トラックメイク、レコーディング、ミックスなど音を正確に判断するために欠かせないヘッドホン。プロも即戦力として採用することが多い5~6万円台のモデルを中心に、クリエイターが導入する“次の一台”を探すためのポイントを紹介します。冒頭では、イントロダクションとして、エンジニアの檜谷瞬六が講師となり、ヘッドホンの選び方のポイントを紹介。本編では17機種のヘッドホンをピックアップし、檜谷とクリエイターのESME MORIによるエンジニア&クリエイター目線での全機種クロスレビューをお届けします。音質面はもちろん、機能面や実際の曲作り、ミックスで活躍が期待されるシーンを2人に語っていただきました。
- はじめに~ヘッドホンを取り巻く環境の変化
- ヘッドホンを使うアドバンテージ
- ヘッドホン選びではどこに着目すればよい?
- 装着感を判断するコツ
- 価格の違いによって何が変わる?
- 録音における奏者用モニター
- 筆者の作業工程におけるヘッドホンの併用
- ヘッドホン基礎知識1〜開放型/密閉型/セミオープン型の違い
- ヘッドホン基礎知識2〜スペックの見方
- エンジニアとクリエイターのヘッドホン選びの違い〜檜谷瞬六 × ESME MORI
はじめに~ヘッドホンを取り巻く環境の変化
今回のレビュワーでもあるエンジニアの檜谷瞬六が“ヘッドホンの選び方”で気になるポイントを解説。ヘッドホンを使うアドバンテージやクリエイターとエンジニアの機種選びの違いなどを紹介していただきました。
制作作業におけるヘッドホンの重要性が大きくなっている
私がレコーディングスタジオで働いていた2000年代などは、まだミックスというとスタジオでエンジニアが行うのが一般的であり、スタジオのラージモニターやニアフィールドモニターが作業の中心でした。アシスタントとしてほかのエンジニアの方と作業を共にしても、確認としてヘッドホンを使用するケースはありましたが、ミックスモニターとして多くの機種を目にしたりすることはあまりありませんでした。
ですが、近年ではDAWの進化に伴い音楽制作の流れも大きく変わっており、作編曲家などのクリエイターはもちろん、レコーディングエンジニアもミックスまで含めた作業を自宅や個人の作業場で多く行うようになりました。またリスナーの再生環境としても、スマートフォンで音楽を聴く人がかなりの割合を占める時代になりました。
そのような中で、作業場での音量制限や部屋の音響の影響を受けないという利点、またリスナーの環境でどのように聴こえるかなどの調整用途でも、制作作業におけるヘッドホンの重要性がとても大きくなってきていると言えるでしょう。
ヘッドホンを使うアドバンテージ
スピーカーだと大きな音量を鳴らさないと分からない音量感やディテールの確認が可能
住宅事情的な理由でモニタースピーカーを大きな音で鳴らせない場合、むしろヘッドホンの方が大音量でのモニター時に近い感覚で作業が可能になってきます。特に低音は小音量のスピーカーのみでは判断が付きにくいところがあり、ミックスはもちろん、トラックメイキングにおける音色選びなどでもヘッドホンの使用が有効です。
複数の聴き比べが容易
特にミックスの段階においては、スピーカー、ヘッドホンを問わず、サイズやタイプの違うものを聴き比べて問題点を洗い出していく作業は非常に重要です。スピーカーを複数設置、または置き換えするのは場所や手間、また費用面でもなかなか大変なことですが、代わりに複数種類のヘッドホンを使用することによっても、同じく効果的な確認作業が可能になると思います。
精密なパンニングや左右のチャンネルの微妙なバランスの判別
たとえスタジオでモニタースピーカーをメインにミックスしていたとしても、精密なパンニングや左右のチャンネルのバランスはヘッドホンで確認している人が多いと思います。特に現代のミックスでは、ヘッドホンで聴いたときの左右のバランス感がしっかり管理されているものが多いと感じます。
ヘッドホン選びではどこに着目すればよい?
モニターとしてのシビアさ
リスニング用であれば、自分の好みに従って気持ちよく聴ける音のものを選択するので構いませんが、モニター用としては、使用することによって、自分の仕事の質が上がるものを見つけなければいけません。ミックスの処理やバランスがうまくいっていないとき、選んだサンプルが曲に合っていないときなどに分かりやすく“うまくいっていないよ”と教えてくれるのが良いモニターと言えます。
試聴の際は各ジャンルの音源のほか、制作途中の音源や、問題点を認識している音源なども併せて聴いてみるとよいでしょう。どれも“このまま発売してもよい”と思えるような音で聴こえてしまうのであれば、モニター用として問題点を見つけるには少し難しいところがあるかもしれません。
またパンニング、コンプレッション、ひずみの表現にもそれぞれ個性があるので、それらもチェックできたらしてみましょう。
作りたい音楽のジャンルによって選ぶべきヘッドホンは変わる?
