中村公輔(KangarooPaw)のプライベート・スタジオ|Private Studio 2023

中村公輔(KangarooPaw)のプライベート・スタジオ|Private Studio 2023

折坂悠太や宇宙ネコ子らのエンジニアリングを手掛け、自身のアーティスト活動として、海外レーベルでのリリースやソロ・プロジェクトKangarooPawを展開してきたエンジニアの中村公輔氏。その数々の作品が生み出される拠点は、神奈川県横浜市に位置する“深海スタジオ”だ。

1970年代のテイストにローを加えて今の音に

 一軒家に構える深海スタジオは、和室のコントロール・ルームと、防音室を組み立てて作られたレコーディング・ブースが主な作業スペース。コントロール・ルームへ2022年5月に導入されたのが、音楽制作会社ラダ・プロダクションから譲り受けた1970年代のコンソール、MCI JH-416だ。

 「ここで卓を買わなかったら一生買う機会がなさそうなので、これも縁だと思って導入しました。卓が目の前にあると落ち着きますね。JH-416は1970年代のいなたいファンクやオルタナ寄りの人が使っている印象で、海外では最近だとシルク・ソニックの作品などで使われています。通すと1970年代らしいテイストでまとまりが出るので、JH-416を1度通してからDAWの中でローがすごく出るような音を付加すると、シルク・ソニックのような今っぽいサウンドになります」

 モニター・スピーカーADAM AUDIO S3Aの選定理由とモニター環境の改善に役立った機材を中村氏はこう話す。

 「S3Aはアビイ・ロード・スタジオでも使われているというのが選んだ大きな理由の一つでした。高域から低域までしっかり出て良いですね。そのほか、モニター・コントローラーのCRANE SONG Avocetを導入した影響が大きかったです。ゲイン・コントロールはリレー回路で、どの音量でもストレートに音が出るので、出音がすごく分かりやすくなりました。入力機材を変える以上に音の改善を実感できました」

中村氏のコントロール・ルームは和室で、部屋の中央にはラダ・プロダクションから譲り受けた1970年代のコンソールMCI JH-416がスタンバイ。DAWはAVID Pro Toolsで、モニター・スピーカーにはADAM AUDIO S3Aを採用している

中村氏のコントロール・ルームは和室で、部屋の中央にはラダ・プロダクションから譲り受けた1970年代のコンソールMCI JH-416がスタンバイ。DAWはAVID Pro Toolsで、モニター・スピーカーにはADAM AUDIO S3Aを採用している

モニター・コントローラーCRANE SONG Avocetの導入により「モニターしやすくなった」と中村氏。ヘッドフォンは左からSONY MDR-M1ST、YAMAHA HPH-MT8

モニター・コントローラーCRANE SONG Avocetの導入により「モニターしやすくなった」と中村氏。ヘッドフォンは左からSONY MDR-M1ST、YAMAHA HPH-MT8

面倒でも実機の方が結果的に速いことがある

 ボーカルや楽器類のレコーディングを行う防音室。数種類の吸音材を使ってデッドな空間に仕上げている。

 「定在波を無くすためにガチガチに吸音しているので、かなりデッドです。若干ローミッドが膨らみますが、そういう音を録りたいことが多いので気に入っています。あえて吸音材を張っていないドアに向けて双指向性や無指向性のマイクを立てて、反射を生かして録ることもあります」

 ブース内には、ギター/ベース・アンプを数種類設置。FENDER Princetonは高域が伸びてきらびやかなサウンド、MARSHALLのアンプ・ヘッド&キャビネットでは1960年代ロックのような質感が得られるという。ROLAND JC-120はエレピやオルガンなどの鍵盤にも使うそうで、「ギターと同じように1回空気を通した音を録ることで質感がそろうんです」と中村氏。加えて、先述のMARSHALLのアンプとベース・アンプACOUSTIC Model 116はリアンプに多用。MARSHALLでボーカルやドラムをひずませ、原音に混ぜるというパラレル処理を行ったり、Model 116を通して重心を下げ、オケになじませたりしているという。

ボーカルや楽器類のレコーディングを行う防音室。数種類の吸音材を使ってデッドな空間に仕上げている。ギター・アンプは、MARSHALL(写真左)では1960年代ロックの質感、FENDER Princeton(同正面)では高域が伸びてきらびやかなサウンドを得られるそうだ。右手前に写るROLAND JC-120では、空気を通った質感を付加するためにエレピやオルガンなどの鍵盤も鳴らす。左奥のベース・アンプACOUSTIC Model 116はリアンプに多用する

ボーカルや楽器類のレコーディングを行う防音室。数種類の吸音材を使ってデッドな空間に仕上げている。ギター・アンプは、MARSHALL(写真左)では1960年代ロックの質感、FENDER Princeton(同正面)では高域が伸びてきらびやかなサウンドを得られるそうだ。右手前に写るROLAND JC-120では、空気を通った質感を付加するためにエレピやオルガンなどの鍵盤も鳴らす。左奥のベース・アンプACOUSTIC Model 116はリアンプに多用する

