草野華余子のプライベート・スタジオ|Private Studio 2023

草野華余子のプライベート・スタジオ|Private Studio 2023

2019年、作曲を手掛けたLiSAの「紅蓮華」が大ヒットを記録した草野華余子。シンガー・ソングライター、作詞/作曲/編曲家としてのみならず、近年はプロデューサーとしての評価も高い。そんな草野が自宅に作り上げたKalanchoe Studio。そこは音楽家としての自身の耳を納得させる“良い音”をDIYで徹底追求したスペースだった。

解像度の高さからKii Three BXTを導入

 草野がKalanchoe Studioを作った動機、それはプロデューサーとしての仕事が増えた結果、常に一定のクオリティでモニタリングできる環境を必要としたためだという。

 「プロデューサーとしてミックス/マスタリング・チェックを行うことが増えてきたころ、スタジオと自宅では曲の印象が異なってしまうという問題がありました。スタジオに自分のスピーカーを持ち込んでもそれは解消されず、複数のスタジオそれぞれでも壁の反射や天井の高さの違いで聴こえ方が変わってしまう。それによって楽曲の仕上がりにムラが出るのは避けたかったので、自宅の一室をスタジオにできる物件へ引っ越すことを考えはじめたんです」

カスタム・メイドのデスク上にはAVID Pro ToolsをインストールしたAPPLE Mac Book Proを設置。奥の壁はもともと窓があった部分に防音ボードをはめ込み、そこへ拡散材を貼って反射を調節している。なお右手のマイク位置は「ここが最も良い音で録れる場所」とのこと

カスタム・メイドのデスク上にはAVID Pro ToolsをインストールしたAPPLE Mac Book Proを設置。奥の壁はもともと窓があった部分に防音ボードをはめ込み、そこへ拡散材を貼って反射を調節している。なお右手のマイク位置は「ここが最も良い音で録れる場所」とのこと

デスク右手の手前には、フラットで色付けの少ない音質がお気に入りというオーディオ・インターフェースのAPOGEE Symphony Desktop(右)とモニター・スピーカーのコントローラーKII AUDIO Kii Control(左)を配置。その奥にはHELL AUDIO製の特注シャーシにマイクプリのCAPI VP312×2とSSL Six CHを格納。API系の音が好みということで、歌録りにはVP312をメインに使用し、コーラスやクリーン・トーンでのギター録りにSix Chを利用しているそうだ

デスク右手の手前には、フラットで色付けの少ない音質がお気に入りというオーディオ・インターフェースのAPOGEE Symphony Desktop(右)とモニター・スピーカーのコントローラーKII AUDIO Kii Control(左)を配置。その奥にはHELL AUDIO製の特注シャーシにマイクプリのCAPI VP312×2とSSL Six CHを格納。API系の音が好みということで、歌録りにはVP312をメインに使用し、コーラスやクリーン・トーンでのギター録りにSix Chを利用しているそうだ

コンプレッサー/リミッターを収めたラック。上段はBLACK LION AUDIO Bluey、下段はWARM AUDIO WA-2A。WA-2Aはモデルとなったビンテージ機種よりも明るい音で録れるところが選択の理由とのこと。なお、録音ではBluey→WA-2Aの順番で浅めに2段がけするという。

コンプレッサー/リミッターを収めたラック。上段はBLACK LION AUDIO Bluey、下段はWARM AUDIO WA-2A。WA-2Aはモデルとなったビンテージ機種よりも明るい音で録れるところが選択の理由とのこと。なお、録音ではBluey→WA-2Aの順番で浅めに2段がけするという。

 友人である岸田教団&THE明星ロケッツの岸田やマスタリング・エンジニアの守屋忠慶にも相談し、半年を費やしてさまざまな条件に見合う部屋を探しだした。「その間、いろんなスタジオや部屋で手をたたいたりして響きを確認していました。周りには“あの人、何してんのやろ?”と言われていたと思います」と笑う。その新居でひときわ存在感を放っているのがモニター・スピーカー、KII AUDIO Kii Three BXTだ。

 「4年前に見たジェイコブ・コリアーの動画にKii Threeが映っていたんです。彼の音楽はコーラスや楽器をたくさん積んでいながらも、すごくワイド・レンジで一つ一つつかめるような音像を作っているので、きっとモニター環境もいいんだろうなと思って、すぐに調べてみたら日本にまだあまり入ってきていないということでオタク心がうずいて(笑)。ただ“お値段が……”と思っていたんですけど、試聴して5秒で買おうと決断しました」

