染野拓のプライベート・スタジオ|Private Studio 2022

染野拓のプライベート・スタジオ|Private Studio 2022

外部スタジオと変わらないモニター環境を追求したプライベート完結型のマイ“ミックス”ルーム

 東京郊外にあるマンションの一室に、レコーディング/PAエンジニア染野拓氏のスタジオ、permanent soundがある。自宅に居ながらにして、外部スタジオと誤差の無いモニター環境を作り上げたというこの部屋を見ていこう。

Text:Susumu Nakagawa Photo:Chika Suzuki

モニター環境の微調整として自動音響補正ソフトやプロセッサーを導入

 染野氏は、自身が所属するStyrismのレコーディング・スタジオmonogram soundsを拠点にしているが、オンラインだけで完結するミックス作業はすべて実家の一室を使用した、このpermanent soundで行っているという。

 

 「このスタジオですべてのミックス作業が完結できるようになっています。部屋は普通のマンションの一室で特に防音対策をしているわけではないのですが、日中は問題無くスピーカーを使った作業ができていますね。都内にスタジオを構えようかと考えて物件探しをしていた時期もありましたが、高額な家賃を払うよりも郊外に住んで、浮いたお金を機材やプラグイン費用に充てた方がいいなと。ただ夜間はどうしてもヘッドフォン中心の作業になってしまうので、そろそろ24時間スピーカーから音が出せる作業場をどこかに設けようかなと思ってはいますね」

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部屋のコーナーに面して置いたメイン・デスク。中央にはフィジカル・コントローラー、AVID Artist Mixをセット。初期段階のざっくりとしたミックスは、Artist Mixを使って感覚的に整えるそう。その左側には、APOGEE Symphony用コントローラーのApogee Control Remoteを配置する。モニター・スピーカーは、2ウェイ・パッシブ・タイプのAMPHION One18を使用

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サイド・デスクにはサブ機のArtist Mixを備える。写真左奥にはアクセラレーターのUNIVERSAL AUDIO UAD-2 Satellite Thunderbolt 3(Octo)とUAD-2 Satellite Thunderbolt (Octo)×2が積み重ねられている。写真右奥に見えるのはAPPLE Mac Mini

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愛用ヘッドフォン。左からOLLO AUDIO S4XとFOCAL Clear Proで、どちらもミックスの最終チェック時に使用する。S4Xの下にはLITTLE LABSのヘッドフォン・アンプ、Monotorが見える

 部屋の広さは約8畳で、面積の1/3はベッドが占領している。染野氏は、このスタジオの気に入っているところについて、こう話してくれた。

 

 「スタジオには窓が無い部屋が多いのですが、自分はそういった環境での作業があまり得意ではないんです。なので日中は窓から太陽光が入り、夜は暗くなるというところが気に入っていますね。あと、いろいろ試行錯誤した結果ですが、普通の部屋にしては低域の回り込みが少なく、250Hz辺りもすっきりして聴こえます。モニター・スピーカーはAMPHION One18を使っていて、このスタジオでもその実力を十分に発揮できていると思いますね」

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メイン・モニターはAMPHION One18を設置。染野氏は「小音量で再生しても、ミックス・バランスが取れるスピーカーです」と話している。スピーカー・スタンドはACOUSTIC REVIVE製を使用

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マイク・コレクションの一部。左からAEA R88A、CHANDLER LIMITED Redd Microphone、SE ELECTRONICS V7 VE、NEUMANN U67 Set、AUDIO-TECHNICA AT5045×2

 モニター環境の微調整については、現在、補正ソフトのSONARWORKS SoundID Referenceを使用しているそうだが、今後は音響補正プロセッサーのTRINNOV AUDIO ST2 Proを導入予定とのこと。

 

 「SoundID Referenceではそこまで大きく補正していないのですが、それでも今のモニター環境は快適です。ST2 Proは、4つのカプセルを搭載した専用マイクで部屋の響きや位相、スピーカーの直接音を測定し、プロセッサーで音響補正するというもの。前者はEQ補正だけなので若干センターがばらつくのですが、後者は位相改善も行ってくれるため非常に優秀なんです。先日デモ機を借りて使ってみたらとても自然に補正されていて、ミックスでは無駄な処理をしなくなりました。例えるなら2Dから3Dになったようなイメージで、より立体的に音像をモニタリングできます」

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上段のラックには、マスター・クロック・ジェネレーターのANTELOPE AUDIO Isochrone OCX HD、オーディオI/OのAPOGEE Symphony I/O MKIIが格納されている

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上からコンプ/リミッターのMANLEY Nu Mu、リバーブのBRICASTI DESIGN M7、アナログ・プロセッサーのSSL Fusion。染野氏は「Fusionのディエッサーが使いやすくて便利」と話す

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API 500互換モジュール群。RUPERT NEVE DESIGNS 511やAMS NEVE 1073LB、SHADOW HILLS Mono Gama、TONOGRAF TG801×2、AEA RPQ500×2などを装備する。下はTUBE-TECH CL 1B

