8月21日、22日@新国立劇場オペラパレス【新制作 創作委嘱作品・世界初演】
Text:iori matsumoto Stage Photo/撮影:鹿摩隆司 Backstage Photo/撮影:小原啓樹 提供:新国立劇場
重層的な要素をまとめ上げた音楽とメロディの力
渋谷慶一郎の新作オペラ『Super Angels』。『Scary Beauty』をはじめ近年の渋谷作品に登場する“歌うアンドロイド”の最新型=オルタ3をはじめ、多くのソリストがキャストとして出演。世田谷ジュニア合唱団&新国立劇場合唱団のコーラスに加え、手話合唱隊ホワイトハンドコーラスNIPPON、さらにはバレエ・ダンサーも加わる、スケールの大きな作品だ。
ストーリーの背景は、“マザー”と呼ばれるAIが人間を管理する世界。少年アキラと彼が思いを寄せる少女エリカは離れ離れになり、異端として開拓地に送られたアキラは、彼らを監督するはずのアンドロイド“ゴーレム3”と心を通わせる。AIドクターとなったエリカは、そんなアキラとゴーレム3を探して……といったものだ。支配者たるコンピューターとそれに抵抗する人間の心というテーマはありふれたものであり、管理社会において自由を求める異端というモチーフもまた、よく見かける設定と言えるだろう。しかし、実際のアンドロイドたるオルタ3がゴーレム3を演じ、人間と心を通わせる過程を人間とともに歌うその姿を目の当たりにすると、そうした設定にも重層的な意味があるように感じられる。AIが発達しつつある現代においてもなお、我々はコロナ禍に苦しみ、さまざまな紛争や問題に追われ続ける中で、ここで描かれる世界は“実感を持って”受け止めることができるのだ。
ダンサーを含む舞台演出や舞台装置、多くの登場人物をまとめ上げ、こうしたストーリーの根幹を太く描いたのは、やはり渋谷の音楽だろう。大野和士指揮、東京フィルハーモニー交響楽団による演奏に加え、電子合成されたゴーレム3やマザーの歌声やさまざまなサウンド・エフェクトが新国立劇場オペラパレスを包み込む。特筆しておきたいのはメロディの強度だ。作品の表現手法は常に先端を射程に置きながら、作曲家としての揺るぎないスキルが圧倒的な力を持っている。渋谷が昨年、映画『ミッドナイトスワン』の音楽を手掛け数々の映画賞を受賞したのも、誤解を恐れずに言えば彼のこうした“ポップな表現力”が高く評価されたと思う。
本作でも、特にテーマと言える楽曲「五人の天使」のメロディはシンプルで強靭だ。どこか悲しげでありながら、一筋の希望を抱かせるようなフレーズで、この世界の舞台設定とキャラクターの感情を我々に提示する。クライマックスではオーケストラによる複雑なリハーモナイズでこのメロディを支え、物語の結末を見事に描き切る。
自由とは何か、人間らしさとは何かというテーマは、ルネサンス期以降、オペラはもとよりあらゆる芸術の基盤となってきたものだ。もちろん本作がそこに明解な答えを用意しているわけではない。しかし、誰にでも分かるような形で、かつ現代にアジャストして、『Super Angels』はその疑問を再び投げかけられたのではないかと思う。
音楽とリンクしたオルタ3の動きをMaxで制御
『Super Angels』でオルタ3のプログラミングを担当したのは、今井慎太郎氏。国立音楽大学で准教授およびコンピュータ音楽研究室長を務める氏は、CYCLING'74 Maxでオルタ3の歌唱と動きを同時に制御するプログラムを作成した。渋谷による以前の『Scary Beauty』の公演で複数のスタッフがネットワークを介して多数のコンピューターを使い操演していたのとは対照的である。
「オルタ3とのやり取りを仲介するコンピューターはありますが、実際にオルタ3を動かすシステムは1台のAPPLE MacBook Proのみ。こうしたシステムを採れたのは、僕がオルタ3の歌と動きをコントロールする体制だったからです。歌に関しては、クリック無しで指揮に合わせるために、音声自体はすべてフレーズごとなどのサウンド・ファイルで作っておき、テンポが変わる部分はリアルタイムでタイム・ストレッチをして対応できるようにしました。指揮に合わせるのは自動化もできますが、本番での正確性や安定性を求め、演奏家の方が僕の隣でタップ・テンポで合わせる形です」