特定のジャンルに合う要素、合わない要素を持っている場合も多くあります。例を挙げると、音の密度が伝わりにくいモデルなどはビートの強いトラックメイキングには適さないですし、逆にアコースティック系であれば音のニュアンスや繊細に混ざり合う感覚のようなものが得られないとイメージが湧いてきません。
またモニターの高解像度や繊細さが原因で、あまり重要でない部分が気になりすぎて全体のバランスを見失ったり、音をひずませるときに不必要なブレーキがかかってしまう原因になることもあります(特にひずみの強い音楽にはヘッドホンはやや過敏なところがあり、聴きにくい音になりやすいものが多い印象です)。基本的には自分が重要視している要素やジャンルがより格好良く聴こえるものを選ぶのがよいでしょう。
インスピレーションとバイアス
シビアさとは少し反する面もありますが、特に曲作りの段階から使用していく場合は、そのサウンドからインスピレーションが得られるような音でないといけないとも言えます。これはもちろん全体的な質感の話でもありますが、例えば“キック、スネアがこういう音で鳴る”とか“ピアノに包まれるような感覚”みたいなところからインスピレーションを得ている人も多いようです。
また全体的な質感は好きでも、その機種がもつ特定の帯域のピークやひずみがある種の音作りを避けてしまう原因になったりすることもあります。そういったバイアスを分析するのは少し難しいのですが、自分が大事にしている幾つかの要素を絞り込んでチェックできるとよいかもしれません。
装着感を判断するコツ
交換用パーツの有無も確認しておこう
実際購入して使用すると、長時間着用の可能性も高くなります。装着感が合わないことが原因で使用をやめてしまったという話も耳にするので、主に下記の項目に注目しておくとよいでしょう。ただ、常に音質にも関連するので、バランスを見て選択してください。
- 本体重量
- 側圧
- イヤパッドの材質(クッション性、吸水性など)
また使い続けていると少しずつ傷んできますので、交換品があるかどうかと、その価格も確認しておくとよいでしょう。持ち歩く場合はケーブルの断線もよくある事象なので、交換可能かチェックしておくとよいと思います。
価格の違いによって何が変わる?
ミックス用ヘッドホンは5万円前後がメインになりつつある
ヘッドホンには、数千円から上は100万円を超えるような価格帯のものもあります。基本的にはパーツのコストや生産コストの違い、開発にかかる時間や投資などが反映されたものかと思いますが、ある程度はブランド的な意味合いもあるでしょうから、100万円クラスのものが原価もそれだけ高いかどうかは分かりません。もちろん100万円でも買う人がいるということはそれだけ価値が評価されているとも言えるでしょう。
プロとして活動するレコーディングエンジニアやクリエイターの中には、今も1万円台スタジオ伝統のモデルを愛用している人もいれば、10万円を超えるハイエンドのものを取り入れる人も増えてきています。その中でも、ミックス用ヘッドホンのメインになりつつある機種の価格帯は、ちょうど今回の特集で紹介する5万円前後くらいのラインという印象があります。
録音における奏者用モニター
レスポンスの良さと遮音性に注目
録音で奏者の使用が想定される場合、一般的にはレスポンスが良く、演奏のタッチがダイレクトに判断しやすいものが好まれます。演奏の粗やズレなども包み隠さず表現してくれるモデルの方が良いとされますが、歌などの場合はそれが原因でナーバスになってしまうケースも見受けられるので、あくまで一般論ではあります。
なお、録音時はモニター音量が大きくなることも多いため、そういう場合は、大音量で鳴らした際にひずみが出にくい機種かどうかも演奏しやすさの判断基準として加えるとよいでしょう。
当然ながら遮音性は重要で、ヘッドホンから外に漏れる音量のほか、外の生音がどのくらい回り込んでくるかにも差があります。中にはドラム録音用に特化した機種などもあります。
筆者の作業工程におけるヘッドホンの併用
ミックスの段階に合わせてモニターを使い分ける
私はプライベートスタジオでミックス作業をするので、モニタースピーカーとヘッドホンを併用します。最初はモニタースピーカーを少し大きめの音にして作りはじめますが、幾つか所有しているヘッドホンのうち、比較的解像度の高いモデルはミックスの序盤でもスピーカーと使い分けてバランスを取るのに使います。特に音数の多いトラックで配置などを細かく調整するときには、ヘッドホンでの作業時間が長くなることもあります。
ミックスが進むにつれて、自分のやっていることのズレを補正するセカンドオピニオン的な感覚で、別のヘッドホンに切り替えて作業する時間を作ります。終盤ではより民生機に近いモデルを使用して、リスナーとしての客観的な感覚を持って聴くように努めています。
