WONKの「Rollin'」を題材曲にしたミックス・ダウン・ツアー特集、ここではエンジニアが作成した自身のミックスについて解説していただく。高域の躍動感と低域へのフォーカスを兼ね備えたyasu2000氏による「Rollin'」のミックス。かつてはビート・メイカー/DJで、エンジニアになって以降はネオソウルやエレクトロニック・ポップを数多く手掛ける氏とあって、倍音による質感作りやグルーブの強め方に技が光る。どのような視点&方法でミックスを進めたのか語っていただこう。
Text:Tsuji. Taichi Photo:Hiroki Obara
今回のミックスについて
原曲のミックスを聴き込んでから着手しました。アーティストがどういう曲にしたいのか?というのを知っておいて、それを踏まえつつ“自分ならこうする”という要素を盛り込むことで、曲にマッチした仕上がりになると思ったからです。例えば、各パートの定位はオリジナルに倣っています。原曲のファイルをAVID Pro Tools内のバウンス用トラックに配置し、素材の入力をオン/オフすることで、聴き比べながらパンニングしました。この方法で、最終的な音量も同程度になるようコントロールしています。
また、3時間ほどで全体像を作ってからはいったん手を止めました。ほかの曲をミックスする合間にいろいろな環境で聴いてみて、気になった部分を調整するという方法を採ったんです。あまり長い時間、一曲に接し続けると客観性が薄れてしまって、良い結果にならない場合があるので。
曲に関しては、ダンサブルなビート+ボコーダー的な声から、ダフト・パンクにインスパイアされたのかな?という印象でした。であれば、80'sのソウル・ミュージックのような雰囲気を強めつつ、現代的なところに着地させていこうと。また、音がDAW完結で作られたもののように聴こえたので、アナログ的なサウンドに寄せたいとも考えていました。音の角を和らげて、空間を立体的にするようなイメージですね。ダンサブルさを強めながらも、もう少し柔らかい質感に持っていくことで、曲の違った魅力を引き出せるのではないかと思っていたんです。
Point 1:長さ、ピッチ、位相がキック・レイヤーの肝
“手が加わっている感じだけど自然”……僕はそういうミックスが好きで、素材をじかに加工するインサート・エフェクトよりもパラレル処理を多用します。パラレル処理のためのAUXトラックは、エフェクトを挿した状態でテンプレート化しているので、セッションにインポートしてグループや個々のトラックをアサインするだけで、ある程度サウンド・メイクされた状態になる。そこからミックスを始めます。
基本的な手順は、最初にキックの音を決めて、スネアやハイハット、パーカッション、ベースでグルーブを固めた後、上モノ、メイン・ボーカル、コーラスの順に音作りするというもの。「Rollin'」のキックには腹に響くようなローエンドが欲しいと思い、ROLAND TR-808のサンプル・キックをレイヤーしました。サンプルはSTEVEN SLATE DRUMS Trigger 2にインポートし、メイン・キックに合うピッチを耳で探ってチューニング。グルーブがモタつかないようTrigger 2内のリリース・タイムを0.06s(60ms)に設定しました。短い値ですが、これを重ねるだけでも全然違います。
その後、Trigger 2の出力をバウンスしてから、メイン・キックと位相を合わせました。キックの位相合わせは、アタックを強調したい場合は“波形の最初の山同士”、ボディを強めたいときは“2番目か3番目の山同士”を合わせるのが僕のやり方。今回は後者です。
Point 2:アナログ機器の自然なひずみをイメージ
メイン・キックは2つのAUXトラックにパラで送り、両者を混ぜて音作りしています。フェーダーを-0.5dBにしたAUXにはPSP AUDIOWARE VintageWarmer 2、SLATE DIGITAL Infinity EQ、UNIVERSAL AUDIO UADのSPL Transient DesignerとFairchild 670をインサート。もう一方の-5.6dBのAUX……つまり薄く混ぜた方にはInfinity EQとKUSH AUDIO UBK-1を挿しています。VintageWarmer 2とUBK-1は共にひずみ系のエフェクトですが、倍音の作りや質感が違うので、2台の異なるアナログ機器に通した音を混ぜるような感覚です。アナログ機器を通ると、自然にひずみが入ってきますよね。そういうのをイメージしているんです。後述するプリマスター・トラックには、これらのAUXの出力をセンドしていて、もともとのメイン・キックのトラックは送っていません。
Point 3:サイド・チェインは直接かけない!