 決断の理由は解像度の高さだったそうだ。

 「例えば、ハイがよく見えるのでキラっと抜けの良い音にしたいと思ったときに“16kHz辺りをちょっと出して、8kHz辺りを抑えてください”といった指示を自信を持って出せるようになりました。ローもかなり下のほうまで聴こえるので、鍵盤の低い音域とベースが混ざったときの取捨選択などが判断しやすいんです。とにかく録音したときの感覚で鳴ってくれるのでミックス・チェックしやすいし、アレンジでの帯域のすみ分けも判断しやすい。このスピーカーで人生変わりました。KII AUDIOに感謝の手紙を書きたいくらい(笑)」

モニター・スピーカーのKII AUDIO Kii Three BXT。上段が背面と左右を合わせて6本のスピーカー・ユニットを備えた6ウェイのKii Threeで、下段が低域専用ウーファーによる8ウェイ構成のBXT。「下から上まで見えるので、音楽を聴くこと自体が楽しくなった」と草野。その左に見えるのは布に積んだロックウール

モニター・スピーカーのKII AUDIO Kii Three BXT。上段が背面と左右を合わせて6本のスピーカー・ユニットを備えた6ウェイのKii Threeで、下段が低域専用ウーファーによる8ウェイ構成のBXT。「下から上まで見えるので、音楽を聴くこと自体が楽しくなった」と草野。その左に見えるのは布に積んだロックウール

メインで使用しているマイク、SOYUZ 017 Tube

メインで使用しているマイク、SOYUZ 017 Tube

コーラスなど、メインのボーカルになじませたいときに使用するというマイク、CHANDLER LIMITED Redd

コーラスなど、メインのボーカルになじませたいときに使用するというマイク、CHANDLER LIMITED Redd

ヘッドフォンはSONY MDR-M1ST

ヘッドフォンはSONY MDR-M1ST

自分の声とマイクで一番良い音を録れる部屋

 「本当に買ってよかった」というKii Three BXTのポテンシャルを最大限に引き出すべく、草野は1カ月ほどかけてルーム・チューニングを敢行。部屋の各所に配置された吸音材や拡散材はネットなどで調べて購入した市販品とのこと。そして、この作業にはもうひとつ目的があったという。

 「自分の声と自分が使っているマイクで、一番良い音が録れる部屋にしようと思いました。そこで気をつけたのは防音や吸音をしすぎないこと。防音しすぎて自然な空気の流れがなくなった部屋では、自然な歌を録れないと思うんです。ボーカル録りって結局、部屋の音が録れるものなんですよね。海外でいいなと思うスタジオも、例えばガラス張りだったり、木造だったり、扉を開けっぱなしだったりするようなところなんです」

 とはいえ当然、不要な反射は抑える必要がある。

 「エンジニアの守屋さんに測定用マイクを持ってきてもらって左右のバランスを整えたり、要らない反射を消す作業をしました。例えば、部屋の角にはロックウールを布で包んで立てかけることで部屋鳴りを抑え、ハイの反射がない状態を作ったのですが、同時にロックウールの後ろの隙間を1cm単位で調節して若干の低域がバランスよく残るようにしています。また隣室との壁が鳴っていたのを、スノコ状の吸音材を貼って抑えたのですが、今度は反対の窓側の壁が鳴ってしまったので、そちらにも同じものを貼って左右のバランスを取りました。ただ、たくさん貼りすぎると吸音しすぎてしまうので、金物の鳴り具合などをチェックして、適度な響きが残るように調整しています。窓には防音ボードをはめていて、当初は防音カーテンも閉めていたのですが、デッド過ぎたので今は開けて、拡散材を貼って調節しています。拡散材の数でミッドローの量がかなり変わるんです」