モニター・スピーカーとスタンドごと移動してどこに置いたら一番良く鳴るのかを検証してみた

 染野氏は昨年に大きな模様替えをしたというが、そのときの理由についてこう語る。

 

 「コロナ禍になってクライアントとオンライン上でやりとりすることが増えたのですが、齟齬が生じることが多くなったり、リリースされた音源を聴くと、自分のイメージしていた音と少し違うかも?と思ったりすることが多々ありました。そこで、自宅でもミックスを完ぺきに完結できるようにするには、もっとモニター環境を改善すべきだ!という答えにたどり着いたんです」

 

 模様替えをするに当たって染野氏がリファレンスにしたのは、monogram soundsだったという。

 

 「個人的に仕事がしやすい環境だったので、そのスタジオの鳴りに近付けることを意識して調整しました。permanent soundで作った音源をmonogram soundsで聴いても変わらないようにしたかったんです。なぜならmonogram soundsでミックスした音源は、リリース後に聴く音源とほとんど誤差が無いですから」

 

 染野氏は、一体どのようなところを改善したのだろうか?

 

 「それまでは、デスクを壁と平行に配置して作業していたんです。低域がブーミーに聴こえるのが気になっていて、One18をあまり生かせていないなと。なのでスピーカー・スタンドごと移動して、どこに置いたら一番良く鳴るのかを検証してみたんです。結果的には今の位置が一番良いバランスで低域が鳴ることが分かりました。ここに“最終仕上げ”として、先ほどの補正ソフトやプロセッサーを入れるという流れになったんです」

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ACOUSTIC REVIVEの電源タップ、YTP-6R。ここにはMac MiniやSymphony I/O MKII、One18のパワー・アンプなど主要機材の電源がつながっている

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CDが並ぶ棚には、モノラル・チェック用としてパッシブ・スピーカーのAURATONE 5C Super Sound Cubeを設置。その上にある小型パワー・アンプCLASSIC PRO DCP30 Miniで駆動する

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CAMPINO AUDIO CP-SP500Hはハイレゾ対応のポータブル・スピーカー。染野氏いわく「とてもバランスが良く、これで聴くとマスタリング後のイメージがしやすいんです。One18と同じくらい手放せません(笑)」とのこと

 染野氏は、「もう一つ付け加えるとするなら、ACOUSTIC REVIVEの拡散材、RWL-3 Absolute。低域がコーナーにたまらなくなり、純粋に聴きやすくなりました」と教えてくれた。最後に今後の豊富についてこう述べる。

 

 「大学を出てからPAとスタジオ・ワークを両立していますが、共通して言えるのは“より多くの人に良い音で聴いてもらいたい”ということです。ラージ・モニターで聴いている音を、大きい会場でもそのまま届けられるようになれたら最高ですね。そのためにはPAとスタジオのどちらにも偏らず、これからもバランス良く続けていきたいなと思っています!」

Equipment

 DAW System 
Computer:APPLE Mac Mini
DAW:AVID Pro Tools|Ultimate
Audio I/O:APOGEE Symphony I/O MKII
Controller:AVID Artist Mix、APOGEE Apogee Control Remote
Clock Generator:ANTELOPE AUDIO Isochrone OCX HD
DSP:UNIVERSAL AUDIO UAD-2 Satellite Thunderbolt 3(Octo)、UAD-2 Satellite Thunderbolt (Octo)

 Recording & Monitoring 
Monitor Speaker:AMPHION One18、AURATONE 5C Super Sound Cube、CAMPINO AUDIO CP-SP500H
Headphone:OLLO AUDIO S4X、FOCAL Clear Pro
Headphone Amp:GRACE DESIGN M900、LITTLE LABS Monoter
Microphone:AEA R88A、CHANDLER LIMITED Redd Microphone、SE ELECTRONICS V7 VE、NEUMANN U67 Set、AUDIO-TECHNICA AT5045、etc.
Others:AMPHION Amp500、CLASSIC PRO DCP30 Mini、ACOUSTIC REVIVE YSS-90HQ、YTP-6R

 Outboard & Effects 
Mic Preamp:RUPERT NEVE DESIGNS 511、AMS NEVE 88RLB、1073LB、SHADOW HILLS Mono Gama、TONOGRAF TG801、AEA RPQ500
Compressor:MANLEY Nu Mu、RETRO Doublewide II、TUBE-TECH CL 1B
Reverb:BRICASTI DESIGN M7
Others:SSL Fusion

 

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染野拓

2017年、東京藝術大学音楽環境創造科を卒業し、フリーランスのレコーディング/ミックス・エンジニアとして活動。2019年からはStyrismに所属し、これまでにCHARAやSIRUP、WONK、モノンクルなどの作品を手掛ける。そのほかPAなどマルチに活躍中。

 Recent Works 

『Change』
SIRUP
(A.S.A.B / Suppage Records)

 

『egomaniac feedback』
TK from 凛として時雨
(ソニー)

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