YUKI KANESAKAは、アーティストへの楽曲提供や劇伴などを手掛けるプロデューサー/作曲家であり、monolog名義でマルチ奏者、U-KEYとしてDJ/トラック・メイカー、そしてYukihiro Carmichaelの名でバークリー音楽大学の助教授を務める八面六臂の才人。ボストン郊外に位置するプライベート・スタジオHummingbird Recordingsは、彼の音楽家としてのインパクトを感じさせる場所だ。
オーバー・ダブに特化した環境
KANESAKAの自宅の敷地には、音楽へのアクセス・ポイントが幾つかある。まずは、カー・ガラージを改装して造ったHummingbird Recordings。そしてThe Green Roomと名づけたディスコに、続き間のホーム・シアター。このホーム・シアターは、映画上映会のほかMVのチェックに使われたり、The Green RoomでDJパーティを催す際のVJに活用されたりする。また、中庭ではデッキをステージにして、ミニ・ライブが行えるそう。
Hummingbird Recordingsは、ABLETON Live、APPLE Logic Pro、AVID Pro Toolsを備える環境。APPLE MacBook Proにインストールしており、オーディオI/OはLYNX STUDIO TECHNOLOGYのAurora(N) 16 - USBだ。ハードウェア・シンセは、すぐに鳴らせるようにMIDIインターフェース経由で常時Macと接続。あらゆるソースをパッチ・ベイに集約し、アウトボードやALLEN & HEATHの24chアナログ卓GL2200-424での音作りが行える。KANESAKAいわく、Hummingbirdはオーバー・ダブにフォーカスしたスタジオ。ホーン隊やストリングス・カルテットを録ることもあり、常にマイクが立っている。「欲しい響きが得られる場所に、楽器の方から迎えにいけるんです」と言う。
「例えば、グランド・ピアノはドリー(台車)に載せているので、自由に動かせます。楽器用アンプやLESLIEスピーカーにもキャスターを付けていて、いつでも響きを工夫しながら録音できるんです。僕は、いろいろな部屋のドアを開けて、必要な道具を逐一取ってくるような作業が大嫌いで……音楽は、みんなでアンサンブルするものだから、それを妨げる壁がなくなるように、動線を確保したフラットな部屋にしているんです。スタジオは大きな楽器であり生き物でもあると思うので、同じインプットの音楽に偏らないよう、すべての要素を特定の位置に固定しないことを心がけています」
キャリアの礎となった機材も現役
デスク上方の大型スクリーンにはコンピューターの中身を映写でき、ドラムをたたきながらDAWを操作するようなことが可能。ドラムがあるスタジオの右ウィングには、ターンテーブルやDJ用ミキサー、サンプラー、音源モジュールが控える。「すべて現役ですね」とKANESAKA。
「サンプラーと言えば、僕のオールタイム・フェイバリットはAKAI PROFESSIONAL S3000XL。中学生の頃から使っていて、bandwidthというパラメーターを10kHzにしてサンプリングするとMPC3000っぽい音、20kHzではMPC2000みたいな音になります。そして、内蔵オシレーターのサイン波がまた良い音! 音源モジュールについては、YAMAHA TX802のFMピアノとかは結構、現代的な音がする。シティポップやベイパーウェーブのようなサウンドに合うんです。TX802やOBERHEIM Matrix-6Rをワンポイント入れるだけで“自分の音”になってくれるというか、ほかにないサウンドにできると思います」
往年の音源の魅力的な使い方に共感だ。スタジオの左ウィングを見てみると、シンセやキーボードがずらり。
「ROLAND JD-800は、リットーミュージックが主催していた『AXIAアーティスト・オーディション '96』で最優秀賞を獲った後、賞金で購入したんです。さっきのS3000XLと一緒に買いました。KORGのProphecyは副賞としていただいたものです。こういう機材を中学生のときにゲットできたのは、僕のキャリアの礎になっています」
そして「人生を変えた機材」と言うのが、真空管プリアンプのLACHAPELL AUDIO 992とD. W. FEARN VT-2だ。
「真空管機材のイメージを一新するハイファイなサウンドで、ソースのディテールが本当によく見えるんです。992はギターやベースに使うことが多く、VT-2は歌やピアノ、アコギなど、エアリーかつ高品位に録りたいものに抜群。例えばピアノをNEUMANN U47のペアとVT-2で録ると、踏んだペダルが見えてくるほどの解像度を味わえます。FOOTE CONTROL SYSTEMS P3S Stereo Compressorも、日本じゃなかなか見ないけど、すごく良い機材。最近のバス・コンプでは個人的にピカイチです。SSL XLogic G Series Compressorを愛用している人は、試してみてはいかがでしょうか」
数多くの楽器と機材を擁するHummingbird。メインテナンスにかけるエネルギーも相当なものなのでは?