シンセ・ベースは、元のトラックとは別に、326Hz以下をEQで緩く削ったトラックを用意しました。元のトラックだけで理想に近づけようとすると、高域方面の“ビョンビョン”した成分が立たなくなってしまうと思いレイヤー化したんです。WAVESのコンプCLA-76やUADのStudio D Chorusをかけて、エレクトロ感の抜けを強めていますね。
元のトラックは2つのAUXトラックに送り、両者を混ぜて音作りしています。肝は、音量が小さい方のAUXに挿したIK MULTIMEDIA AmpliTube 4。近年は、バンド主体の音でも打ち込みのような質感にしたいという人が増えていて、リアンプするよりもアンプ・モデリングのくっきりとした音の方が合うと感じています。後段のPLUGIN ALLIANCE Brainworx Bx_DynEQ V2では、コンプ・モードを使ってキック・トリガーのサイド・チェインをかけました。元のトラックに直接サイド・チェインをかけないのは、うねりすぎてしまうから。パラレルでかける方が“加工されているけど自然”という印象にしやすいと思うのです。プリマスター・トラックには、2つのAUXの出力のみを送りました。
Point 4:オートメーションはペンタブで書く
上モノにもパラレル処理を活用しているので、話題を変えてボーカルを見ていきます。僕はいつも、歌のボリューム・オートメーションをペン・タブレットで書くんです。ものすごく細かく書くので、以前マウスでやっていたときに腱鞘炎を患ってしまい、ペン・タブレットに切り替えました。オートメーションを書くのは、言葉の頭や音量が凹んでいるところ。歌詞が聴き取りやすくなるようにします。そしてオートメーション線が点線に見えるほど、あらかじめ細かく点を打っておくのも大事。ペン先が滑って変な数値になっても、それ以降に影響せず修正が容易だからです。
Point 5:歌は場面ごとに周波数特性を調整
ボーカルには、全編にわたってメインとダブルが存在します。まずは、双方をEQやコンプで処理し、別々の音色感にしてから同一のAUXトラックに送って音作りしました。声を張る場面とウィスパー的な場面では、特に低域の量に大きな差があるため、EQの設定を変えなければなりません。だから1本のボーカル・トラックを場面ごとに切り分けて個別のトラックに配置し、それぞれに最適なEQを施した後、全体の質感を統一するための処理をAUXで行います。この“サージカルな処理は場面ごとに、トータルの処理はAUXで”というトラック構成が、最も柔軟で効率が良いと思うんです。仮に、AUXのエフェクトを個々のトラックへじかに挿していたら“そのプラグインの音”という印象が強くなりすぎるし、各トラックが異なる質感に聴こえがち。AUXで一括処理する方が、統一性を出しやすいんです。
Point 6:最終段のハードウェアは初めから通しておく
実は今回、最初からMANLEY Stereo Variable Mu Limiter CompressorやLAVRY ENGINEERING AD122-96 MKIIIなどのハードウェアに通した音をモニターしながらミックスしていました。各パートのAUXトラックをまとめたプリマスター・トラックを送って、そのリターンを聴いていたんです。
アウトボードは、最終段に近いところでリアルなアナログの音にしたかったからで、AD122-96 MKIIIはクロックの解像度の高さから使っています。また、DAWの中だけで音作りした後にアウトボードを通すのではなく、事前にこういうルーティングを組んでおくと、最後に音が激変してしまうようなことが起こりません。ただし、アウトボードを通すとマイルドでリラックスした音になるため、リターンにプラグインをかけて高域を持ち上げています。これでアナログの温かみとモダンな雰囲気を両立させているんです。
yasu2000のミックス・アドバイス
★自分の音の特徴をテンプレート化する
★素材の良さを生かすにはパラレル処理
★アウトボード経由の音でモニターする
【Profile】big turtle STUDIOSのレコーディング/ミックス・エンジニア。ニューヨークのInstitute of Audio Research卒業後、ブルックリンのBushwick Studioを経て、2005年に帰国。現在はorigami PRODUCTIONS所属のアーティストのほか、あいみょんなども手掛けている。