDIO AR117(DI)、VANILLAHOUSE Tarot(ブースター)

 Recording & Monitoring 
Mixer:ALLEN & HEATH GL2200-424
Monitor Speaker:ADAM AUDIO S3A、ALESIS M1 Active(Rev. 1)、GENELEC 1037B
Microphone:AKG C414 ULS×2、AUDIX D2、D4、D6、I5、ELECTRO-VOICE RE20、NEUMANN TLM 102、SHURE SM7B、SENNHEISER MD421-U×2、他

 Instruments 
Keyboard:CASIO SK-5、HOHNER Clavinet D6、RHODES Stage Piano 73 Mark I、ROLAND RD-600、WURLITZER 200、他
Synthesizer:ARP Odyssey、Solina String-Ensemble SE-IV、KORG DW-6000、MS2000、MOOG LittlePhatty Stage、NORD Nord Lead、NOVATION Bass Station II、ROLAND SH-101、他
Piano:STEINWAY Model M(1915年)、YAMAHA C7

 

YUKI KANESAKA

YUKI KANESAKA
10代でプロ活動を始め、19歳で渡米。バークリー音楽大学在学中よりボストンを拠点とする。近年は大橋彩香への楽曲提供、『ファイナルファンタジー VII リメイク』の音楽制作、キューピーマヨネーズの広告音楽、『Dr. STONE』の劇伴作曲など多方面で活躍。

 Recent Work 

『夢の中へ/手のひらを太陽に ~Hummingbird Reprise』
FOUR LEAF SOUND
(Four Leaf Sound)
※Hummingbird Recordingsで録音。7インチ・バイナルにて発売

次に欲しい機材は…?

 今は必要なものがそろっているし、欲しい機材はありません。ただ、歳を取って、日々呼吸するように演奏しているピアノのパッセージが弾けなくなる日のために、自動演奏ピアノのYAMAHA Disklavierが必要になるかもしれません。今後は、音階やハーモニーを楽器としてデザインできる3Dプリンターのようなもの、より簡単にアルゴリズムを構築できる子供や障害者向けのDAWがあれば、音楽教育や文化発展に寄与するのではないかと思います。

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