所有するギター群。複数のギターを使うレコーディング時に音の変化を付けるために貸し出したり、自身がレコーディングで演奏することもあるという

所有するギター群。複数のギターを使うレコーディング時に音の変化を付けるために貸し出したり、自身がレコーディングで演奏することもあるという

「クランチっぽい音を作りやすい」というディストーションのKLON KTRや「手元のコントロールでクランチが作れる」というFUZZFACE JHF1などのコンパクト・エフェクターを所有する。これらをミックスでも活用する中村氏。コーラスやフェイザーとして使ったり、ボーカルの倍音を増やしたりするという

「クランチっぽい音を作りやすい」というディストーションのKLON KTRや「手元のコントロールでクランチが作れる」というFUZZFACE JHF1などのコンパクト・エフェクターを所有する。これらをミックスでも活用する中村氏。コーラスやフェイザーとして使ったり、ボーカルの倍音を増やしたりするという

 続いてはマイクに注目。ボーカルにはビンテージ感がありながらも音抜けが良いNEUMANN U48、アコギにはフォーキーで大きい音像が得られるU87を使用する中村氏。複数本のマイクを使う音作りについて、こう話す。

 「エレキギターのアンプ録りでは、AKG C414やU87などのコンデンサー・マイクとSENNHEISER MD421-U5やAKG D24などのダイナミック・マイクを1本ずつ立ててブレンドします。キックを録るときは、ビーターの“ベチ”とメインのキックと、アタックの“ドン”を3段に分けて録ってブレンドしていて、SHURE Beta91Aをキックの中に突っ込んでビーターを録ったり、低音を足したい場合にはYAMAHAのサブキックSKRM100を使ったりします」

中村氏が所有するマイク。下段左から、AKG C414B-TL II×3本、C451E×3本、D24、D12E、NEUMANN U48 Tube、U87、MICROTECH GEFELL CMV563、NEUMANN KM56 Tube、KM84I×2本、LANGEVIN CR-3A。上段左から、BEYERDYNAMIC M160、ELECTRO-VOICE N/D408A×2本、SENNHEISER E609、E906、SHURE SM57×2本、SM58、Beta91A、MD421-U-5、YAMAHA SKRM100

中村氏が所有するマイク。下段左から、AKG C414B-TL II×3本、C451E×3本、D24、D12E、NEUMANN U48 Tube、U87、MICROTECH GEFELL CMV563、NEUMANN KM56 Tube、KM84I×2本、LANGEVIN CR-3A。上段左から、BEYERDYNAMIC M160、ELECTRO-VOICE N/D408A×2本、SENNHEISER E609、E906、SHURE SM57×2本、SM58、Beta91A、MD421-U-5、YAMAHA SKRM100

 加えて、マイク選びを含む録り音の重要性をこう話した。

 「楽器同士がマスキングしないマイクを選んだり、マイキングの角度を調整して、なるべくEQ無しで済むように録っています。EQを通すだけで音は変わるので。ストリーミング配信が普及してから、アタックを潰しすぎない方が良い感じで音が出ることが増えました。加工を少なくするためには、アタックまで含めて奇麗に録る必要があるんです」

 続いてはレコーディングやミックスで使われるアウトボードに着目。まずは多用する機種について尋ねてみよう。

 「ボーカル録りは、マイクプリのSHEP/NEVE 31105、コンプはUREI 1176LNを通すことが多いです。ミックスではバス・コンプSSL XR626をマスターにかけたままにします」

コントロール・ルームはラックが2列あり、左側はマイクプリのSHEP/NEVE 31105×2chやボーカル録りで多用するUREI 1176LNなど、使用頻度の高いアウトボードを集約。上から4段目は、導入直後のマイクプリFOCUSRITE ISA828 MKII。90'sサウンドを得られるという

コントロール・ルームはラックが2列あり、左側はマイクプリのSHEP/NEVE 31105×2chやボーカル録りで多用するUREI 1176LNなど、使用頻度の高いアウトボードを集約。上から4段目は、導入直後のマイクプリFOCUSRITE ISA828 MKII。90'sサウンドを得られるという

右側のラック上部には、EQなどをマウント。SUMMIT AUDIO EQP-100、ALTEC 436C、SPECTRA SONICS Model 610 Complimiter、ADR F760X-RS、NEVE 33609/J、SONTEC MEP-250C、SUMMIT AUDIO TLA-100Aが並ぶ

右側のラック上部には、EQなどをマウント。SUMMIT AUDIO EQP-100、ALTEC 436C、SPECTRA SONICS Model 610 Complimiter、ADR F760X-RS、NEVE 33609/J、SONTEC MEP-250C、SUMMIT AUDIO TLA-100Aが並ぶ

ラック下段には、オーディオ・インターフェースAPOGEE Symphony I/O MKⅡやAVID HD I/Oをマウント。オーディオ・インターフェースは、1990〜2000年代の質感が必要になる場合などに備え、旧世代の製品も所有しているという

ラック下段には、オーディオ・インターフェースAPOGEE Symphony I/O MKⅡやAVID HD I/Oをマウント。オーディオ・インターフェースは、1990〜2000年代の質感が必要になる場合などに備え、旧世代の製品も所有しているという