そう語る今井氏。今回のオルタ3は、奏者としてだけではなくオペラの演者としても重要な役割を果たしているが、“動き”の制御も音楽的に処理したと氏は説明する。
「演技的な部分はシーケンスを組んで、43カ所の可動部に対して命令を走らせています。一方、歌っているときなどは、全部の関節へ音楽のテンポに同期したLFOを送って動かす。しかも各関節に2つずつLFOを送り、複雑な動きを作っています。だから、必ず音楽のテンポに合っているし、手動では作れない複雑な動きができました。LFO波形の位相や振幅を変えたりするほか、可動域を制限したり、さらにローパス・フィルターをかけてゆったりした動きを作ったり。僕は以前からダンスや身体表現に興味を持ってきましたが、ずっと考えていた“音楽的な動き”を実装できたと思います」
イマーシブを含む重層的な出力レイヤーを制御
PAセクションには、今井氏から送られるオルタ3やマザーの声、電子音のほか、演者のピン・マイク、オーケストラ・ピットの各楽器へのマイキング、計128chを入力。金森祥之氏がオーケストラをYAMAHA CL5で、鈴木勇気氏がボーカルをYAMAHA QL5でまとめながら、公演中に渋谷が自らMacBook Pro+ABLETON Liveでオルタ3やマザーの声、電子音にエフェクト処理を加え、卓のフェーダーもエンジニア陣とともに自ら操作。さらに一部が久保二朗氏によるイマーシブ・プロセッシングを経て、最終的には金森氏のCL5ですべてがまとめられる。
「出力は15系統。持ち込んだスピーカーは、フロントのK-ARRAY KR200SとサイドのBOSE ShowMatch、ステージ・モニターのBOSE L1 Pro16で、あとは劇場のスピーカーを使用しました。カラム、プロセニアムL/C/Rだけでなく、リアにスピーカーをつっていただいたり、照明室の横に埋め込まれているスピーカーを使用したり。客席中央の天井にもスピーカーが仕込まれているので、これらを活用しています」
フロントのKR200SとサイドのShowMatchは、オルタやマザーを含めた声を扱い、舞台内定位をフォロー。プロセニアムとカラムをオーケストラ、さらにリア/シーリングを含めたイマーシブなサウンドを実現しているという。「それを最終的にコントロールするのが僕の役割なんです」と金森氏。
「例えば、単体のゴーレム3と、アキラと一体化したゴーレム3とでは音の送り方を変えています。基本は、フロントはショウを成立させるための必須のもの、サイドやリアは演出上必要とされるもの。卓の中ではなくて空間でミックスをする発想ですね。新国立劇場音響部がモニターを担当してくださったので、僕がFOHに専念できたもの奏功しています」
なお、新国立劇場では、年内に無料での映像配信も予定しているとのこと。こちらも期待して待ちたいところだ。
「Super Angelsスーパーエンジェル」
8月21日、22日@新国立劇場オペラパレス【新制作 創作委嘱作品・世界初演】
Staff
【総合プロデュース・指揮】大野和士
【台本】島田雅彦
【作曲】渋谷慶一郎
【演出監修】小川絵梨子
【総合舞台美術(装置・衣裳・照明・映像監督)】針生 康
【映像】WEiRDCORE
【振付】貝川鐵夫
【舞踊監修】大原永子
【演出補】澤田康子
【オルタ3プログラミング】今井慎太郎
【音響】オアシスサウンドデザイン
【主催】文化庁、(独)日本芸術文化振興会、(公財)新国立劇場運営財団
【制作】新国立劇場
Cast
【ゴーレム3】オルタ3(Supported by mixi, Inc.)
【アキラ】藤木大地
【エリカ】三宅理恵
【ジョージ】成田博之
【ルイジ/異端1】小泉詠子
【異端2】込山由貴子
【異端3】北村典子
【異端4】上野裕之
【異端5】長野礼奈(バイオリン・ソロ)/世田谷ジュニア合唱団/ホワイトハンドコーラスNIPPON/新国立劇場合唱団/渡邊峻郁、木村優里、渡辺与布、中島瑞生、渡邊拓朗(新国立劇場バレエ団)
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団