1959年製のMARTIN D-18
1976年製のMARTIN D-35
写真左は、レコーディングに使用している1959年製のMARTIN D-18。約3年をかけて50本ほど試奏して選んだ1本とのこと。自身の作品はもちろん、プロデュース作でもアコギは自ら演奏することが多いそう。写真右は、ライブでメインに使用しているのMARTIN D-35。1976年製とのこと
FENDER Telecaster(1973年製)
FENDER Telecaster(1978年製)
写真左は、メインのエレキギターとして使用しているFENDER Telecaster(1973年製)。「断線」でも使用されており、この曲ではCAPI VP312を通して録音した後、エンジニアの方に音を送ってリアンプで音作りを行っている。写真右は、FENDER Telecaster(1978年製)
FENDER Mustang(1965年製)
SUGI NB4
写真左は、FENDER Mustang(1965年製)。写真右は、SUGI NB4。ベースは主にデモ制作で使用するそう。

 この地道なチューニングの結果、「外のスタジオと比べても良い音で歌が録れるようになった」と草野は自負する。その実例は2022年にリリースされた草野の作品、デジタル・シングルの『断線』やアコースティック・ミニ・アルバム『カメレオンの憂鬱』で聴くことができる。

 「歌はKalanchoe Studioで録って、Kii Three BXTでミックス・チェックしています。洋楽並にボーカルの低域まで表現できているところを聴いてほしいです」

 「プロデュースはすべて命がけでやっている」と語る草野。その熱い情熱はとどまることを知らず、ついにミックスまで自身で手掛けはじめたそう。

 「CMサイズですけど、先日、初めて自分で納品したんです。また新たな沼の入り口に立ってしまいました(笑)」

手前はライブで使用しているエフェクト・ボード。コンプレッサー、オーバードライブ、ディレイなどが用意されている。奥にはオーディオ・インターフェースのUNIVERSAL AUDIO Apollo Twinなどが見える

手前はライブで使用しているエフェクト・ボード。コンプレッサー、オーバードライブ、ディレイなどが用意されている。奥にはオーディオ・インターフェースのUNIVERSAL AUDIO Apollo Twinなどが見える

デジタル・ピアノのKORG LP-380。ピアノは3歳から始め、同時に声楽もスタート。なお作曲は5歳から行っている

デジタル・ピアノのKORG LP-380。ピアノは3歳から始め、同時に声楽もスタート。なお作曲は5歳から行っている

Equipment

 DAW System 
Computer:APPLE Mac Book Pro
DAW:AVID Pro Tools
Audio I/O:APOGEE Symphony Desktop、UNIVERSAL AUDIO Apollo Twin

 Outboard & Effects 
Mic Preamp:CAPI VP312×2、SSL Six CH
Compressor/Limiter:BLACK LION AUDIO Bluey、WARM AUDIO WA-2A

Others:L.R. BAGGS Para Acoustic D.I.、TC ELECTRONIC PolyTune、ONE CONTROL Agamidae Tail Loop、EMPRESS EFFECTS Compressor MKII、ISP TECHNOLOGIES Deci-Mate、OKKO Twin Sonic、FULLTONE Obsessive Compulsive Drive、BOSS DD-3、STRYMON Brigadier、Iridium、Ojai R30、XOTIC EFFECTS RC Booster、BOSS DD-3、PROCO Rat

 Recording & Monitoring 
Monitor Speaker:KII AUDIO Kii Three BXT
Microphone:SOYUZ 017 Tube、CHANDLER LIMITED Redd
Headphone:SONY MDR-M1ST

 Instruments 
Keyboard:KORG LP-380
Guitar:MARTIN D-18(1959年)、D35(1976年)、FENDER Telecaster×2(1973年、1978年)、Mustang(1965年)
BASS:SUGI NB4

 

草野華余子

草野華余子
シンガー・ソングライター/作詞作曲家、編曲家、プロデューサー。2007年よりソロ活動を行うほか、LiSA、西川貴教、A.B.C-Z、FANTASTICS from EXILE TRIBEなど多くのアーティストに楽曲提供を行う。卓球愛好家としても知られる。
衣装協力:AULA AILA 

 Recent Work 

『カメレオンの憂鬱』
草野華余子
(CAT entertainment)

次に欲しい機材は…?

 アコギはしっかりミッドが出るMARTIN D-18とかなりドンシャリめなD-35を持っているので、もう一本バリエーションとしてD-28が欲しいです。MARTINらしくストレートに伸びやかで、キラッとしたサウンドの個体を探しているところです。また、スピーカーであまり大きな音が出せない深夜帯の作業向けに、上質なヘッドフォンとしてFOCAL Clear MGが欲しいと思っています。以前試聴してとても良かったので。

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