「ポイントは“湿度を安定させること”です。スタジオの外壁にボストンの気候に合ったシダー材を使っていて、内側には自ら設計した6層の吸音システムを組んでいるので、建物が呼吸するようになっている。だから、湿気があまり溜まらないし外にも出ないので、楽器の湿度が安定するんです」
先述のThe Green Room~ホーム・シアターも、UREI 1620やマスタリング向けの機材などを置く素敵な空間だ。ライフ・ワークとしての音楽と楽しみとしての音楽が共存する、理想的な環境がKANESAKAの住まいと言える。
Equipment
DAW System
Computer:APPLE MacBook Pro
DAW:ABLETON Live 11、APPLE Logic Pro X、AVID Pro Tools Studio
Audio I/O:LYNX STUDIO TECHNOLOGY Aurora(N) 16 - USB
Controller:AKAI PROFESSIONAL EWI5000、ALESIS Vortex Wireless 2
Outboard & Effects
Mic Preamp:D. W. FEARN VT-2、LACHAPELL AUDIO 992、RUPERT NEVE DESIGNS Portico 5024 Quad Mic Pre
Compressor:FOOTE CONTROL SYSTEMS P3S Stereo Compressor
Channel Strip:THERMIONIC CULTURE The Phoenix HG15
Delay:ROLAND SDE-2000
Reverb:BRICASTI DESIGN M7
Multi-Effects:ELECTRIX MO-FX
Channel Strip:SYMETRIX 528
Other:BSS AUDIO AR117(DI)、VANILLAHOUSE Tarot(ブースター)
Recording & Monitoring
Mixer:ALLEN & HEATH GL2200-424
Monitor Speaker:ADAM AUDIO S3A、ALESIS M1 Active(Rev. 1)、GENELEC 1037B
Microphone:AKG C414 ULS×2、AUDIX D2、D4、D6、I5、ELECTRO-VOICE RE20、NEUMANN TLM 102、SHURE SM7B、SENNHEISER MD421-U×2、他
Instruments
Keyboard:CASIO SK-5、HOHNER Clavinet D6、RHODES Stage Piano 73 Mark I、ROLAND RD-600、WURLITZER 200、他
Synthesizer:ARP Odyssey、Solina String-Ensemble SE-IV、KORG DW-6000、MS2000、MOOG LittlePhatty Stage、NORD Nord Lead、NOVATION Bass Station II、ROLAND SH-101、他
Piano:STEINWAY Model M(1915年)、YAMAHA C7
YUKI KANESAKA
10代でプロ活動を始め、19歳で渡米。バークリー音楽大学在学中よりボストンを拠点とする。近年は大橋彩香への楽曲提供、『ファイナルファンタジー VII リメイク』の音楽制作、キューピーマヨネーズの広告音楽、『Dr. STONE』の劇伴作曲など多方面で活躍。
Recent Work
『夢の中へ/手のひらを太陽に ~Hummingbird Reprise』
FOUR LEAF SOUND
(Four Leaf Sound)
※Hummingbird Recordingsで録音。7インチ・バイナルにて発売
次に欲しい機材は…?
今は必要なものがそろっているし、欲しい機材はありません。ただ、歳を取って、日々呼吸するように演奏しているピアノのパッセージが弾けなくなる日のために、自動演奏ピアノのYAMAHA Disklavierが必要になるかもしれません。今後は、音階やハーモニーを楽器としてデザインできる3Dプリンターのようなもの、より簡単にアルゴリズムを構築できる子供や障害者向けのDAWがあれば、音楽教育や文化発展に寄与するのではないかと思います。