 リバーブなどの空間系エフェクトも多数所有している。

 「AKG BX15はスプリング・リバーブですが、バネくささがないので生っぽさを出したいときに使います。1980年代の質感が欲しいときのリバーブはLEXICON 224X、コーラスやピッチ・シフトはEVENTIDE H3000を使います。ひずみ系プラグインはエイリアス・ノイズが出て実機より濁るので、音抜けを良くするために実機を使うことも多いです」

コントロール・ルームの外に積まれたアウトボード。最上段のサンプラーAKAI PROFESSIONAL S900は、いかにもサンプリングらしいドラムが欲しいときに使用。「あえて生ドラムを録ってサンプリングすることで、密度がある素材になる」という。その下には、スプリング・リバーブのAKG BX 15やリバーブYAMAHA Rev1など空間系エフェクトをセット。別室に収納しているアウトボードも多数あり、都度入れ替えて使用している

コントロール・ルームの外に積まれたアウトボード。最上段のサンプラーAKAI PROFESSIONAL S900は、いかにもサンプリングらしいドラムが欲しいときに使用。「あえて生ドラムを録ってサンプリングすることで、密度がある素材になる」という。その下には、スプリング・リバーブのAKG BX 15やリバーブYAMAHA Rev1など空間系エフェクトをセット。別室に収納しているアウトボードも多数あり、都度入れ替えて使用している

 最後は、アウトボードの音作りの強みを教えてもらった。

 「例えば、DAWだと天井が見える感じがしますが、EQのSONTEC MEP-250Cで高域を少し上げると、天井が1段上がったように全体が広がります。サンプリング感のあるドラムが欲しいときは、ドラム・サンプルでなく生ドラムを録ってAKAI PROFESSIONAL S900でサンプリングすると密度が全く違うんです。欲しい音を実機で出す方法があるなら、面倒でも実機の方が結果的に速いことがあるんですよ」

Equipment

 DAW System 
Computer:APPLE Mac Pro
DAW:AVID Pro Tools|HDX、APPLE Logic Pro、他
Audio I/O:AVID HD I/O、APOGEE Symphony I/O MKⅡ、他
DSP:UNIVERSAL AUDIO UAD-2 Octo PCIe

 Outboard & Effects 
Mic Preamp:FOCUSRITE ISA828 MKII、NEVE 1290、SHEP/NEVE 31105、TELEFUNKEN V76、V72、他
Compressor:ADR F760X-RS、ALTEC 436C、MANLEY Stereo Variable Mu Limiter Compressor、SSL XR626、SUMMIT AUDIO TLA-100A、UREI 1176LN(Rev.F)、他
EQ:SONTEC MEP-250C、SUMMIT AUDIO EQP-100、他
Reverb:AKG BX15、LEXICON 224X、YAMAHA REV-1、REV 7、SREV-1、FENDER 6G15他
Multi-Effects:EVENTIDE H3000-D/SE、YAMAHA SPX90、他
Pedal Effects:FUZZFACE JHF1、KLON KTR、他
DI:AVALON DESIGN U5、RADIAL J48 Stereo、JDI Stereo、他

 Recording & Monitoring 
Mixer:MCI JH-416 、API 8200A
Monitor Speaker:ADAM AUDIO S3A、SONY SMS-2P RS、SMS-1P
Monitor Controller:CRANE SONG Avocet
Headphone:SONY MDR-M1ST、YAMAHA HPH-MT8、他
Microphone:AKG C414TL II、NEUMANN U48 Tube、U87、Gefell CMV563、SENNHEISER MD421-U5、BEYERDYNAMIC M160、他

 Instruments 
Guitar:FENDER Custom Shop TBC 1968 Stratocaster 、GIBSON SG Special 1965 Vintage、Memphis ES Les Paul、YAMAHA FG-180
Guitar Amp:FENDER Princeton 1964、ROLAND JC-120、MARSHALL 1987X、1912、他
Bass:FENDER American Vintage 1962 Precision Bass
Bass AMP:ACOUSTIC Model 116

 

中村公輔(KangarooPaw)

中村公輔(KangarooPaw)
neinaの一員としてMille Plateaux(独)、繭ではExtreme Records(豪)より作品を発表。以降KangarooPawとしてソロ・アーティスト活動を行い、近年は折坂悠太、宇宙ネコ子、大石晴子、さとうもからのエンジニアリングで知られる。

 Recent Work 

『心理』
折坂悠太
(ORISAKAYUTA / Less+ Project.)

次に欲しい機材は…?

 必要な機材は一通りあるので、スタジオが欲しいですね。今の環境も面白いのですが、大きなスピーカーを鳴らし切ったり、アウトボードをこれ以上増やしたりするにはスペースが足りないので。イギリスのオリンピック・スタジオみたいに、古い映画館のような広い場所をスタジオ化するのは憧れます。とは言え、購入する資金力は全く無いんですが(笑)。これから寿命が倍に伸びる時代らしいので、120歳までやるならどうにかなるだろうと楽観的に考えています。

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