そのときに使うヘッドホンで自分が判断したい情報はある程度絞り込むようにしていますが、むしろ変えたときに違和感がすぐに分かるように、個性の違うヘッドホンを複数用意して使い分けています。そのときに手掛ける音楽のジャンルによって使用の比重を変えたりもするのです。ジャンルによってはヘッドホンで長時間作業する日もあったりします。
ちなみに私は1種類のモニターだけで作業すると失敗してしまいやすいので、複数台で聴き比べることを重視していますが、1種類だけでも良いバランスを作れる人はいますし、個人差があると言えます。この辺りは購入時に把握するのは少し難しく、実作業を重ねて自分の癖や使用機種との相性を判断するしかないでしょう。
ヘッドホン基礎知識1〜開放型/密閉型/セミオープン型の違い
ヘッドホンの構造として“ドライバーユニット”と、それをカバーしている“ハウジング”という部分があります。ドライバーユニットは、スピーカーと同じく背面からも音を発しています。音漏れの問題は置いておくと、ドライバーのサウンドを比較的フラットに伝えるのは開放型になると思いますが、密閉型、セミオープン型も構造に合わせて緻密なチューニングが施されていますので、優劣という考え方は必要ないでしょう。用途のほか、サウンドの好みに合わせたものを選ぶのがよいかと思います。
開放型
メッシュなどを使用したハウジングで、密閉されていないタイプ。音漏れはあるが、音像はより大きく、開放感がある。
密閉型
樹脂や木材で密閉されたハウジングで外部に音を漏らさないようになっているタイプ。遮音性が高く、ハウジング自体の共鳴によって低音を鳴らしやすい。
セミオープン型
密閉型のハウジングに小さな穴を開けており、開放型と密閉型の中間の特徴を持つ。
ヘッドホン基礎知識2〜スペックの見方
ドライバー径(mm)
ドライバーの直径。
再生周波数帯域(Hz)
文字通り、再生できる周波数帯域。人の可聴帯域は20Hz〜20kHzと言われていますが、特にヘッドホンは耳に近いからなのか、データ上、この外の帯域の音が入っている場合、聴き心地にも影響を感じやすいと思います。
最大入力(mW)
ヘッドホンに入力できる最大電力をmW単位で表したもの。プレーヤー側の最大出力以上の数値であれば特に問題はありません。
出力音圧レベル(dB/mW)
1mWの信号を入力した場合の再生音のボリューム。数値が大きいほど、同じ信号で大きい音量が得られます。
インピーダンス(Ω)
ヘッドホンの持つ電気抵抗の大きさを表す数値。ハイインピーダンスのヘッドホンは抵抗が大きく、再生音量が小さいため、ヘッドホンアンプなどの増幅機器によってはあまり音量が出なかったりすることがあります。今はさまざまな種類のヘッドホンがあり、それぞれサウンド面で特徴を持っているので、個人的にはあまり購入時にスペック表の数値で何かを判断することはしませんが、あとからヘッドホンアンプを買い足すことを防ぎたい場合などは、数値面も確認しておくとよいかと思います。
エンジニアとクリエイターのヘッドホン選びの違い〜檜谷瞬六 × ESME MORI
今回のレビュワーである檜谷瞬六(写真右)とESME MORI(同左)に、ヘッドホン選びで大事にしているポイントを尋ねてみよう。
──ESMEさんはクリエイターとして、檜谷さんはエンジニアとして、ヘッドホン選びで何を重視しますか?
ESME トラックメイカーは、音作りの段階では、選ぶ音が曲中でどういう存在になるかを確認しながら音を選ぶことがすごく重要です。特にセッションをする場合などは音作りに時間をかけられなかったり、あまりプロセッシングしなくてもかっこいい音を最速で選ぶ必要があるんです。そういうときは音に味付けがあるようなヘッドホンを使った方が提案しやすいかもしれません。素早く良い音にたどり着くために、テンションが上がる音か、という観点も選ぶときに重要な気がしました。
檜谷 僕はミックスエンジニアとして最終段を担当する中で、失敗したものを世に出せないわけです。何で聴いてもどこで聴いても良いものに持っていく責任がある。だからトラブルを発見しやすいように、スピーカーも含めていろいろな機種で聴き比べます。
ESME 僕もヘッドホンとスピーカーは両方使っていて、特に制作を追い込みたい場面では、没入できるようにヘッドホンを使いますね。エンジニアに渡す場合も理想形に近いものをミックスで作ることが大事で、ヘッドホンだとすごくお金をかけなくても自分の目指す音が作りやすいです。1機種を長く使うことで自分の基準を持ちつつ、定期的に新しいものを導入してアップデートすることが大事かもしれません。
──試聴するときのポイントはありますか?
ESME 自分で手掛けた音だと自分が何をしたかが分かるので、試聴時に本当はDAWのプロジェクトを持ち込めるといいのですが、それが難しい場合には、2ミックスをスマートフォンに入れて聴いたりすると良いと思います。
檜谷 意外と思いもしないものが自分のやる音楽に合っていることはあるので、読者の方もこのレビューを参考に機種を絞り込んで、実際に自分の耳で聴いて合いそうなものを見つけてみてください。